■D・A・N 〜本屋にて〜■
遊月 |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
ふと、目に入った本屋に立ち寄ってみる。
店内をうろうろと歩いていると、視界の端に見覚えのある姿が。
一体どんな本を読むのだろう、と思って、そちらに足を向けた。
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【D・A・N 〜本屋にて〜】
優れた暗殺者には知識も重要。
すでに自分は暗殺者ではないが、知識はあって困るものでもないし、読書は日課であり趣味だ。
そういうわけで黒冥月は本屋に来ていたのだが。
(何故ここに…)
思わず嘆息した冥月の視線の先には、長い金髪をツインテールにした
見覚えのある少女。
出会ったときのことを思い出して即座に踵を返そうとし――思い直して近づくことにする。
どうにも読書と結びつかない少女が、一体どんな本を読んでいるのか些か気になったのだ。
少女――シエラは手に持った本に見入っていて動かない。故に急ぐでもなく近づいていったその矢先、一足先にシエラに近づく影があった。
男はなにやらシエラに話しかける。浮かべている軽薄そうな笑みからすれば、大方ナンパ目的なのだろうが――それでもシエラは本から視線を離すことも口を開くこともない。見事なまでに清々しく無視している。
しばらくめげずに話しかけていた男だったが、冥月が2人まであと数歩というところまできたときには、憤りもあらわに声を荒げていた。
「何無視してんだよっ…!」
言葉とともにシエラへと伸ばされた――明らかに彼女へと害をなそうという意思の感じられる腕を、届く寸前で止めたのは冥月だった。
「私の連れに手を出すのは止めてもらおうか」
実際は連れでもなんでもないが、こういうときはそう言った方がいいだろうと判断する。
「邪魔すんな、っ?!」
男は捕まれた腕を払おうとするが、もちろんそれが叶うはずもない。
「離せよッ」
「このまま素直に立ち去るならば離すが?」
僅かに威圧をにじませれば、男は瞳に恐怖を宿してびくりと震え――何度も頷く。
それを確認して手に込めた力を緩めれば、男はまろぶように駆けて店から姿を消した。
「…どうもありがとう」
かけられた言葉に視線を巡らせる。ぱたりと本を閉じたシエラが冥月を見ていた。
「また面倒事を起こされてはかなわないからな」
それに巻き込まれるのも勘弁だ。芽は早めに摘むに限る。
「ああ、そうそう。改めて自己紹介しなくちゃね」
『面倒事』云々を華麗にスルーして、シエラは冥月に向き直った。
「一応フィノから聞いてると思うけど、あたしはシエラ」
「…黒冥月だ」
名乗られたからには名乗り返すのが礼儀だ。人格が違うのなら別人と扱うまでだ。
それを名乗り返した事で察したのだろうか、シエラは意味深に笑んで、新しく本を手に取る。
シエラが手に持つ本へと視線を遣る。そもそもそれが気になったから近づいたのだ。
手のひらサイズの文庫本。装丁からするとライトノベルと呼ばれるジャンルのものだろう。そして表紙には華やかな絵柄でシックな制服に身を包んだ女子が描かれている。タイトルと合わせて考えると、なにやら宗教系の学校が舞台のようだが。
(………嫌な予感がする)
もちろん冥月はこの小説の内容を全く知らないが――幾多の修羅場を潜り抜けた勘が警鐘を鳴らした。
すなわち、『逃げろ』と。
それに従い踵を返した瞬間、腕をがしりとつかまれた。
「“妹”にして下さい」
「は?」
いきなり一体なんだというのだ。
「あら、聞こえなかった? 『“妹”にして下さい」って言ったんだけど」
「訳の解らんこと言うな」
「この小説にあるのよ、そういう台詞が。ちょっと言ってみたくなっただけ。冗談よ」
にっこりと笑うシエラ。冥月は溜息をついてつかまれた手を振り払う。
「どこに行くの?」
「お前には関係ないだろう」
「そう言われればそうだけど。せっかく会ったんだし、ちょっとくらい話をしてもいいじゃない」
言いながらシエラは冥月の後をついてくる。読書スペースに着いた冥月は自らの買った科学書を取り出して開いた。
シエラはそっけない冥月の態度を気にした様子もなく、近くに座って冥月をじっと見ていた。
活字を目で追いながら冥月は考えを巡らせる。
(一体、どういうつもりなんだか)
人を見抜く目はあると自負している。そうでなければ裏家業などやっていられなかったし、用心棒なども務まりはしない。
――この少女は、自分に対して完全に心を開いているわけではない。
そう、経験が告げる。
けれど、懐いているのは確かなようなのだ。何故だかさっぱり解らないが。
シエラと会うのはこれで2度目だ。たった2回の接触。しかも大して時間があったわけでもない。
好かれるようなことをしたか、と自問してみる。答えは否だ。
半ば強制的にだが――助けた事は助けた。しかし応対のどこにも好感を持たれる要素はなかったはずだ。
(…………考えていても仕方ない、か)
