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■Dice Bible ―unu―■

ともやいずみ
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
 風が吹いた。
 深い闇の中、都会の一角……誰も見もしない人の居ない道。
 蹲る人間を、見下ろす。
「うぅ……あぅぅ……っ」
 手には血管が強く浮かび上がり、唾液が唇から零れた。
「あぁ……は……うぁ……」
 うめき声を洩らしつつ、苦痛に耐えつつ、その人物は見上げる。
 黒い衣服をなびかせる美貌の主は憐れみも、何もその表情に浮かんではいない。だがその姿が消えていく。
「あ……! ああ……っ!」
 手を伸ばすが、届かない。届かない!
 佇んでいたはずの人物が消えた先には一冊の分厚い本。タイトルは――ない。
「く……っ、あがっ」
 喉元をおさえ、その人物は苦痛の声を洩らして……それからゆらりと立ち上がった。落ちていた本を拾い上げ、そのまま闇の中へ消えていった。
 こうして……人知れず戦いは起こっていた。そして、「あなた」の物語の始まりの合図でもあったのだ……。
Dice Bible ―unu―



 月の出ている夜だった。分厚い雲の隙間から時々覗くその明かりは、不吉のようにも見え――。



 赤く濁った、光る目。
 犬。犬。犬。
 野犬がこれほどいたのかというくらいの犬の数。
 それらを見て、彼女はここにやって来た。ひと気のない、こんな薄明かりしかない場所まで。
 年齢は二十代前半。化粧気のない顔をした娘は苦渋に満ちた表情でいる。ここがラストだ。今夜はこれで最後になる。
「くっ……ぅ、召喚!」
 叫んだ途端、目の前に一冊の本が現れる。題名のついていないそれから、ぼひゅっ、と何かが飛び出す。
 奇妙な、それでいて妖艶な光を纏った少女が出現した。いつの間にか本は消えている。
「アリ、サ……!」
「はい、マスター」
 背後からの声に頷き、アリサと呼ばれた少女は真っ直ぐ前を見据えた。
 黒のゴスロリ服。頭には黒の帽子。染めたものではないだろう桃色の髪は、後頭部の低い位置でおだんご状にまとめてある。
 白い肌を持つ西洋人の少女だ。
 苦しそうに身を屈め、もはや立っているのもやっとという状態で、主である女は指差す。
「殲滅してちょうだい……!」
「承知しました、マスター・ヒヅメ」
 アリサはタン、と一歩分後退し、それからちらりと視線を移動させ……再び前を向いた。
 それから――破壊が始まった。いいや、「殺戮」の間違いだ。

 殺戮はものの数分で終わった。呆気ないほどに。
 その場に残ったのは返り血すら浴びていないアリサと、うずくまっている主・ひづめの姿。
 アリサは振り向いた。
「……マスター」
「あ、は……だ、大丈夫、だか、ら」
 たどたどしい喋りをして、ひづめは立ち上がる。だが足がよろめいて再び地面に戻った。
 アリサはそれを、眉をひそめて見る。
 ひづめは薄笑いを浮かべてアリサを見上げた。彼女の背後に見える月がとても綺麗。
「……殺して。そのほうが……あたしも、救われる」
 辛そうに微笑む主を見遣り、アリサは苦渋の表情をする。
 主である梅景ひづめは……続けた。
「もう、だめだ。あたし……『感染』しちゃったよ」



