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■Infinite Gate■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 寒い。ここは寒い。
 こんな暗闇になぜ自分は居るのだろう?
「迷子?」
 声をかけられた。
 この暗闇の中、その女の姿が見えた。
 目深に被った白い帽子に白のコート。白づくめの女は小さく笑った。だが輪郭がぼやけていてはっきりとは見えない。
「また来たのか。よく迷う魂だな。
 安心しな、きちんと帰してやる。
 ああ……でも、せっかくだからまた見ていくか? ここは全ての分岐点が見える場所。
 そういえば一度肉体に戻るとここでのことは忘れるんだったな。何度も説明するのは疲れるんだが……。
 あんたの望んだ未来や、あるかもしれない過去が見れるかもしれない。
 多重構造世界、って知ってるかな? サイコロを振って、1が出たとする。だが他に2から6まで出た世界があるとされるあれだ。
 簡単に言えばあれと似てる。だがちょっと違うかな。まぁ……言葉で説明するのがまず難しいからな……。ああ、これは前も言ったっけ。
 とにかくだ。
 たくさんの過去とたくさんの未来があるってこと。
 その中で、あんたの望むものを……いや、望んだそのままの世界があるなんてことは稀だ。
 あんたの望んだ世界に近いものを見せてやれる。それがいいことか悪いことか……それはアタシにはわからない。
 完全に望んだ世界かもしれないし、望んだ世界に近いだけかもしれない。
 過去を見たいならば……あるかもしれなかった世界でもいいが……。どうせ身体に戻れば忘れてしまう。
 それでも見たいというなら、ほら……言ってみろ。どうせ忘れるんだから、迷子の望みくらい叶えてやるさ」
Infinite Gate ―GaKuEn parody―



 昼休憩のチャイムが鳴る。教室にいた者たちはそれぞれ行動を開始する。
 食堂に行く者。友達のところへ行き、手頃な机を寄せて弁当を開く者。
 菊坂静は二年生の教室に向かった。持参しているのは、手作りの弁当だ。
「欠月さーん」
 教室の外から、中を覗く。小さな声できょろきょろと見回した。目的の人物はすぐに見つかった。
「あぁ、静君」
 にっこり笑う欠月は軽やかな足取りでドアのところまで来ると、「どうしたのー?」と訊いてくる。わかっているくせに。
「はいお弁当」
「いつも悪いわねぇ」
 わざと女性の口調で言うと、欠月は静が差し出した弁当を受け取った。
 静は甲斐甲斐しく欠月の弁当を手作りして、こうして昼に届けるのが日課になっているのだ。菊坂くんはホモである、という不名誉な噂まであるが、否定してもなくなることはなかった。
「一緒に食べていいですか?」
「どーぞどーぞ。汚いとこだけど」
 まるで自分の部屋のように言うと、欠月は静を招き入れる。
 間取りも壁の色も一緒なのに、一学年上の教室というだけで、何か別のものに思えてしまう。静は欠月の席までついて歩いた。
 欠月は自分の席に座る。静に、前の席のイスに腰掛けるように促した。
「あ。和彦先輩。今日は食堂じゃないんですね」
 静は欠月の隣の席に座る少年に、そう話し掛ける。少年の名前は遠逆和彦。欠月の親戚だ。
 弁当を食べている彼は頷く。
「作ってきた」
「和彦先輩って、自分で料理するんでしたっけ」
「ああ」
 ぶっきらぼうに応える和彦に、欠月がムスッとした視線を向けている。欠月は和彦と仲が悪いのだ。
「あーあー。料理ができる男ってのは、女の子に重宝されそうだよねー」
「…………」
 欠月の嫌味にも和彦は無反応である。静は不思議でならない。いつも無表情の和彦は、女の子に興味があるのだろうか? いや、まぁ欠月のようにあからさまなのはどうかとは思うが。
「和彦先輩って……どんな女の子が好みなんでしょうか」
 ぽつりと洩らした静の言葉に、欠月と和彦が同時に動きを止め、静のほうへ視線を向ける。
 え、なに。と欠月が恐々と洩らす。
「静君……コイツのことが気になるの? よせよせ! いいことないぞ!」
「そうじゃなくて……。和彦さんて、いつも一人ですし……浮いた話の一つもないというか」
 欠月に負けず劣らずの美形の主である和彦には、華やいだ話が一つもない。女の子にはモテているはずなのに、なぜだろう?
