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■特攻姫〜お手伝い致しましょう〜■

笠城夢斗
【7008】【三薙・稀紗耶】【露店居酒屋店主/荒事師】
 ぽかぽかと暖かい陽気の昼下がり。
 広い庭を見渡せるテラスで、白いテーブルにレモンティーを置き。
 白いチェアに座ってため息をついている少女がひとり――
 白と赤が入り混じった不思議な色合いの髪を珍しく上にまとめ、白いワンピースを着ている。輝く宝石のような瞳は左右色違いの緑と青。
 葛織紫鶴(くずおりしづる)。御年十三歳の、名門葛織家時期当主である。
 が、あいにくと彼女に、「お嬢様らしさ」を求めることは……できない。

「竜矢(りゅうし)……」
 白いテーブルに両肘をついて、ため息とともに紫鶴は世話役の名を呼んだ。
 世話役たる青年、如月(きさらぎ)竜矢は、紫鶴と同じテーブルで、向かい側に座って本を読んでいた。
「竜矢」
 再度呼ばれ、顔をあげる。
「はあ」
「私はな、竜矢」
 紫鶴は真剣な顔で、竜矢を見つめた。
「人の役に立ちたい」

 ――竜矢はおもむろに立ち上がり、どこからか傘を持ってきた。
 そして、なぜかぱっとひらいて自分と紫鶴が入れるようにさした。
「……何をやっているんだ? 竜矢」
「いえ。きっと大雨でも降るのだろうと」
「どういう意味だっ!?」
「まあそのままの意味で」
 役に立ちたいと言って何が悪いっ!――紫鶴は頬を真っ赤に染めてテーブルを叩いた。レモンティーが今にもこぼれそうなほどに揺れた。
「突然、いったい何なんですか」
 竜矢は呆れたようにまだ幼さの残る姫を見る。
 紫鶴は、真剣そのものだった。
「私はこの別荘に閉じ込められてかれこれ十三年……! おまけに得意の剣舞は魔寄せの力を持っているとくる! お前たち世話役に世話をかけっぱなしで、別に平気で『お嬢様』してるわけではないっ!」
 それを聞いて、竜矢はほんの少し優しく微笑んだ。
「……分かりました」
 では、こんなのはどうですか――と、竜矢はひとつ提案した。
「あなたの剣舞で、人様の役に立つんです」
「魔寄せの舞が何の役に立つ!」
「ずばり魔を寄せるからですよ」
 知っているでしょう、と竜矢は淡々と言った。
「世の中には退魔関係の方々がたくさんいらっしゃる。その方々の、実践訓練にできるじゃないですか」
 紫鶴は目を見張り――
 そして、その色違いの両眼を輝かせた。
「誰か、必要としてくれるだろうか!?」
「さがしてみますよ」
 竜矢は優しくそう言った。
特攻姫〜だから、彼のことを〜

 それはいつもの夜のことだった。
 今夜も、1人の退魔師の訓練のため、舞を舞っている最中だった。
 葛織紫鶴は剣舞で『魔』を呼ぶ。美しきその舞――

 今日は満月に近く。
 寄せられてくるのは、月の光に応じた力量の魔物たち。

 しゃらん! と紫鶴の手首の鈴が鳴ったとき、一気に周囲を魔物に囲まれた。
「姫!」
 すかさず紫鶴の世話役如月竜矢が、剣舞を舞っていた紫鶴を結界の中に閉じ込める。巻き込まれては大変だ。
 座って時期を待っていた今夜の退魔師――元山伏だったらしい退魔師が、袈裟を着た大きな体を持ち上げた。
 しゃん! 地面に叩きつけられた錫杖が夜陰に響いた。
 と――
「はっはあ! いい退魔師じゃねえか!」
 どこからか――人間の声がした。
 紫鶴も竜矢も目を見張った。
 剣舞の魔寄せ、それによって寄せられた魔物たちの中から、見覚えのある青年が姿を見せたから。
 退魔師は、一見とろとろした青年にしか見えない彼――三薙稀紗耶の姿を見てひるんだ。
 しかし稀紗耶はとりあえず退魔師は無視し、
「よ、姫さん」
 と紫鶴に声をかけてきた。
「あ……き、稀紗耶殿……」
「元気だったか?」
「わ、私の家系は月の大きさとともに体調が変わるから――って、それより稀紗耶殿、なぜここに――」
「ん? 姫さんの舞に惹かれてよお」
「え……」
 葛織家の剣舞。それは魔を寄せるための剣舞でしかないはずだ。
「ところでさ、こないだあげたルービックキューブとか写真とか、どうしたよ」
 絶対に6面揃わないルービックキューブ。
 反紫鶴派の顔、紫鶴の叔父京神の変な顔を取った写真。
「あ、あれは、えーと」
「ルービックキューブはいい遊び道具になってますねえ」
 竜矢は苦笑する。「写真の方は……」
「その……叔父上に見つからないように奥の方にしまった……」
 もじもじと言った紫鶴に、稀紗耶はうんうんとうなずいた。
「いいんだいいんだ。自分が面白いと思ったもんは持っとけ」
「はあ……」
 ぽかんと稀紗耶を見上げる紫鶴に、やがて稀紗耶は言った。
「んじゃ、俺参戦してくっから」
「…………は!?」
 稀紗耶はのんびりと庭へ行き、魔物が暴れまわるそこから退魔師を引きずり出し、
「とーりあーえず、お前、ボコな」
 言うなり稀紗耶は、
 拳をうならせて退魔師の腹をえぐった。
「なんつっても退魔師は俺たちの敵でよう」
 ボク
「隙あらば俺をも始末しようっていう勘のいいやつもいるしよー」
 バクッ
「俺はただのハーフなんだぜ。ひどくね?」
 ばき、ばき、ばきっ!
 肋骨を何本もおられ、みぞおちに何度も拳を叩き込まれ、退魔師はごぼっと吐いてそのまま地面に倒れふした。
「ひゅー。他愛のないこと」
 稀紗耶は倒れた退魔師を蹴っ飛ばし、それからくるりと向く方向を変え、周囲の『魔』たちを軽く見やった。
「あとは、お前たちが相手なー。まー、ついでだ」

