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■遙見邸書斎にて・消失書籍の創作依頼■

めた
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
 広い部屋である。
 しかしその広さのほとんどは、部屋に散乱するたくさんの本によって埋め尽くされている。書棚のみならず、床にまで本が置いてある。そんな整理もされていない――整理されたところで大して変わるとも思えない――部屋の真ん中に、デスクチェアに座る男がいた。
「さて、用件を聞こうか。ああ、色々と制約があるがな」
 彼――この家の主人である遙見 苦怨は、その凶悪ともいうべき瞳で相対する人物を見た。相手は客、依頼人だというのに、苦怨の態度には遠慮の欠片も見当たらない。
 苦怨は、『無くなってしまった本』を改めて『創りなおす』という、奇矯な仕事をしている。もっとも気に入らない客はすぐに追い出したりするので、趣味半分というのが実情だ。
「駄目ですよ苦怨さま。その制約のほうを先に言わなくちゃ……ああ、怖がらないで下さいね。苦怨さまは目つきが怖いだけで、本当は優しいですから。あ、たまに凶暴になりますけど」
「――七罪?」
「ふえぇ、ごめんなさいですぅ……」
 苦怨の隣に侍っていたメイド姿の少女が、涙目になって謝る。
 彼女の名は七罪・パニッシュメント。人間の姿であるが、目や髪の色は人間ではない。彼女は本に宿る精霊――なのだが、宿るべき本を紛失してしまった、少々間の抜けた精霊である。
 名前とメイド服を苦怨からもらい、家事全般をこなすかわりに居候させてもらっている身だ。苦怨からは『本が見つかるまでここにいて構わない』と言われている。
「まあ、確かに先に言うべきだろうな。俺にもできないことはある。まず『世界のどこかに一冊でも在る本』は逆立ちしても創りなおせない。どうしても欲しいなら大変かもしれないが、必死で世界中を探す事だ。もちろん代金をもらえば探す手伝いくらいはしよう。それに在るか無いか分かるなら、考えようによっては便利だろう?
 それとたまに頼んでくる輩がいるんだが、『未来に出版されるであろう本』の創り直しは出来ない。当然だな、俺の仕事は創り直しだ。創られていない本を創りなおすことは不可能だ。
 それ以外だったら、大体の本は創れる。源氏物語だろうが日本書記だろうがな。ただし原本と全く同じにはならない。あくまで『創り直し』だ。ただ貴様が原本を読んだときに得るであろう感動や知識は、創り直した本を読んでも得る事が出来る。分かったな。
 さあ――貴様の欲しい本、読みたい文、得たい知識を言え。それらをこの部屋で正確に精密に的確に完全に創り直してやろう」
 遙見邸書斎にて・消失書籍の創作依頼


