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■某月某日 明日は晴れると良い■

ピコかめ
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
 興信所の片隅の机に置かれてある簡素なノート。
 それは近くの文房具屋で小太郎が買ってきた、興信所の行動記録ノート……だったはずなのだが、今では彼の日記帳になっている。

 ある日の事、机の上に置かれていたそのノートは、あるページが開かれていた。
 某月某日。その日の出来事は何でもない普通の日常のようで、飛び切り大きな依頼でも舞い込んだかのような、てんてこまいな日の様でもあった。
 締めの言葉『明日は晴れると良い』と言う文句に少し興味を持ったので、その日の日記を読んで見る事にした。
某月某日 明日は晴れると良い

お引っ越しドタバタ

 三月下旬頃の話だ。
 バレンタインのお返しとして、小太郎は黒・冥月に呼ばれていた。
 何でも、引っ越しをするに当たり、荷物運びの役目を小太郎に任せるのだとか。
「じゃあ、ここにある荷物を最上階まで運んでくれ」
「ああ、ちょっと待て、師匠」
 小太郎は目の前にそびえる建物を見上げる。
 軽く三十階ぐらいはありそうなマンションが、そこにあった。
「もちろん、エレベーターの使用は無しだ」
「鬼! アンタ鬼だよ!」
「何を言う。コレがバレンタインのお返しであり、特訓の一環でもある」
 そう言われると小太郎も何も反論できない。
 確かに、バレンタインのお返しはするつもりだったし、この引っ越しの手伝いは足腰を鍛える訓練にもなるだろう。
 だが、たった一人で生活に必要な家具や何やらを最上階の部屋まで運べ、となると行動する前から嫌気が差すのも無理も無い。
「せめて、半分ぐらいは師匠が持ってくとかしろよ」
「甘えるな。全部お前の仕事だ」
「やっぱ鬼だな……」
 と、小太郎が呟いた時、ポケットに入っていた携帯電話が鳴った。
 小太郎がそれを取りだし、ディスプレイを確認すると、発信者はどうやらユリ。
「はい、もしもし?」
『……あ、小太郎くん? 今、どこにいるの?』
「今は師匠に呼ばれて、嫌味なほど高級そうなマンションの前だ」
『……マンション? そんなところで何してるの?』
 ユリが首を傾げる姿が目に浮かぶ。小太郎自身、何をしてるんだろう、と自問したくなるほどだ。
 そんな事を考えている隙に、冥月が小太郎の携帯電話をブン盗った。
「ユリか? 私だ」
『……あ、冥月さん。小太郎くん、なにやってるんですか?』
「コレから私の引越しの手伝いをしてもらおうと思っているんだが……ああ、小太郎、そのダンボールを運ぶ時は注意してくれよ。私の下着類が入ってるからな」
「なっ!? なんだと!?」
 小太郎はまだ、ダンボールに手をつけてもいない。いきなり意味不明な事を言われて、小太郎は多少混乱している様だ。
「ああ、ぶちまけると大変だぞ。全部しっかり拾ってもらうからな」
「おい、師匠。何言ってるんだよ、俺は……」
「小太郎一人では心配だな。誰かもう一人いれば助かるんだが……」
『じゃ、じゃあ私が!』
 携帯電話から名乗りをあげる少女が一名。どうやら釣りは成功の様だった。

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 ユリを影の扉で招待し、一応頭数は揃った。
「これで小太郎が働く分も半分になるな。良かったな小僧」
「なんだか、想像していた展開とは違う……」
「どんなのを想像してたんだ? 私と二人きりでキャッキャウフフとお引っ越しか?」
「……小太郎くん」
「うぉ、ユリ、怖い顔で睨むなよ! ヒャクパー誤解だっての!」
 無言の圧力を受けた小太郎は全力で首を横に振っていた。

「それじゃあ、お前らは仲良く二人でダンボールを運ぶと良い。私は先に上で待ってるからな」
 そう言った冥月は影で転移し、最上階へ向かった様だ。
「っく、外道師匠め! 人に仕事を押し付けて自分は高見の見物かよ」
「……愚痴るのは後。さっさとお仕事を片付けちゃおうよ」
「ぬ、まぁユリがそう言うなら別に構わんがな」
 女の子がやる気を出しているのに、小太郎がいつまでもブー垂れていてはカッコつかないとでも思ったのか、小太郎は比較的素直にダンボールを抱え始めた。


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 二人でダンボールを抱えて、階段を上る。
 どうやら最上階は三十二階。今のところ、半分も登っていない十二階だ。
「ユリ、大丈夫か? 疲れたりしてないか?」
「……うん、大丈夫。コレぐらい平気だよ」
 健気にも答えるユリだが、額には汗の玉が幾つも浮いている。
 IO2で鍛えているとは言え、どちらかと言うとインドアタイプのユリだ。こう言う肉体労働は辛いだろう。
「こ、ここは俺が頑張らねば」
 小さく零した小太郎は、ユリの持っていたダンボールを自分の持っていたダンボールに重ねる。
「ユリはちょっと休憩してな。その間に、俺がこの二つを持ってくから」
「……そ、それじゃあ小太郎くんが辛いじゃない」
「大丈夫、大丈夫。コレぐらいなんともないって!」
 そう言って小太郎はユリを置いて駆けていった。
 その背中を見送って、ユリは頬を膨らませた。
「……そんな優しさより、隣にいてくれた方が良いのに……」
 誰もいないだろうと零した本心だったが、不意に壁から聞こえてきた笑い声に肩を震わした。
 そこには影のゲートが出来ており、その奥に冥月の姿が見えた。
「……み、冥月さん! 何盗み聞きしてるんですか!?」
「いやぁ、可愛らしいと思ってね。『隣にいてくれた方が良いのに……』。それを小僧の前で言ってやれば良いものを」
「……は、恥ずかしくてそんな事言えませんよ」
 ユリは頬を染めて俯く。それを見て冥月はニヤニヤと笑った。
「ならすぐに追いかけたらどうだ? 今ならまだ間に合うんじゃないか?」
「……あの人は言い出すと聞きませんから。私は戻って新しいダンボールを運びます」
「『あの人は言い出すと聞きませんから』ね。頑固な亭主を持った嫁のような物言いだな」
「……お、怒りますよ!」
 ユリが珍しく拳を構えたのを見て、冥月は影のゲートを閉じた。
 小さく『もぉ』と溜め息をついたように聞こえたのは、聞き間違いではあるまい。

