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■Dice Bible ―unu―■

ともやいずみ
【6678】【書目・皆】【古書店手伝い】
 風が吹いた。
 深い闇の中、都会の一角……誰も見もしない人の居ない道。
 蹲る人間を、見下ろす。
「うぅ……あぅぅ……っ」
 手には血管が強く浮かび上がり、唾液が唇から零れた。
「あぁ……は……うぁ……」
 うめき声を洩らしつつ、苦痛に耐えつつ、その人物は見上げる。
 黒い衣服をなびかせる美貌の主は憐れみも、何もその表情に浮かんではいない。だがその姿が消えていく。
「あ……! ああ……っ!」
 手を伸ばすが、届かない。届かない!
 佇んでいたはずの人物が消えた先には一冊の分厚い本。タイトルは――ない。
「く……っ、あがっ」
 喉元をおさえ、その人物は苦痛の声を洩らして……それからゆらりと立ち上がった。落ちていた本を拾い上げ、そのまま闇の中へ消えていった。
 こうして……人知れず戦いは起こっていた。そして、「あなた」の物語の始まりの合図でもあったのだ……。
Dice Bible ―unu―



 荒い息を吐いて歩く女は、まだ二十代前後。見たところ女子大生のようだ。
 動き易そうな軽装の彼女は足をよろめかせるが、目的のものを見つけて立ち止まる。
 犬。
 赤い瞳の犬たちが、たむろしていた。
「しょ、召喚!」
 力のない声を放つと、女の眼前に一冊の分厚い本が現れる。本が開き、そこから何かを『吐き出した』。
 空中に出現した黒い衣服の少女は、着地する。
 女は犬たちを指差した。
「皆殺し、だ」
「承知しました、マスター」
 逃げ出した犬たちを、少女が追いかけていく。犬の速度もなかなかのものだが、少女はそれをものともせずに追いかけていく。
 残された女はゆっくりとその場に座り込み、近くの電柱に手をおく。辛い。立っているのも辛い。
「……今夜が、最期か……」
 嘲るような笑みを浮かべる。
 これでも頑張ったほうではないだろうか。もうそろそろ、誰かにバトンタッチということだ。
(……そっかぁ。あたしは、ここで『終わり』か……)
 ダイスを一人残して逝くわけか。なんだか、申し訳ない。そして悲しい。
 ダイスが戻ってきたら言おう。別れの言葉を。



 書目皆が、一人のうずくまっている女を見かけたのは深夜過ぎ。喉が渇いて近くのコンビニまで行った、その帰りのことだ。
 清涼飲料水の入ったペットボトルが、皆の持つ袋の中で揺れる。
(あんなところに人が……)
 随分と苦しそうにしているが……。
 もしかして酔っ払い? いやでも、気分が悪そうな相手を放っておくのもどうだろう? それにこんな夜更けに女の人が一人とは、危ない。
 皆は女に近づいていく。けれど警戒は怠らない。近づきはするが、距離は保つことにした。
「あの、大丈夫?」
 声をかけるが女は荒い息を吐いているだけだ。後ろからうかがっているだけでは埒があかない。見た感じ、彼女は普通の人間だ。
 正面に回る。
 よく見れば女は皆とそれほど年が変わらないようだ。彼女は辛そうに歯を食いしばって皆を睨み、低い声で言う。
「あっちへ、行け……」
「具合が悪そうだけど……。救急車くらいは呼ぶよ?」
 携帯電話を持ってきたかどうか怪しいところだが、ないならないで、先ほどのコンビニに戻るだけだ。
 しかし彼女は苛立ったようにぎり、と歯を鳴らした。
「余計な、お世話、だ……! 近づく、んじゃ……ない、わよ!」
 荒い息を吐きながらの言葉なので、聞いているこちらも辛い気持ちになってくる。
「でも、そんなに苦しそうだし」
 あまり彼女の気に障らないようにと声を抑えて言った。こんなところに女性を残しておくのも心配だ。
 彼女はやや不審そうに皆を眺め、それから小さく言う。
「じゃ……お願い、と、いうか」
「ん? 救急車?」
「……もし、も……あたしが、ダメだったら……」
「?」
「アリサの、……パートナーに……」
 そこまで言って彼女は咳き込んだ。皆は背中を擦ろうと手を伸ばすが、女はこちらに掌を見せて止めた。
「いい、から。
 大変、だと……思う、し……死ぬ、かも……しれないけ、ど……」
「あの」
「あんた、けっこう、いいヒトっぽい、し……アリサの、力に、なって……やれる、かも……」
「ありさ?」
 って、誰?
