■異界から来た依頼人 前編■
智疾 |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
草間興信所のブザーが鳴った。
「はい、今出ます!」
零が声を上げて扉へと向かう。
「御依頼の方でしょうか」
「其れ以外に此処に来る奴はいないだろ」
居候の遥瑠歌の言葉に、煙草を吹かしながら答えたのは、興信所の所長、草間・武彦。
「昨日は『電気会社』と仰る方が『電気料金を払え』と御依頼に来られましたね」
一般常識を知らない少女の発言は、草間を脱力させるのに十分の威力を持っていた。
「依頼人と業者の区別をまだ覚えてねぇのか……」
一方、零はというと、扉を開け、一言二言会話を交わして。
「兄さん、依頼人さんがいらっしゃいました」
雑然とした興信所の中へと、一人の人物を通した。
「今回の依頼こそ、まともであってくれよ」
小さくぼやいて、草間は依頼人を迎える為に立ち上がる。
同じ様に、遥瑠歌も立ち上がった。
「草間興信所、所長の草間・武彦だ」
「見習いの草間・零です」
「居候させて頂いております、遥瑠歌と申します」
全員が名乗り、小さく頭を下げる。
「どうぞ此方へ」
興信所に唯一あるソファに依頼人を促すと、早速、と草間が切り出した。
「で、名前と依頼は?」
促され、依頼人は微かに戸惑った様に名前と、依頼内容を告げる。
それは、波乱の幕開けだった。
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異界から来た依頼人 前編
<Opening>
普段けたたましく鳴る筈の草間興信所のブザーが、珍しく静かに鳴った。
「はい、今出ます!」
掃除をしていた、草間の義妹で、見習いの零が、モップを壁に立てかけて扉へと向かう。
「御依頼の方でしょうか」
部屋の片隅に座って、ぼんやりと草間や零の行動を見ているのは、居候の遥瑠歌。
「其れ以外に此処に来る奴はいないだろ」
遥瑠歌の言葉に煙草を吹かしながら答えたのは、興信所の所長、草間・武彦。
「昨日は『電気会社』と仰る方が『電気料金を払え』と御依頼に来られましたね」
一般常識を知らない少女の発言は、草間を脱力させるのに十分の威力を持っていた。
「依頼人と業者の区別をまだ覚えてねぇのか……」
一方、零はというと、扉を開け、一言二言会話を交わして。
「兄さん、依頼人さんがいらっしゃいましたよ」
雑然とした興信所の中へと、一人の人物を通した。
サングラスをかけ、長い髪をアップにした、一人の女性。
黒のジャケットの前は閉じ、黒のパンツを履いている。
「今回の依頼こそ、まともであってくれ……」
ぼやいて、草間は依頼人と対峙する為に立ち上がった。
「草間興信所所長、草間・武彦だ」
「妹で探偵見習いの草間・零です」
「居候させて頂いております、遥瑠歌と申します」
全員が名乗り、軽く頭を下げる。
依頼人は、其れを興味深そうに見やっていた。
「どうぞ」
興信所に唯一あるソファに座る様促し、草間がデスクへと戻る。
それに伴い、遥瑠歌は再び片隅に座り込み、零は飲物を淹れる為に簡易キッチンへと向かった。
其れを軽く見やった後、女性は事務所の中を軽く見るなり、壁や冷蔵庫の張り紙に小さく笑みを浮かべた。
「私のとこの武彦さんと、方針は殆ど変わらないのね」
その言葉に、草間は目を眇めた。
「何だって?」
聞き覚えのある声だ。
それも、かなり何度も聞いている様な声。
「こんにちは、『武彦さん』」
そう言いながら、女性はサングラスを取り、纏め上げていた髪を梳いた。
「えっ!?」
ガシャンと音を立てて、落ちる客用のカップ。
声を上げて驚いたのは零。
遥瑠歌は左右色の違う瞳を閉じて、何かを探るように思案する。
一方、名前を呼ばれた草間は、絶句するしかなかった。
何故なら、其処に居たのは。
「シュライン……?」
つい先程、用事があると言って外出した筈の、興信所事務員。
シュライン・エマだったからだ。
<Chapter: 01>
「誤解の無い様に先に言っておくけど、私は『この世界』の『シュライン・エマ』ではないわ」
微かに唇を引き上げたまま、シュラインが告げる。
