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■某月某日 明日は晴れると良い■

ピコかめ
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
 興信所の片隅の机に置かれてある簡素なノート。
 それは近くの文房具屋で小太郎が買ってきた、興信所の行動記録ノート……だったはずなのだが、今では彼の日記帳になっている。

 ある日の事、机の上に置かれていたそのノートは、あるページが開かれていた。
 某月某日。その日の出来事は何でもない普通の日常のようで、飛び切り大きな依頼でも舞い込んだかのような、てんてこまいな日の様でもあった。
 締めの言葉『明日は晴れると良い』と言う文句に少し興味を持ったので、その日の日記を読んで見る事にした。
某月某日 明日は晴れると良い

代価

 黒・冥月の携帯電話が鳴る。
 冥月はそれを影の中から取り出して手早く通話ボタンを押す。ディスプレイを確認すると発信相手は雇った情報屋だ。
『見つけましたよ。ターゲット』
 仕事終了の報だった。
「何処にいた?」
『太平洋のど真ん中です。船上で生活していたみたいですね』
 国外に逃げているのかとは予想していたが、海の上とは少し驚きだ。
 だが、奴は移動符を持っていたし、移動するのに何の不便も無い。海上で生活していても物資補給に困ることはあるまい。
「わかった。成功報酬に色つけて振り込んでおく。ご苦労だったな」
『毎度。また何かあったらよろしく頼みますよ』
 冥月は通話を終了して携帯電話をしまった。
 そして小さく笑って呟く。
「やっと見つけたぞ」
 今度は船をどうにかしなければ、と頭の中で船を準備できそうな人間を捜し始めた。

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 多少大きめの客船を借り切り、情報屋から得た情報を頼りに海へ繰り出す。
 聞かされた場所には大分近づいているはずだが、視界には捉えられない。
「位置に変更はないのか?」
『ええ、ほとんど動いてませんよ』
 無線を利用して情報屋と交信するが、やはり動いていないらしい。
 となれば、例え肉眼で見えなくても双眼鏡なんかを利用してグルリと見回せば見える距離のはずだ。
「……また、何かの符か? ふむ、影を探ってみるか」
 海の上に落ちる影を探す。ココまで来れば半径十キロの範囲には収めているはず。
 ユリの符を使われていたら、影は感知できないのだが……どうやらその心配は無かったらしい。
「見た目だけ誤魔化せれば大丈夫だと高を括ったか。甘かったな」
 影を探ればすぐに船の影が感知できた。漁船のようなボロ舟が太平洋の真ん中に一艘、ポツリと浮いている。
 その上に人の影も。この影の形は間違いなくトライエッジのものだった。
 気付かれない内に、冥月はトライエッジを影の中に取り込み、船にここで待機するように伝えて、自分も影の中に入った。