 疑問符を浮かべつつ、けれども女の言葉は最後まで聞くことにする。彼女は何かを自分に伝えたいのだ。
「あたし、みたいに……なる、かもしんない……けど……。『覚悟』があるなら……」
「覚悟……?」
「あたし、梅景ひづめ……」
 唐突に名乗られて、皆は「はぁ」と気のない返事をする。
「えっと、」
「名乗らなくて、いい……。あたしから、バトン、タッチ……だ」
 がくっ、と彼女はとうとう前傾し、そのまま地面に倒れこんでしまう。
「あ、ちょ」
「マスター!」
 戻って来た桃色の髪の少女が皆を押しのけてひづめをうかがう。
「無事に全て終わりました」
「アリサ……も、ダメだから……あたしを、ころして」
「…………」
 少女は目を細めた。そして、頷く。ひづめは微笑んだ。
「今まで……あり、がとね」
「こちらこそ。あなたは素晴らしい主でした」
 アリサもまた、微笑み返す。だがそれは、別れのためのもの。
 皆はどうしようかと考えつつ、様子をみた。どうやらあの桃色の髪の少女が「アリサ」らしい。
(……可愛い顔と、服装だな……)
 ゴスロリ、というのだろうか。あんな感じの黒服と、黒い帽子。桃色の髪は後頭部でおだんご状にしている。
(身近にはいないタイプだね……)
 ふぅん。
 後ろ姿からでも、凛としているのがわかる。
 アリサは拳を振り上げた。小さな拳では何も破壊できそうにはないが……。
「ラ・レヴェデレ……マスター・ヒヅメ」
 別れの言葉をアリサが呟き、拳を無造作に振り下ろした。ひづめの顔面におろされたソレは、鼻を潰すどころではなく、頭を粉砕した。
 あまりの威力にひづめの身体全てに衝撃が伝わり、そのまま粉々になる。血も肉も、残らない。
 アリサはしばらくしてからこちらを振り向いた。
「ミスター、どこか具合は悪くないですか?」
 冷たい瞳。それは皆を気遣っているものではない。けれどもその瞳の奥に感じる。ひたむきで、まっすぐな印象を。
「いや。具合は悪くないけど」
「そうですか……。ヒヅメを看てくださったようで……感謝します」
「そんなたいしたことしてないから」
 少しばかり焦って答えると、彼女は黙り込んでしまった。
 皆は彼女を観察した。見た感じ、十代の半ば。西洋人の顔立ち。そして先ほどのことからも考え、彼女は人間ではない。
(さっき……なんだかよくわからなかったけど、頼まれ事をされたんだよな……。この子のことを、頼まれたのかな)
 芯が強そうで信頼できそうな少女ではあるが、頼まれてもどうしようもないこともある。
「あの、僕で何か役に立てること、あるかな?」
 とりあえず訊くだけきいてみよう。邪険にされたらそれまでだし。
 少女は真っ直ぐこちらを見たまま口を開いた。
「目の前でヒトを殺したのに、驚かないのですか?」
「驚いたことは驚いたけど……何か事情がありそうだったし」
「……ミスター、覚悟があるなら、ワタシの本の主になりますか?」
 いきなりのことに皆は「はい?」と訊き返してしまう。本の主?