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「こりゃ、特別重いな」
 最後のダンボールを持って、小太郎が呟く。何が入っているのかは知らないが、本当に重いらしい。
 諦めてそれを地面に一度降ろした時、ズシンと言う効果音が似合いそうなほどだったので、ユリも少し心配げに眺めた。
「……大丈夫? 一人じゃ危ないんじゃない?」
「かもな……。ユリ、そっち持ってくれるか?」
「……え、あ、うん」
 小太郎に言われ、ユリは小太郎とは逆側に立ち、ダンボールを一緒に持ち上げた。
「大丈夫か、ユリ。手、痛くないか?」
「……うん、大丈夫。このまま行けるよ」
「じゃ、歩くぞ」
 一緒にダンボールを持って一緒に歩く。こんな些細な共同作業でも、力を合わせている、と言う事実がユリの心に暖かい物をくれた。

 階段と言う難関は、少女にはきつかったらしい。
「……ご、ゴメン、小太郎くん。ちょっと休んで良いかな?」
 踊り場で足を止めたユリに、小太郎は特に難色を示さず、ダンボールをその場に置いた。
「辛かったらここにいても良いんだぞ? 後は俺一人でも……」
「……い、いや。私も行く。一緒に……いさせて」
 疲れて頭がテンパったのか、ユリは自分でも驚くほど容易く自分の本心を明かしていた。
 だが、言われた方の小太郎は、ケロンとした態度で
「まぁ、ユリが大丈夫なら良いけど」
 と返した。伝わりきらない自分の気持ちに、ユリはモヤモヤと苛立ちのようなものを覚え始めた。

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 全てのダンボールを運び終わった後、小太郎とユリは初めて冥月の新居に入れてもらえた。
「随分豪華な家だな……。師匠、いつもこんな所に住んでるのかよ?」
「いや、ここはセカンドハウスだけどな。ここに住むわけじゃない。緊急非難とか、隠れ家的なものだ」
「なんだと! この嫌味ブルジョワジー!」
 貧富の差に嘆かんばかりの小太郎に、冥月はコップを差し出した。
「ほら、お茶でも飲んで一息つくと良い」
 そう言われて差し出されたのは麦茶だった。
 まだ春先で暑くなるには早いものの、今日の重労働は十分汗をかいた。この冷たい一杯は染みるだろう。
「……シャワーとか借りても大丈夫ですか?」
「着替えがあるならな。流石に私のは貸せまい」
「……済みません、扉開いてください」
 ユリに言われて、冥月は陰の扉を開いた。
 その中にユリが入っていったのを見て、冥月は小太郎の方を見る。
「どうだ、仲間が増えて楽できたか?」
「むしろ仕事量が増えた気がするね……。でも悪い感じじゃなかった。働かされてるって感じじゃなかったな」
 そう言って笑みを零した小太郎だが、何故そんな風に思ったのかはわからないらしい。
 前途多難な二人の関係に、冥月は溜め息をついた。

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 ユリがシャワーを浴び終わった後、冥月は二人にカードキーと数字が書かれた紙を渡した。
「……なんだこれ?」
「それはこの部屋のカードキーと暗証番号だ。お前らも好きに使うと良い」
「……良いんですか?」
「ああ、私もそんなに使わないだろうしな。今日手伝ってもらったし、コレぐらいの報酬はありで良いだろ」
 そう言って冥月は二人の頭に手を置いた。
「セキュリティは最高で、更にネット環境も完備だ。小僧、これでネカフェに行かなくてもエロ画像が漁れるな?」
「おい、人聞きの悪い事言ってるんじゃねぇ。俺がいつエロ画像を漁った!?」
「その為にネカフェに行ってるんだろ? まさか雫たちに会いに行ってる訳ではあるまい?」
「その二択的な考え方はおかしい! もっと色々あるだろ、インターネット活用法!」
 喚く小僧を無視して冥月は、ユリに向き直って言う。今度は小声で耳打ちする様に。
「お前も好きに使うと良い。ただし、IO2の連中には内緒でな。それが守れるなら逢引に使うのも目を瞑ろう」
「……つ、使いませんよ、そんな事には!」
 顔を赤くして、ユリも小太郎の様に喚き始める。
 随分にぎやかな二人に囲まれ、冥月は自然と笑みを零した。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、毎度どうもありがとうございます! 『引越し蕎麦はザル蕎麦にして食そう!』ピコかめです。
 まぁどっちかって言うと、ホワイトデーの時の話とパラレル的な感じですかね。

 以前頂いたご意見を参考に、開き直って小太郎とユリをほぼメインに据えちゃいましたが、本当にこれでいいのか!?
 とか、ちょっと首を傾げたりしてみますが……。なんつーか、ちょっと素直なユリを書くのが微妙に楽しかったような……。
 さて、今度はエロ画像を漁る小僧と逢引するユリで一つ話を考えるか……あれ、あんまり良い話が思いつかないぞ……?
 そんなこんなで、また気が向いたらよろしくどうぞ!