■Dice Bible ―unu―■
ともやいずみ |
【7079】【クリス・ロンドウェル】【ミスティックハンター(秘術狩り)】 |
風が吹いた。
深い闇の中、都会の一角……誰も見もしない人の居ない道。
蹲る人間を、見下ろす。
「うぅ……あぅぅ……っ」
手には血管が強く浮かび上がり、唾液が唇から零れた。
「あぁ……は……うぁ……」
うめき声を洩らしつつ、苦痛に耐えつつ、その人物は見上げる。
黒い衣服をなびかせる美貌の主は憐れみも、何もその表情に浮かんではいない。だがその姿が消えていく。
「あ……! ああ……っ!」
手を伸ばすが、届かない。届かない!
佇んでいたはずの人物が消えた先には一冊の分厚い本。タイトルは――ない。
「く……っ、あがっ」
喉元をおさえ、その人物は苦痛の声を洩らして……それからゆらりと立ち上がった。落ちていた本を拾い上げ、そのまま闇の中へ消えていった。
こうして……人知れず戦いは起こっていた。そして、「あなた」の物語の始まりの合図でもあったのだ……。
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Dice Bible ―unu―
行き交う人の多さ。これほどの人がいても、窮屈と思わずに歩き続ける者たち。
そんな街中で……一人の少年は佇んでいた。誰かにぶつからないように、隅っこに避けて。
「ニホンか……。ここに来るのも久しぶりだなぁ」
でも……ちょっと人が多すぎないか?
クリス・ロンドウェルは疲れたような表情をした。
「四年ぶりかな……。この国って秘術が独特すぎるし、閉鎖的で協力的でもないしキライなんだよなぁ」
ぼそぼそと独り言を呟く西洋人の少年を、誰も気にしない。そう、彼はそうなるようにしているのだ。誰の気にも触れず……気づかせず。
「さてさて……どうやって狩るかな」
肩からかけていた鞄から書類を出す。
「え〜と、現在住所がわかる秘術は『不死の身体』に『破滅の瞳』か……。なになに。報告書によると…………」
と、そこでクリスは停止した。瞼を閉じてすぅ、と息を吸い込む。はぁ、と吐き出してから瞼を開いた。あれぇ、おかしいなぁ。
手に持つ書類にははっきりと記されている。
不死は消滅。破滅は持ち主死亡。
――――は?
眉をひそめ、ものすごく情けない顔になる。
「え? あれ? あれれ? ちょ、ちょっと待って…………俺……日本でやることなくなった訳?? 手ぶらで本国へ帰れと?」
ええー。ええええー???
そんなあ、と情けない声を出すクリスは青天の空を見上げた。太陽が、腹が立つほどまぶしい。
*
吐き気を堪える、二十代前半の女を……西洋人の少女が見つめる。
「大丈夫ですかマスター……」
「……平気。あたしは、自分で決めたんだもの。あたしは、梅景ひづめは……この道を選んだ。後悔してない……!」
ひづめの言葉に桃色の髪の少女は微笑む。微かなその笑みは、美しく、儚い。
「……あなたのその『強さ』は、尊敬に値しますマスター」
だが……もうこの女の余命は……。
少女は視線を伏せる。
今夜がこの女の最期になるだろう。それは直感ではなく……確定された未来だ。
「一匹でも多く倒す、わ……! だから、さいごまで、がんば、ろ?」
「……了解しましたマスター・ヒヅメ。あなたのお心にワタシは従うのみ――」
握られた拳は誰が見ても弱々しい。ひづめの頬や額には青白い血管が浮かび上がり、完全に疲弊した表情だ。
この女は破壊されてしまう。もはや手遅れ。数日前にもはや手遅れになってしまった。それでも意志を持ち続けた彼女は、強い人間だろう。
ひづめを殺すのはおそらくは自分の役目だろう。恩も兼ねて、一瞬で命を絶ってやろう。そうすることしか恩返しできない自分が……。
*
時刻は深夜。
「はぁ〜……」
溜息を吐き出すクリスはコンビニで購入した肉マンを頬張る。小腹が空いたので買ったのだが、これはなかなかの美味だ。手軽だし。
「困ったな……。なにしにここまで来たんだかわかりゃしない……」
肉まんを完食したクリスは、ふいに顔をあげる。
道。暗い道。街灯の明かりが薄暗い夜道を照らしている、頼りなく。
鼻がひくつく。
「この気配……」
口元が自然に緩む。
「……いいね。戦場のニオイだ」
ちかちか、と街灯が点滅した。そしてその下に、一人の女が居た。いつの間に現れたのか……。
女子大生くらいの若い女は、化粧気がない。ジーンズを穿いているのは動き易さを重視したためだろう。
街灯の柱にもたれかかり、女は前髪の間からクリスを見てくる。その赤い瞳。赤く輝く異常な眼。
(あれ…………『人間』だ)
何をどうしてそう思ったのかわからないが、クリスは直感でそれを理解した。あのヒトは人間なのだ。あんな、姿、でも。
「ここに居たのですか、マスター」
声が割り込む。
涼しく、高い少女の声。
道の真ん中に立つ黒服の少女の姿にクリスはぎょっとした。今の今までそこには誰も立っていなかったはずだぞ?
