■東京魔殲陣 / 陰陽の下僕■
ウメ |
【6145】【菊理野・友衛】【菊理一族の宮司】 |
夢幻の霧に抱かれて眠る女王の都 霧都『倫敦(ロンドン)』
阿片と背徳の芳香り漂う爛熟の都 魔都『上海(シャンハイ)』
人の夢と欲望に彩られた狂乱の都 狂都『紐育(ニューヨーク)』
そんな、世界に名だたる魔都・妖都と肩を並べる都が此処に在る。
終わりのない、果てのない怪奇を朋輩として、今日も物語を綴り続ける都。
其の名は最早言うに及ばず。されど、いま一度だけ唱えよう。
無尽の怪奇と妖が、群れし綾なす我らが都。
其の名は帝都。……帝都『東京(トーキョー)』
†††
――どこぞのイカれた陰陽師が、喚び出したまま野に放った野良式神が暴れている。
そんな噂を耳にした「あなた」は、その胸に燃える正義の心か、はたまた単なる好奇心か……。
如何なる理由か、それは「あなた」にしか分からない事ですが、兎に角その野良式神の退治に打って出ます。
そして、その野良式神を周囲や一般人にに被害が及ばないようにして討つために、「あなた」は最近巷で噂に上るようになった「ある方法」を用いることにしました。
その方法とは、「魔殲陣」と呼ばれる結界に標的を術の力で強制的に「召喚」し結界の内でその魔物と戦うというもの。
その開発には東京のどこかにあると云う「怪しげなアンティークショップの店主」が関わってるとかいないとか……
……果たして上手くいくのでしょうか?
すべての結果は、「あなた」の力と技、そして知恵にかかっています。
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東京魔殲陣 / 陰陽の下僕
◆ 陰陽の下僕 ◆
「……本家の爺さんたちは、どうあっても俺を消したいらしいな」
菊理野・友衛は眼前を吹き過ぎる爪牙を巧みに回避しながら、まるで苦いものを噛み潰すような顔でそう呟いた。
人間を遥かに上回る隆々たる肉体に馬の如き獣面、赤く爛れた鬼灯のような瞳に額に生えた一本の角。地獄の獄卒鬼を束ねる鬼の片割れ、馬頭。
それは、友衛の本家である菊理一族が、一族の命に従わぬ友衛を亡き者とするため、一族の陰陽師に放たせた刺客にして式鬼。
如何に己が疎ましいとは言え、菊理の一族とは縁も所縁もない一般人が大勢住まうこの東京の街で式鬼を放つなど正気の沙汰ではない。
「俺が邪魔だというなら、俺だけを狙えばいいんだ。……くそっ」
そういった意味では、連れと逸れた瞬間を狙われたのは不幸中の幸いである。
だが、もし術者の制御を離れたこの式鬼の爪牙が、東京に住まう多くの一般人に向けられていたとしたら……。
それを考えると、心の中にどす黒い怒りが沸いてくる。
しかし、いまはそれに身を任せている時ではない。馬頭という眼前の脅威をいかにして退けるか。それが重要だ。
「来い、白山ッ!」
指剣を以って宙に剣印を切り、虚空から一振りの刀を喚び出す。友衛はそれを手に取り、スラリと一息で抜き放つ。
白山比盗_の名を冠するその刀は、古く神代の頃から続き、菊理媛神の末裔とも言われる菊理一族の宮司、菊理野・友衛が振るうにまさに相応しい一振。
―― ビュン……ガギィッ!
馬頭の繰り出す鋭い爪の一撃を白山で食い止める。
「グオオッ!?」
これまで爪牙を避けるだけだった友衛が予想外の行動に出たことで、馬頭はほんの一瞬戸惑いの相を見せたが、すぐにそれを憤怒の相に変える。
「悪いが……俺にはまだ、東京(ここ)でやらなきゃならん事がある」
しかし友衛は、猛る馬頭に臆することなく言葉を紡ぐ。ここで死ぬわけにはいかない、と。
その友衛の気迫を馬頭が感じることがどうかは判らない。だが、その瞬間に生まれた僅かな隙を衝いて、友衛は白山で受け止めた爪を弾き、後ろに大きく跳んで間合いを取る。
菊理一族の宮司として学んだ剣術の心得はあったけれども、友衛が得意とする戦闘スタイルは近距離戦ではなく遠・中距離戦であったから。
◆ 神代の剣 ◆
右手に白山を握り、左手は指剣を象り、宙空に印を切る。
「……我が声に応え顕れ出でよ。汝が名は、飛炎!」
指先に灯る光の軌跡が描く桔梗印から生まれる炎の衣を纏った鳥。
飛炎と呼ばれたその名の通り、火の属性を宿し、高速での攻撃を得意とする式神である。
―― ケェェェェェッ!
