■〜Auberge Ain〜にて■
竜城英理 |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
落ち着いた内装を持つ様式に、歴史を感じさせる調度品が突然迷い込み、どことなく落ち着かない気分にさせていた心が平穏を取り戻す。
玄関ホールで誰か居ないかと声をかけようとした時、奥から現れた人物に気付き、声をかけた。
その人物は、丁寧にお辞儀をし、言った。
「ようこそ、Auberge Ainへ。今宵の料理と遭遇する出来事が貴方をお待ちしていました」
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真夏のドラゴン 〜Auberge Ain〜にて
ばさっばさっばさっ。
羽ばたきの音が乾いた空に響く。
青い空を見上げれば、大きく黒々とした身体を持つ竜がやや低めの高度で砂漠に影を落とし翔けて行く所だった。
「きゃ……!」
シュライン・エマは竜の羽ばたきで舞い上がる砂に目を細めた。
人が砂漠を渡る姿が珍しかったのか、竜はからかい半分で低空飛行したのだろう。
「雄々しい雄姿ね」
細やかな砂を踏みしめ、砂に埋もれた布鞄を掘り出す。中には食料品や水が入っているのだ。
暑さをしのぐ為に頭から布を被り水分の蒸発を防ぐ。
「俺は此処に置いていってくれ……」
草間武彦は砂に埋まり被った布の影から、枯れた声で言った。
「何言ってるの、武彦さん。後少しで砂漠を抜けられるのよ?」
「もうダメだ、煙草が無い世界なんて」
恨めしげに聞こえるのは気のせいだろうか。
ふぅ、とシュラインは溜息をつき、しゃがみこむ。
「郷には入っては郷に従えっていうじゃない。ソフィアさんもそういってたから、煙草を武彦さんから取り上げたのよ?」
草間はしょうがないじゃないというシュラインを見上げると、渋々立ち上がり荷物を持ち上げる。
「ありがとう」
「……行くぞ。砂漠を抜けるんだろう」
「煙草はなくても水煙草ならあるかもしれないわね」
ぽそりと言うシュラインにぐるりと振り返った草間は俄然元気をだすと、ざくざくと砂を踏みしめて進み出したのだった。
そもそも二人がこの砂漠世界に降りるきっかけになったのは、Auberge Ain内にある図書室に居たソフィア・ヴァレリーだ。
到着してから、館内でゆっくりと時間を過ごしたいと思いやってきた図書室。
案内板の前にシュラインは立ち、放射状に並んだを本を眺めると、案内板を見て決めたのか、動植物の本ばかりを集めたエリアに足を向ける。
一角獣のペルルと同じように、まだ見ぬ召喚獣はどんな姿をしているのだろうと、興味があったからだ。
ペルルは召喚術の本から現れた召喚獣で、シュラインは召喚獣として姿を定めて召喚した訳ではなかった。その為、他にどの様な召喚獣がいるのかは分からなかったのだ。
分からなければ図書室で調べればいいと、見つけた本を丁寧に取りだし、羊皮紙で作られた大きな本を両手に抱えて書見台に広げる。
普通の紙と違い、分厚いそれは一つ一つ書き写されたものだ。
リアルな筆致は今にも動き出しそうだ。
「触れれば出てきそうだわ」
そっと、描かれた絵に触れぬようにページを捲っていく。
ぱらぱらと読み進めて少し経った頃、シュラインの手が止まった。
「どれ位の大きさなのかしら……」
「見に行きますか?」
いつの間にシュラインの背後に立っていたのか、ソフィアが訊ねる。
「え、それってどういう……」
館に着いた時に宿泊者の中にソフィアが居ると聞いていたシュラインは別段驚くことなく、逆に聞き返す。
「召喚獣のいる世界に、ですよ」
「大丈夫かしら」
「何か心配事でも?」
「こんなに大きいと襲われたりしないかしらと心配なのよ」
「大丈夫ですよ。彼らは縄張りから余り出ませんし、狩りも年に数度です。飼い慣らされているものは、食欲を満たされていますし、指示がなければ襲わないように調教されていますから。上位種は主人を定めて主に従いますし、襲ってくるとしたら、野生のものでしょうね」
「そうなの。それなら考えようかしら……?」
ソフィアは組んでいた腕を解き、何処からともなく本を手にする。いつも必ずソフィアが持っている本だ。それを広げ、書かれた内容を見ると、にっこりと微笑んだ。
