■Infinite Gate■
ともやいずみ |
【6494】【十種・巴】【高校生、治癒術の術師】 |
寒い。ここは寒い。
こんな暗闇になぜ自分は居るのだろう?
「迷子?」
声をかけられた。
この暗闇の中、その女の姿が見えた。
目深に被った白い帽子に白のコート。白づくめの女は小さく笑った。だが輪郭がぼやけていてはっきりとは見えない。
「また来たのか。よく迷う魂だな。
安心しな、きちんと帰してやる。
ああ……でも、せっかくだからまた見ていくか? ここは全ての分岐点が見える場所。
そういえば一度肉体に戻るとここでのことは忘れるんだったな。何度も説明するのは疲れるんだが……。
あんたの望んだ未来や、あるかもしれない過去が見れるかもしれない。
多重構造世界、って知ってるかな? サイコロを振って、1が出たとする。だが他に2から6まで出た世界があるとされるあれだ。
簡単に言えばあれと似てる。だがちょっと違うかな。まぁ……言葉で説明するのがまず難しいからな……。ああ、これは前も言ったっけ。
とにかくだ。
たくさんの過去とたくさんの未来があるってこと。
その中で、あんたの望むものを……いや、望んだそのままの世界があるなんてことは稀だ。
あんたの望んだ世界に近いものを見せてやれる。それがいいことか悪いことか……それはアタシにはわからない。
完全に望んだ世界かもしれないし、望んだ世界に近いだけかもしれない。
過去を見たいならば……あるかもしれなかった世界でもいいが……。どうせ身体に戻れば忘れてしまう。
それでも見たいというなら、ほら……言ってみろ。どうせ忘れるんだから、迷子の望みくらい叶えてやるさ」
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Infinite Gate ―GaKuEn parody―
十種巴。現在15歳。高校一年生。お付き合いをしている人は、一つ上の学年の遠逆陽狩。
食堂で食べていた巴は、向かいの席に座った人物に目を丸くした。
赤茶の髪をした美少女。校内でも有名な人物、遠逆日無子だ。
「日無子先輩、今日は食堂ですか」
珍しい。彼女はいつも恋人のお手製の弁当を食べているはずだ。
日無子はB定食を前に「いただきます」と言って合掌をすると、巴に視線を遣る。
「そ。色々と忙しいみたいだから、今日はいいよって言ったの」
「十種さん、隣、よろしいでしょうか?」
真横から、遠慮がちに声をかけられて巴はそちらを見上げる。ぎょっとした。
これまた校内の有名美少女・遠逆月乃だ。日無子の親戚である。
「あっ! はい、どうぞ!
月乃先輩も食堂ですか?」
彼女はいつも自分で弁当を持参していたはずだ。A定食のトレイをテーブルの上に置くと、彼女は巴の横の席に腰掛けた。
「たまには食堂でもいいかと思ったので」
「揃いも揃って……」
また別の声がした。日無子の隣に腰をおろしたのは、遠逆深陰だ。彼女も月乃と日無子の親戚である。長いツインテールの髪が印象的で、彼女も有名な人物であった。
日無子が露骨に嫌そうな表情をした。
「なんでここに来るわけ? どっか空いてるとこ行ってよね」
「うるさいわね! ここしか手頃な席がなかったのよ!」
キッと日無子を睨みながら、深陰が怒鳴る。巴が食堂を見回した。確かに込み合っていて、席があまり空いていない。
校内でも有名な美少女たちが集まっている光景はかなりの迫力だ。巴は萎縮してしまう。
黙々と食べる彼女たちの空気に耐えられず、巴は口を開いた。
「あ、あの。日無子先輩、彼氏とは最近どうですか?」
一番話し掛け易い、というより、あっさりと反応を返してくれる日無子に話を振る。日無子は手を止め、にしし、と笑った。
「そりゃ、ラブラブじゃない?」
「ら、らぶらぶ……」
いいなぁ。そんな言葉、使ってみたい。
(陽狩さんとラブラブ……。む、難しいかも……)
妙なところで古臭い陽狩が、べったりとしてくるというのは想像できなかった。
「いいなぁ……。日無子先輩、彼氏が優しそうですもんね」
「あたしに夢中だからね」
ウィンクする日無子が、本当に羨ましい。しかし、一体どうやってその男は日無子を射止めたのだろうか……。
「ヒナ先輩、どうして付き合おうと思ったんですか?」
「どうしてって……。んー」
日無子は考えて、それから照れたように頬を少し染めた。同性の巴から見ても、かわいい。
「そりゃ、あたしに一生懸命だからかな。あたしにすっごく夢中なのが決め手になったよ」
「…………」
そんなに熱烈にアタックされたのか!?
