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■GATE:05 『崩れゆく日常』■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 そこはいつもと変わらないはずの日常。いつもと同じ日。
 異世界に移動すれば必ず在る「化生堂」。けれども現実世界には存在しないその店……。
 それなのに。
 そこに、化生堂は在った。
 居るはずのない人々。在るはずのない店。
 ここは「東京」であるはずだ。そう……いつもと変わらない、自分の町。
GATE:05 『崩れゆく日常』 ―前編―



(既視感か……)
 フレアの言葉を思い出していた梧北斗は、目を伏せる。
(フレアは……あいつに似てる。朱理に似てる気が、する。他のヤツらだって……)
 北斗は顔をあげて太陽を見上げた。
「……フレアは何を求めて、何が願いで頑張ってるのかな……」
 踏み込んだ途端に拒絶されたら……そう思ったら怖い。でも、いつまでも躊躇していては前に進まないし始まらない。
 俺は。
「力になりたい……!」
 そう思った北斗は、化生堂の中にいた。いつものように、迷い込んだようだ。
「あ」
 急すぎる!
(ば、バカ……! いきなりってあるかよ!)
 心臓がばくばくと鳴った。
「おや。あんたが一番最後かい?」
 女将は奥から店先に出てきて、北斗を眺め……首を傾げた。
「なに顔真っ赤にしてんだい?」