「運が良いですね。今の時期、レースをやっているようですよ。参加してみますか? 楽しそうですよ」
「お願いしようかしら」
「では、ご案内しましょう。おまけも幾つかお付けします」
「おまけ?」
何かしら、と思った時、目の前に広がるのは図書室ではなく、一面の砂漠だった。
同時に重そうな袋と、草間が落ちてきた。
「どぅわっ!」
砂漠の上に落ちて草間が腰を打ったのかさすっている。
「おまけって、武彦さん……?」
……と言う訳だった。
無事に砂漠を抜けると、街が現れた。
大きな街だ。
頑丈そうな城壁にそって屋台が出ている。
周りでは子供達が走り回っている。
大勢の人達が集まり、レースにエントリーする者は城門近くの受付に並んでいた。
「障害物避けレースに、スピードレース、デュエルレース。初心者用は障害物避けレースなのね」
「本当にやるのか?」
草間が広場に繋がれているアレを見やり言う。
手には数本の葉巻。
水煙草より此方の方が性に合っているらしい。
「やるわよ? 折角ここまで来たんですもの」
「確かにコレ目当てではあるが……」
「ドラゴン障害物避けレース参加希望、草間武彦とシュライン・エマ」
受付で登録を済ませると、広場で繋がれているドラゴンを見て回る。
障害物避けレース用のドラゴンは身体の小さめなものが多いのか、のんびりと桶にはいった食べ物をもぐもぐと食べてレースが始まるのを待っているようだ。
よく見れば、各自食べているものが違っていて楽しい。
ハーブや肉、鉱物と色々だ。
「札がついているのは騎乗者が決まっているのね。んー、じゃ、この子にしましょ」
そういってシュラインが決めたのはメタリックな光沢を持つ黒いドラゴンだ。
「よろしくね」
凛々しい顔のドラゴンに挨拶をすると、騎乗の仕方や意志の伝達の仕方などの説明を受け始めた。
ぱんっ!
風船を割った様な音とともに、一列に並んだドラゴンが12頭、空へと舞い上がる。
大勢の声援を受け、騎乗者がゴールを目指す。
シュラインの乗った黒いドラゴンは悠々と舞い上がった。
高度が高すぎるのではないかと思うのだが、それは杞憂だったと直ぐに分かった。
低空飛行だと他のドラゴンに接触する恐れがあったからだ。
「賢いのね」
シュラインが前座席、草間が後部座席に座り、空を切って進むドラゴンの背を眺める。
少し姿勢をかがめて、ドラゴンが見ている視線の高さに合わせてみる。
「それにしても障害物って何なのかしら。避けないといけないのよね」
頸を傾げたシュラインの下方をいくドラゴンが1頭、進行方向を変え、岩山の上を目指す。
そして岩山に上手くしがみつき、置かれた食べ物にかぶりついた。
ペガサスに乗った審査員が確認する。
「2番失格!」
2番のドラゴンに乗っていた騎乗者2名ががくりと項垂れた。
「好物を食べないようにしないといけないのね。この子、見た時には何も食べていなかったけれど、何が好物なのかしら」
「他のドラゴンが食い物食べている中で、鉱物食べている奴居ただろう。コイツもそうなのかもしれん。身体が黒いし、そういう鉱物かもな」
草間が綺麗な黒い鱗を撫でて、指で弾く。
「ゴールまであと半分位あるわ……。寄り道しないようにスピードを上げるのはどうかしら?」
「これ以上スピードあげるのか!?」
思わず座席に着いた安定棒にしがみつく草間。
「スピードをあげれば鉱物があっても食べようとする時には通り過ぎてるんじゃない?」
「あー……、確かにそうかもしれん」
「でしょ? そういう事でお願いね」
シュラインはそういって、黒いドラゴンにスピードを上げるよう伝達する。
ドラゴンは力強く羽ばたきが繰り返し、速度を上げた。
下方を往く色とりどりのドラゴンを見ながら進む。途中、何頭かが戦線離脱して好物の食べ物にありついて失格となっていた。
「ふゅひゃっ」
風が強く声を出す事が出来ない。
シュラインは片手で口元を覆い呼吸を確保する。草間は大丈夫かと後ろを振り返ると、酔ったのかぐったりとしている。
それでも落ちないようには注意しているのか安定棒にしがみついていた。
後少し!
そう思った時。
キラリと光る何かにドラゴンが反応した。
急旋回するドラゴン。
「きゃっ」
舌を噛まないように口を閉ざす代わりに、方向をゴールへと元に戻そうとする。
そ・れ・は・だ・め・っ!