 夜神潤は夜道を歩いていて、誰かにぶつかりそうになった。唐突に突き飛ばされて「は?」と洩らしたのは地面に座り込んでからだった。
 自分が道に座り込むなんて珍しい。
 目の前にいるのは黒の衣服の少女。西洋人だ。桃色の髪の娘はこちらを冷たい瞳で見た。
「早々に去りなさい。ここに居ればあなたもただでは済まないでしょう」
 柔らかく丁寧な口調ではあったが、棘が含まれている。
 かわいい子だなとは思ったが、潤は表面的なことにあまり興味はない。顔の美醜など、どうでもいいことだった。
 潤は立ち上がる。軽くズボンを払った。
「そうは言ってもね」
「病人がいるのです。あなたは邪魔です。消えなさい」
 淡々と言うと彼女は青い瞳を潤に向けた。
 少女の背後にはうずくまっている人物がいる。女子大生くらいの、まだ若い娘だ。苦しそうに身体を縮こまらせている。
(この人が病人なのかな)
「救急車待ってるのかな?」
「去れと言ったはず」
 短く言い放つと、それ以降彼女は黙り込んでしまった。しかし不思議な娘だ。背後の女を気遣う素振りもない。
 潤は二人を観察する。
「うっ……うあぁ……げほっ」
 喉元をおさえる女は立ち上がった。そのまま髪を掻き毟った。
「も、も……ダメ、だ……! アリサ……! 行こう……っ」
「はい。……あなたのその強靭な精神力には感服します」
 敬愛を込めて呟くと、アリサと呼ばれた少女は娘に付き従って歩き出す。
 潤は瞬きをした。
 なんなんだ今の二人は。
 よろよろと歩く娘に静かについて行く少女。
(あの子……どんな子なんだろ。なに、してるんだ……?)
 二人が去っていく様子を眺めていたのだが、ふいに女がまた座り込んだ。そして……。
 アリサが拳を振るった。
 その拳が、女に直撃する。頭を粉砕するだけではなく、身体を木っ端微塵にしてしまう破壊力で。
 血と肉だったものが霧のように散った。ありえない光景だった。
 アリサは女がいた場所を見つめると、小さく呟く。
「ノアプテ・ブーナ……」
「???」
 何語?
 と思ってしまう潤である。
 ふと気づけばアリサは手に一冊の本を持っている。分厚い本だ。紅色の表紙を、軽く撫でる。
 そんなアリサがこちらを見た。まだいたのか、というように目を細める。
 潤はそっとアリサに近づいた。まぁ……彼女が嫌がるなら別にいいけど。
「今の人は?」
「………………」
 沈黙で応えるアリサを潤は見つめる。応えたくないというならそれでもいい。
 ケースバイケース。相手が嫌だなとか、迷惑だなと思うことは自分もしたくない。
「えーっと、とりあえず俺の自己紹介してもいいかな? 名前言ってなかったよね」
「………………」
 人形のようにこちらを見ているアリサは特に興味をもったふうでもない。潤の存在などどうでもいいという様子だ。
(やっぱり人間じゃないんだよな……)
 かといって生きていないというわけではないようだ。
 しかし自分とて200歳なわけで、この少女も外見通りの年齢とは限らないだろう。
「夜神潤。って、今さらだけど俺年上? もしかして下?」
「……ミスター・ヤガミ。ワタシに何か用ですか?」
「えっ、あー……いや」
 後頭部を軽く掻く。なんだか非常にやりにくい。
 うまく馴染んで良い関係性が作れたらとはチラっと思ったが……。ちょっと難しいようだ。
「ワタシの側にいると危険です」
「心配ないって。少々の危険は俺には意味ないし」
 自分はかなり強い。人間など歯牙にもかけないほど。
 風が吹く。アリサの髪が揺れた。
「それは、あなたがヒトではないからですか」
「あんたにも言えることだろ?」
「…………」
 アリサがすっ、と片手を差し出してくる。もう片方の手には本を持ったままだ。
 潤はわけもわからずその手を見遣る。なんだ? 握手?
「生憎とあなたしかこの近くにいないようです」
「は?」
「とはいえ、まだ……契約はしません。適性があるかどうか、みます」
「適性?」
 試すのか、俺を?
 意味が、わからない。
「あの、さ……事情がわからないのにそんなこと言われても」
「そうですね。
 では、少しだけお話しましょう。世界の片隅で続けられてきた小さな戦いのことを。
 ワタシはダイス。ダイスのアリサ=シュンセン。ストリゴイを狩る者」
「すとりごい?」
「人間にわかりやすく説明すると……『吸血鬼』です」
 潤はぎく、としたように動きを止めた。