自分はこの少女ではない。シエラの思考回路を予備情報もないままトレースしようなどとは愚の骨頂だ。
結論付け、口を開く。
「私なんかの何がいいんだ。一度助けられて信用してたら生きていけんぞ」
言い放った言葉にシエラは一瞬きょとんと目を瞬かせた。
「別に助けられたから信用してるんじゃないわ。今までの経験上、あなたは大丈夫だと思ったから。あなたの何がいいか、っていう質問には明確な答えを返せないわね。どこがどうとか、理由があるとは思えないし」
答えになっているようななっていないような……しかしはぐらかそうとしているわけでもないらしい。
眉間に皺を寄せつつも、再びシエラは口を開く。
「そうね、あえて言うのなら……『似ているから』かしら。そんな理由も失礼だとは思うけれど」
「『似ている』?」
聞き返す。シエラは何故か苦い笑みを漏らした。
「そう。似てるのよ、姉さまに。…って言ってももう顔も怪しいけれど。随分と会ってないし」
「姉がいたのか」
だとしたらこの少女を随分と甘やかしたのだろう。とりあえず真っ当に育てたようには思えない。
「直接血のつながった姉というわけではないけれど、まぁ位置的には姉だったわ。――あたしのではなくて、フィノの、だけど」
あの少年の、姉。
一体どんな人物だったのか――というか一体どこが似てるのか。
表面に出したつもりはなかったが、その疑問にはシエラが答えた。
「どこがどう、というわけでもないのよね。外見は――まぁ似てないこともないと思うけれど。姉さまも黒髪だったし。でもそっちじゃなくて、なんていうか…雰囲気が」
雰囲気。これまた抽象的だ。
シエラはなおも続ける。
「厳しいしそっけないんだけど――結局のところ優しいし、気配りのできる人だったの。口では文句言いながらも見捨てられなくて、仕方ないなって言いながら助けてくれるような」
……似ている、のだろうか。流石に自分では判断がつかず、冥月は黙り込む。
「そういえば、お礼がまだだったわね」
言って、ポケットの中を探るシエラ。そして何かを取り出し、冥月へと差し出す。
「…?」
それは、繊細に編まれた飾り紐だった。赤を基調に金糸が文様のように組み込まれている、シンプルなもの。
「何にしようか迷ったんだけど……お金かければいいってものでもないし。あんまり重過ぎなくて、気軽に使えるものを考えて、結局それにしたの。髪結いにも使えるし携帯なりにストラップ代わりにつけてもいいと思うけれど……あんまり凝ったものにはできなかったから、気に入らなければ捨ててもいいわ」
その言葉からすれば、この飾り紐がシエラの手で編まれたことは容易に知れる。
いくらなんでも礼にと時間をかけて作られたものを捨てるような血も涙もない人間ではない。
受け取ってとりあえず仕舞っておく。使い道は後で考えるとしよう。
「こうやって誰かに手作りのものをプレゼントするのって初めてなの。ちょっと嬉しい」
はにかんで言うシエラは、本当に純粋に喜んでいるようで――今までのどこか癖のある表情ではなかった。
思わず冥月は少女の頭に手を伸ばし、撫でていた。
「ぅえ!?」
本気でうろたえるシエラ。こうされる事に慣れていないのか…。考えながら冥月は口を開く。
「せっかく作ってくれたのだから、大事にしよう」
言葉に、少女は頬を染めながら心底嬉しそうに、笑った。
◆ ◇ ◆
少しばかり話をして、本屋の前で別れることにした。
「それではな」
「そうね、また――」
シエラはどこか名残惜しげな様子で、再び口を開く。
「また、会えたら。……話してもらえるかしら」
始めて会ったときとは違う、どこか心細げなシエラに冥月は苦笑する。
「もう揉め事起さないなら考えてやる」
すると、シエラは瞳に影を落として、呟いた。
「それなら、無理ね。あたしがあたしの願いを叶えようとする限り、平穏なんて訪れるはずがないし――訪れては、いけないから。……残念だわ。じゃあね」
そうして優雅に一礼し、少女は消え去った。前回会ったフィノと同じように、文字通り『消えた』のだ。
「全く……」
あの少年といいシエラといい、どうも調子が狂わされる。それは苦痛というほどでもないが――。
(ややこしい奴らだ、本当に)
心中で呟いて、冥月は迷いのない足取りで歩き出した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。お届けが遅くなりまして申し訳ありません。ライターの遊月です。
「D・A・N 〜本屋にて〜」にご参加くださりありがとうございます。
シエラの可愛らしい面を希望、という事で、こんな感じになりましたが…。か、可愛いでしょうかこれ。
Firstよりは大分可愛げがあるかと思われます。一応。
進展としては2歩進んで一歩下がる的な、微妙なところですが…。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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