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■思い出の時■

柊らみ子
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
「……この時計が見えるのですね」
 そう言って、和装の店主は穏やかな笑顔を少しだけ曇らせたように私には見えた。
 見えるのですねとは、不思議な事を言う。
 店主はその古びた銀の懐中時計をケースから取り出すと私の前に掲げ、静かに蓋を開ける。かちり、と小さな鈍い音が耳に届いた。
 何の変哲も無い、質素な懐中時計。特に豪華な模様が施されているわけでも何か仕掛けがしてあるわけでもない。ほんの欠片だけ期待した文字盤もまた、現在の時間だけを指し示す至ってシンプルな作りの時計だ。

 ――だが、私は。

 先程からその懐中時計にずっと目を奪われている。何だか、心がざわついて仕様が無いのだ。
 そんな私の様子を見つめ、淡々と店主は言う。
「……貴方には、思い出したい時があるのではないですか? それとも、忘れてしまい時が存在するではないですか?」
 ……図星だった。
 ふ、と時計から目を逸らし、店主の顔を見つめる。
 和装の店主は小さな鼻眼鏡の上から私の視線を受け止め、穏やかだがよく通る声でこんな事を言った。

 ――ほんの少しの時ならば、その願いを叶えてあげましょう。
 ――さぁ。
 ――どう、なさいますか?

 チク、タク。
 店主の手の中の懐中時計は、静かに時を刻みながら動き続けている。