「お互い、見知った顔だけに何だか妙な感じだけど。『私の世界』の『武彦さん』とは少し違うわね」
唖然として煙草を吸う事すら忘れた草間が、その言葉に反応してデスクの上に置いてある煙草を一本抜き、口に銜える。
「……そりゃどういう意味だか知らないがな。結局、今回の此れも怪奇現象関連、って事か?」
「そうなるわね」
答えるシュラインに、がっくりと肩を落とす草間。
「取り敢えず。零ちゃん、割れたカップを片付けないとね。それから其処の、片隅に座り込んだお嬢ちゃん。此処に来て椅子に座ったら?綺麗な洋服が汚れるわよ?」
目を閉じていた遥瑠歌が、オッドアイを開いてシュラインを見つめる。
「おまえ、こいつの名前知らねぇのか?」
草間の問い掛けに、シュラインは頷いた。
「えぇ。私の世界にはその子は居ないわ。『草間興信所』は、武彦さん、零ちゃん、私の三人よ」
違いといえば、そんな所かしら。
そう言って、彼女は口角を上げた。
「遥瑠歌ちゃん、って言ったかしら。改めて、はじめまして」
笑みを浮かべるシュラインに、遥瑠歌は立ち上がり、礼儀正しく頭を下げた。
「お初にお目に掛かります『異界のシュライン・エマ』様。わたくしは創砂深歌者で、『此方』の草間興信所に居候させて頂いております遥瑠歌と申します」
驚いている草間や零と違い、遥瑠歌だけは何故か、依頼人としてやって来た彼女がこの世界の彼女ではない事に気がついていた様で、驚いた様子も無く無表情のままだった。
そんな遥瑠歌に、草間が声をかける。
「遥瑠歌。おまえ分かってたのか?こいつが別人だって」
「はい。存じ上げておりました」
「どうして?」
割れたカップを片付け終えた零が、少女を見つめる。
「此方の『シュライン・エマ』様には『寿命砂時計』が御座いませんから。わたくしの存じ上げるシュライン・エマ様には、正しく砂時計が御座います。ですから」
「分かってた、って事か」
頷く少女を自分の元へ呼び寄せて、草間はそれなら、と言葉を続けた。
「俺達の知ってるシュラインは如何なったんだ?」
聞かれて、遥瑠歌は表情を変えることなく告げる。
「わたくしの存じ上げるシュライン・エマ様の砂時計は、現在稼動しておりません。つまり、別の世界へ渡られた、という事になります」
「お前の力がなくても、異界に行く事は確かに可能だが。そう都合良くいくもんか?」
煙草を吹かす草間の横で、少女が頷く。
「はい。IO2の方々でもご存知の方がいらっしゃると思われますから、そう不思議な出来事だという訳でも御座いません」
「あー……あいつらか」
あまり好ましくない組織の名前を聞いて、草間の眉が寄る。
「こっちの私は、私が戻らないと戻れないの。事は急を要するから、悪いけれど本題に入っていい?」
草間と遥瑠歌の会話を聞いていたシュラインが声を上げる。
「私は、この世界で探し出して持ち帰らなければならない物があるのよ。それも、興信所の直ぐ近くに。だからこそ、此処にやって来たの」
「探し出して持ち帰んなきゃならないもん?」
「えぇ。私は、こっちの私と違って聴覚能力が普通の人より優れているの。例えるなら、この興信所から最寄り駅に居る人間の会話が聞き取れる位……って、此れは如何でも
いいわね。とにかく、それがないとかなり困った事になるのよ」
「失せ物なら、自分の世界で見つけられるだろ」
草間の指摘に、シュラインは肩を竦めて。
「出来るなら此処に居ないわ。私の世界でその探し物は、ほんの端音しか確認出来なかった。だから、別の世界……つまり、此の『異界』へ遣って来た、という訳」
彼女の説明に、零が小さく挙手する。
「あの、それって、此の世界にある物なんですか?」
その質問に、シュラインは首を縦に振る。
「えぇ。此の世界にあると分かったから、私は此処に来たの。こっちの私と入れ違いに」
何気なくそう答えたシュラインに、草間は思わず頷きかけて。
手から煙草を取り落とした。
「ちょっと待て。入れ違いって事は、俺の知ってるおまえは今、おまえの世界に居るって事か?」
「そういう事ね」
冷静なシュラインを見て、草間の背に一筋の汗が落ちた。
そんな二人を見て、零が問う。