「女か。よし、追い返せ」
「あの、苦怨さま。それはちょっと男女差別では……」
 臆面もなく言い放つ無表情男、遙見苦怨。それに対して七罪・パニッシュメントは、苦笑いを返すしかなかった。
「俺は男女同権など信じていない。そもそも七罪、大概理系の女というのは性質が悪いんだ。ファロス島の大灯台の伝説なぞ知っている女が、まともな奴であるはずがないだろう」
「はあ、あの苦怨さま? そのアレキサンドリアの灯台? ですか。私、詳しいこと知らないんですが……」
「お前は本の精霊のくせに知識など欠片もないんだな」
 嘆息する苦怨に、ぶーと七罪は頬を膨らませるが――もちろん、どこまでも唯我独尊なこの男が意に介するはずもなかった。
「バビロンの空中庭園、ロードスの巨人像と並べて語られる古代七不思議の一つだな。俺が思うには、ただ馬鹿でかいだけの灯台だが――――伝説によれば、そこから発する光で、船を燃やしたとも伝えられる。もはやレーザーかビームだな」
 その知識が欲しいというのなら、それは兵器をつくりますと公言しているようなものだ、と苦怨は唇を歪めて笑う。
「そんなわけで、その藤田だったか? 近年まれに見る破壊願望の持ち主だ。とっととこの家から――――」
「ちょっと待ちなさいよ納得いかないわッ!」
 唐突に。
 どかーんと大きな音を響かせて、苦怨の書斎の扉が開かれた。
 入ってきたのは、女。わずかにウェーブのかかった髪と、気の強そうな目が特徴的だ。
「私のどこが危険だっていうのよ! 私は平和な目的のためにファロス島灯台の光学理論を痛ああッ!」
「黙れ。懐に小型拳銃隠し持っている女が平和だとか口にするな」
 今回の依頼人――――藤田あやこは、苦怨に投げつけられた本を恨めしげに見つめる。
「どうしてわかったかという顔だな。ふん、動きが不自然だからすぐわかる。拳銃は重いから、女が隠し持つと身体の重心がズレるんだよ」
「こ、これは大学の実験機よ。弾は入ってないわ」
「ほう? まあ信用してやろう。で? この際勝手に書斎に入ってきたのは許してやるが、一体どうやってファロス島の知識を平和利用するつもりだ?」
「ふん。それでレーザー兵器をつくって特許取得して、そのお金を結婚の持参金にふぎゃあッ!」
 再びあやこに本が投げつけられた。ネコのような声をあげてうずくまるあやこ。
「帰れ色ボケ。金でつれる男など大したものではない。そもそも結局兵器をつくるんじゃないか。そんな依頼は受けん」
「そ、そこをなんとかっ。報酬は特許料の半分でどうッ」
「俺は大した男なんで金につられん。金は腐るほどあるしな。いっそ出家したらどうだ。ここにペーパーナイフがあるぞ」
「嫌よっ! 合コンでも理工学部でぇすなんて言った途端にみんなの興味が友達にいくんだからっ! 男の子欲しーいーのーッ! そうだ、いっそあなたが私と――――」
「苦怨さまは駄目ですぅッ!」
 突然、七罪が会話に割り込んだ。かなり焦った様子である。苦怨もあやこも突然のことで、呆然としてしまった。
「え、えーと、ほら、苦怨さまは怒りっぽいし、目つき悪いし、無駄に厳しいし、全然優しくないしユーモアもないしで恋人には向かないとおもうので駄目ですーッ!」
「おい、七罪……」
「苦怨さまっ。こうなったら依頼、受けてあげてください。そうしないとあやこさんが苦怨さまとくっついてあやこさん大迷惑ですっ。いいですねッ!」
 早口でまくしたてる七罪。ずんずんと苦怨に顔を近づけるのである。
「いや、おい――」
「い、い、で、す、ねッ!」
 いつにない七罪の気迫に押されたのか――苦怨は小さい声で、わかったと言ってしまっていた。
 奥では、あやこがガッツポーズをしていた。


「ふーん。そっかあ、へーえー、なるほどねえー。ううん、私は過ぎたけどせーしゅんだねえー」
 結局。
 七罪の強大な迫力に押された苦怨は、まったくもって珍しい事に、気の進まない仕事を受けたのである。
 仕事は一冊につき三日かかる。その間、依頼人は遙見邸に住みこんで、完成を待つのが定例なのだ。その間、ひきこもっている苦怨に代わり、七罪が客人のもてなしをすることになっている。
 二日目の夜。時刻は十時過ぎ。
 パジャマに着替えていたあやこは、来訪した七罪の話をしていた。にやけた笑みを浮かべているのは、必死になって依頼を受けさせた七罪の真意が理解できたからである。
「いーなー、私もあと三年若ければ男の子よりどりみどりなのにぃ」
「あ、はは……」
 ちなみにあやこはそう言っているが、実際本の精霊である七罪は四百歳を越えている。もっとも外見では十代の少女なので、あやこの言葉も無理はないのだが。
「で? あの目つき悪い男のどこがいーの?」
 ――と、いきなり話をふるあやこ。
「え。えーと……」
「ほらほらぁ。もったいぶってないで教えてよー」
 ちなみにどうでもいいことだが――あやこのネグリジェは、ほとんど水着と変わらない露出の高いものだった。一応薄手の生地を上に着ているものの、透けているのでほとんど意味はない。
 ――この状態のあやこと苦怨は、絶対に会わせられないと七罪は思いながら。
「秘密です」
「あー、ずるいー!」
 こうして、騒がしい夜はふけていくのであるが――。