女は少女のほうを見遣り、「あぅ……」と小さく洩らす。だが虚ろな瞳のままで彼女は笑った。
「も……だめ、だ……。あたし……を、ころ……して……」
「マスター……」
「自我が……もたな……い……」
瞳から完全に光が消えた。赤く鈍く輝く眼を、クリスに向ける。
クリスは「はぅ!?」と情けない声を出してのけぞる。なんの心構えもなく、いきなりなんなのこの展開!?
そんなクリスを庇うように少女が立つ。こちらに背を向けて。
桃色の髪は染めたものではないだろう。それを後頭部でおだんご状にしてまとめてある。黒い衣服と、帽子。クリスにはわかる。彼女は戦士だ。
驚いた。
(ニホンにも西洋人の使い手がいるんだねー。しかも、可愛いレディとは中々運命的なものを感じるね)
ふ、と内心で笑いを洩らす。
(ここでお近づきになれなかったとあれば英国紳士の恥。……だが)
だが。
クリスは目の前に立つ小柄な少女を観察する。
この娘は、「人外」だ。ヒトではない。
(向こうのほうが力量が上みたいだ。仕方ない)
「お嬢さん、サポートに徹しさせていただきます!」
「退がりなさい」
冷たく突き放される。あぅ、とクリスが口元を歪めた。協力の申し出を、一蹴されてしまった。
女がこちらに襲い掛かってきた!
その瞬発力。それは一気にこちらとの間合いを詰めるものだ。腕を振り上げる。長く伸びた爪。薄く開かれた唇からは、尖った歯。
少女は。
ただそれを見つめ、一言。
「ラ、レヴェデレ」
呟いて腕をあげた。取っ組み合いが始まるのかというほどに、無造作に。
だが、少女の拳は、いつの間にか握られていた拳は、襲いかかってきた女を情け容赦なく…………木っ端微塵に粉砕、した。
破裂、でもなく。破壊、でもなく。
それは標的をあっさりと砂塵に還したような、あまりにも暴力的な力。
桁違いの力のせいで、女は肉体も保てず、破壊することすら許されなかった。血と肉片は一瞬で細かく分解され、砂のようになって舞う。
あまりにも圧倒的――。
少女は腕をおろし、そしてこちらを見た。青い青い、澄んだ空のような色の瞳だ。
クリスは冷汗を流した。この少女が本気を出せば、こちらがタロットを出す前に殺されてしまう。殺される、のだろうか? ただ殺されるだけならまだマシな気さえした。
「こ、こ……んばんわ」
汗を流しながらとりあえず挨拶をしてみる。関わり合いたくないよう、と内心は大慌てだったが。
「こんばんは、ミスター」
平然と応えられて、クリスは拍子抜けする。返事をしてくれるとは思わなかった。
そういえばここはコンビニからそれほど離れていない。今の、あまりにも現実離れした出来事は、本当に一瞬だった。そして一瞬で、元の世界に戻った。何もなかったように。
少女は視線をクリスの手元に遣る。それからクリスを見た。
「ケガはないようですね、ミスター」
「まあね。ふっ。あれくらいなんてことないさ。俺、こう見えてもこういう状況に慣れてるし」
なぜこんなところで強がりを言うのか。自分の性格が少々憎い。
少女は手を差し出してきた。白い手。あまりにも小さなその手に、ぞくりとする。
「あ、握手かい? やだなあ。俺ってそんな有名人だったかな」
ふ、と鼻で笑うが彼女は表情を動かなさい。……こわい。
そっと手を重ねる。すると少女が「ふむ」と呟いた。
「適性がありますね。かなり、ワタシと相性が良いようです」
「は?」
「覚悟があるならばワタシと契約しませんか」
どうでもいい口調で、そう囁いた。
クリスは顔を引きつらせる。なんなんだ突然。なんなのこの子。
