■某月某日 明日は晴れると良い■
ピコかめ |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
興信所の片隅の机に置かれてある簡素なノート。
それは近くの文房具屋で小太郎が買ってきた、興信所の行動記録ノート……だったはずなのだが、今では彼の日記帳になっている。
ある日の事、机の上に置かれていたそのノートは、あるページが開かれていた。
某月某日。その日の出来事は何でもない普通の日常のようで、飛び切り大きな依頼でも舞い込んだかのような、てんてこまいな日の様でもあった。
締めの言葉『明日は晴れると良い』と言う文句に少し興味を持ったので、その日の日記を読んで見る事にした。
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某月某日 明日は晴れると良い
弟子の今後 / 教えて! 小太郎先生の護身術道場
「おぅ、今日は早めのお帰りだな?」
ついさっき、影の中にもぐりこんで行った冥月が数分と経たずに帰ってきたのに驚き、武彦は声をかけた。
今日は小太郎の特訓だけでなく、ユリも連れて行ったので、寧ろいつもより時間がかかるだろうと思っていたのでなおさらだ。
「ああ、今日は自習というか、アイツら二人にやらせる事にした」
「二人きりにしてあげました、ってか。でも、二人きりにして何を教えるつもりだよ?」
「今回は教える、というよりは二人の接点を増やしてやっただけだ。訓練とはほとんど名ばかりさ。言うなれば、小太郎に前回教えた『護身術』の復習をさせるってぐらいか」
「二人きりで護身術の特訓か……なんだか怪しい雰囲気満点だな、おい」
ニヤニヤと笑う武彦を、冥月は呆れたように無視した。
手近にあった椅子を引き、それに座って本を開く。
「それで、師匠様は優雅に読書か?」
「別に、お前のように怠慢を犯しているわけではない。影で二人の様子は把握している。間違ったことを教えているようならすぐに注意するさ」
「片手間にデバガメ。趣味悪いんじゃないか?」
「これ以上茶化すなら拳の一発や二発は覚悟するんだな」
冥月の圧力に屈し、武彦は両手を上げて降参を示した。
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「ええと、じゃあ今から教えるから」
「……はい」
道場内でユリと二人きりになった小太郎。
ここで冥月以外の人間と二人きりになったのは初めてだ。何とはなしに緊張してしまう。
しかも、今回は教えを請う側ではなく、教える側なのだ。当然、その緊張も更に三割増しだ。
「まずは……ええと、どうするんだっけな……」
冥月に教えてもらった事を反芻しながら色々と考える。
どれが難易度として簡単だっただろうか?
多分、初めて実践するだろうユリに、難しいものからやらせようとしても無理だろう。
簡単な動作で出来そうな物を思い浮かべ、よし、と手を叩く。
「じゃあ、俺が後ろから抱きつくから」
「……え、ええっ!?」
突然の暴言にユリ狼狽。それはそうだ。意中の男性からいきなり『抱きつくから』なんて言われたら、多少挙動不審にもなろう。
「なんだ? 何か問題あったか?」
「……い、いえ。なんでもない」
なんとか平静を取り戻し、話の先を促す。これは訓練。護身術の訓練なのだ。
「ええと、じゃあ、俺が後ろから抱きつくから、ユリは俺の足を踏んでその足を引っ掛けて後ろに倒れてくれ」
「……小太郎くんの足を踏んで……足を引っ掛けて……?」
「後ろに倒れるんだ。パッと言ったってわかんないだろうから、一回やってみようぜ」
「……う、うん」
立ち上がった小太郎に倣い、ユリも立ち上がる。
「……よ、よろしくお願いします」
「お願いします」
二人で頭を下げあい、護身術の訓練に入る。
小太郎がユリの後ろに回り、そして肩より少し下から小太郎の腕が伸びてきた。
まだ、ユリの方が少し身長が高い。小太郎はその事に多少不満気な声を漏らしたが、ユリは特に気にしない。
小太郎の腕はそのままユリのお腹の前辺りで組まれ、一応準備が整った。つまり、ユリは小太郎に抱きつかれたのである。