「出来たぞ」
 翌日のことだが。
 ダークグレーのハードカバーを持ってきて、苦怨は無愛想に言った。目の下のクマは、三日間徹夜で本を執筆したせいだ。未だに羽ペンで本を書いているのである。
「ぅわーいやったああ。これで男げっとお!」
「はっ」
 鼻で笑う苦怨。それを不審に思ったのか、七罪が声をかけた。
「――あの、苦怨さま?」
「どうした七罪」
「えっと……上手くいかなかったんですか?」
 不安そうな七罪。彼女がここに来てから、苦怨が仕事を失敗したことは一度もないのである。
「いや? いったさ。依頼内容はファロス島灯台の光源についての情報だろう? しっかりまとめてある」
 大喜びのあやこを見て、苦怨は珍しく笑っていた。大体、この怖い顔の男が笑うときはろくなことがないのである。
 どこかに落とし穴があるような気がしてならない七罪だった。


 予想通りというかなんというか。
 あやこは数日してから、再び遙見邸を訪れていた。
「詐欺だ嘘つきだ偽証罪だあーッ!」
 と叫びながらである。
 これまた予想していたのか、苦怨は突然飛び込んだあやこを見てもなにも言わなかった。ちなみに七罪は驚いて紅茶を落としてしまっている。
「どうした?」
「どうしたじゃないわよこの詐欺師! なにがファロス島の光源よ! 『太陽の光を収束し、光の神に三日間祈り続けることで敵国の船を沈没せしめる光を得る』とか! 私が知りたかったのはもっと具体的情報なのに! これじゃファンタジーじゃない」
「ふむ? 勘違いをしているようだが」
 苦怨は未だに笑っていたりした。
「俺のできることは本の復元だ。復元した本にそう書いてあっただけの話だよ。『こういう情報が欲しい』という依頼もなくはないが――正確につかめるかどうかはまた別の問題だな」
「う、うううう……ひどい……報酬なしでもいいの!」
「ああ、構わん。もともと特許料の半分だろう? そもそも特許料がなければゼロになる道理だ」
 あやこの負けだな、と七罪は思ってしまった。
 この後、喚きながらあやこは帰ったわけだが――。
「苦怨さま、もしかして最初から……」
「ああ、あんな危険な兵器の情報、渡すわけがないだろう。もうちょっとマシな情報もあったが、ろくでもないことになりそうなんでな。やめた」
 気まぐれの極みここにありである。
 ちなみに――苦怨はその後、年頃の男性の見合い写真を集めて、そのままあやこの住所に送りつけたりしていたのだが――それが嫌がらせなのか、それともわかりづらい善意なのかは、七罪にはさっぱりわからなかった。




<了>

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■   登場人物
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【7061/藤田・あやこ/女性/24歳/女子大生】

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■   ライター通信
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 わーい再びご依頼ありがとうございます藤田あやこさま。リピーターは嬉しい限りです。ライターのめたです。
 遙見邸宅を見てくださり、その上依頼までしてくださってありがとうございます。遙見邸宅の連中は面白い奴らばかりなので、また訪れてくだされば幸いです。
 以前のご依頼ではあまりプレイングを反映できなかったので、今回は存分にやらせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 二回目ともなると大分かきやすくなりましたので、できればまた書きたいです。ちょっとハイテンション気味かもしれませんが(笑)
 ではでは。ご依頼ありがとうございましたー。