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 影の中の小さい空間には、いきなりの突飛な展開についていけないような顔をしたトライエッジがいた。
「あ? あれ? なんだ、ここ」
 影でグルグル巻きにされ、身動きは取れない。
 トライエッジは近くに立っていた冥月の姿に気付き、渇いた笑い声をこぼした。
「あ、はは。お姉さん久しぶりだなぁ」
「私はついこないだ会ったばかりだがな?」
 冥月が会ったトライエッジは幻影であったが。
 今のトライエッジの反応が素のものなら、どうやら本当にあの幻影と本体は繋がってなかったらしい。
 だがまぁ、そんな事は関係ない。
「隠れる腕は一流だな? だが、こちらも探すのには慣れてるんだ……とは言え、情報屋に金を多量にばら撒いたがな」
「おぉ、ブルジョワジー。オイラにもその金、分けてもらいたいね」
「……ブルジョワジー、ね」
 いつか、ユリや小太郎からも聞かされた言葉だが、なんとも印象が違う。
 トライエッジから言われると嫌味百パーセントな気がして、苛立つ。
 冥月はその苛立ちを隠しながらも、一応注意してトライエッジに二、三歩近づいた。
「どうやら符やら武器やらは持っていないようだな?」
「オイラがいつもあんな危ないもの持ってると思ったら大間違いだぜ? オイラは善良な人げ……ん゛っ!!」
 言葉の途中で冥月の鉄拳がトライエッジの左頬を強か撃った。
 影で固定されているので、その衝撃はほぼモロにトライエッジの頭部に行く。
「……げっ、っぺ! うへぇ、痛ぇな」
「だろうな。そうなるように殴った」
「出来れば勘弁して欲しいね。オイラってば、痛いの苦手でさ」
 軽口が癪に障るので、冥月は影をトライエッジの口の中にいっぱいいっぱいに詰め込んだ。
「それで歯を食いしばると良い。少しは和らぐんじゃないか? あまり、すぐに気絶されても困る」
 言いながら冥月は手刀をトライエッジの腹部にめり込ませる。ともすればそのまま手が肉の内側にめり込みそうなものだが、そこはトライエッジも鍛えてるのだろう。指がうずまるぐらいで止まった。
 手を突き刺した場所は腎臓の部分。とても痛いはずだ。
「……っ!!」
「お前には『次に会えば殺す』と言っておいたのだが、まぁ、小太郎を殺さなかったことで、今日のところはまぁ見逃してやる。幻影とお前が繋がってなかったなら、お前は知らないかもしれないが」
 冥月はトライエッジの口内に詰め込んでいた影を取り払い、首をかしげる。
「だがな、間接的にもお前に負わされた傷が深刻な奴らがいてな。奴らを見ているとお前が無傷で、のうのうと生きてると思うと腹が立つ」
「おいおい、お姉さん、オイラを馬鹿だと思ってるだろ? オイラだって悩みぐらいあるぜ」
 口を挟まれたので本気パンチ一撃、腹部に。トライエッジが血を吐いたが、そんな事知ったことではない。
「そこでだ。お前、利き腕はどっちだ?」
「訊いてどうするよ?」
 さっさと答えないので本気パンチ一撃、顔面に。鼻が折れたようだが、そんな事は知ったことではない。
「すぐに答えることだな。でないとどんどん痛くなるぞ」
「……左だよ。オイラってばサウスポーなんだ」
「そうか。それにしては戦闘中は右腕を良く使っていたように思えるがな?」
 斬撃もどちらかといえば右の方が重かったように思える。
「それはホラ。男はなんにでも挑戦しないと。利き腕じゃない方を鍛えたりするわけだよ」
「……そうか。なら利き腕じゃない方を壊してもあまり支障はないな」
「は?」
 影でグルグル巻きの、トライエッジの右腕が持ち上げられる。
 何をするのか、彼には予想できないだろうか? むしろ、想像がつきすぎて冷や汗を浮かべているようにも見えるが。
「こっちで我慢してやろう。どうだ? 嬉しかろう?」
「おいおい、お姉さん。人間、素直に生きた方が良いぜ? 俺が利き腕は左だっつってんだから、左を壊せば良いだろうがよ」
「私のせめてもの情けだ。喜べ」
「だったらその情けで見逃してくれると良いんだがな」
 そんな言葉は無視して、冥月はトライエッジの前腕のみを影から解放する。
 そして手首を持って腕の外側に圧力をかける。
「待て待て! それはヤバイって! マジで……ムググ」
 うるさい口は塞いでしまうに限る。またも影を詰め込む。
「さっきと同じように、歯ぁ食いしばれよ。またきっと痛いぞ?」
 トライエッジの制止なんて元より聞くつもりも無い冥月は、そのまま肘を曲がってはいけない方向に曲げ、更に勢い余って掴んでいた手首も壊す。
「……っぐ!」
「これは小僧の分だ。……もう一人、ユリの分も残ってるからな。まだまだ付き合ってもらうぞ」
 冥月はトライエッジの目を影で塞ぎ、そのまま影の中から出た。

