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■Dice Bible ―unu―■

ともやいずみ
【6600】【居駒・獅騎】【大学生兼風使い】
 風が吹いた。
 深い闇の中、都会の一角……誰も見もしない人の居ない道。
 蹲る人間を、見下ろす。
「うぅ……あぅぅ……っ」
 手には血管が強く浮かび上がり、唾液が唇から零れた。
「あぁ……は……うぁ……」
 うめき声を洩らしつつ、苦痛に耐えつつ、その人物は見上げる。
 黒い衣服をなびかせる美貌の主は憐れみも、何もその表情に浮かんではいない。だがその姿が消えていく。
「あ……! ああ……っ!」
 手を伸ばすが、届かない。届かない!
 佇んでいたはずの人物が消えた先には一冊の分厚い本。タイトルは――ない。
「く……っ、あがっ」
 喉元をおさえ、その人物は苦痛の声を洩らして……それからゆらりと立ち上がった。落ちていた本を拾い上げ、そのまま闇の中へ消えていった。
 こうして……人知れず戦いは起こっていた。そして、「あなた」の物語の始まりの合図でもあったのだ……。
Dice Bible ―unu―



「ふ〜む」
 ぶらぶらと夜道を歩いていた居駒獅騎は夜空を見上げる。
「いい月夜だねぇ」
 ぶらりぶらりと手を動かし、獅騎はひょいと角を曲がった。と、そこで足を止める。
 暗い道の端にいるのは二人の女。
 一人は桃色の髪の娘。まだ少女と呼べるだろう。か細い体躯の彼女は黒服を纏い、頭には黒い帽子。日本人ではない。西洋人だ。
 もう一人は女子大生くらいの娘。二十歳前後。これといって特徴はないが、動き易そうなジーンズ姿だ。
「マスター、無理をするのは……今夜はこれで二度目ですが、本当に……」
「気にし、ないで……」
 心配そうにうかがう少女のほうを、娘が見て応えている。けれども声に覇気がない。
 獅騎の視線は少女のほうに注がれている。不思議な気配を、彼女からは感じる。
(へぇ〜、愛らしい様相をしたお嬢さんだね)
 感心のような声を内心洩らし、獅騎はまじまじと少女を観察した。
 なぜか、とても、興味を、引かれる。
 お近づきになりたい!
 そう思った獅騎は足を踏み出そうとしたが、できなかった。ぴくりと少女が反応したのだ。
「……マスター、近くにいるようです」
「……そう。じゃあ、行って」
 女の言葉に彼女は頷き、颯爽と跳び上がって塀の上に着地する。そのまま細い塀の上を駆け、さらに跳躍して近くの民家の屋根の上に姿を消してしまった。
 残された女は「はあ」と深い息を吐き出してよろよろと歩き出す。なんとも危なげな足取りだ。
(あの人はさっきの子のなんなのかねぇ)
 知り合いなことは確かなようだが、よくわからない。二人の外見に接点はない。アンバランスと言ってもいいくらいだ。
 重たい足を引きずるように歩く女のもとに、先ほどの少女が戻って来た。上空からダン、と力強い音をさせて着地した。アスファルトに足型が微かに残っている。
「マスター、終わりました」
「……そ、っか」
 ぼんやりとした声で応えた女を見遣り、少女は表情を曇らせる。
「マスター、少し失礼します」
 少女は娘の腕を軽くとり、背負う。鮮やかな動きではあったが、妙だ。少女の体格ではあの娘を軽々と背負えるはずがないのだ。
「いい、よ……あたしなんて、捨てて……さ」
「……なにを弱気な。あなたはもっと気高く、強いヒトではないですか。あなたはそれを自覚していた。違いますか? マスター・ヒヅメ」
「……も、いいよ」
 諦めの声を出す女。少女は歩き出そうとしていたのを、やめた。
「もぅ、いい。これ以上は……辛い、だけ。それに、あたし……が、」
 そこで言葉を途切らせる。言い難いのか、それとも言いたくないのかわからない。
 獅騎は少女の後ろ姿を見つめる。こちらに気づいていないわけでもないだろうが……どうも、近づける雰囲気ではなかった。完全に自分は蚊帳の外。いや……もともと部外者だ。
「だから、ね、ころして」
 囁くように少女に言う女。少女がどんな顔をしているのか、獅騎の立っているところからはわからない。
「――わかりました。あなたの意志を尊重しましょう」
 少女ははっきりとそう言い放った。凛とした声。そしてその気高さ。
 獅騎は体の奥から身震いした。本当に、お近づきになりたい!
