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■例えばこんな物語 第二章■ |
紺藤 碧 |
【2470】【サクリファイス】【狂騎士】 |
「遊びに来てくれたの!?」
青年――コールは白山羊亭で知り合った冒険者の訪れに、満面の笑顔を浮かべる。
「ストックしてある物語読んでみる? それか…」
コールはそこで一度言葉を止めると、新しい真っ白の本を取り出してドンと机の上に置く。
「新しい物語とか、どうかな?」
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例えばこんな物語 第二章
別荘を訪れたサクリファイスは、コールの部屋がいつにもまして散々としている様を見て眼を丸めた。
「あ、サクリファイスちゃん!」
コールは嬉しそうに微笑み、たったと扉へ駆け寄ると、道を塞いでいたダンボールを脇によせ、テーブルへの道を開く。
「どこかへ、行くのか?」
「うん。いつまでもここにお世話になってるわけにも行かないし」
皆と一緒に街のほうで下宿を始めるため、荷物を纏めているのだという。……しかし、散らかしているようにしか見えないが。
コールは早速という感じに白紙の本とペンを手に、準備万端だ。
「……こうやってコールに物語を聞かせてもらうのって、なんだか久しぶりだな。ここしばらく、いろいろあったから……」
あった、と過去形にしてしまうにはまだ記憶に新しい出来事。カデンツが奏でる不協和音は終わったが、サクリファイスもコールも皆、今こうしてここにいる。物語は、まだまだ、終わらないのだ。
「……前に、みんなで冒険譚を聞かせてもらったけれど、そのときのサラマンドル。その後の、あの子と私の話を聞かせてもらえないかな? どうも、ああいうのを見ると放っておけない性分で……」
「うん。そういうトコあるよね」
ニコニコと至極単純に頷いたコールに、サクリファイスはきょとんと瞳を丸くした。
【ローダンセの翼】
サラマンドルと飛び去った時、まだ黒に染まりかけていただけの翼は、日が落ちたと同時に完全に黒へと変わっていた。
神殿まではまだ幾分か距離がある小高い丘で、サクリファイスとサラマンドルは見詰め合っていた。
大きな形してまだまだ子供のサラマンドルが、くいっと首を傾げる。
夜のサクリファイスには、どうして自分が今サラマンドルと共に居るのかが分からない。
記憶が無い間に何かしらあったのだろう事は理解できるのだが、その部分がとても重要な気がして、サクリファイスは難しい顔つきで眉根を寄せるように顎に手を当てて考えた。
多分、このサラマンドルは、飛び立った時に嘆いていたサラマンドルだろう。
「おまえは、私と共に…来るのか?」
つぶらな瞳を見上げ、問いかければ、サラマンドルはその頬をすりすりとサクリファイスに摺り寄せてくる。
「そうか」
サクリファイスはほんのりと微笑むと、その頭を撫で、
(考えていても埒があかないな)
と、目の前にある現実を受け入れ、行くぞ。と一声、飛び上がる。
サラマンドルも、その後に続くようにばさっと大きな翼を広げ、飛び上がった。
リカステの花が咲き誇る神殿は、サクリファイスが暮らすのみのヒトからは捨て置かれた神殿。
いや、暮らすと言うのも些か御幣があるかもしれない。
昼と夜の天使であるサクリファイスにとって、寝食は必要なく、ただ、リカステの花を見てみたいという衝動のみでその場に留まっていたに過ぎないのだから。
そう、このまま何処かへ旅に出ようとも、誰にも何にも迷惑も心配もかけはしない。
そう考えると、いかに自分が独りだったのかと自覚してしまい、サクリファイスは軽く唇を噛むように顔を伏せた。
そんなサクリファイスに気がついたのか、サラマンドルがぺろりと頬をなめる。
「こら」
軽く笑いを含めて制止の声をかければ、サラマンドルはその大きな顔をサクリファイスに摺り寄せてきた。
「あはははは。くすぐったい」
そう、今は1人ではない。それが純粋に嬉しい。
じゃれつくサラマンドルに、ついつい声に出して笑いが漏れる。が―――
(……………)
助けを呼んだ声の幼さや、こうしてじゃれ付いてくる様を考えれば、このサラマンドルがまだまだ幼生だという事が分かる。
しかし。この大きさで幼生。いわゆる子供と言う事は、大人になったときどれだけ大きいのか。
この先此処で暮らすにしては、サラマンドルには少々手狭なような気がして仕様が無い。
「まだ、大きくなるよな」
顔を上げたサラマンドルを見上げ、サクリファイスは顎に手を当てて考えるように呟く。
この神殿を大きくするにしてもそれだけの力も材料の当てもないし、間借りしているだけの状態で勝手にいじることも躊躇われる。
どうしたものかと眉根を寄せた瞬間だった。
「………私は…」
そもそもどうして“ここに居るのか”。
この場所で暮らし始めた最初の記憶が分からない。
まるで、昼と夜で趣を変える花が咲いているこの場所は、確かに昼と夜の天使たるサクリファイスに相応しいともいえる。
しかし、何事にも始まりがあるように、サクリファイスにはその始まりが無い。
“昼の私”が感じているのは、どうしてもこの場所に居たいという気持ち。けれど、この気持ちは誰が感じたもの? サラマンドルの声を聞いたときのように、此処にはいないどこか遠くに人の気持ち?