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 船に戻り、また数日。
 港に着いた客船から、冥月は車で降り立った。
 セカンドシートには影でグルグル巻きのトライエッジ。今は目も塞がれているので、ここが何処だか、多分わからないだろう。
「おい、起きてるか?」
 運転席に座りながら、冥月はトライエッジに声をかけた。返事はない。それは当然、影で口もグルグル巻きだからだ。別に屍な訳ではない。
「まぁ、聞こえてなくても関係ないが、これからお前に報復するのはもう一人分なんだが、こちらの方が傷が深くてな。本当は死ぬような目に遭わせてもまだ足りないぐらいだ」
 体の傷は治るが心の傷は癒えない、とはよく言ったものだ。
 それをトライエッジの死を以ってしても償えないのは、多分当然の道理だとは思うが……
「こないだも言ったように、小僧を殺せば済むような所で、殺さなかったことに免じ、若干刑を軽くしてやった」
 冥月はトライエッジの口をグルグル巻いてる影を解いてやった。
「……一つ訊きたい。何故殺さなかったんだ?」
「っけ、お姉さんには関係ないね。……でも、これだけは言える。オイラは死んでもあのボーヤだけは殺さない」
「何故だ、と訊いてるんだが」
「言わない。多分、言っても信じないだろうしな。他の奴らは何人死のうが知ったこっちゃないが、あのボーヤだけは別なんだよ。これは例え俺が殺されようとも、言わないし、絶対に譲らない」
 意外に頑なだ。適当な嘘で誤魔化すようなこともしないらしい。
 そんなトライエッジの態度に、多少の苛立ちと驚きを覚えたが、まぁ別に、コイツが何を考えようと知ったことではない。
「まぁ、それならそれでも良い。だが、一つ覚えておけ。次に私の前に現れれば、その時はお前が何をしようとも殺す」
「うへ、そりゃおっかないね」

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 とある港町。それなりに栄えたこの町のど真ん中に、木で作られた一つの逆十字架が立っていた。
「お姉さんてば、超ドS……」
 その十字架にかけられていたのはトライエッジ。しかも彼はマッパで逆さ吊りだった。
 キリスト教が一般的に信仰されているその国の町で、逆十字なんてのは見ているだけで気分を害する上に、それに貼り付けにされているのも丸裸の男。
 すぐに通報され、とっ捕まるだろう。まぁ、その場合は罪状を問われるよりは、同情をかけられそうだが。
「あーあ、でも『次に見かけたら殺す』か……。まだ東京には用事があるんだがなぁ」
 ボヤくトライエッジははるか西の空を眺めていた。

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 東京、草間興信所。
 海から戻ってきた冥月は多少塩の匂いを感じさせながら興信所に入ってきた。
 中には小太郎が自分の机に突っ伏していた。ほかに人はいないようだ。
「お、丁度良い」
「……あ? 師匠?」
 冥月の声に気付いた小太郎は、首だけをグルリと回して彼女を見た。
 なんとも微妙に清々しい顔をしているようで、今の小太郎とは正反対に見える。
「……なんか良い事でもあったか?」
「まぁ、ちょっとしたストレス解消にはなったな。それより小太郎、この出費に見合う男になれよ」
「……あ? 何のことだ?」
 出費、といわれても小太郎には何の事だかさっぱりである。今回、トライエッジを探す為に随分金を使ってしまったのだ。
 だが、そんな小僧の疑問はほったらかしにして、冥月はグリグリと小太郎の頭に梅干を食らわせた。
「いててて! な、何すんだよ!」
「良いから、すぐに修行するぞ。影の中に入れ」
 なんとも機嫌の良い冥月はすぐに影のゲートを作り出し、その中に入って行った。
「……なんなんだよ、一体」
 疑問符を浮かべて、それを消すタイミングも失ってしまった小太郎は、小首をかしげながらもトボトボと影に足を踏み入れた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、毎度どうもありがとうございます! 『お姉さんのドS!』ピコかめです。
 トライエッジに対する釘の刺し方が半端ないですね。
 次に彼が登場する場合、どうなってしまうやら……。

 さて、結構虐めてみましたが、どんなモンでしょ?
 プレイングに無かったことをポチポチと増やしてみました。殴ったり手首折ったり。
 あと、逃げた先が太平洋だったので、捜索に数日かかるかも! っちゅう訳で海の上を探して回るのに客船を利用してみました。
 そんな微妙な所で金に糸目つけないっぷりも強調してみたんですがね。ぬぅ、何か違う気もしないでもないな。
 そんなこんなで、気が向いたらまたどうぞ!