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■秋ぞかはる月と空とはむかしにて■

エム・リー
【5251】【赤羽根・灯】【女子高生&朱雀の巫女】
 薄闇と夜の静寂。道すがら擦れ違うのは身形の定まらぬ夜行の姿。
 気付けば其処は見知った現世東京の地ではない、まるで見知らぬ大路の上でした。
 薄闇をぼうやりと照らす灯を元に、貴方はこの見知らぬ大路を進みます。
 擦れ違う妖共は、其の何れもが気の善い者達ばかり。
 彼等が陽気に口ずさむ都都逸が、この見知らぬ大路に迷いこんだ貴方の心をさわりと撫でて宥めます。
 路の脇に見える家屋を横目に歩み進めば、大路はやがて大きな辻へと繋がります。
 大路は、其の辻を中央に挟み、合わせて四つ。一つは今しがた貴方が佇んでいた大路であり、振り向けば、路の果てに架かる橋の姿が目に映るでしょう。残る三つの大路の其々も、果てまで進めば橋が姿を現すのです。

 橋の前まで足を進めれば、その傍に、一人の少年が姿を見せます。
 少しばかり時代を流れを思わせる詰め襟の学生服に、目深に被った学生帽。僅か陰鬱な印象を与えるこの少年は、名を訊ねると、萩戸・則之と返すでしょう。
 少年の勤めは橋の守り。四つ辻に迷いこんだ貴方のような客人が、誤って橋を渡って往かぬようにと守っているのだと応えます。
 橋の向こうに在るのは、現世と異なる彼岸の世界。死者が住まう場所なのです。
 
 少年が何故橋を守っているのか。
 少年が抱え持つ百合の花とは何を意味するものか。

 少年が抱え持つその謎は、貴方が望めば、何れは明かされていくかもしれません。


秋ぞかはる月と空とはむかしにて 四



「はい、これ」
 半ば呆然と周りを見渡している則之に、灯は一枚の切符を手渡した。
「これがあるとね、今日一日、バスと電車が乗り放題になるの」
「バス、ですか」
 およそ現代の風景には見合わないであろう、古さを感じさせる学生服姿の則之は、きょどきょどと視線を移ろわせながら灯を見る。
「うん。則之君の頃ってバスとか電車ってあった?」
 対する灯はチュニックワンピースにジーンズという、動きやすく、それでいて見目も涼しげな服装でまとめていた。
「俺の頃には乗合バスがあって……あとは市電が……」
 学生帽の下、則之の表情はどこか強張っている。
 灯は則之の顔を覗きこんで首を傾げ、「……やっぱりやめといたほうがいいかな」と訊ねた。
 則之は灯の顔に目を向けてしばし間を置き、意を決したように目をしばたいてからかぶりを振る。
「いいえ、大丈夫です。……今の帝都がどうなっているのか、……それに映画も観てみたいし」
 淀みながらもそう応えた則之に、灯は元気づけるようにして満面の笑みを浮かべる。
「うん。じゃあ行こう! 前に見せた映画、覚えてる? 海賊が出てくるやつ」
「海賊の……あ、ええ、あれはすごかったな」
「あれの続き、今ちょうどやってるんだけど、一緒に観に行こうよ。ここから近い劇場もあるはずだし」
 言いながら今日のために買った地図を広げ、現在位置と照らし合わせながら小さく唸る。
 灯は、天性の方向音痴なのだ。しかし、今日ばかりは迷っているわけにもいかない。
 街頭にある地図と本とを睨みつけながら何度も何度も確認する灯の横で、則之がふと片手を伸べた。
「灯さん。あれって、劇場って書いているみたいだけど」
「え?」
 則之の指が示した方に目を向ける。
 休日の、人混みでごった返された街並み。東京の、まして銀座界隈を選んでしまったのは、果たして正解であったのか否か。
 むろん、日比谷の駅前が近いという事をも考慮に数えるなら、それは間違いのない判断であったのだろうが。――なにしろ劇場も近い。食事をするにも茶にするにも、あるいは公園をぶらりと回るのでも楽しい場所なのだから。
「あ、……ホントだ」
 灯は地図と看板とを見比べて、思わず頬を赤くした。
 目指す劇場は地図を確認するまでもなく、駅のすぐ近い場所に見えていた。
「わ、私、でも、何度かここに来た事あるんだけどね。友達と一緒だったからあんまり道も見てなかったし」
「?」
 意味もなく言い訳めいた言を発した灯に、則之はわずかに首を傾げている。
 ――まさか、四つ辻を出てきたばかりの、それも震災後の東京をまるで知らない則之が灯よりも先に目指す場所を見つけてしまうとは。
 むろん、それは地図から顔を持ち上げて周りを見渡してさえいれば、誰にでも容易に見つけられるであろうほどのものだ。ビルの壁に大きな看板があるのは、さすがにいやでも目につくだろうから。
「灯さん?」
 則之の声ではたりと顔をあげ、灯は心なしか火照った顔を軽く叩く。
 ――たぶん、気負いすぎているのだ。
 出来る限りスムーズに、滞りなく、スマートに。
 則之に東京見物を楽しんでもらい、昔とはまるで違う顔になっているであろう街並みを見てもらうのだ。そして楽しい一日を過ごしてもらうのが灯の理想とする組み立てだった。
 が、ふたを開けてみれば、灯はそもそもひどく方向音痴だ。地図を広げたところで、その地図の天地左右を読み間違えた上で、勝手な脇道を妄想してしまったのではないだろうかと思えるほどに。
 