(私は……そういえば私から告白したんだっけ……)
付き合ってください! と、顔を真っ赤にして言った、あの時の光景が脳裏によみがえる。ひいぃ、思い出すと恥ずかしいっ。
慌てて巴は身を乗り出す。
「ヒナ先輩は、彼氏さんのこと好きなんですよね?」
「そりゃそうだよ。なんとも思ってない男と寝るもんか」
さらりと、爆弾が投下された。
唖然としたのは巴だけではない。月乃と深陰の箸も止まっている。
食堂でも隅の、四人だけが座れる席でよかった。とんでもない爆弾発言だ。あまりの破壊力に三人が固まってしまう。
日無子は平然とした顔で箸を口に運んでいた。「これ、味が濃い」と文句まで言っている。
巴はややあってから、ゆっくりと深呼吸をして、声を低めて小さくする。
「ね、寝る、って……そ、その、そういうコトなんですか、ヒナ先輩」
「そういうこともどういうことも、それ以外に意味はないけど」
「マジですか?」
「マジで」
「破廉恥な!」
月乃が顔を赤らめて短く言う。日無子は「そうかなぁ」と呑気な声を出した。
「いいじゃん。両想いなんだし」
深陰が不愉快そうな顔で口を挟んだ。
「そうやって、好きだから、とかいう理由で行為に走るの、どうかと思うけど、わたしは」
「我慢できるんだ、深陰は」
その言葉に深陰はぐっ、と言葉を詰まらせる。
巴は首を傾げた。
「我慢? ですか」
「十種は我慢できる? 好きな人と一緒にいてさ、隣にいるだけで、それで満足できる?」
できない。と即答しそうになった。
どんどん欲張りになってしまうのは、仕方がない。最初は喋れるだけで良かった。次は、彼の彼女になりたかった。彼の一番になりたくなって、それが本当かどうか試してみたくもなる。
「理性で抑え込むのも大事なことですよ、十種さん」
優しい月乃の言葉に首を横に振る。
「ヒナ先輩の言ってること、私わかる……。月乃先輩は?」
「えっ」
まさか話の矛先が自分に向けられるとは思っていなかったのだろう。月乃はしどろもどろになった。
「あ、いえ、気持ちはとてもよくわかりますよ? ね、ねぇ、深陰さん?」
「ちょ、なんでわたしに話を振るのよ!」
「深陰先輩はどうなんです?」
巴に真剣に見つめられ、深陰は苦いものでも食べているような顔をすると、やれやれと口を開く。
「そりゃ……好きな相手といると幸せだし、ドキドキするものでしょうよ。でも、日無子は参考にならないわ。こいつはそもそも、堪え性がないんだから」
「堪え性はないけど、あたしは相手を選んでる」
「フラれたらどうすんのよ!」
「フラれない自信がある」
日無子は不敵に笑った。なんだろう、この絶対の自信は。巴は自分にいつも自信がないというのに。
「あ、あのっ、なんでそんなに自信満々なの、ヒナ先輩」
「ふふふー。それは努力を怠らないからだ。相手を自分に夢中にさせる努力をすればいいのだ」
「ダメよ十種さん! 日無子の言ってることは、日無子だからできることなの。聞くだけムダ!」
「努力……」
深陰の言葉など耳に入っていない。巴は「努力」と何度も反芻する。自分にできるだろうか? 陽狩の目を、常に自分に向けていることなど。
むむむと考え込んでいると、月乃がそっと声をかけてくる。
「十種さんは陽狩さんと付き合ってるんでしょう? 日無子さんの彼氏とは別人なんだから、参考にする必要はないですよ?」
「そういう月乃はどうなのさ。進展ゼロなんでしょ?」
「し、してますよ! 進展くらいっ」
可哀想なくらい月乃は動揺し、顔を赤くする。
「そりゃ、ちょ、ちょっと融通がきかなくて、真っ直ぐすぎる人ではありますけど」
「単純で単細胞なのが月乃の好みなんだよね」
日無子の容赦のない言葉に月乃は顔を引きつらせる。美人が台無しだ。
考えてみれば月乃といい深陰といい、選り取りみどりのはずだ。日無子の理由はわかるが、月乃と深陰はどうなのだろう?