「……どうした、ユリ? ほら、実践実践!」
「……う、うん」
わかっているのだ。小太郎に言われた事は一応頭には入った。
だが、今のこの状況……小太郎に触れ合っているというこの状況を易々と手放したくはない。
ユリはさりげなく、小太郎の手に触れ、一つ深呼吸をする。
手放したくはないが、あまりこの状況にすがっていると訓練が終わりかねない。
即ち『師匠〜、俺なんか間違えたっけ〜?』『何、どうした?』冥月介入、二人きりの時間終〜了〜。
それは避けたい。まぁ、冥月もそこまで野暮ったい事もしないと思っているが、真っ向からありえないと否定できない可能性なので、そんな心配の芽は潰してしまうに越したことはない。
「まずは俺の足を踏むんだ。結構思いっきりでも大丈夫だぞ」
「……う、うん」
だが、この耳元近くで聞こえる小太郎の声がなんとも心地よい。
いや、しかしここは訓練を続行しなくては。
「……じゃ、じゃあ踏むよ?」
「おう、来い」
小太郎の返事を受け、ユリは一息後に思い切り小太郎の右足を踏む。
ちゃんと足元を確認し、小太郎の足の位置も確認した。そのため、ユリの足は小太郎の足にしっかりヒット。
「で、ここでユリが足を上げれば、普通の人なら足を避けるはずだ。痛いからな」
「……その逃げる足を引っ掛けて、後ろに倒れればいいのね?」
「そう。じゃあ、やってみようぜ」
どうやら小太郎は特に痛がっては居ないらしい。チラリと足を見ると周りに光が纏われている。
霊気を足に纏わせて防御したのだろう。道理で。
それを確認した後、ユリは足を上げる。すると小太郎は足を引いて逃げる。
ユリは逃がすまいと小太郎の足を引っ掛け、間髪入れずに後ろに体重をかける。
そのまま倒れこんで、一連の動作は終わる。
「ゲフっ!」
「……あ、大丈夫?」
「あ、ああ。平気。……でもやっぱ女の子でも結構体重おもた……ゲフっ!」
このやろ、このやろ、と心中で恨み言を呟きながら、ユリは小太郎の腹に何発も肘鉄を入れてやった。
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「それしてもまぁ、良く続いたもんだな」
「何がだ?」
「お前の師匠って肩書きだよ」
読書に集中していた冥月が顔を上げる。
何を当然のことを、と怪訝な顔を武彦に向けたのだ。
「そう簡単にあの小僧のデタラメな戦い方が矯正されるわけはあるまい」
「まぁ、そりゃそうだが。そういうことじゃなくてよ。嫌だったら途中で投げ出す事もできたろ?」
「投げ出すぐらいなら最初からやらん」
「それにしても、長く続いたな、と思ってさ。師匠も板についてきたんじゃないか? ホントに内弟子とかにしたらどうだよ」
武彦に言われて、冥月は少し目を伏せた。
「それは無いな」
「……どうして?」
返答が意外だったのか、武彦は首をかしげて尋ねる。
「じゃあ、逆に尋ねるが、目上の人間に対して礼儀正しい小僧が想像できるか?」
「……出来ないな」
「だろう? 私の内弟子になるってのはまずそこからだ。師匠に対する礼儀も出来てないヤツを内弟子にできるわけないだろう」
今の小太郎ではその礼儀を鍛える所からへこたれそうだ。
「それに、内弟子にするとなると小僧が学校に行っている時間と興信所の手伝いをしている時間以外は訓練に充てなければならん。そんな窮屈な生活は、ヤツには合わんだろうな」
「かもな。……ああ、穀潰しを冥月に押し付ける作戦がパーだぜ」
きしむ背もたれに身体を預け、武彦は天井を仰いだ。
軽口であろうが、小太郎が聞けば本気にしそうだ。
「でもよ、今みたいな温い修行ごっこじゃ限界あるだろ? 小僧をしっかり鍛えるならもっとちゃんと訓練した方が良いんじゃないか?」
「無理矢理やらせても意味がない。自分から望む修行だからこそ意味がある。今の小僧は現状で十分伸びている。それが伸び悩んだ時、アイツがそれを望めばその時は考えてやるさ」
冥月は本を閉じ、椅子から立ち上がって床に影の穴を作り出す。
「……ん? 何処行くんだ?」
「ちょっと道場の方にな。小太郎が馬鹿をやってるんで注意をしに」
「大変だな、おい」
クスクスと武彦の笑いが聞こえる。
