■Night Bird -蒼月亭奇譚-■
水月小織 |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
街を歩いていて、ふと見上げて見えた看板。
相当年季の入った看板に蒼い月が書かれている。
『蒼月亭』
いつものように、または名前に惹かれたようにそのドアを開けると、ジャズの音楽と共に声が掛けられた。
「いらっしゃい、蒼月亭へようこそ」
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Night Bird -蒼月亭奇譚-
昼下がり、午後三時過ぎ。
少し気だるく、少しずつ夏を感じさせる日差しが斜めに差し込み始めた頃。
「早く来すぎたな」
蒼月亭のカウンターでは、草間 武彦(くさま・たけひこ)が煙草を吸いながらコーヒーが出てくるのを待っていた。カウンターの中にいるナイトホークが、コーヒーを落としながら武彦の顔を見る。
「草間さんは、デートの待ち合わせか?」
笑いながらそう言われた武彦は、煙草をくわえたまま首を横に振った。
「違う違う、冥月と仕事の打ち合わせ」
武彦が待ち合わせをしている相手は、黒 冥月(へい・みんゆぇ)だ。冥月は草間興信所でアルバイトをしており、武彦の元に持ち込まれる危険で厄介な仕事をよく引き受けている。興信所で相談をしてもいいのだが、面倒でかつ少人数でこなしたい仕事の相談をするとき、武彦はよく蒼月亭を利用している。
それは……。
「最近待ち合わせするにも、コーヒー飲めて煙草も吸えるところが減っててな。どこ行っても追われてる気がする」
「喫煙者の辛いところだよな」
そう、武彦はヘビースモーカーだ。だが、最近喫煙者は魔女狩りのごとく迫害されることが多く、コーヒーと共に煙草を味わえるところが少ない。その点ここならナイトホーク自体がヘビースモーカーだし、全席喫煙可なのがありがたい。
お互い溜息をつきながら煙を吐くと、従業員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)が、何か考えるようにそんな二人を見た。
「どうした、香里亜?」
「いえ……そう言えば私、冥月さんの事何も知らないなって」
香里亜が冥月と知り合ったのは、丁度一年ほど前に上京してきたときだ。それから冥月には色々世話になっているのだが、謎が多く本当は何をしているのかも、どんな過去を持っているのかも知らない。
今までそんな事を気にしたこともなかったのだが、最近時々見せたりする、嬉しそうだけど何処か寂しそうな表情などが気にかかる。
「草間さんは、冥月さんがどんな人とか知ってますか?」
そんな事を聞かれた武彦はコーヒーカップを口から離すと、溜息混じりに笑いながらこう言った。
「俺は冥月とは仕事仲間で、恋人じゃないから詳しいことは分からないな」
「冥月さんって今はフリーなんでしょうか」
「男の話は聞いたことがないな、そういえば」
武彦にそう言われた香里亜は、自分の隣にいたナイトホークをじっと見つめる。
「何、その目」
「いや……じゃあ、ナイトホークさんも冥月さんの恋人になれる可能性があるのかなーって」
「ちょっと待て。その流れは何か変だろ」
たとえ冥月がフリーだったとしても、自分が恋人になることはないだろう。香里亜は一度、ナイトホークが冥月に力一杯痛めつけられたのを見ているはずなのに、何故そうなるのかが分からない。
「俺に冥月のナイトは無理。絶対無理、普通に無理」
「どっちかって言うと、マスターの方がお姫様だよな」
クスクス……と、香里亜が笑い、武彦にそう言われたナイトホークは何だか微妙な表情になる。しかし言われたことは間違っていない気がするので、反論のしようもない。
「草間さんは、冥月さんとどうやってお知り合いになったんですか?」
香里亜が来た頃から、武彦と冥月は結構親しいようだった。いつも武彦が冥月をからかい、それに容赦なく蹴りを入れたりするのも毎度のことだ。
「あー、それか……」
武彦が冥月と知り合ったのは、冥月が日本に来てすぐの頃だ。とある事件を追っていたときに冥月と出会い、仕事相手の裏切りなどを話したりしてからの仲だ。それを全部香里亜に話すと色々面倒なので、武彦は煙草を吸いながらさらりとこう言う。
「昔、俺が追ってた依頼で会ってからかな」
「ふーん……冥月さんって、どんな人なんでしょう?」
そんな事を聞かれても。
香里亜の純粋な視線に、顔を見合わせて困る男二人。
そもそもナイトホークも武彦も、あまり自分のことは話さない。蒼月亭にはよくコーヒーを飲みに来ている武彦だって、ナイトホークのことに関しては「コーヒーと酒が好き。ヘビースモーカーでゴールデンバットを吸ってる。不死」と、それぐらいしか知らないのだ。もっと自分のことについて話さない冥月に関しては、それこそ知らないことの方が多すぎる。
