■桜の樹の下には……■
shura |
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】 |
道に迷ったのか、それとも何か目的があったのか、ある日あなたが閑散とした広場に来てみると、一本だけながら堂々と立つ桜の樹の下に、途方に暮れたような顔で佇んでいる人影がありました。
「世界は予期できない事象でできている。たとえ桜が咲くのが世界の原則、ゆるがぬ『当然』であっても、世界のすべての桜が必ず咲くとは限らない。世界には例外と呼ばれる『穴』があるから。そして、そこに困惑の種が転がっていないとも限らない。今ここに、こんなものが存在するように。」
そう言う桜の化身は、樹の下に視線を向けています。つられて見ると、そこには……!?
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桜の樹の下には……
「桜の樹の下には死体が埋まっている、なんて戦慄の走ることを書いたのは誰だったか……しかし、著者の名前を思い出せないことよりも、今おれの目の前に広がるこの事態の方がショックだし、ここに転がっている『これ』の方が死体なんかよりも衝撃的だとおれは思うんだが、お前さんはどう思う?」
「それが依頼を丸投げした探偵のせりふ? さすが、『自称』なだけあるわ。」
そんなことを言い合う、冴えない風貌の中年男と長身の見目麗しい女子大生の間には見事な原子力空母が、やはり見事に地面にめり込んでいる。事の始まりは、こうだ。
ある日、一本桜と呼ばれる大木が一つそびえる空き地に、まさに天地を揺るがす事態が起きた――すなわち、見るからに平穏からは程遠い物事を象徴する『航空母艦』が、空を飛んだか陸を進んだかは不明だが、大音響と共に桜の樹の隣に仲良く根付いたのである。これはすぐさま近隣の住人の知るところとなり、気の利いた誰かが「厄介ごとは草間に持ち込め」と即刻現状を改善するよう依頼したが、彼は期待を裏切らぬ早さで即刻匙を投げ、その依頼を物好きの暇人、自称オカルト専門探偵の雨達圭司(うだつけいじ)が拾ったものの、軍事は専門外だと言って知己の藤田(ふじた)あやこに丸投げしたのだった。
何故うさんくさい雨達と才色兼備の女子大生が顔見知りであったかについては、彼らが現在直面している事件以上に謎である。
「わたしは、この広場がわたしだけの物と言うほど狭量ではないけど、こんな物と共存することを容認するほど寛大でもない。依頼を受けたというなら、何とかして。」
普段は感情らしいものを見せない一本桜の化身・桜華(おうか)が、どこか棘のある口調で訴える中、藤田あやこはどうしたものかと頭を抱えている。
「確かに死体と共存する方がまだマシってもんだわ。」
そう言ってあやこは、何か解決の糸口でも見えやしないかと空母の調査を始めたが、しかし、思わぬ糸口は、怪しい発音のこんな叫びと共に彼らの前へと自ら姿を現したのだった。
「桜の下に失態が埋マテマース、穴有タラ入リタイ。」
そう言いながら空母から出て来たのは、貧弱なアメリカン忍者トムであった。異様に細い手足ときれのない動作から貧弱さは一目瞭然、日本人にあるまじき彫りの深い顔はアメリカ人と言われれば疑うところはなく、名前に文句をつけるいわれもないが、のこのこと空母から現れた彼が忍者を名乗ったことは、あやこも雨達も腑に落ちない。
「何で忍者?」
事件の元凶であろう人物が出現したことに対する諸々の感想や疑問を退け、あえてその問いを投げかける理由がどこにあるのかは、人ならぬ身の桜華には判ろうはずもなかった。
「ステルス。日本語で忍者言いマス。」
あやこの質問にそう答えたトムの言葉も、桜華には現状が改善しないという点においては全く慰めとならない。
だが、人間たちはそれで納得したようであった。
トム曰く、この空母――CVN78ジェラルド・R・フォードはステルス機能搭載の新型で、アメリカ軍は新しい空母の開発と平行して目下忍者を育成中という。そして、このトムも兵学校で忍者になるべく訓練を受けていたわけだが。
「クラスの女子、私を『坊や』言いマシタ。」
「で、懲らしめた? 女々しいね。」
同期の女の子たちからばかにされたことに屈辱を覚えたトムは、盛大な復讐を行ったらしい。その挙句が新型空母での単身自棄航海、着いた先は日本のどこにあるとも知れないさる広場で、彼の胸は今や惨めさと後悔で満潮状態、というわけである。
「ヤリスギタ。」
「『やりすぎ』どころじゃねぇと思うがなぁ。」
しかしながら、他にどう言えばいいかも判らない、といった風情で雨達はため息をついた。一方、あやこは同情の余地が見られないこの状況でも前向きで、何やら思案に没頭している。
「どうする?」
すっかり呆れてやる気喪失気味の雨達があやこに尋ねた。彼自身はもうこの事態に関してどうでも良くなってきているのだが、あやこに依頼を託したとはいえ、もとは自分が拾った厄介ごとであるため、彼女がどのように事件を解決するつもりなのか興味があるようだ。
「このまま素直に帰ってくれるっていうなら、何の苦労もないが。」
「私、帰レマセン。空母はボロボロ、私の心もボロボロデース! それに、どうせ私が帰らなくても誰も気にシマセン……。」
そう言ってトムは大声で泣き始めた。これには雨達も桜華も顔をしかめ、不快感を隠そうともせず、すがるようにあやこに目を向ける。
無言の二つの視線を受け、彼女は一つ頷いてこう言った。
「判った、要は彼が自信をつければいいのよ。自分に自信がないから帰れない、帰ってもばかにされるって思うんだ。」
「しかし、どうやって自信をつけさせる?」
「そこなのよね……。」