ちょっと鬼気迫る意思伝達で黒いドラゴンが再び方向転換した。
ドラゴンの好物だったのだろうと思うのだが、それはひとまずゴールしてからだ。
高くなければ、レースの賞金で買ってもいい。
高くなければ、と思うあたり日頃の興信所の経済事情が伺えた。
後ろでぐったりと今にも吐きそうな顔色をしている草間を気にしながら、シュラインはゴール地点へと降り立ったのだった。
大勢の観客の祝福を、シュラインは笑顔でこたえた。
一緒に戦った黒いドラゴンにありがとうと身体を撫でる。
応えるように身体をぶるんと動かし、鱗をしゃららと音をたてた。
1着、という訳にはいかなかったが、2着でゴールする事が出来た。
商品はこの世界の通過だったので、持ち帰って使う訳にもいかず、黒いドラゴンの好物を買ってあげる事にした。
となりで草間が手を出しているが気にしない。
レースの終わったドラゴンを世話している者に聞くと、黒いドラゴンは黒曜石が好物らしかった。
礼を言って行商商人が開く店に足を運ぶ。
「ここではどの位買えるかしら」
この世界では黒曜石はあまり希少価値が高い方ではなく比較的安い値段のようだった。
「そうですなぁ……食用ですとこのくらいのもので良いのではないでしょうかね」
そういって差し出したのは傷の多い加工用細工の原石だった。
「うぅ〜ん、でも頑張ってくれたし……、これでお願いするわ」
「ちょっ……シュラインっ!」
「いいじゃない」
「ありがとうございます」
綺麗な黒曜石一つを購入すると、天鵞絨の布に包んで貰い、黒いドラゴンの元に向かった。
「はぁぁぁぁぁ……」
後ろでながーい溜息をつく草間にシュラインは仕方ないわねと、布鞄の中から先に購入しておいた葉巻の箱を手渡す。
「しょうがない人ね」
「おぉ!」
狂喜乱舞する草間と共に到着すると黒いドラゴンは住処へと戻る所だった。
「ちょっとまって!」
シュラインがドラゴンに駆け寄る。
そして天鵞絨の布を広げ言う。
「一緒に戦ってくれたお礼よ」
ドラゴンは尻尾をべしんと振って喜びを表すと、ばりんと一口で身体の中に収めた。
ふるふると鱗が震え音楽を奏でる。
緩やかな風を纏う音。
「綺麗な音……」
音楽が消える頃、天鵞絨の上にあったのは黒い玉。
「あっ、ドラゴンオーブだ。よかったですねぇ、こいつ滅多に作らないんですよ。記念にどうぞ。お礼のつもりですから」
「ありがとう」
シュラインがドラゴンを見上げた時、遠くで「時間ですよー」とまるで眠りを覚ますように声を掛けるソフィアの声が聞こえた。
「お帰りなさい」
砂漠世界に落ちた時と変わらない位置でソフィアが立っていた。
唯一違うのはシュラインの手にある小さな黒い玉だろうか。
「ドラゴンオーブ貰ったんですか。運が良いですね。それ、魔術力が凝縮されたものなんですよ。色々使い道あるので、持っておくと使う時がきっとありますよ」
「そうなの? 綺麗から暫く眺めていたくなるわね」
「小さいけれど、綺麗ですからね。私はサロンで甘いケーキを頂いてきます。そういえば、草間さんは部屋で煙りまみれかもしれませんよ。そのオーブと一緒で葉巻はお持ち帰りされていますからね。一人に一つだけ持ち帰る事が出来るので」
「あの綺麗な部屋で煙りだらけ!? それはちょっとイヤだわ。窓だけでも開けてこなくちゃ」
椅子から立ったシュラインは廊下を歩くソフィアを追い越し、草間がいる部屋へと早歩きで向かったのだった。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【公式NPC】
【草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】
【NPC】
【ソフィア・ヴァレリー/男性/23歳/記述者】
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■ ライター通信 ■
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>シュライン・エマさま
こんにちは。竜城英理です。
〜Auberge Ain〜にて、参加ありがとう御座いました。
少しお届けが遅れてしまいまして申し訳ありません。
夏、と言う事で砂漠にレースとちょっとだけ暑い(熱い)感じのノベルになりました。
煙草じゃなくて葉巻な草間さんも珍しいのではないでしょうか。
では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。
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