その笑いには『今まで否定的な態度だったのに、随分弟子の事を気にしているな?』的なからかいの意味が含まれているのにも気付きながら、でも無視して影の穴に足を入れる。
「小僧が相談を持ちかけた時の様子が、今から目に浮かぶな」
最後の武彦の呟きも当然無視した。
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「おうおう、盛んだな、小僧」
「うわ、師匠!?」
冥月が道場の天井から顔を出すと、丁度小太郎がユリに覆いかぶさっているところだった。
小太郎は慌ててユリの上から飛び退き、何とか言い訳を並べる。
「これはあの、違くて……」
「なんと、護身術を教えてたんじゃないのか? だったら何をしてたんだ?」
「護身術を教えてたんだよ!」
必死すぎる様子を見てニヤニヤ笑い、その笑いに気付いた小太郎は、やっと自分がからかわれた事を悟る。
「そ、それよりも師匠! ちょっとド忘れしたんだけど、あの状態からどうやったら良いんだっけ?」
「しっかり覚えておけと言っただろう」
「お、覚えてたけど、何か忘れたんだよ! 仕方ないだろ!」
「逆切れされてもな。……まぁ良い。さっきの体勢にもどれ」
冥月に言われ、小太郎はまたユリの上に四つん這いになる。
……なんなんだろうか。
小太郎は小さな疑問を持っていた。
何かが違う。冥月に教えてもらったときとはまた……。
ユリの体格が冥月とは違う、とかそういう問題じゃない。
なんていうか、もっと別の……なんだろう?
正直、何が違うのかわからない。かと言って誰かに質問しようにも、『何かがわからないので教えてください』と尋ねて的確な答えをくれるのはエスパーだけだろう。
今の所、知り合いにエスパーは居ない。
「おい、小太郎! 聞いているのか?」
「あ、いや、全然聞いてなかった」
「殴られたいのか、お前」
冥月の説明も全く耳に入っていない。この疑問が気になって気になって仕方ないのだ。
さっきから感じる、この『違い』はなんなんだ?
「……どうしたの、小太郎くん?」
ユリにも尋ねられ、小太郎は笑顔を繕って答える。
「いや、何か師匠とやった時とは違うな、って思って」
それを聞いたユリは小太郎からふと、目をそらした。
(……あ、目をそらされた)
それに気付いた時、……なんだろう? ちょっと胸がうずく。
『師匠とやった時』? それを聞いた時、ユリは天井から生える冥月の頭を睨んだ。
それはどういうことですか、と。
その視線を向けられた冥月は、別に、とでも言いたげに視線をそらす。
「……まぁ、良いです。小太郎くん……小太郎くん?」
ユリが小太郎に視線を戻すと、彼が今まで見た事のないような複雑な表情をしていたのでユリは目を疑った。
「……どうしたの? 気分でも悪い?」
「あ、いや。別に。師匠、続き教えてくれ」
「おぅ。ではユリ。小太郎の足に自分の足を絡めろ」
それから、護身術の訓練は滞りなく終わった。
小太郎の小さな疑問も放置されたまま、何事もなく。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
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■ ライター通信 ■
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黒・冥月様、毎度ありがとうございます! 『芽生えてますね! 芽生えてますよ!』ピコかめです。
良い感じに俺好みな文章が出来上がりましたよ! それがお客様好みでなかったらどうしよう、と夜も眠れない事山の如し!
でも後悔は一片も感じてないんだなぁ、なぜだろう、なぜかしら!?
今回は二場面同時という事で、あまり冥月さんと関わらない所で小太郎とユリがキャッキャウフフしてましたが、実際アレでいいものか? と首を傾げる事頻り。
何かご不満、若しくはリテイク要望があればズバズバどうぞ。誠心誠意対応させていただきます!
では、気が向きましたらまたどうぞ!
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