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■万色の輝石■

水瀬すばる
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたわ」
 ベッドで目を閉じた貴方が次に目を開くと、見たこともない景色が広がっていた。懐かしい風景、いつか見たような気がするのだが思い出せない。
 ふと気付けばふわりふわり、と水晶玉が浮かんでいる。ビー玉より少し大きいくらいで、薄青色の美しい光を纏う。
「外から形作るモノ、内に宿るモノ。普段見られない自分の内側を、少し覗いてみては如何? 招待状はお持ちのようね。結構よ。それでは、参りましょうか」
 春のような柔らかな風が貴方の頬を撫でる。
 貴方が水晶玉に手を伸ばすと、淡い緑風と共に景色が変わった。
万色の輝石

 誰でも心に願いを持っている。
 日常の一コマを変えるような小さな願いから、自分の人生を変える大きな願い。けれど共通するのは、現実には無い何かに焦がれ求める心。
 声が枯れるまで叫んでも、残酷な世界は巡り巡る。泣いて啼いて鳴き止んだら、そっと目を閉じよう。見ない、聞かない、最後に唇を閉じて。
 悲しみの降り積もる世界を生きる為、一夜限りの夢を見よう。



「いらっしゃい。お待ちしていましたわ、あやこ」
 ゆっくりと瞼を開けてみる。幼い頃、此処で遊んだことがあるような気がする。柔らかな春の風、遠く響く小鳥の鳴き声。色鮮やかな青色の空、白い雲。
 そんな美しい場所を背景に、宙に浮かぶモノがある。
 ついさっきベッドに入り明日の為にと眠りについた筈だったのに、これは一体どうしたことだろう。
「貴方の声が聞こえましたわ。何かを強く願い叫ぶ声。……乾いた大地を癒す生命の源、水の力を此処へ」
 声なき声が頭へ直接語りかけてくる。

 「願い事」その言葉を聞いた途端、胸の奥が熱くなった。
 どくん、と大きな鼓動の音、下腹部に鈍い痛みを感じてあやこは低く呻いた。身体の芯を溶かしていくような熱い感情に包まれながら頬を伝い落ちる涙を拭いもせずに、溢れる悲しみと痛みを言葉に換える。
「あなた女の子よねえ……」  
 水晶玉は答えない。
「答えは一度出てるの。どう生きればいいか。頭では判ってる。でも、何度もぶり返すこの悲しみは何? どうしようもない悲しみ、寂しさ。理屈ではどうこう出来ない……」
 一つ言葉が出てくると、泉から溢れる水のように止め処なく唇から流れ出す。
「……女の子ならわかるでしょう? 刹那の恋をしたり破天荒な所業で女を捨てようとしてみた。けど忘れた頃に落込みに襲われる」
 柔らかな草の上に片膝をつく。搾り出すような声に、喉さえ灼けるように感じて唇をぐっと噛み締めた。
 「これが女の弱さよ。男ならきっと乗越るでしょうね。女である事を再認識させるこの悲しさの元凶はなに?」
 「結婚して子供を生み、慈しんで育てる」それが女として、母としての幸せだと誰かが言う。
 幸せは人の数だけ存在する。万物の神でさえそれを否定することも、肯定することもできない。元より幸せの定義など存在しないのだから。
「だったら虐待される子はどうなるの? ましてや、私…私…私の子供…化け物なのよ…けっして望まれていない命」
 けれど子を産むことが女に与えられた力だとするならば、遺伝子にまで刻まれた使命を果たせぬ「女」には深い悲しみと虚しさが宿ったとしても、不思議ではない。
「この子達の命、何の為にあるの? 化け物でもいい、私の中で共に永遠に生き続ける命。一夜でもいいわ。この子達と楽しく過ごせたら。これからも一緒に楽しく生きていけると思うの」
 いつの間にか場面は変わっていた。柔らかな青草、暖かな太陽は消え、辺りは澄んだ水に包まれている。
「一夜でもいいわ。この子達と楽しく過ごせたら。これからも一緒に楽しく生きていけると思うの。夢でもいい……見せてちょうだい!」