 ひとまず劇場に向けて歩みを進める。
 則之は、やはり一見して挙動不審な少年になっていた。ごった返した人混みに驚嘆しているというよりは、むしろ彼らが身につけている衣服のデザインや、あるいは建物のデザイン、並ぶ店舗内に見える商品の数々に驚愕しているようだった。
「則之君」
 則之の袖を引きながら、灯は気を取り直して笑みを浮かべる。
「映画の上映時間、三時間あるんだ。で、今の回から入ったら、ちょうど終わってお昼時かな。食べたいものとかってある?」
「三時間……。前に灯さんが見せてくれた侍の映画ぐらい長いんですね。食べたいもの……」
「あのさ、私、じつはお弁当なんて作ってみたんだけど、その、良かったら」
 ごもごもと言いよどむ灯の言を汲み取ってか、則之が小さな笑みを浮かべた。
「そのほうが俺も助かります。……この世界にどんな品書きがあるのか、しょうじき、検討もつかない」
「ホントに!? 良かった〜。ここ、すぐそこに大きな公園があるのね。そこの芝生の上とかすごく気持ちいいから、そこで食べよ」
 安堵に胸を撫で下ろしながら声を弾ませた灯に、則之は無言でうなずく。
「公園は、たぶん、迷わずに行けると思うんだ。……たぶん」
 語尾に近付くにつれて不安気に声を潜めた灯の腕を軽く叩き、則之は四つ辻ではあまり見せた事のない笑みを浮かべた。
「迷うのも楽しいものだと思いますよ」

 映画の公開日時を過ぎたばかりのせいか、あるいはその話題性が手伝ってか、劇場はひどく混みあっていた。が、どうにか辛うじてチケットを買うに至り、三時間ほどの上映時間をふたりで並び有意義に楽しむ事が出来た。
 灯は時々ちらりと則之の顔を盗み見てみたが、則之はやはり呆然と、――それこそ魂を抜かれたような状態で、始終を銀幕に取り込まれていた。
 則之の時代には活弁師がいて、演奏家がいた。今はそれもなく、音響はどこからともなく鼓膜を震わせ、映像は驚くほどにクリアで、なによりも迫力が違うのだろう。
 灯は則之がひたすらに驚嘆している横顔を眺めて、灯もまた心から安堵する。
 則之を現代の東京に連れ出したのは、たぶん間違いではなかったはず。そう思えて、なんだか少しほっとしたのだ。
 
