■万色の輝石■
水瀬すばる |
【7094】【東川・天季】【無職。】 |
「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたわ」
ベッドで目を閉じた貴方が次に目を開くと、見たこともない景色が広がっていた。懐かしい風景、いつか見たような気がするのだが思い出せない。
ふと気付けばふわりふわり、と水晶玉が浮かんでいる。ビー玉より少し大きいくらいで、薄青色の美しい光を纏う。
「外から形作るモノ、内に宿るモノ。普段見られない自分の内側を、少し覗いてみては如何? 招待状はお持ちのようね。結構よ。それでは、参りましょうか」
春のような柔らかな風が貴方の頬を撫でる。
貴方が水晶玉に手を伸ばすと、淡い緑風と共に景色が変わった。
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万色の輝石
ゆらゆらと、ゆったりと。
気がつくと天季は水の中にいた。遥か上から弱い光が差し、すぐ下には砂が敷き詰められている。波の如く水が動く度に、それに合わせて僅かに身体が揺れ動く。まるで揺りかごだ。
堕ちるところまで堕ちた先が海の底。ここは笑うところだろうか、それとも泣くべきか。身体を水に横たえたまま、かるく腕組みをしてみる。良かった。生身ではないにしても、この鎧は言う事を聞くようだと一安心。非常に残念なコトに、ツッコミを入れる人間はいない。正確にいえば生き物一つさえ見当たらないのだから、此処で生暖かい同情と優しいツッコミを期待するのは贅沢というものだろう。
「あら。お目覚めのようね、天季」
希望か或いは絶望か。凛とした声が、すぐ傍から聞こえた。
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「ずっと眠ったままだったのよ。あと3秒起きなかったら、分解してみようと思っていましたの」
「……、……」
からからと笑う声の主は薄青の水晶玉だった。喉やら舌やら、発声に関する人体構造を思い切り無視しているが、ふと落ち着いてみると自分も他人の事はいえない。言いたい事は山ほどあるが、とりあえずはと天季は沈黙する。
「私(わたくし)と貴方は波長が合うようね。こうして夢にお招きできたのも、そのおかげ」
波の影響など微塵も受けずに、ふわりふわりと上下に揺れる水晶玉。見た目に反し、我侭にして自分勝手、おまけに人の話を聞かないという素晴らしいスキルまで持ち合わせているらしい。悪意がないのが救いといえば救いだろうが、性質が悪いと言い換えることもできる。
「まぁ、凄まじい過去をお持ちのようね。いいのよ、遠慮なさらないで。貴方を形成する気の色、そしてこの先どうなっていくのか。少しだけ私が占って差し上げますわ」
「えーと……。地獄から帰ってきたばかりで、医者から激しい運動は止められているんですが」
微妙に会話が噛みあっていない。身の危険と危機を感じつつ言うと、くるりと水晶玉が天季のまわりを回った。と同時、突然頭から足の先まで、透明な膜に覆われる。
「って、……ちょっと。これは、」
「そうね。元素でいうなら……、風。一見破天荒と思われるような自由な発想、置かれている状況に柔軟に対応できる能力をお持ちね。でもまわりに流されたり、逆に周囲の人間を嵐の渦に巻き込んだりするかもしれないわ、気をつけて」
天季を覆っていた膜の色が、透明から淡緑色に変化する。やがて一陣の風となって通り抜けて行ってしまった。風の残滓を包んだ水泡が、幾つも浮かんでは消える。手を伸ばして一つ捕まえてみると掌の上をころころと転がり、やがてそれも水に溶けてしまった。
「さーて、次々いってみようかしら。そうね、チェス。遊戯盤の駒に喩えると……美しきナイト。白馬を操り、兵を薙ぎ戦場を駆ける騎士ね。並の兵士とは違った変則的な動きが魅力よ」
さっと水泡の一つに光が収束し、やがて白磁色をしたナイトの駒を具現化させる。
「今がチェックメイトっつー感じもしますが……」
「最後の一手があるわ。気を落とさないで。そんな貴方には癒しと神秘の紫を。他人のアドバイスも良いけど、鋭い直観力をお持ちのようだから自分の信じた道を行くのもいいわ」
「これから生きていけるんでしょうか、僕は。……っていうか、此処って」
辺りを見回してみる。相変わらず水に包まれているような感じはするが、海底にも関わらず酷い水圧は感じない。そうでなければ鎧ごと潰れ、紙の如き姿になっていてもおかしくはないはずだ。時折思い出したように、黄色や赤、鮮やかな原色の魚が泳ぎ通り過ぎていく。深海ではありえない魚だ。先程現れたナイトの駒も、一匹の魚に変化してどこかへ消えてしまった。
「ここは現と夢の間よ。私の作り出した亜空間」
招かれなければ来ることもできず、空間の存在自体を察することもできない。水晶玉はそう言い添えた。
「そして最後に。天季、ここから好きなカードを選んでくださる?」
天季の前にふわりと22枚のカードが現れた。裏を向けているので、表に何が書かれているかはわからない。
「タロットカードよ。一度シャッフルして、その中から1枚取ってもらおうかしら」
(どーすんの!? どーすんのよ!)
カードの束を受け取った天季はがしゃがしゃと金属音をさせながら、手際よくカードをシャッフルしていく。山を片手に持ち、もう片方の手で数枚を抜いては上に重ねる。と思えばカジノのディーラーがやるように、両手に持った山を親指を使ってバラバラに落とす。器用なものだと水晶玉も感心した様子でその手付きを眺めていた。
「それじゃ、これ。……いや、やっぱりこっちで!」
「ふふ、このカードは……」
引き抜いた1枚のカード。青年が高く掲げているのは聖杯、もう片方の手は大地を指し示している。テーブルにはトランプのスーツのような、剣や杖、グラスやペンタクル。
「魔術師の正位置。機知、創造性、口八丁に手八丁。……貴方にとって死は終わりではない。寧ろ新しい出発。全てはこれから始まるわ」
天季の掌の中で、カードが光を放つ。暖かで優しく、どこか懐かしい感じさえする。
「そろそろ本当に目覚める時間のようね」
「地獄から脱出したと思ったら太平洋のど真ん中に落とされて、これから何をどうすればいいんでしょう」
「んー、確かに。鎧に海水は良くないわ。錆びる前に東京に送って差し上げるから、どうか安心して」
ぽん、と音が響き、何事かと思えば手の内のカードが変化していた。深海の色に良く似た硝子玉のようだ。中にきらきらと輝く小さな光がある。
「大丈夫よ、天季。貴方が生きようとする限り、道は開かれるわ。それは私からのプレゼント。挫けそうになったら思い出して」
一度だけ頷き、硝子玉をそっと握り締める。次に目が覚めるのはどこだろう。訪れる緩やかな眠気の果てに、天季の意識は暗転した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7094/東川・天季/男/23歳】
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■ ライター通信 ■
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「万色の輝石」ご参加ありがとうございました。
如何でしたでしょうか。またご縁があるコトを願いつつ……。
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