++ +++ ++  

 稀紗耶は2本の剣を取り出して、鞘同士をつなげた。
 そして――自分の左の眼孔から左目をえぐりだし、鞘に装着する――
 紫鶴は呆然とその様子を見ていた。
「あれは義眼だったようですね。うすうす分かっていましたが――」
 竜矢が紫鶴を支えるように少女の肩を抱きながら、彼女の耳元で囁く。
「義眼……」
 紫鶴の声に、感情がこもらない。

「ひゃっほう」
 何十匹と呼び寄せられていた雑魚魔物を、稀紗耶は簡単に切り裂いていく。
 2本の剣をつなぎあわせたものを、ブーメランのように放っては手元に戻ってくるまでに何匹もの敵を倒していく。
「か、彼は」
 紫鶴は竜矢を見た。
「彼は、『魔寄せ』で寄せられてきたのか……?」
 竜矢は沈痛な顔でうなずいた。
「そのようです、姫」
「―――」
 紫鶴はバトルフィールドに視線を戻す。
 そこでは稀紗耶が――魔寄せに寄せられたというのなら本来仲間のはずの――魔物たちを屠っている。
 何の遠慮もなく。何のためらいもなく。

 ――紫鶴の胸の奥底で、何かが震えた。
 こんな感覚は、今までになかった。
 魔物に『仲間』という概念はない。屠り合うことなど珍しくなかったけれど、
 ――稀紗耶が行っているというその事実を、心が拒否しようとしている。

「はいよっと」
 軽い動作で稀紗耶は近くの魔物を切り裂き、その魔物が落とした目玉を踏みつけた。

 ――紫鶴の胸の奥。気持ちの悪い感情がわきあがる。
 嘔吐? めまい? そういうのとは違う。

 どしん、どしんと大きな足音を立てて稀紗耶に近づいていく気配がある。
 大型の猛禽類だった。長い手足をぶんと振り回して稀紗耶を叩きつけようとする。
 稀紗耶はあっさりとその腕を切った。
「お返しな」
 剣でもって気をこめた一撃。見事に巨大猛禽類にヒット。
 敵はそのまま、胸の辺りを斜めにざっくり切られて、血を噴き出しながら背中かから倒れた。
 巨大猛禽類は他にもいた。
「そら、そら、そら」
 ざん、ざん、ざん。リズミカルに稀紗耶はそれを切り払っていく。
 背中から倒れていく猛禽類。庭がふと血で染まっているのを見て、稀紗耶は紫鶴を振り返った。
「悪いなー姫さん、庭汚して。まあ魔物だから、時間経つと消えるわ」
「………」
 紫鶴はびくっと震えた。声をかけられたことがまるで恐怖につながるかのように。

 やがて、空間がねじまがった。
 月が雲に隠れて闇に染まった世界の中、ずしん、と重そうな何かが降り立つ。
「ん? ボス玉かね?」
 稀紗耶はにやりと笑う。
 ――月が雲から顔を出し、その姿を照らし出す。
 2対の――オーディーン。黒い馬に乗った、黒い鎧の騎士。
 1体は巨大な剣を。1体は2本の剣を持っている。
 けけけけ! と稀紗耶は笑った。
「いいねえいいねえ! やりがいありそうじゃん!」