(この子の本を譲ってくれる、ってこと? うちは古書店だけど、どうなんだろ)
 けれども。彼女は今、『覚悟』と言った。
(覚悟、か……。さっきのウメカゲさんて子も、同じこと言ってたっけ)
 覚悟があるなら。
(覚悟……)
 皆は言う。
「僕でお役に立てるなら、構わないけど」
「そうですか。ミスター、手を」
 少女が手を差し出してくる。えっ、握手? と思って皆は瞬きをした。
 そっと手を握ると物凄く冷たい。思わず体がびくっと反応してしまう。
「……相性はいい。これなら、ほとんど力をもらわなくてもいいかもしれません」
「?」
「ミスター、お名前は?」
「あ……書目皆、と言います」
「ミスター・ショモク。ん……少し言い難いファミリーネームですね」
 ぽつりと小さく呟き、彼女は手を離した。
「ワタシはアリサ=シュンセン。ダイスのアリサです。どちらでもお好きにお呼びください」
「ダイス?」
 ダイスというのは、あのサイコロのことだろうか? 目の前の少女がサイコロには見えない。
 アリサは「いいえ」と否定した。
「ダイスは、ストリゴイを狩る者のことです」
「すとりごい……」
 微妙に聞き覚えがあるが、思い出せない。どこかの本に載っていたような気がする。少なくとも魔術書の類いではない。
「わかりやすく言えば『吸血鬼』のことです」
「吸血鬼って、あの、血を吸うやつ? ドラキュラとか、ヴァンパイアとか、そういうの?」
「似たようなものであって、そのものではないのです。人間にわかりやすいイメージで説明するとそうなるだけですから」
「そうなんだ……」
 つまり、だ。
 目の前のこの少女も人間ではない、ということだろう。先ほどの破壊力からして、そうとしか思えない。
「ミスター、それでは本題に入ります。ワタシの本の主になる気はありますか? ……愚問でした。先ほど、あなた自身から『答え』を聞きましたね」
「え」
「これを」
 いつの間にか、彼女の手には一冊の本がある。紅色の表紙のハードカバーほどの本。いや、大きさはそれより少しあるような気もする。
 本を前にして、皆は瞬きをした。
 皆の家は古書店を営んでいる。皆も家を継ぐために努力は惜しんでいない。だから、本に対しての『目』は肥えている。
 アリサの持つ本はなんの変哲もないものだ。見た目は。
 けれども皆の目でもよくわからない。恐ろしいほどの魔力や、妖力、神力を秘めたものではない。魔術書でもない。……しかし。
(これ、たぶん『開かない』)
 開かない本。読むためのものではない。
 珍しい、と思った。普通ではお目にかかれない。
「……これ、貰ってもいいの?」
 もの欲しそうにしても変だし、と普段通りを装って尋ねると彼女は「どうぞ」と一言だけ返してきた。
 恐る恐る手を伸ばす。アリサの気が変わったらどうしようかと、心の隅で思った。
 そ、と表紙に手を触れた瞬間、ビリッと電流が指先から脳天まで走る。ナニかに侵略されたような不快感がどっ、と押し寄せた。
「っ」
 思わず一歩退く。けれども、本は手放さない。手放すことを『許されなかった』。
 アリサは微笑んだ。
「無事に契約は完了したようですね、ミスター」
「契約って……」
「これからワタシはあなたのシモベ。けれどもどうか心配しないでください、ミスター・ショモク」
 その微笑みは、薄ら笑いにも見える。見えるだけだ。アリサがそのような笑みを本当に浮かべているかどうかは、判断し辛い。
 ゾッ、とした。
「あなたは戦う必要はありません。戦うのはワタシの役目です。あなたは普段通りに過ごしてくださればいいのです。ただ……ただ、『ヤツら』が現れる時だけ、あなたの時間をワタシにくださればよいのです」
 そう言うと、アリサはすぅ、と空気にとけるように消えてしまった。
 皆は彼女が今まで立っていた場所を凝視していた。ただ……それだけだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6678/書目・皆(しょもく・かい)/男/22/古書店手伝い】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、書目様。初めまして。ライターのともやいずみです。
 アリサとの契約に成功し、ダイス・バイブルの所持者となりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!