「うーん……ああ、意外と料理上手いよな。中華ぐらいしか食ったことないけど、この前花見で点心作ってたし」
ナイトホークの言葉に、武彦は天を仰ぎながら煙草の煙を吐き出す。
「男前なのは確かだな。女の子にモテモテだし」
「草間さん、それ香里亜に言うと告げ口されるぞ」
「死にたくないから黙ってて」
けらけら笑う二人に、香里亜は少し不満げだ。料理が上手いのも知っているし、カッコいいことは見れば分かる。黙ったまま話を聞いていると、ナイトホークが煙草を消しながら何かを考えるように視線を泳がせる。
「ああ、冥月が黒以外の服着てるのあんまり見たことないな」
冥月はパンツスーツにしろスカートにしろ、大抵黒一色の服装だ。すると武彦がニヤッと笑う。
「俺、冥月が香里亜ちゃんと『フラン・ナチュール』でバイトしてるの見たことある。あの制服着て」
「うわ、マジ?見てぇ」
武彦が言った『フラン・ナチュール』とは、近くにあるケーキ屋のことだ。フランス風の美味しいケーキと、店員の可愛らしい制服が有名だ。冥月が着るような服とは真逆で。
「………」
本当は香里亜が知りたいところは別にあった。
冥月が時々話す恋人のこと。それを話すとき、冥月は少し顔を赤らめたりするのだが、その彼本人を見たことがないし、自分から話してくれることもない。だから、本当はその話に触れたいのだが、誰にも話さないと自ら約束したので直接聞くことが出来ない。
「そういえば、冥月さんいつもあのロケットペンダントしてますよね」
どんな服を着ても、決して冥月が変えないもの。
それが胸元に光るロケットだった。ホワイトデーの時に香里亜は冥月と一緒にシルバーのペンダントを作ってそれを渡したのだが、鎖の部分を変えてロケットと一緒につけられるようにしている。
肌身離さずつけていたい理由があるのだろうか……それが気になって、小さな声でそう言うと、武彦はコーヒーを一口飲んで新しい煙草を箱から出した。
「それは触れない方がいいんじゃないかな。何か事情があるみたいだし」
武彦は何となく気付いていた。
冥月が肌身離さずつけているペンダントには、何か理由があるのだろうと。そして、それは、きっと冥月が触れられたくないものなのだろうと。
中に何の写真が入っているのかは知らない。勘だと言われてしまえばその通りだ。だが、人には触れない方がいいものが必ずある。そんな気がするのだ。
「何でも知りたがってると、嫌がられるぞ」
武彦の言葉で、何となくナイトホークも事情を察した。過去に色々あるのは自分も同じだ。それに話したい時が来れば、冥月は自分から話すだろう。
「そうですね。じゃあ今の話はなかった事にして、お二人は冥月さんのことどう思ってらっしゃいますか?」
ロケットの話よりハードルが上がったのは気のせいか。ナイトホークは煙草をくわえながら香里亜を見る。
「俺らばっかに聞かないで、そういうのは言い出しっぺから言えよ」
すると香里亜はにこっと笑い、拭いていた食器を置いた。
「えっ?それを語ると止まりませんよ」
「程々にだ。『冥月氏を語る』ってトークショーか」
「まあまあ。香里亜ちゃんは冥月と仲いいから、色々知ってるだろ」
武彦の言葉に香里亜が頷く。
香里亜が知っている冥月は、美人で頼もしくて格好いい、憧れの存在だ。細身で背も高く、出るところは出ている。出来れば将来あんな女性になりたい……と言っても、年齢は二つしか違わないのだが。
「冥月は女の子には優しいんだよ。でも野郎に対しては厳しいし口悪いぞ……蹴るし」
「それは草間さんが悪いからだろ。でも、たしかに男相手に容赦はしないな」
冥月は基本的に女の子相手には優しい。
だが、それが男となると話は別だ。厳しいどころか、血も涙もないほど容赦なく物事を言うし、戦闘なら更に酷い。
「俺一回酷い目に遭ったからなぁ……」
ナイトホークが煙草の煙と共に溜息をつく。
あれは自分にも原因があるのは分かっていても、痛いものは痛い。ある程度慣れがあるからやせ我慢も出来たが、同じ事を普通の人間がされたら痛みで気絶するどころか、下手するとショック死する。
「ああ、女の子にはモテモテだよな。宝塚系というか」
そういえば冥月は女の子に追いかけられていることがある。思い出したように武彦が言うと、ナイトホークも何か思い出したように武彦を見た。
「でも、あまり褒められ倒すと照れくさくなるよな、冥月」
バレンタインの時、冥月は香里亜を含め三人の女の子にチョコをもらっていた。その時三人が皆で冥月を褒め称え、恥ずかしくなってそっと帰ったことがある。その場に丁度いた武彦も、それを思いだしたのかニヤッと笑う。
「ああいうのは意外と可愛いところだよな」
「あ、可愛いって言えば……」