 この場に及んで恐怖心が彼にはない。
 彼は――何者だ?
 紫鶴は竜矢のすそをぎゅっと握り締めた。
 唇が紫になっていた。一度は友人だと思った人だったのに。

 オーディーンの振るった剣から、衝撃波が生まれ、庭をざりざりと削っていく。
 稀紗耶はそれを避けた。
「おっと」
 そして片足で着地して、軽い衝撃波を返す。
 その衝撃波は跳ね返され、再び稀紗耶を襲った。
「おや、まいったね」
 言いながらけけけと笑った稀紗耶の頬を、2剣を持つオーディーンの剣がかすめた。
 黒馬に乗ったオーディーンは動きが素早い。
 2体は稀紗耶を挟むように位置取り、そして衝撃波と剣さばきで攻撃してきた。
 普通に切る動作をするだけではどうしてもその黒鎧を傷つけることができず、もはや道はなしか、と思った時だった。
「いいね、いいね」
 稀紗耶の右目だけの灼眼が、めらめらと燃える。
 彼の持つ武器が、赤く光る。
 やがて2体がちょうど同じ方向に来るのに合わせて、稀紗耶は唇の端を上げた。
「受けてみるかい?」
 稀紗耶は剣を右手に持ち替えて、
「斬波――黒式!」
 ずざざざっ!
 地面をえぐって波動がオーディーンに向かっていく。
 地面に倒れたままだった魔物が巻き込まれて死んでいく。
 オーディーンの1体――巨大な剣を持った方はぎりぎり受け止めた。しかし衝撃波を受け止めたまま、力押しで動くことができない。
 もう1体――2本の剣を持っていた方は、力が足りずなすすべもなく衝撃波によってバラバラに解体された。
 稀紗耶はその崩れ落ちた鎧を、わざわざ剣でがしゃんがしゃんと突き刺して笑いながら遊ぶ。
『うごおおおお』
 衝撃波を受け止めたままのオーディーンがうめき声を上げる。
「きついのか?」
 けけけけ、とまた奇妙な笑い方をした稀紗耶は、
「なら、死ね」
 もう一閃。剣から衝撃波を生み出した。
 先ほどとは比べ物にならぬほど弱いもの。けれど「斬波・黒式」を受け止めている最中だったオーディーンには効果は倍増で――
 2体目のオーディーンも、そのままがしゃんと鎧を砕かれ地面に崩れ落ちた。

  ++ +++ ++

 夜に静寂が戻ってくる。
「よっ、姫さん」
 魔物たちが消えていく頃、稀紗耶は紫鶴に軽い挨拶をしてきた。
 紫鶴が思わず一歩退く。その青と緑のフェアリーアイズがおびえた色で稀紗耶を見ていた。
 稀紗耶は頭をかいた。
「……怖がらせちまったか……」
 その言葉に、紫鶴は目を見張った。
 ――怖がっている? 私は目の前の青年を怖がっているのか?
「そんな……」
 紫鶴は必死で頭を振る。そんなことない、そんなことない、そんなことない――
「無理するこたぁねえよ」
 稀紗耶は優しい声で言ってきた。
「俺も調子に乗って荒っぽくやっちまったしなあ」
「―――」
「……も、ここには来ねえよ。心配すんな」
 稀紗耶はジャケットのポケットに両手をつっこんで、微苦笑した。
「ああひとつだけ。――姫さんの舞、本当に綺麗だったぜ」
 そして青年は身を翻す。
 寂しい背中だった。
 ――あんな寂しい背中を見て――
「黙って……いられるわけがないじゃないか!」
 紫鶴は大きく首を振った。
「姫」
 竜矢が目を伏せる。
 紫鶴は大声で、「稀紗耶殿!」と呼んだ。
 稀紗耶が、後ろを向いたまま足を止める。
「残虐な退魔法を取る退魔師ならいくらでも見てきた。私の友人には魔もいる! 稀紗耶殿を怖がる道理は私にはないはずなんだ、だから――」
 稀紗耶は黙って聞いていた。
 最後の、少女の言葉を聞いていた。
「怖い、と、思ってしまった私の心が落ち着いたら……また友と呼ばせてくれ……稀紗耶殿」
 稀紗耶は後姿で、軽く手を振っただけだった。
 その姿が、闇の中に消えていく。
 紫鶴はすとんと膝を地面につく。
「姫?」
 竜矢が片膝をつくと、紫鶴は両手で顔を覆って泣いていた。
「友を怖いと思うなどと……私はなんて……なんて……」
「………」
 竜矢がただ肩を抱いていてくれる。
 ――心配すんな。もう、ここには来ねえよ。
 もう一度来てほしいと望むのは、こちらの方なのに――
 今日は満月に近い日。
 ああどうか月よ、伝えておくれ。
 あの人に、また戻ってきてほしい、と――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7008/三薙・稀紗耶/124歳/男/露店飲み屋店主/荒事師】

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■         ライター通信          ■
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三薙稀紗耶様
こんにちは、笠城夢斗です。引き続きのゲームノベルへのご参加、ありがとうございます。
今回は戦闘シナリオながら、戦闘ではなく紫鶴の揺れる心を表現しろとのことで……難しかったですが、いかがでしたでしょうか。
よろしければまた、紫鶴に会いにきてやってくださいw