「そういうキミだって、コイツとホモの噂が立つほど、女の子を袖にしているんだろ?」
 こいつ、というのは欠月のことのようだ。和彦の言葉に欠月が露骨に嫌そうな表情をした。
 静は半眼になる。
「ホモじゃないですよ。僕だって、好みの女性くらいいます」
「へぇ。初耳だ! 聞きたいっ!」
 弁当箱の包みを開きながら、欠月はニヤニヤと笑っている。しまったと静は自分の失言に気づいたが、もう遅い。
「いや、好みっていうだけですよ? そんな、好きとか、そういう異性に対する気持ちではなくてですね」
「いいからいいから言ってみなさい。怒らないから」
「……楽しそうですね、欠月さんは」
「楽しいよ?」
 にっこりと満面の笑顔で言う欠月に、「ヤなヤツだな」と和彦がぼそりと呟いていた。
「ほら、言って言って! ナイショにしてあげるからっ!」
「う……。あ、いえ……遠逆月乃さん、が」
「……とーさかつきの?」
 はあ? と欠月が首を傾げる。理解デキマセンという態度の欠月の横では、和彦が驚いていた。
「菊坂は、月乃みたいなのが好みなのか?」
 月乃は和彦の双子の妹なのだ。ゆるいウェーブのかかったロングの髪の、美少女である。この学校の男子生徒で知らない者はいないだろう。狙っている男もかなり多いと聞く。
「え? あ、違うんです。好みのタイプの女性に一番近いなと思っただけで、それだけで」
 しどろもどろの静に、欠月は「うーん」と唸った。
「確かにスタイルいいし、ちょっとボケたとこはあるけどカワイイ子だよね。うんうん」
「ボケてるは余計だ」
 兄として妹の悪口は許せないのか、和彦がムッとした口調で口を挟んでくる。
「一歩さがって男を立てるというか、ヤマトナデシコっての? あんな感じではある」
「はい」
 さらっと静が頷く。優しくて、可憐で、儚げで。こんな女性もいるのかと、静は最初に見た時に驚いたほどだ。
「やや! 静君はやはり月乃のことが気になるわけ? コイツの妹より、もっといいのいるじゃない。えっと、日無子とか?」
 日無子というのは、さっぱりした性格で、欠月によく似ている少女だ。
「欠月さんの従姉妹じゃないですか。それに、僕はあの人はちょっと」
「じゃ、深陰は?」
「…………」
 顔が強張ってしまう。性格がまっすぐなのは承知しているが、ちょっと怖いのだ。
 欠月は腕組みし、「ふーぅむ」と深く息を吐く。
「確かに、とっつき易いのは月乃かもね。えー、でもなんかやだなぁ」
「ち、違いますって! 僕は欠月さんのほうが大事ですから!」
 ばたばたと手を振って否定する……が、和彦が頭痛を堪えるように額に手を遣っていた。欠月はにこにこと笑顔を浮かべている。
 あれ? と、今さら静は自分の発言がとんでもないものだったことに気づく。
「わあっ! ち、違います! ホモとかそういうのではなくて! 月乃さんのことは、尊敬や好感を感じているわけで、欠月さんは僕の先輩だし、えっと、あれ?」
 自分でも何を言っているのかわからなくなってくる。
「……大声でなにやってるんだ……?」
 静の背後から声が聞こえた。振り向くと、そこには遠逆陽狩が立っていた。彼も欠月の親戚である。
 やれやれという顔をしている陽狩は、欠月に目配せした。
「隣のクラスで騒いでるヤツがいるって聞いて来たら、またおまえか」
「はて?」
 欠月は首を傾げる。可愛らしい仕草ではあるが、誤魔化せはしないだろう。和彦は関わるまいとして黙々と箸を動かしていた。
「陽狩はさ、付き合ってる子がいるでしょ。どうなのさ」
「そんなのおまえに関係ねぇだろーが」
 イラっとしたように陽狩が声を荒げる。どうも欠月は、和彦といい陽狩といい、相性がよくない。
 欠月は唇を尖らせた。
「いいじゃんいいじゃん。ボクも静君も興味津々なわけよ。女の子と付き合うというのは、どんな感じなのかなとか。彼女とはどこまでいったのか。AかBかって言い方は古いだろうし、そんな野暮ったいこと訊いたりしないよ。単刀直入だからね、ボクは。で、どうなの? した?」