うずうずして、巴は二人に訊いてみることにした。
「ね、月乃先輩はお付き合いを決めたのはどうして?」
「なんでそんなこと訊くんですかっ」
「あたしも知りたいなぁ〜」
にやにやする日無子。こういう話題は女の子がもっとも喜ぶものだ。
月乃は全員にじろじろ見られて、仕方なく白状した。
「わ、私のことが真剣に好きだと言われて……」
真っ赤になって顔を俯かせる月乃は本気で恥ずかしそうだ。日無子が「ひゅーひゅー」と冷やかした。
「ひゃぁ〜! いいなあっ!」
巴は目をうるうるさせ、月乃を見る。「やめてくださいっ」と月乃は小さな悲鳴をあげた。
彼女がOKしたということは、嘘をつくような男ではないということだろう。
「深陰先輩は!? ねえねえ!」
「う……。その、放っておけなくて……それにわたしのこと、好きだとか言うし……」
もごもごと言う深陰の頬も赤くなっている。なんだかんだ言って、結局――。
「全員、やっぱ惚れられると弱い、ってことだね」
うんうんと日無子が頷いた。
巴は「いいな〜」と羨ましがった。
「私も好きだって、告白されてみたい……!」
「まあね。一度はされたいよねぇ〜。でもあたし、逆に十種みたいに、自分から『好きです!』とかって告白してみたい!」
「そんなことないですって! フラれたらどうしようとか、すっごく悩んで……。勢いで言っちゃった感じもあるし」
できることなら、やり直したい! もう一度、もっと雰囲気のある場所で、甘い空気の中で……。
深陰は日無子を肘で小突いた。
「なにが『やってみたい』よ! あんた、フラれないってわかっててやるじゃないの!
そもそもあんた、あの男だって、最初は見向きもしなかったくせに!」
「いいじゃん! キッカケはなんであれ、あたしも好きになったんだから!」
二人は睨み合う始末。月乃はそんな様子に呆れ顔だ。
巴は「はぁ」と溜息をついた。
「なんかいいなぁ。先輩たち、すっごく愛されてるというか……いいなぁ」
「いいなぁって、十種さんには陽狩さんがいるじゃないですか」
「そうよ。あいつのどこがいいのかわからないけどね、わたしは」
深陰の言葉に巴はムッとした。
「陽狩さんは格好いいし、優しくて真面目だけど、ちょっぴり照れ屋でそこが可愛いんです」
「言うね〜」
日無子が口笛を吹く。ハッとして巴は真っ赤になった。これでは完全な惚気である。
ずいっと身を乗り出す日無子は、小声で巴に言う。
「そんなに陽狩に『好きだ』とか、『愛してる』とか言わせたいわけ? 協力してあげてもいいよ」
「えっ。ヒナ先輩、それほんと?」
「やめなさいっ! 日無子さんに協力させるとロクなことになりません」
「同感だわ。それに、簡単に言うわけないと思う。変なところで男って意固地だもの」
なぜか全員こそこそと小声で言い合う。しかもテーブルの中央に顔を寄せ合ってだ。
「あ、それわかるかも。よくわかんないけど、あんまり言いたがらないよね」
「陽狩さんもあんまりっていうか、ほとんど言ってくれない……」
「恥ずかしいとか、そんなの言わなくてわかるだろ、とかそういう類いのことを言い分けにするのでは?」
「そうそう。わたしたちは超能力者じゃないんだから、テレパシーで伝わるわけないってのに」
うんうん、と女性陣は近強く頷く。
月乃が時刻に気づく。
「ああっ! 急いで食べないと!」
ハッとして四人は慌てて箸を動かした。とりあえず今は、次の授業に間に合わせなければならない。せっかく話が盛り上がってきたところだったので、全員勿体無い気持ちでいっぱいだった。
まぁいい。同じ学校の生徒なのだ。また、こういう機会もあるだろう――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
学園パロディ・女性編。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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