雨達の指摘にあやこは腕を組んで考え込む――と、突然何かを思いついたらしく、
「そうだ! お友達に蒟蒻はいない?」
と、初夏の昼間の陽光で存在感も儚い幽霊の桜華に尋ねた。
「蒟蒻の樹よ、サトイモ科の、多年生植物!」
勢い込んで訊いてくるあやこの迫力に気おされたのか、実体がないにもかかわらず身をひいた桜華を尻目に雨達が口を挟む。
「桜はバラ科だぜ。」
「だから『友達に』って言ったじゃない。」
つっこまれても冷静にやり返すあやこに、桜華はぽつりと、
「……わたしは空地の中の桜だ。」
と答えた。この言葉を『友達がいない』と受け取ったらしい雨達は同情するような表情を浮かべ、トムは心に広がる後悔の海を未だ航海中、あやこは一人元気にこう言い切った。
「花卉類つながりでしょ、何とかなさい!」
日が傾き、黄昏の弱々しい明かりが照らす一本桜の空き地で、雨達が持ち込んだカセットコンロと鍋を前に桜のもう一人の化身・桜佳(おうか)が蒟蒻と格闘している。
「会うなりこんなことをやらされる身としては、これを何に使うのか訊きたいね。」
彼は鍋をかき混ぜながら、蒟蒻を煮詰めるようにと命じたあやこにもっともな質問を投げかけた。本当は桜華が蒟蒻を煮るよう言われたのだが彼女には実体がなかったため、日が暮れてから現れる、実体を持つ桜の化身・桜佳が代理を務めることとなり、彼は出現早々理由も聞かされぬまま鍋をかき回すはめになったのである。
雨達は鍋とコンロと蒟蒻を調達したあと、仕事が入ったという見え透いた嘘を口実に、この件から完全に手を引いた。
「貧弱よ、さらば! それでトムを筋肉隆々にするのよ。」
そう答えるあやこは、トムのエアロビ特訓に余念がない。桜佳が桜華と替わる前からやっているのだから、彼女の体力・精神力は素晴らしいの一言に尽きるが、それに文句も言わず従うトムも、よほど自分を改革したいのだろう、その貧弱な――いや、前は貧弱であった顔は真剣そのもの、精悍なものとなっていた。
「そろそろいいかな。ちょっとはマシになったでしょ!」
あやこはそう言って、貧弱アメリカン忍者トムの改造計画を最終段階へと移した。すなわち、煮詰めた蒟蒻を筋肉の代わりに彼の身体に盛ってやったのである――とはいえ、実際にその作業をしたのは桜佳であったが。
「何故わたしがこんなことを?」
「私はエアロビ担当、あなたは蒟蒻担当。最初からそう決まってたでしょ。」
賢明な桜の化身はそれについて何も反論しなかった。
――かくして。
「筋肉ムキムキ! コレデOK。」
エアロビクスの効果と作り物の筋肉で『貧弱』の名を返上したトムは、歓喜に打ち震えていた。そんな彼に、最後の仕事である『依頼の遂行』を実現すべく、あやこが歩み寄る。
「さあ、これであなたはもう誰からも『坊や』なんてばかにされないわ。それどころか女の子にモテモテよ。早く帰って新しい人生を送りなさい。」
「デモ、新型空母CVN78ジェラルド・R・フォードはこの有様デース。」
地面に突き刺さったままの無残な新型航空母艦を見やり、トムはうなだれる。
しかし、あやこはここで引き下がってなるものかと拳を振り上げ、弁をふるった。
「今のあなたは昔のあなたじゃないのよ、生まれ変わったの! やればできるわ。さあ、とっとと直すなりして、とっととお帰り! 立派な忍者になったんでしょ?」
「……判りマシタ、あやこサン、アリガトウ!」
こうして生まれ変わったトムは『忍術夏の海!』でもって奇跡的に空母ごと去り、広場には再び平和が、世間には夏が訪れた。
ビキニで日焼けするあやこ。モテるトム。だが夏の陽射しは蒟蒻の水分を無情にも奪い去り……。
「何テコトシヤガリマスカー!」
刺すような鋭い陽光の下、地球の裏側で縮んだ蒟蒻にまみれ哀れな忍者が叫んだが、それがあやこの耳に届くことはなかった。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / 女子大生】
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■ ライター通信 ■
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藤田あやこ様、はじめまして。
この度は「桜の樹の下には……」にご参加下さり、ありがとうございます。
死体ではなく失態が埋まっているという素晴らしい冒頭に感動いたしました。
会話や話のノリも大変楽しくて素敵です。
プレイングも実に気持ち良く、話の流れの隙間は想像で埋めつつ楽しく書かせていただきました。
よもや桜の樹の下に空母が埋まる事態になるとは思いもよらず、とても楽しかったです。
ただわたし自身は軍事に関しては明るくないので、ステルス、航空母艦、兵学校については三省堂「大辞林 第二版」の情報をもとに書かせていただきましたことをここに明記しておきます。
その点においても勉強させていただきました。
素晴らしいプレイングをありがとうございます。
藤田あやこ様ご自身の元気なお人柄も魅力的で、NPCの男衆はすっかり藤田あやこ様の手足です。
再会できましたら、彼らは喜んで再び手となり足となることでしょう。
またそんな機会がくることを祈っております。
それでは最後に、彼らの後日譚を少し。
――「この地に根付いて五百年、いろんな物を見、経験してきたつもりだが、こんなことは初めてだ。」
――『こんなこと』とは空母が刺さったことなのか、それとも蒟蒻を煮たことなのか。
――平和の戻った広場で桜の化身と話しながら、雨達はそんなことをぼんやり考えたていたとか。
ありがとうございました。
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