―――夜の私は、どう思っているの?
日は徐々に傾く。
サクリファイスの翼は、夜空の色を吸って、ゆっくりと黒く染まり始めた。
サラマンドルは不思議に思っていた。
根本的な部分は何ら変わらないのに、昼と夜で変わってしまうサクリファイス。
話し方も、優しさも、何も変わりない。けれど、どこか違う変化。
今にもくっつきそうな瞼を一生懸命開いて、サクリファイスにくっつくサラマンドル。
その様を見て、サクリファイスはくすっと小さく笑った。
「夜は眠るものだ。無理に起きていなくて良い」
昼間は何をして遊んだの? 太陽は明るいかい?
夜は優しい月の光に抱かれながら、穏やかな眠りにつくと良い。奏でられる鼻歌。それはいつの日に覚えたのか分からない子守唄。
丸まって完全に寝入ったサラマンドルの頭を優しくなで、サクリファイスは立ち上がる。
まだまだ子供のサラマンドル。これから先大人になって、もっと体も立派になって、鱗も硬くなるだろう。
ずっと一緒にはいられない。
何れ番を見つけ、サラマンドルも家族を作る。そのために、それまでに、自分は何をして上げられるだろう。
そっと触れるリカステの蕾。
―――この蕾が、花開いた姿を見たい。
サラマンドルの声を聞くまで、この神殿に住んでいたサクリファイスが思っていた唯一つのこと。
でも、それは本当に大切で重要なことだろうか。
“夜の私”は、ただそれだけのことでこの場所に留まろうと決めたのだろうか。
―――昼の私は、どう思っているの?
昼と夜、お互いがお互いに問いかける。答えが出ない不毛な問いかけ。けれど、夜明けはまだ先だというのに、夜の翼が少しだけ、朝の灰色味を帯びた。
サクリファイスに訪れた微かな兆し。
もう直ぐ―――もう直ぐ、昼と夜は1つになるのかもしれない。
白みかけた空。
そして翼は、朝日の色を吸って、白く染まっていく。
朦朧とする意識。あぁもう直ぐ“夜の私”は眠りにつくのだ。
リカステの蕾が、ゆっくりと花開く。
(これが……)
夜のサクリファイスの瞳に薄らと映った、一輪のリカステ。
一瞬のタイムラグ。
翼は完全に白へと変わる。
昼のサクリファイスは、何故だかとても晴れやかな気分になっていることを感じて、日の出に向かって微笑みかける。
心の中に感じていた“この場所に居たい”という気持ちが掻き消えている。
「旅に、出ようか」
ここに留まる未練はもう何もない。
「おまえと私の翼があれば、何処までもいけるさ」
サラマンドルの鳴き声一つ。
2人は空高く飛び上がり、まだ見ぬ未来へ向けて翼を広げた。
終わり。(※このお話しはフィクションです)
すぅっと口を閉じ、ペンを走らせる手が止まる。
物語が、終わったのだ。
サクリファイスはそっと顔を上げて、満足そうな笑顔を浮かべながらしみじみと口を開く。
「竜と人とに限った話じゃないけれど、姿形に惑わされてその真意を理解できないときもままある」
例えるなら、“悪魔”と呼ばれてしまっていた少女。彼女も自分たちと同じ、街を止めたい人間の一人だった。
「でも、姿と心は別物だ。目に見えるだけが全てじゃない」
見た目で人間性を決め付けてしまう。そんなことは誰にだってある。ただ、違うとすれば、それを自覚しているか、していないか。自覚しているだけで、真実を知った時の心情が違ってくる。
「聞かせてもらえて楽しかったよ。ありがとう」
「僕こそありがとう。この部屋で紡ぐ最後の物語を、未来に向かう話にできて良かったから」
コールは物語が加わった本を引越し用の荷物に加え、ペンとインクを片付ける。
「そういえば、コール達はこれからどうするんだ?」
「エルザードの街の方に移り住むんだ」
家も用意したしね。と、コールは答え、サクリファイスに、
「遊びに着てね!」
と、満面の笑顔を浮かべた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
例えばこんな物語 第二章にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
予定を大幅に遅れてのお届け、お待たせして申し訳ありませんでした。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
次回もしご参加いただけるようでしたら、場面が別荘からあおぞら荘へと移行しております。
それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……
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