 三時間の上映時間を終えて劇場を後にした頃には、当初の予定通りに昼時となっていた。
 陽射しは上映前に比べ幾分か強くなっているが、風があるせいか、決して暑いとは感じない程度の陽気だった。その風も決して強すぎるといったものではなく、街にわだかまる熱をすくいとっていく程度の心地良いものだ。
 劇場を後にして歩く事数十分。おそらく、本来ならばそれほどに時間をかけずとも辿り着けるであろうはずの距離を、これもまた予定通りというのか、あるいは不可抗力とでもいうのだろうか。ともかくも雑踏の中を行ったり来たりした後に、ふたりはようやく目指す公園に辿り着けたのだった。
 数十分という時間は決して短いものではなかったが、けれど、その間興奮気味に映画の感想を交し合っていたせいもあってか、感覚的にはさほどの時間を要していなかったように思えた。それはたぶん幸いしたのかもしれない。
 芝の上にシートを敷いて、灯は早朝から起きて作った弁当をそわそわと広げる。
「考えてみたら、則之君がどういうものが好きなのかとかわかんなかったから、手当たり次第に作ってみたんだ」
 言いながらふたを開ける。
 そもそも、則之の時代の食生活がどんなものであるのか、詳しくを知らない。パンはあったのか、サンドイッチを作って、それを食べてくれるのかどうか。肉好きなのか、あるいは魚好きなのか。
 それ以前に、則之が通常の食事をするのかどうかも分からなかった。――四つ辻の薄闇の中で見る則之は、どこか人間離れした存在のようにも思えたから。
 そうして悩んだ末に結局、おにぎりとサンドイッチの双方を用意した。おかずは煮物にからあげ、卵焼き。つまるところ定番メニューとなってしまったのだった。
「大正時代って、パンってあった?」
 サンドイッチを手にし、しげしげとそれを見つめる則之に訊ねる。
 則之はすでにサンドイッチを頬張っていて、ややの間を置いた後にうなずいた。
「ありました。でも、こういうふうにしたものを食べたのは初めてかな……」
「そうなんだ? 卵とハムをはさんだだけのやつだから、今度はもっとちゃんとしたのも作ってみるね。それと、行ってみたい場所とかってある? っていってもどういう場所があるのかとかわかんないよね」
 灯が小さく首を傾げながら訊ねると、則之はからあげを興味深げに見つめてから口に運び、うなずく。
「だから、もし良かったら、この後東京タワーに行こうかなーなんて思うんだけど、どうかな」
「東京、タワー?」
「浅草十二階だったっけ? たぶん、それよりももっとずっと高いと思うよ。展望台から東京中見れるし、今日は晴れてるからもしかしたらもっとずっと遠くも見えるかも」
「東京中を」
 灯の言を復唱する則之を見据え、灯は満面に笑みを浮かべた。
「行ってみる?」

 初めは、則之がかつて住んでいたであろう土地に案内するべきなのかもしれないとも考えた。浅草十二階。それが建っていた場所や、その周囲を散策するのも良いのではないだろうかと。
 けれど、それはもしかしたら触れてはいけない部分なのではないだろうかとも考えて、灯はそれを取り止めた。
 そもそも、則之を四つ辻から現世に連れ出す事が出来るのか否かさえも不明だったのだ。それを、ひとまずこうして東京の、日の下に連れ出せた事だけでもよしとするべきなのかもしれない。
 
「行って……みたいです」
 うなずいた則之に茶を淹れたマグを手渡して、灯は再び地図を開き持った。
「うん、じゃあご飯食べたら行こうっか。……ええと、最寄の駅は……そこから歩いて……っていうか、大きいからどう考えても迷うはずないんだけど……」
 地図を睨みながらうんうんと唸りだした灯に、則之が小さな笑みを浮かべた。
「十二階よりも大きな建物だっていうなら、地図なんかはいらないんじゃないかな。……ともかく行ってみようよ、灯さん」
 四つ辻の薄闇の中で見る、どこか暗鬱としたような暗い面持ちは、少なくとも今の則之には見受けられない。陽の下にあるせいだろうか。明瞭とした、快活な少年に見える。
 灯は目を細めてうなずいた。それから地図をたたんでカバンにしまいこみ、自分もおにぎりに手を伸べた。
「そうだよね。なんとかなるよね!」
「灯さんのお弁当もおいしいですし」
 のんびりと微笑む則之に、灯はわずかに首をすくめながら頬を上気させる。
「時間があったら、お台場とかも行ってみようね。海のほうなんだけど」
 言ってお茶を一息に飲み干す。

 陽はまだ高い位置にある。
 用意した切符は、まだまだ充分に活用できそうだった。


 



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【5251 / 赤羽根・灯 / 女性 / 17歳 / 女子高生&朱雀の巫女】



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          ライター通信          
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いつもお世話様です。このたびはご発注まことにありがとうございます。
まずはお詫びから。
お届けが数日ばかり遅くなってしまいましたこと、心より謝罪を申し上げます。
今後はさらに精進を努める心づもりでおりますので、よろしければこれに懲りずに今後ともよろしくお願いいたします。


さて、東京観光ですが。
ひとまず日比谷で映画を観て(観ましたよ!なにやら続きがあるらしいとの噂もありますが、どうなんでしょうかねー)、その後日比谷公園で昼食。
昼食はこちらの勝手で灯様特製お弁当にさせていただきました。
いや、なんか料理はお得意そうかなーなんて思いまして。設定外でしたら申し訳ありません;
というか、則之が昼日中に東京に出てくるという展開は予想していませんでしたので、とても新鮮な気持ちになりました。

お届けが遅れてしまいました分、少しでもお楽しみいただけていればと思います。
それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。