 少女は女を背中からおろした。まるで捨てるように、ずるっと、落とした。
 女はもう動けないようだ。
 少女は、振り向いた。獅騎からはっきりと顔が見えた。
 街灯の明かりに照らされた彼女は、可愛らしい。15、6の少女だ。
「あなたの望みを叶えましょう、ヒヅメ」
「…………」
 少女を見上げる女。無論、女の表情は獅騎の立ち位置からは見えない。
 少女はゆっくりと拳を振り上げた。
「ありがと……アリサ」
「……ナヴェツィ、ペントルチェ」
 アリサと呼ばれた少女はその一言を言い終えると拳を、振り下ろした。本当に、ただ単純に拳を真下に向けておろしただけ。
 女の頭に拳が落ちる。そして、そのまま。
 一瞬で女の全てが破壊されてしまった。
 血も肉も、粉々に粉砕された。凍ったものが簡単に砕けたような印象を受ける。ほぼ、女は跡形もなくなってしまった。
 残された少女・アリサは冷たい視線でいた。その視線を獅騎に向ける。
「覗き見とは感心しません、ミス」
「あ、ごめんごめん」
 軽くそう言って獅騎は近づく。彼女に近寄れば近寄るほど、アリサの異質がわかった。
 彼女はヒトではない。人間の外見をした、別物だ。
「誓ってナンパじゃないんだが、ま、怪しいわな」
 と、前置きをして獅騎は自己紹介をした。
「あたし、居駒獅騎。年は19。ぴちぴちの女子大生。でもって、風使い」
「…………」
「よろしく!」
 手を差し出す。
 けれどもアリサは目を細めてそれを眺めるだけだった。
 獅騎はにぎにぎ、と手を動かす。行き場のない手を、渋々と引っ込めた。
「やっぱ『ぴちぴち』はイタかった?」
「…………」
 訊いてもアリサは応えない。立ち去ろうとはしないが、獅騎を観察するように見ているだけだ。
(できりゃ、お友達になりたいんだけどな〜)
 なんとも儚い望みになりそうだ。
「ね、名前、教えてくんないの? あたしは名乗ったのに」
「…………アリサ=シュンセンといいます」
 ぼそっと応える彼女は、じ〜っと獅騎を見ている。けれどもその視線を獅騎は気にしない。
「アリサ! アリサちゃんか! お嬢さんにお似合いだねえ」
 にへへっ、と笑うが、アリサはつられることもなくこちらを凝視しているだけだ。なんとも……やりにくい相手である。
 獅騎の性格ならば大抵の人間はなんとなく心を許すというのに、アリサはそれがない。なぜならアリサは……獅騎を値踏みしているのだ。
「ミス・イコマ。あなたは少々無防備ですね」
 刹那、ドン、と大きく足音をさせてアリサが一歩踏み出した。それは衝撃波のようなものになり、獅騎をよろめかせる。
 獅騎が振り向く。そこには犬が転がっていた。否、犬であったものが転がっている。
「……まだいたのですか。けれどもこれで今夜は最後のようですね……」
 アリサはそう呟き、獅騎の横を通り過ぎて犬に近づこうと歩き出す。
 獅騎はアリサに意識を集中させた結果、なにやら危うかったらしい。これはかなりの失態だ。
(こりゃ……呆れられるのも当然かね)
 後頭部を軽く掻く獅騎を無視してアリサは横を通り過ぎようとした。だがそこで足を止める。
「……ミス・イコマ」
「はいはい?」
「……覚悟があるというなら、ワタシの本の主になりますか?」
 事務的な声で言うアリサは、獅騎を見もしない。どうでもいい、という感じだ。
 獅騎は首を傾げた。
「本? 本って、あの?」
「あのもどのも、本といえば本しかありません」
 と、そこで犬が起き上がった。獅騎は咄嗟に構える。獅騎の性格上、何があってもその場その場で最善を尽くせばそれなりの結果が出る――と思っていたからこその行動だ。
「動くな」
 ぴしゃり、とアリサが言い放った。その声に反応して獅騎は停止した。
「死にたくなければ、動かないことですねミス」