いやでも。困っているレディには惜しみなく助けの手を差し伸べるのが……。
「ワタシと契約してもあなたの能力に変化はそれほどないようです」
「あの、契約とかなんのこと? そもそもキミは誰なの?」
「自己紹介がまだでしたね、ミスター。ワタシはダイスのアリサ=シュンセン。名前で呼びにくければダイスでも構いません」
「だいす? ダイスって、サイコロ?」
「いいえ」
アリサは首も振らずに否定した。
「我々ダイスは、ストリゴイを狩る狩人」
「すとりごい……? 確かルーマニアの吸血鬼だっけ」
深い記憶の奥底にあるものを呼び起こして言うと、アリサは頷いた。
「よくご存知で。とはいえ、吸血鬼というわけではないのです。この世界で、人間にわかりやすく説明するために『吸血鬼』と呼んでいるだけ。
ヤツらを退治するのが我々の勤め」
「はぁ……」
もしかして同業者なのだろうか?
クリスは秘術を狩るのを生業としている。
「あなたは何もしなくていい。戦わなくてもいいのです。戦うのはワタシの役目。いいえ……あなたが戦っても意味などない」
「キミの手伝いをするわけじゃないの?」
「ムダです。どのような生物であれ、ヤツらの前では意味をなさない。ヤツらに対抗できるのは我々ダイスのみ」
「……それで、俺にどうしろって?」
「我がダイス・バイブルの所持者になるだけ。本を持っているだけで構いません」
「それだけ?」
「それだけです」
なんだ。簡単だな。
クリスは手を離した。とりあえずニホンですることも今のところ見つけられないし……害はないというのならこの少女の願いを聞き入れてもいいだろう。願われているとは思えない態度と口調ではあるが。
「まぁ、それくらいなら。本を持っておけばいいだけ?」
「それで結構です」
アリサはいつの間に持っていたのか紅色の表紙の本を差し出してきた。厚みがある。ハードカバーの本よりは、ちょっとした小さな辞書のようだ。
受け取ったクリスは、その刹那、脳天までナニかに貫かれ、
魂が――――犯された。
クリスはおぞましいものでも見るようにアリサを、見つめた。
「俺に、いま、何を」
「……ミスター……いえ、『マスター』。お名前を訊いていませんでしたね」
「……クリス。クリス・ロンドウェル」
「ミスター・ロンドウェル。契約は完了しました。これからワタシはあなたの僕。あなたの使徒。あなたの使い魔。
ただし勘違いしてはなりません。あなたはワタシの主ではありますが、それは形式上でのこと。
では次の『夜』にお会いしましょう」
そう言ってアリサの姿が消えた。
残されたクリスは、手元の一冊の本に視線を遣る。
「……ダイス・バイブル」
クリスの魂が、この本が『ダイス・バイブル』であると、告げていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【7079/クリス・ロンドウェル(くりす・ろんどうぇる)/男/17/ミスティックハンター(秘術狩り)】
NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、クリス様。初めまして。ライターのともやいずみです。
アリサとの契約に成功し、ダイス・バイブルの所持者となりました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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