■万色の輝石■
水瀬すばる |
【6678】【書目・皆】【古書店手伝い】 |
「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたわ」
ベッドで目を閉じた貴方が次に目を開くと、見たこともない景色が広がっていた。懐かしい風景、いつか見たような気がするのだが思い出せない。
ふと気付けばふわりふわり、と水晶玉が浮かんでいる。ビー玉より少し大きいくらいで、薄青色の美しい光を纏う。
「外から形作るモノ、内に宿るモノ。普段見られない自分の内側を、少し覗いてみては如何? 招待状はお持ちのようね。結構よ。それでは、参りましょうか」
春のような柔らかな風が貴方の頬を撫でる。
貴方が水晶玉に手を伸ばすと、淡い緑風と共に景色が変わった。
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万色の輝石
青と赤のコランダム。黒いオニキス、緑色のジェイド。
大地が生み出した石の内、美しく輝くものを宝石と呼ぶ。
夢か現か、或いはまた幻か。一日の仕事を終えベッドに潜り込み、皆が次に目覚めるとそこは不思議な部屋。色鮮やかな珊瑚に真珠のような照明、中央に浮かぶのは薄青をした水晶玉。
「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたわ、皆」
そう言って部屋の主は、淡く輝いた。今宵の輝石は、一体何色に輝くのだろう。
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「初めまして、というべきかしら。いいわ、招待状はお持ちのようね」
「どうも、こんにちは……えっ、招待状?」
仕事柄変わった人間に出会うことは多々あっても、人間外の存在と話す機会は極めて稀だ。寝起き特有の少々混乱した頭を抱えつつポケットを探ってみると、ごそりと紙の感触。引き出してみると確かに招待状、と綺麗な筆の文字で書かれている。自分で入れたはずも、貰った記憶さえないのだが。
「物事に経過を求めるのも良いけれど、今は目の前にある現実をご覧になって。貴方は私(わたくしの)大切なお客様、何も危険なことはしないと誓うわ。ご安心なさって良いのよ」
水晶玉は一昔前の埃が被ったような口調で皆に話しかけた。
「古書店「書目」の次期主人。……地下の品揃えも含め、私たちの間ではちょっとした有名店ですの。一度お話してみたかったのですけれど、ちょうど人型の持ち合わせがなくて。こうして夢にお招きさせて頂きましたわ」
「……うーん、それじゃ。軽く自己紹介をしたらいいのかな?」
「直にお声が聞けるなんて贅沢ですわね。ぜひ、お願い致します」
勧められるままにゆったりとしたソファに腰掛け、皆は考える。
「僕の名前は書目皆。5月25日生まれ。実家が古書店で、住み込みで働いてる」
「存じ上げておりますわ」
腰掛けているソファは青色をしていて、背中を寄りかからせてみても無理なく受け止めてくれる。先ほどから微かに水の流れる音が耳に届く。どこからするのかと思えばどうやらソファの中からのようだ。トン、と軽く指で触れてみると水の波紋を描いて広がっていく。座り心地はただの革張りなのに、まるで水そのものでできているように思えた。
「えーと……、3階建ての3階部分が住居になってるんだ。祖父母と同居してる。風呂は無いから銭湯通い」
「まぁ、珍しい建物ですわね。夏は大変ではありませんの?」
「いや、自分から頼み込んで住まわせてもらってるしね」
波紋が消えた後は、赤い金魚が泳ぎ始めている。水の中ですいと泳ぎまわる姿は見目にも涼しげで、皆は思わずほうと息を零した。
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「こんな本はご存知?」
一陣の風が吹いたかと思うと、一点に集まり一冊の本を具現化させる。眼鏡の奥から目を凝らして見てみると、タイトルには漢字だけが並ぶ。中国語のようだ。年を経た大亀と蛇が絡みついた獣が描かれている。意味は詳細に読み取れないが、表紙の絵と照らし合わせるとぱちりと知の欠片が合った。
「四神……それも玄武かな」