結界内に怪鳥音が響き、友衛が指し示す『標的』に向かい、文字通り『発射』される飛炎。
矢弾を遥かに上回る速さで突き進み、燃える嘴で馬頭の身体を射抜く。
「ギィオオオオオオッ!」
胸に穿たれた傷穴を、飛炎が身に纏う灼熱の炎が苛む。その痛みの凄まじさに、堪らず叫び声を上げる馬頭だったが、
―― バグンッ!
痛みは元から断て、とでも言うかのように、胸に突き刺さる飛炎をその両腕で抱き潰す。
「……ッッ! 化け物め」
その様を見て舌を鳴らす友衛。
並みの魔物・悪霊・小妖ならば、その一撃で勝負を決するだけの力を飛炎は有しているが、どうやらこの馬頭と言う魔物は、そう簡単な相手ではないらしい。
鎧や衣を纏っている訳ではないが、その隆々たる筋肉それ自体が鉄にも勝る鎧として機能しているのだろう。
(遠距離からの攻撃は効果薄……か。なら、仕様がないな)
心の中でそう呟いて、友衛は右手の刀に視線を落とす。
其処に在るのは、人魔神霊の別なく、その刃に触れるあらゆる物を斬り捨つ、霊刀『白山』
友衛の剣の才は、非凡ではあったものの不世出の才と言うほどではない。
だが、そうであるが故に、休むことなく積み重ねた日々の鍛錬は、友衛の実直な性格と相まって、並々ならぬ業として実を結んでいた。
「さぁ、来るなら……来い」
白山を構えるその型は、現代剣道において基本とされる中段・正眼の構えからは掛け離れたもの。
構えた刃を水平に寝かせ、その先に敵の姿を見据える。型だけを見れば二階堂平法、一の型に見えなくもないが差に非ず。
それは、友衛が菊理の一族、その神職に就く者として、幼き頃より学んだ独自の流派。
剣術が侍の表芸とされる遥か昔。
今日、数多ある剣術の源流と云われる三源流。即ち、飯篠長威斎の神道流、愛州移香斎の陰流、中条長秀の中条流、これら分かれ世に広まるよりも前。まだ武士と言うものすら世になかった時代。
剣術というものが、魔術・法術と同じ『神秘』に属する事柄だった時代。
剣の聖地と名高い常陸国、鹿島神宮の祝部(神官)によって編み出され、代々神職に就く者たちに伝えられたと云う、我が国最古の剣術流派『鹿島の太刀』。
友衛が修めた業は、その『鹿島の太刀』を源流として菊理一族が受け継ぎ、発展させてきたものである。
友衛の構えは、明らかに己から仕掛けることを是とするものではない。それは馬頭にも判っている。だが、
「グゥゥゥゥッ……」
化物には化物の、鬼には鬼の矜持がある。
自分の半分あるかどうかも怪しい人間の雄を相手に攻め手を譲った、或いは臆して攻め手に戸惑うことなどあってはならない。
故に、あるのは攻めの一手のみ。馬頭はその巨大な蹄で地面を蹴り、己の意気を友衛に向かって誇示してみせる。
友衛が待ちの型であることを知った上で、先ほど飛炎を散らしたのと同様に、圧倒的な突進力で押し潰す心算なのだ。
如何に剣技術法に通じていようとも、あくまで友衛の肉体はただの人間。馬頭のあの巌の如き脚や鋭い爪牙をマトモに喰らえば、一撃で襤褸切れのようになってしまうだろう。
蹄で地を蹴り、息を荒げる馬頭。
それとは全く対照的に、気を静め静かにその時を待つ友衛。
互いに互いを睨み絡ませ合う視線は頑として動かさず、ただ只管に機を窺う。
両者の間で徐々に張り詰めていく緊張の糸。次の一合で勝負が決すると、誰に言われるでもなく、そう自覚する。
戦いの終わりは、すぐそこまで迫っていた。
◆ 終幕 ◆
攻めを是とする馬頭と、受けを是とする友衛。
当然の事として、先に動いたのは馬頭であった。
「ゴアアアアッ!」
雄叫びとともに大地を蹴りつけ、友衛と己の間に横たわる距離を一気に詰める。
そのスピードは、常人ならば何が起こったかも分からぬ間に、その爪と牙に引き裂かれてしまうだろう。それほどに凄まじい速さ。
だが、幼い頃より鍛錬を重ねてきた友衛には、その動きを捉える事が出来た。
(チャンスは一度。交差の一瞬……)
右足を大きく引き、馬頭に対して左肩を向け、僅かに腰を落とす。
それと同時に、一文字に構えた白山の刃を天に鋒を馬頭に向け、構えを変じさせる。
正面ではなく側面で対峙することにより、相手から見た己、即ち的が小さくなり、敵の狙いを絞り込みやすくなるという訳だ。
極限まで高まった緊張によって分泌される脳内物質、それによって研ぎ澄まされた神経が、周囲の風景をまるでスローモーションように認識させる。
引き延ばされた時間の中、まさしく鬼の形相で迫る馬頭。
その距離は、既に指呼の間を超え、斟酌の間を侵す。
馬頭がその右腕を大きく振りかぶる。必殺の威力を秘めた爪が振り下ろされる。
しかし、此処に至ってもまだ友衛は構えたまま動かない。如何に受けの戦術とは言え、些か遅すぎはしないだろうか。
(……まだ、まだだッ!)