 そう言うなりアリサはダッ、と駆けた。一気に犬との間合いを詰める。だが彼女は武器を持っていない。真正面から犬を攻撃する。
 足を振り上げ、『蹴った』。
 犬に直撃した瞬間、犬は先ほどの女と同様に木っ端微塵にされてしまった。
 ざっ、と体勢を戻してアリサは獅騎のほうを振り向く。
「相手をよく見てから攻撃を仕掛けることをおすすめします。自分が全力を出せばなんとかなるのはどこぞのおとぎ話だけ。実際はそんな単純なものではありません」
「そうかね。あたしはそうは思わないけど」
 結果には、努力が必要だと思う。だがそんな獅騎の言葉をアリサは否定する。
「どんな努力をしても、覆せないものがありますから。最善を尽くしても、どうにもならないこともあります。
 それで、覚悟は……。あぁ、先に適性をみましょうか」
「適性?」
 疑問符を頭の上に浮かべる獅騎に、彼女は淡々と言う。
「ワタシとの相性です」
「相性? お嬢さんとあたしのかい? そりゃ、知りたいもんだ」
 うきうきとすると、アリサが眉間に皺を少し寄せた。あまりに好意的な態度は、彼女を不愉快にさせるものなのかもしれない。
「では手を」
 アリサから手を差し出される。握手かなぁと獅騎は遠慮なくその手を握った。――冷たい。まるで氷の手だ。
「こりゃ、冷蔵庫いらずだね。アイス食べてても平気な感じかな」
「…………微妙、な」
 アリサが苦々しげに洩らす。
「あなたの奥底にあるもの……なのでしょうか。得体の知れない『モノ』は問答無用で封じることに……そもそも封じてある、というべきか。む……複雑な」
「なに? どうかした?」
「いえ、なんでもありません。あなたは知らなくて良いことでしょうし、知る必要もないでしょうから。
 ……あとは…………ふぅん」
 なるほど、と言わんばかりの声音。獅騎はきょとんとしているだけだ。
「特にいただくものはないようですが……まぁ、油断はしないほうがよろしいでしょう」
「……あのさ、なんのことかさっぱりわからないんだけど」
 アリサがそこで手を離した。獅騎は尋ねる。
「相性はダメなのかな?」
「……結果としてみれば、相性は良いようですが……微妙、ですね、それも。良くも悪くもある、という結果です」
「? よくわかんないなー」
 腕組みして大きく首を傾けてみせる。かなり愛嬌のある動作だが、アリサはこれもまた無反応だ。
「……それで、ワタシの本の主になる気はありますか?」
「ある!」
 即答した。そうなることでアリサとトモダチになる可能性ができるわけだから、即答するのは当然だろう。
 アリサはすっ、と一冊の本を差し出した。
「ではこれを」
「くれるの?」
 そう言いながら獅騎は警戒すらせずに受け取る。だがその直後、獅騎はその場に崩れ落ち、吐き気を堪えて口元を手でおさえた。
 強烈な破壊が起こった。それは身体の内部ではあるが、内臓などのことではない。精神の内側、魂などが蹂躙されたのだ。
 眩暈がする獅騎を見下ろしたまま、アリサは冷ややかに言い放った。
「契約は完了しました。……思った通り、軽率な方ですね」
 挑発ともとれるような言葉だったが、声には感情が含まれていない。アリサはそのまま消え去ってしまう。
 残されたのは獅騎と、一冊の本『ダイス・バイブル』だけ――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6600/居駒・獅騎(いこま・しき)/女/19/大学生兼風使い】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、居駒様。初めまして。ライターのともやいずみです。
 アリサとの契約に成功し、ダイス・バイブルの所持者となりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!