 ぶーっ、と和彦が飲んでいた紙パックのお茶を吹いた。静も仰天して目を丸くする。
 問い掛けられた陽狩は一瞬、ヒヤっとするような空気を纏い、それから笑みを浮かべた。
「ふふふ……おまえ、殺されたいのか?」
「やだなあ。そういう態度で返すってことは、まだなのか。ウブなんだねぇ、陽狩クンは」
「殺してやるっ!」
 陽狩が激怒して欠月に詰め寄った。静は慌てて立ち上がって陽狩を止めに入った。
「か、欠月さんの冗談ですって! 陽狩先輩!」
「菊坂! どうしてこんなヤツを庇うんだ!」
 陽狩の言葉に和彦もウンウンと頷いている。確かに欠月の冗談はかなりタチが悪い。けれど、彼は悪い人ではないのだ。極端な性格をしているだけなのである。
「悪気があったわけじゃないんです! たぶん」
「あるに決まってるだろうが!」
 それは、静も内心そう思っている。欠月は陽狩が嫌いなのだ。だからわざと、怒らせるようなことを言うのだ。
 和彦は嘆息し、ハンカチで机の上に吹いたお茶を拭き取っている。彼は陽狩を抑える気はないようだ。
 へらへらした笑顔で欠月は言う。
「いやね、さっき好みの女の子のタイプの話になってさ〜。陽狩は付き合ってる彼女が好みのタイプなわけでしょ?」
「そりゃ……まぁ」
 陽狩はぐっと堪えたように応えた。陽狩の付き合っている少女は静と同学年で、小柄で活発な娘なのだ。
「ボクとしては意外な気がする。陽狩はおっとりした女の子のほうが好みかと思ってたもん」
「そういうおまえはどうなんだよ」
「ボク? そうだなぁ。ボクに夢中で、甲斐甲斐しくて、控えめな子がいいなぁ。あ、でも積極的な女の子も好きだね」
「……おまえは選り好みしないくせによく言うぜ」
 陽狩の吐き捨てるような言葉を聞きながら、静は「へぇ」と思う。とはいえ、欠月の好みはあまりハッキリしない。ようは「好きになった子が好み」になるのだと思った。
 そういえば、そもそもこの話の発端は和彦にある。静は思い出して彼のほうを見た。
「和彦先輩、まだ僕、教えてもらってないです」
「え……何が?」
 戸惑ったように和彦がこちらを見てくる。眼鏡越しの瞳が不安に揺れていた。
「好みのタイプです」
「…………そ、そうだな。性格は大人しいほうがいいかもしれない。それと、何か一つでも目標がある子……かな」
「ストライクゾーンが広そうだね」
 さらりと欠月が余計なことを言う。和彦がムッとして顔をしかめた。その視線を軽く笑って欠月が受け止める。
 またも嫌な空気になってきた。静はうんざりしてしまう。
(あぁもう、なんでこの人たち、こんなに仲が悪いの……?)
 親戚なんだからもっと仲良くすればいいのに。三人が並ぶと、ありえないくらい迫力があるというのに。
 誰が見てもタイプが違うので、すぐに見分けられる遠逆和彦と欠月と陽狩。外見も三者三様だから、尚のことだろう。
 陽狩は嘆息し、黒板のほうを顎で示す。
「さっさと食べないと昼休憩が終わるぞ? 欠月はいいとしても、菊坂は一年の教室に戻らないといけないだろ?」
「ああっ!」
 黒板の上にある時計の時刻を見て、静が青ざめた。早く食べないと休憩が終わってしまう!
 気づけば和彦は食べ終えていた。欠月はもごもごと口を動かし、からあげを食べている。静は席に腰掛けると慌てて食べ始めた。
「もう! 教えてくれてもいいじゃないですか、欠月さん!」
「そうやって慌てる姿が見たかったのだ」
「ひどいっ」
 頬を膨らませる静の前で、「ごちそうさま」と欠月が合掌をした。弁当は綺麗に空だった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 学園パロディ・男性編。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!