 息をすれば小さな泡が舞い上がっていくのに、不思議と苦しくはない。僅かな水の抵抗を受けながら顔を上げると、最初にみた水晶玉の姿は何処にもなかった。
「生まれてくる命、死んでいく命。世界の光を見ることもできず、生まれるにさえ至らなかった小さな魂たち」
 哀しみと慈愛に満ちた声が止むと同時、あやこは腹部に鈍い痛みを感じて眉を寄せる。痛みというより、まるで灼熱を押し付けられたかのように熱い。ぎゅっと目を瞑り、両腕で自分自身を抱き締めるように蹲る。
「……あやこ。貴方の願いを叶えましょう」
 それは酷く不思議な光景だった。
 抱き締めた腕の間を縫うようにして、小さな光が一つまた一つと生まれてくる。小さくて儚く、まるで夏の夜を漂う蛍のようだ。しかし、とても暖かい。そんな光があやこのまわりをまわり、確かな意思をもって目の前にまで現れる。
「これは、……私の中?」
 何の根拠もなくあやこは確信していた。
 弱い重力に浮かぶ自分自身と、小さな光。此処は生まれる前に誰もが通る場所、原始の海にも似た羊水の中なのだと。
 光は次第に形を持ち始めていた。淡く輝きながら、赤子に、そしてやっと歩けるようになった幼子へ。しばらく見守っていると、女の子とも男の子ともつかぬ中世的な顔立ちの子供が現れ、あやこの手を引いた。
「ごめんなさい、あっちの世界に出て来られなくて。ありがとう、ずっと呼んでくれて。……会えて嬉しい」
 まだ上手く話せない様子だ。舌足らずな口調で、だがしっかりと何かを伝えようと言葉を選んで口に乗せている。
「……うん」
 ただ頷くことしかできなかった。本当はもっと伝えたいことや話したいことがあったはずなのに、こうして小さいな魂を目の前にすると胸がいっぱいになってしまって、熱い嗚咽を堪えるのが精一杯。情けない姿を見せまいと目元を擦ってみても、後から後から涙が溢れてくる。
 小さな手がそっと涙を拭う。何と小さな手だろう。少し力を入れてしまえば容易く壊れてしまう、幼子の純粋で無垢な心が今は少しだけ痛い。
「少しだけ時間をもらったんだ。今日は一緒に遊ぼう」



 白き天馬の背に乗って、美しき世界を巡る旅。
 昼は太陽の下、黄金の穂が風に揺れるのを見る。森の中では小鹿が母鹿と草を食み、冷たい泉の水を飲んでいた。夜は月の下、街の灯りを眼下に見た。夜風が悪戯に木々の葉をざわめかせ、狼の遠吠えが空気を震わせる。幻想的で美しい夏の夜の夢。あやこは泣いた。泣いて笑った。これが儚い夢なのだとしても、目が覚めれば消えてしまうのだと知っていても、今この瞬間見たもの感じたものは真実だ。
 そして街の灯りが遠くなり、月が地平線の彼方に沈む頃。
 二人は天馬から大地に降り立った。先には森という空間に不似合いな扉。その前までやって来ると、幼子はあやこから手を離し、困ったように笑う。
「そろそろ、……時間みたいだ」
 瞬間、あやこの身体が強張る。終わりがやって来るのを知っていながら、それはまだ遠くだろうと心の何処かで考えないようにしていた。開きかけた扉、向こうにはあやこの寝室が見える。見慣れた部屋、生きてきた世界。
「あやこは一人じゃないよ。いつも誰かと繋がってる。……存在する世界が違っても、巡り巡って……いつかきっと会える日が来るから。信じて、いて」
 音もなく扉は開かれ、見えない力によって中へと吸い込まれていく。
「……っ! 待って、私は……」
 後ろを振り返り、必死に留まろうとするが大きな力は止まらない。もう少し、あと少しだけと思っても、身体の輪郭が光に溶けていく。
 幼子は無邪気な笑みを浮かべ、小さな手を振る。ちょっと遊びに行ってくるから、そんな気軽さで。

「またね。……お母さん」
 意識が落ちるその最後の瞬間、幼子は確かにそう言った。

■ 

 明くる朝のこと。
 目を覚ますと、手の内にしっかりと握り締めているモノがあった。夢であって幻ではなかったのだと、あやこの記憶が物語る。
 瑠璃色の硝子玉。あの時見た夜空に、良く似た色をしていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7061/藤田・あやこ/女/24歳】
【NPC/薄青の水晶玉/性別不詳/年齢不詳】
【NPC/小さな魂/性別不詳/年齢不詳】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました。
 占いとは少し離れてしまいましたが、一夜の夢をお楽しみ頂ければ幸い。
 それではまたのご縁を祈りつつ。