「その通り。「本」を取り扱う貴方は、霊獣に属するなら玄武かしら。知恵と知識、賢さを司る北の神。元素でいうなら水や土の術でしょうね。全体を見渡し、最善と最悪を見据える事ができる」
本からむくりと起き上がった霊獣は、高く一鳴きして掻き消えてしまった。
「やはり本がお好きなのね」
「そうだね、興味がある本なら何でも。タイトルに惹かれるものがあったりしたら、自分に何か必要なことが書いてあるのかもって思う」
「タイトルのセンスがないと、中身もつまらないと申しますもの」
水晶玉が幾つか知っている本を挙げると、皆はその都度ストーリーや作者についてコメントを返した。悪魔の召喚術、近代史と呪詛について、裏風水の歴史。中には一般に出回っていないコアなものも数冊含まれていた。書店で取り扱っていないのはもちろん、近付いたり触れたりする事で人間に害のある書も存在する。それ自体が魔力や呪いの力を持っている為だ。だが皆にとって、そんなことは大した問題ではない。何が書いてあろうがそれが「本」であれば、手に取りページを捲りタイトルや内容別に書架へと運ぶ。力のない人間からみればまるで魔法だ。
「お話を聞かせてもらったから、今度は私から皆の内側を覗いてみましょうか。……土精霊に懐かれる気質みたいね。自分が普通だと思っている事が、他人からみると「ちょっと変わってる」って評価されたり。密かに、頑固って言われた経験をお持ちではなくて? 逆に火精霊とは少し相性が良くないみたい」
水晶玉は流れるように言葉を紡いでいるが、何か根拠があってのことではない。独断と偏見によるものが大きい為、他の占い師が視ればまた違った答えや属性が飛び出してきてもおかしくはないだろう。人間は機械ではない。矛盾する要素もたくさんあり、様々な記憶や考え方に影響されながら個々の人格を形作る。一つとして同じ人格など存在しない。
「そのシャツも素敵ね。もしかしたら……」
「一点もの。自分が好きなものを選んだらこうなるだけだよ。何ていうの、ピンと来る感じがないとダメなんだ」
「そう。直感を信じるのは大事だわ」
それから水晶玉は少し考えるように黙る。
「ねぇ、皆。面白いことを考えついたの。この中から一つカードを選んで頂戴。貴方の行く先の助けになるかもしれないわ」
と同時、皆のすぐ目の前に22枚のカードがすっと浮かび上がる。どれも裏を見せている為、皆は表の柄を知ることができない。
「タロットカードか」
枚数からいって大アルカナだろう。自分に関わることならば選ぶのにも力が入ってしまう。少しでも落ち着こうと深呼吸を一度、それから手を伸ばして1枚のカードを取った。
「The Starの正位置ね。希望、明るい将来性、願い事が叶う。良いカードよ」
選ばなかった他のカードはすっと消えてしまう。
名前の通り空に輝く星や、瓶を持った女性が描かれている。
「貴方が手にしているのは光。今はまだ小さいけれど、前を向いて努力するなら輝きを増し美しくなるわ。自分だけでなく、まわりをも照らす灯りとなる。……何かに迷い助言を求める人々がやって来るでしょう。その時には貴方の言葉や知がきっと、力になるわ」
カードはその形を失い、掌の上で輝く星屑に変化する。かと思うと、すっと皆の中へ吸い込まれてしまった。
部屋の天井から眩い光が一筋、床に差し込む。天使の階段のようだ。
「そろそろ目覚める刻ね。……今日は楽しかったわ。また会える日まで。さよなら、ブックマスター」
「さよなら。次に会うことがあったら、名実共にそうなってるよ。……必ず」
強い決意を青い瞳に込め、訪れた緩やかな眠気に従い瞼を落とす。今日も明日もそしてこれからも、切磋琢磨の日々は続く。たどり着いたその果てには、一体何が待っているのだろう。
それを知るのは恐らく、皆本人だけ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6678/書目・皆/男/22歳】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました。
古書店「書目」、私も地下に行ってみたいですね。
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