「移動に失敗した……って訳でもないよね?」
 成瀬冬馬は小さく呟く。それに頷いて同意するのは菊理野友衛だ。
 化生堂の居間ではちゃぶ台を囲んで会議中である。
「外はいつもの東京のようだったが……」
「別の東京って可能性のほうが高いよね」
 友衛と冬馬はそこで会話を中断し、一人の少年を見遣る。俯いている北斗に二人は声をかけた。
「大丈夫か? 梧」
「北斗君、気分悪いなら無理しなくてもいいよ?」
「えっ!? あ、いや、違う違う!」
 二人に注目されてしまい、慌てて右手をばたばたと振る。
 友衛は冬馬を見る。
「とりあえずこの世界を調査するのが妥当だろう。俺たちの世界と何かが違うなら、別の世界に来たという確証になる」
「そうだね……。ここで悩んでても仕方ないから、現場に行ってみよう」
「そ、そうだな! うん!」
 北斗はウンウンと頷く。かなり挙動不審だ。
 友衛は少しだけ考え込み、口を開いた。
「俺は維緒に協力を頼むか」
「ほいほーい! 呼ばれて飛び出てじゃんじゃかじゃーん!」
 大声で障子戸を乱暴に開けた維緒のセリフに、異邦人たちはしーんと静まり返る。
「あらあ。オレをご指名と違うん?」
「いや……うん。俺が呼んだが……」
 あぁ、頭いたい。友衛はうんざりした調子で立ち上がった。
 維緒はそんな友衛の周囲をうろうろと動き回る。かなり鬱陶しい。
「なになに? どこ行くん? 危ないことなんてあらへんよぉ。外は見知ったとこやんかぁ」
「……いや、ホテルに行こうかと」
「っ!」
 維緒が目を見開き、手に持っていた漆黒の番傘を落とした。これまたわざとらしく、大きな音をたてて。
「……ほ、ホテルぅ? あかん……なにする気なんや、あんた。まさかオレを呼んだのはそういう意味なんか? ごめんやわっ! オレ、攻めな顔と性格しとるけど、女以外は抱きとぅないねん!」
「全力で否定してもいいか……?」
 こめかみに青筋を浮かべている友衛の肩を維緒がぽんぽんと叩く。
「そんなに女にひもじい思いをしとるんやね。かわいそうなおっちゃんや」
「…………」
 口元を引きつらせる友衛はもはや失神寸前だ。怒りと呆れと、様々な感情が混ざってもはやまともな思考が働かないのである。
 そんな友衛を引っ張って維緒は出て行った。見送った北斗と冬馬は同情してしまう。
「……菊理野さんて……なんでいっつも維緒を選ぶんだろ……。苦労するのは目に見えてんのに」
「さぁ……」
「んっとぉ……じゃ、俺は……フレアを……」
 ぼそぼそと小さな声で言う北斗は待つ。障子戸を開けて現れたのはフレアだ。
 彼女は白い帽子を軽く下げた。
「……なんだ梧か」
「………………」
 かー、と耳まで真っ赤になった北斗は咄嗟に顔を背ける。この間のとある洋館での出来事が思い出された。
 フレアは冬馬のほうを一瞥するが、北斗に声をかける。
「行くんだろ。ほら立て」
「う、うん……」
 のろのろと立ち上がって北斗が出て行く。残された冬馬は「さて」と考えた。
 今日は一人で行こう。色々と、考えたいこともある。
 冬馬は腰をあげ、障子を開けた。そして、凍りつく。
 障子戸を開けようとしている娘が、目の前に立っていた。突然目の前で障子戸が開いても驚きもしない……少女。
 冷たい眼で冬馬を見遣る。
「姉さんは……?」
「……ミッシング……」
 ミッシング=ライダー。成瀬冬馬が恋する少女・一ノ瀬奈々子の生き写しとも言える娘。
 黒いライダースーツ姿のミッシングは近距離からこちらを見てくる。違うとわかっているというのに、冬馬の心臓が忙しなく動く。
「姉さんは、いないの?」
「あっ、う、うん。さっき北斗君と一緒に」
「……そう」
 小さく呟いたミッシングはそこから去ろうとする。その肩に手を置いて、冬馬は止めた。
「あ、ま、待って!」
 ミッシングは怪訝そうにこちらを見上げる。真っ直ぐ見つめてくる瞳。
 冬馬は視線を逸らしてしまう。彼女の視線は強いのだ。
「……その、君はボクの知り合いに似てて……。すごく、似てるんだ」
「私が……?」
「そっくり、って言ってもいい。一ノ瀬奈々子ちゃん、っていうんだけど……」
 何か反応があるだろうかとうかがうが、ミッシングは無反応だ。
「どうして……そんなに似てるのかなって気になってて。他人の空似だろうなとは、思うけど」
「………………それは、私にはわからない」
 ミッシングはぼそりと小さく呟いた。
「私には、記憶がない。姉さんと会った時から始まったから、それより前の記憶はない。私がどういうモノだったのか、あなたは知っているの?」
 冬馬はミッシングを見つめた。彼女も見上げてくる。冬馬の頬を撫でた。冷たい指先――まるで、死……。
 ぴく、とミッシングが反応して、慌てて店先に向かう。冬馬もそのあとを追った。
「こーんーにーちーはー」
 店先に立っている、時計を持った少女は大きな声を出していた。ミッシングではなく、冬馬が出てくると幼い少女は笑顔満面になった。
「あはは〜。いたいた〜。おにーちゃん、みぃーつけたぁ!」
「ムーヴ……!」
 敵意を剥き出しにするミッシングと、驚く冬馬の声が重なる。
 ムーヴはミッシングを見て露骨に顔をしかめた。
「やーだ。ゴミまでいるぅ!」
 ゴミ? と、冬馬がミッシングを横目で見る。そして、視線をムーヴに戻した。そこでハッとする。比べるものがあるからこそ、今はっきりとした。
 ああ。ああ……そうか。そういうことか。
 ムーヴに会った時から感じていた既視感の正体。それは。
 冬馬はムーヴを凝視する。
(あの子は……あの子も奈々子ちゃんに似てるんだ……!)
 髪の色も、髪型も違う。年齢なんてまったく違う。けれども。こうしてよく見ればわかるじゃないか!
 あの顔は奈々子のもの。
 ムーヴは、幼い奈々子の姿なのだ……!