 吸血鬼。その単語は潤にも無関係とは言いがたいものだ。なぜなら自分は吸血鬼の神祖を父に持つ。そう……だから自分も吸血鬼ではある。
「吸血鬼って、あの? 血を吸う……あれだよな」
「どのような想像をされているかは不明ですが……。おおむね間違ってはいないでしょう」
 ただ。
 アリサは小さく付け加え、虚ろな瞳になる。
「あなたがどのような存在であっても、ヤツらの前では死を待つのみ」
 はっきりと言い切られた。
 吸血鬼の突然変異の自分。どうやって死ねばいいのかもわからないというのに。それなのに……あっさりと目の前に提示された。死ぬ方法を。
 笑止。
 そんなもの、あるはずない。
 他の生物どころか眷属にさえ絶大な殺傷能力を持つのだぞ?
 瞳を細めるアリサは笑いもしない。ただ見ているだけだ。値踏みすように、こちらを。
「俺は……闇に属するモノに対してなら絶対の攻撃力を持ってると自負してるんだけど」
「ヤツらの前で戦うことができるのは我らダイスのみ。ダイスでない者は、すなわちヤツらのエサ。それはどのような存在であっても覆せないものです」
「エサ……」
 この俺が?
 嘘だ。信じられない。いくらなんでも、馬鹿馬鹿しいだろう?
「ダイスってのは?」
「それは無事に契約できればお話ししましょう」
「契約って」
「ワタシと契約し、本の主になることです。適性があればあなたは無傷。なければ、最悪は死です」
「簡単に言うなぁ」
 つまりは。
「戦いの手伝いをしろってことだろ?」
「そんなことは言っていません。その気がないならワタシは別の者を探すまで」
 引っ込めようとしたアリサの手を、咄嗟に握ってしまう。普通の少女の手だった。
「でも、アリサは困ってるわけだろ?」
「…………困ってはいませんし……あなたは適性が少ないようです」
「え?」
 手を離す。アリサはじっ、と潤を見た。
「あなたは確かに飛び抜けた力を持っている様子ですね。あまりに高すぎる能力のせいで、少々ワタシには歪んでいるようにみえます。
 とはいえ、ここ東京は歪みが強い。あなたのようなモノが有象無象と存在し、闊歩する。よくもまぁ、世界の粛清を受けないものです」
「世界の粛清?」
「バランスをとることです。本来ならばあなたのような存在はもっと『危険を感じている』はずです。世界によってあなたは消されてもおかしくない者……それが生き延びているということは、あなたのバランスをとっている大きなものが他にあるせいでしょう。
 残念ですがあなたは契約してしまうと、ただの人間なみになります。あなたがどのような存在かは知りませんし、知りたいとも思いませんが……自分が自分であるために、あなたは能力を所持しているはず。ワタシがあなたと契約してしまうと、ソレらを根こそぎ奪うことになりましょう」
 えっと、つまり?
「アリサと契約すると……俺はただの人間みたいになるってことか? 今みたいな、自分の力が全く使えないってこと?」
「ワタシが具現化している場合は特にその傾向が強くなると思われます。具現化していなくとも、あなたのエネルギーは絶えずワタシに流れ込む。それを、あなたは耐えられるでしょうか?」
「……なんでそんな、冷たい言い方するんだよ」
 ひでぇ、とちょっと思う。もう少し優しく言ってくれてもいいだろうに。
「ワタシは真実を述べているまで。ワタシと共に在る覚悟があるなら、あなたはそこらへんを歩くただの人間と同じものに成り果てる。それでもよければこの手をとりなさい」
 ……よくわからない子だと潤は思った。
 困ってはいないと言う。確かに困っている様子はない。ならば、なぜ話す?
「お気になさらず。ワタシの手をとらないならば、あなたの記憶をここで完全に消去させていただきます」
 少しも笑わない少女は、ただじっと、潤を見つめていた。その白い手を差し出して――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200/禁忌の子】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、夜神様。初めまして。ライターのともやいずみです。
 あまりアリサに踏み込んだ感じになりませんでしたので、契約完了まではいきませんでした。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!