「それじゃあ、依頼って?」
「こっちの『草間興信所』も怪奇現象依頼で大変でしょうけど、其れを見つけるのを手伝って頂けるかしら。申し訳ないと思うけれど、其れだけ此方も切羽詰っているの」
「そのお探し物がないと、何か不便でも?」
遥瑠歌の言葉に、シュラインは小さな少女を見つめて頷く。
その表情は、真剣そのもの。
「貴方方も困るし、私達も困る。其れは確かよ。現に、こっちの私と『私』が入れ違ってしまってるのだから。恐らく、其れが見つからないと……」
其処で言葉を切って、シュラインは全員の目を確りと見つめて。
「此方の世界と、私達の世界の均衡が、崩れるわ」
はっきりと、そう言い切ったのだった。
<Chapter: 02>
「微かな音が聞こえた、って言ってたな。どんな音だ?」
世界の均衡が崩れる、と言われてしまえば、いくら怪奇現象嫌いの草間でも引き受けない訳にはいかない。
先ずはその為に必要な情報を集めなければならない。
そう考えた草間は、シュラインへと問いかけた。
「あちらの世界では、本当に小さな音だったのよ。あれは……音又の音だったわ」
「音又、って何ですか?」
「楽器の調弦に使う道具だ。金属製で、一つの音だけを変わらずに鳴らす事が出来る」
草間はそう言うと、遥瑠歌へと視線を向ける。
「遥瑠歌。おまえの居た場所ではそういう音は鳴るか?」
彼の問いに、少女は首を横へ振る。
「いいえ。あの空間に音は通常ありません。在るとするならば、砂が落ちる音のみです」
「って事は、遥瑠歌の空間は全く関係ないって事か」
「音又、という物自体、わたくしも存じ上げませんでしたから」
砂時計以外何もない世界に居た少女は、一般常識諸々を知らない。
現在に至るまで、草間は相当の事を少女へ教えたものだ。
それは、今はあまり関係の無い事なので子細は伏せるが。
「此処に来てから、音が強くなったわ。はっきりと音が聞こえる。此の近くに在るのは確かよ」
シュラインの言葉に零と遥瑠歌は耳を澄ませるが。
「何も聞こえませんけど……」
「当然よ。私にしか聞こえないわ」
その答えに、草間は眉を顰めた。
「だとしたら、俺達は何をすればいいんだよ」
草間の言葉に、彼女は唇を引き上げて右手の人差し指を立てて見せる。
「決まってるわ。武彦さんは『探偵』でしょ?推理して、捜査して頂戴」
「言っとくが、俺はただの『探偵』だ。『怪奇探偵』じゃないぞ」
普段クールなシュラインが優しく微笑んだ。
「そういう所は同じね。あっちの武彦さんも、同じ事をよく言うわ」
「兄さん、何処でもそんな感じなんですね」
零のその台詞に、草間は大きく溜息をつく。
「ところで、何を探していらっしゃるんですか?」
シュラインを見て、そう言った零に。
彼女は一言告げた。
「一つの鍵よ」
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□■■■■□■■■■□■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家・幽霊作家&草間興信所事務員】
【公式NPC/草間・武彦/男/30歳/草間興信所所長・探偵】
【公式NPC/草間・零/女/年齢不詳/草間興信所の探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見年齢)/創砂深歌者】
◆◇◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇ ライター通信 ◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇◇◆
受注、誠に有難う御座いました。
今回はシリアスをご選択頂きましたので、今までと少し雰囲気が違って来ております。
前後編のお話ですので、前編は『何を探すのか』までで終了です。
草間達が依頼を引き受けるのかどうか、何処に探し物があるのかは、貴方様次第です。
それでは、またのご縁がありますように……
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