「俺が使ってるホテルに行けば、部屋がないかあるかで何か違いがわかるかなと思ったんだ」
「なるほどなぁ。なんやぁ、オレをどこぞに連れ込もうとしたんと違うんやね〜」
「……おまえはそんな性格で疲れないのか……?」
 友衛の問いかけに維緒はニコーっと猫のような笑みを浮かべた。
「トモちゃんに気ぃ遣っとんのよこれでも。ほら、人間はコミュニケーションが大事やん?」
「……おまえは嫌われると思ってないのか」
 げんなりする友衛は、ふと気づいて自分の掌を見遣る。信号は赤で、二人は青に変わるのを待っている状態である。
(この間、成瀬は能力を使えた様子だったが……)
 後で確かめてみよう。いや……けれどもなんとなく予感がする。……使えるだろう、おそらく。
(それに……フレアかミッシングにも訊くことがあるからな)
 成瀬冬馬と梧北斗が気にするミッシングという人物――あの二人と無関係なのだろうか? それとも……。
 信号が青になる。
 街中はいつもと何も変わらない。それに友衛は多少警戒していたのだ。友衛の仲間に見つかったら何を言われるか……。それだけが気がかりだった。
 ……違和感に気づいたのはすぐだった。
「……維緒?」
 小さく呟いて、振り向いた。振り向いた先には、自分の横を通り過ぎた女子高生たちの姿。キャハハと笑いながら歩いていく、どこにでもいる高校生の少女たち。
「維緒、アレは……なんだ?」
 震える声。
 横に立つ維緒は「ん〜」とのんびりと応えた。
「見たとおりやと、思うけど?」
 淡白な声。
 友衛が見ていたのは――――。



 街中を二人きりで歩くのは、意外に緊張した。
 隣に立つフレアをちらちらと盗み見る。頬を赤く染めた。
(なんだろな……。俺、もしかしてフレアのこと好きなのかな……)
 どうなんだろう。
「それで……梧はどこに行くんだ?」
「あのさ」
「ん?」
「今日はお見舞いとかいいのか? なんか用事あるなら、えっと、それを済ませてからでもいいぜ?」
「…………」
 親切で言ったのだが、逆効果だったようにフレアが黙ってしまう。ややあって口を開いたが、声は重い。
「いいんだ……ここでは」
「は?」
「……行ってもムダだから」
 ぼそぼそと言うフレアは、ハッとしたように顔をあげる。
「……おまえ、なぜ、見舞いことを訊いたんだ!?」
「え?」
 意味不明なことを言われて北斗が瞬きをする。
 フレアが北斗の両肩を強く掴む。
「予定ではおまえは『そんなことは訊かない』はずだ……! …………っ、ムーヴがいるのか!」
 青ざめたフレアがきびすを返す。いきなりのことに驚いた北斗はつい、フレアの肩を掴んだ。
「どういうことだよ!」
 と訊くつもりだった。けれども、勢いよくフレアが北斗の手を払ったのだ。拍子に、彼女の帽子が落ちる。
 赤い髪が北斗の目の前で揺れた。
 フレアはあの少女に似てるって……。
「フレア……」
 呆然とする北斗に向けて舌打ちし、フレアはそのまま人込みの中に消えてしまう。
 追いかけることもできなかった北斗は、落ちていた帽子を拾い……顔を歪める。
「………………やっぱり」
 半分はそうじゃないかなと思い、半分は違うだろうと思っていた。
 綺麗になったなとか、そうは思ったけれど。
「やっぱり………………!」



「ど、どういうことだ……」
 友衛は維緒を見遣って言う。
 ショーウィンドウの向こうのテレビでは、今日の日付が出ていた。友衛が見たのはこれだ。女子高生たちの会話が耳に入って振り向き、そして気づいた。
 今日の日付は間違っていない。けれども……『年』が違う。
「『一年後』って……どういうことなんだ、維緒!」
 友衛の焦る声を聞いても、維緒は目を細めて薄く笑うだけだった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 フレアにさらに近づいたようになっています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!