だが、それは否。
友衛は馬頭の一挙手一投足、呼吸の深浅から視線の動きに至るまで、そのすべてを目に収め、そのすべてを読んでいる。
最小の動きを以って、最大の効果を得る為には、敵の動きを髪の毛ほどの誤りもなく、寸毫の狂いもなく、確と読まねばならない。
それを成し得る友衛の目が、これまで培ってきた戦の勘が、馬頭の繰り出すこの爪の一撃が「まやかし」であると教えてくれた。
―― ドゥン……ッ!
友衛の身体、その一寸先の空間を霞めて、馬頭の爪が地に落ちる。
果たして、友衛の読みは正しかった。馬頭の爪は友衛の体勢を崩すためのまやかし、所謂フェイントである。
―― ごぅぅぅんっ!
そして、濛々と立ち込める砂煙を突き破り現れる馬頭の蹄。あらゆる物を叩いて砕く、馬頭が誇る必壊の一撃。
「残念、だったな……」
だが、その蹄の一撃が友衛の身体を捉えることはない。
―― ビュオゥッ!
蹄の間合いの僅かに外。
その行動と射程を完璧に読み切り、最小の動き、ほんの僅かに後へ下がるバックステップで蹄の一撃を躱した友衛が、その反動を利して繰り出す刺突の一撃。
体勢を崩した馬頭にそれを防ぐ術はない。
辛うじて、偶然にも刺突の延長線上にあった腕を犠牲にその場を凌ごうと試みるが、馬頭の腕を貫き引き裂いてなお刺突の勢威は止まらず、友衛は返す刀で無防備に突き出されたその脚を切り落とす。
「ガァァッ!」
叫びとともに、どう、と大きな音を立てて倒れ伏す馬頭。
憎しみと、そして僅かばかりの恐怖に濁らせた視線を、白山を構え傍に佇む友衛に向ける。
しかし、それだけ。切り落とされた脚と引き裂かれた腕から流れ出た血の為、馬頭の身体は既に思うように動かない。
「俺だったら、お前をもっと上手く召還できただろうな……」
喚び出した術者の未熟ゆえ、その力の減衰を余儀なくされた馬頭。
それが、友衛が馬頭に勝利できた大きな因であったとは言え、術者の都合で喚び出され、望まぬ痛苦を負わされたこの鬼が哀れなことに変わりはない。
せめて、これ以上苦しまずに済むよう命を断ってやるのが情けと言うもの。
「恨むなら恨め。だが、殺されてはやれない。……哀れとは思うが、これで、終わりだ」
そして、振り下ろされ白刃によって戦いの幕は閉じられ、友衛の胸の奥には、何か釈然としない、苦々しい想いだけが残ったのだった。
■□■ 登場人物 ■□■
整理番号:6145
PC名 :菊理野・友衛
性別 :男性
年齢 :22歳
職業 :菊理一族の宮司
■□■ ライターあとがき ■□■
菊理野・友衛さま、お初にお目に掛かります。
この度は、PCゲームノベル『東京魔殲陣 / 陰陽の下僕』へのご参加、誠に有難うございます。担当ライターのウメと申します。
地獄の獄卒、馬頭との戦い、お楽しみ頂けましたでしょうか?
相方さんと一緒(とは言ってもソロシナリオなので同時描写はありませんが)のご参加でしたので、
書く方としても二人の関係とか背景とかを色々と想像しながら楽しく書かせて頂きました。
作中に登場する流派『鹿島の太刀』ですが、一応これは創作ではなく資料として残る事実です。
その後の付加部分は、使用流派を任せて頂けるという事でしたので神官・宮司ということで想像を膨らませてみました。
それでは、本日はこの辺で。
また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。
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