冥月は、実はケーキが結構好きだと言うことを香里亜は知っている。だがそれをうっかり口に出しそうになったところで「他の奴には言うなよ」と言われていたことを思いだし、言葉がフェードアウトする。
「どうした?」
「いえ、二人の秘密でした。さあさあ、小粋なトークを続けて下さい」
そういってにこっと笑う香里亜に、ナイトホークもくすっと笑う。
「そういうところが怪しいよな」
「いえいえ、女の子の秘密に立ち入っちゃいけませんよ。冥月さんって、普段どんな生活してるんでしょうね」
……それは、よく知らない。
煙草を消した武彦は、普段冥月がどんなだったかを一生懸命考える。
「意外と金持ってそうだな。着てる服とか靴がそんな感じだ」
金は貸してくれないが、服や靴など黒一色に見えても、服の生地や染めなどを見るとかなりいい物を着ているのだろう。バレンタインにぽんとヴィンテージ物のライターや、アンティークの食器などを買ってきたところからもそんな気がする。
まあ「欲しければひれ伏せ」と言われたのだが。
「普段は知らんけど、案外家庭的だったりするかもな。結構尽くしそうな気がする」
料理なども上手いし、普段は男っぽい喋り方をしているが、案外惚れた相手には可愛いところを見せたりするのではないだろうか。ナイトホークがそれを言うと、香里亜も「んー」と言いながらこう続けた。
「リサイクルとか厳しそうですよね。牛乳パック洗って切ってたたんでそうです」
それは冥月が粗大ゴミなどで使えそうな物があると、つい拾ってしまうというところから来ているのだが、ゴミの分別とかはちゃんとしてそうなイメージが冥月にはある。
「俺は、冥月がスーパーで牛乳買ってるところが思い浮かばん」
「生活感がないんだよな、冥月は」
人の子なので食事をしたりはしているのだろうが、スーパーで買い物をして夕食を作る冥月が思い浮かばない。武彦はコーヒーのおかわりを頼むと、ぼそっと呟く。
「……でも、鳥とか猪とか撃って、焼いて食うのは何か目に浮かぶ」
本人の目の前で言ったら、殴り飛ばされること確実だが。
「冥月さんに言っちゃおうかなー」
「香里亜ちゃん、客が死ぬようなこと言わないで」
他にも三人は本人がいないことをいいことに、色々と冥月について予想をした。気が長いのか短いのか分からないとか、バイクとかの運転は上手そうとか、意外とスカートやドレスが似合うのではないだろうかとか。
「冥月ってあんまり寝なくても、平気な感じがする。生活感がないって所からなんだけど、飯喰わなくても大丈夫そうだ」
「マスター、それ言うなら冥月って寝だめとか食いだめが出来るんじゃないか?あくびとかしてるの見たことないぞ」
「冥月さんって普段クールですけど、動物とか見たら可愛がりそうです。あっ、私、冥月さんと一緒にカラオケ行ってみたいかも」
確かにちょっと気になるかも知れない。
中国の歌を歌うのか、それとも最近流行の曲も押さえているのか。歌は上手いのか。
そんな話で盛り上がっていると、カランとドアベルが鳴った。
「すまない、草間。ちょっと遅くなった」
噂をすれば影が差す。
いつものように入ってきた冥月は、何か蒼月亭の光景に違和感を感じた。いつもなら「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」という挨拶があるのに、それが聞こえない。何気なく顔を上げると、何故か香里亜とナイトホーク、そして武彦がじーっと黙って冥月の顔を見つめている。
「なっ、どうしたんだ?何か私の顔についているのか?」
「………」
美人で頼りがいがあって、格好良くて。
怖くて男っぽくて、口が悪くて。
だけど料理が上手くて、案外家庭的かも知れなくて。
「何か言え、怖いぞ。なんでお前達は私の顔を凝視してるんだ」
何が起こっているのか分からず、椅子にも座らず狼狽えている冥月を見て、三人は冥月の新しい面を見つけていた。
冥月は、案外友人達の謎の行動に弱いのかも知れない。
fin
◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
冥月さんを待っている草間氏と、蒼月亭の二人で「冥月さんってどんな人?」という話で盛り上がらせていただきました。冥月さん本人は最後にやっと登場なのですが、皆無責任な話をしてますね…生活感がないとか、酷いことを。
カラオケに関してですが、冥月さんは歌が上手そうですが、そういう所で熱唱している姿は思い浮かばないなーとか思い、入れさせていただきました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。
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