■某月某日 明日は晴れると良い■
ピコかめ |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
興信所の片隅の机に置かれてある簡素なノート。
それは近くの文房具屋で小太郎が買ってきた、興信所の行動記録ノート……だったはずなのだが、今では彼の日記帳になっている。
ある日の事、机の上に置かれていたそのノートは、あるページが開かれていた。
某月某日。その日の出来事は何でもない普通の日常のようで、飛び切り大きな依頼でも舞い込んだかのような、てんてこまいな日の様でもあった。
締めの言葉『明日は晴れると良い』と言う文句に少し興味を持ったので、その日の日記を読んで見る事にした。
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某月某日 明日は晴れると良い
小太郎争奪戦!!
最近は夕暮れも遅い。
辺りが赤く染まるにはもう少しかかろうと言う頃、黒・冥月は散歩に出ていた。
偶にはゆったりと外を歩いて時間を過ごすのも良い。
通りを避けて住宅街や公園を眺めて歩く。静かな時間がなんとも心地よかった。
だが、この夏が近付いてくる季節に黒い服は熱い。
早々に切り上げてどこかで涼もうかと思っていたところ、前方から見慣れた人影が二つ。
「……貴方と一緒に仕事をしていると、いつもより長く時間がかかってる気がします」
「時間は長い方が良いよね。正直二十四時間じゃ足らないよ」
「……私も貴方ぐらいハッピーな人間になって見たいものですね」
どうやら仕事帰りのユリと、その相方である麻生 真昼だ。
ユリの言葉の端に見え隠れするトゲに、真昼の方は何も気にした風も無く、その頭のハッピー具合が見て取れる。
冥月が彼女らに声をかけようとすると、後方からまた二人ほど影を感知する。
「アンタ、マジでこんな問題もわかんないわけ?」
「ああ、サッパリだ」
「そんなハキハキ答えられるほど、偉い返答じゃないわよ、それ」
学校帰りの小太郎と、その友人叶 希望だ。
どうやら帰り道が一緒になり、適当な問題を出された小太郎が返答できなかったらしい。彼の学力はいつもどおりだ。
そんな四人が、冥月を中心にして一堂に会する。
「……あ、小太郎くん、冥月さん……と叶さん」
「あら、アンタ、ユリって言ったっけ。へぇ〜、小太郎なんかよりもいい男連れてるじゃない」
目が合った瞬間に、希望からジャブが飛ぶ。
いきなりの臨戦態勢に、男性陣、及び冥月は挨拶のタイミングを失った。
「……そう思ったなら、この人と小太郎君を交換してあげますよ」
「そんな事言われてもねぇ……。小太郎の方が私から離れないんだし、交換してもまた帰ってきちゃうんじゃないかしら?」
「バカ! そんな事ねぇって!」
「今日の自習時間もずっと離れなくて、いい加減困っちゃうわ」
その件については、小太郎も弁解の余地は無い。
自習時間に出されたプリントの答えがわからなかったので、希望に教えてもらっていたのだ。
「……小太郎くん?」
「あ、いや、なんだ……別に、ねぇ?」
何が原因でここまで睨みつけられているのかよくわからない小太郎。どう言い訳して良いのかもわからない。
「まぁまぁ、とりあえずこんな所で立ち話もなんだろう。麻生のおごりで近くの喫茶店にでも行かないか」
冥月が仲裁に入り、この第一ラウンドは終了する。傍から見るに希望にポイントが多く行っただろうか。
「……あの、ちょっと待ってください。僕が払うってどういうことですか?」
「さぁ、近くにオススメがあるからさっさと行こう。ここは熱いしな」
真昼の尋ねを完全に無視して、一行は喫茶店へと戦場を移すのだった。
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喫茶店。第二ラウンドはここで開幕される。
中に通された五人は、テーブルの右側に小太郎と希望、左側に冥月とユリ、一番奥に真昼という席順になった。
店員にお冷とメニューを渡される。
「何でも好きなものを頼めよ。自分の金がかかるわけじゃないしな」
「あの、そんな事言うと、僕のお金はかなり飛んで行きそうなんですが……」
「……私はチョコパフェをお願いします」
「じゃあ私はアイスコーヒーとバニラアイス。小太郎は?」
「俺はミルクティーで良いや」
「私にはコーヒーをブラックで。あと、みんなでつまむ用にフルーツの盛り合わせを一つ」
「……ええと、じゃあ僕は……」
「以上でよろしいでしょうか?」
「ああ、コレで全部だ」
店員が一つお辞儀をして去っていった。
少し涙を流しそうな真昼に、誰かが声をかける事も無かったという。
「……で、小太郎くんはどうしてそっちに座ってるんですか?」
ヒヤリ、と場の空気が二度くらい下がる。
その眼差しで人を殺せそうなユリからの問い。小太郎は小さく『ひぃ』と悲鳴を漏らした。
どうやらユリは希望の隣に小太郎が座っている事が気に食わないらしい。
「だから言ったじゃない。小太郎の方から私にくっついてくるんだって」
「……貴女には聞いてません」
掠り気味のカウンターパンチに、希望は一応口をつぐんだ。
返答を待たれた小太郎は一気にピンチだ。
「え、あの……えっと、せ、席が空いてたから?」
「……小太郎君が座る時にはまだ二席、つまり私と冥月さんが座っている席が空いてたんですが、どうしてこちらに座らなかったんですか?」
「い、いや、特に深い意味は無いけど……」
ふーん、とユリの声が聞こえる。それだけでもう小太郎の寿命が縮む縮む。
針のむしろとはこういう状態を言うんだ、と小太郎は初めて悟った。
「なぁに? アンタ、そんなに好きな子の隣が良いわけ?」
「……べ、別にそんなわけじゃ……」
「あんまり露骨すぎると重たがられるわよ? それとも、それが狙いかしら? 実は小太郎を疎ましく思ってるとか?」
「……そ、そんな事ありませんっ!」
ユリが小太郎へ向けて攻撃している内に、敵は強烈なパンチをぶちかましてきた。
そんなスマッシュに完全にテンパったユリはそれ以降何の反論も出来ず、ただ希望を睨みつけるだけとなってしまい、その内にゴングが。
「おまたせしましたー」
ゴング、もとい店員が注文されたものをテーブルに持ってくる。
第二ラウンドもどうやら希望優勢のようだ。
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「……冥月さんは私の味方ですよね?」
パフェを食べながら、ユリが冥月だけに聞こえるぐらいの声量でこぼす。
今までの小太郎とユリの関係を見ていた冥月ならば、ユリに味方して何かユリのとって有効な援護をしてくれると思ったのだ。
「なんだ、味方して欲しいのか? 誰かの力を借りて勝ちたいのか?」
「……む、そう言われると、微妙です」
ユリの味方をしてやるのも悪くはないが、ユリだけに肩入れするのは悪い。
冥月はユリと一緒にいる時間は長く、それだけユリと小太郎のふれあいを見てきたつもりだが、希望にだってそれはあるはずだ。
誰も見てないだけで、小太郎と希望だけの、二人の時間はあったはず。
それを全く無視してユリだけに加担するのはフェアではない気がする。
もっとも、小太郎が希望を庇うような発言をすればそれもやぶさかではないが。
「まぁ、今の所は一人で頑張るんだな。見た目、不利なのはユリの方だ。必死に相手に噛み付いていけ」
「……はい」
希望の隣に小太郎が座っている時点で、なんとも負けた雰囲気が漂ってしまう。
ここで諦めてしまっては本当に負けだ。何処までも足掻かなければ。
「……絶対、諦めませんよ」
セコンドアウトの声が何処からか聞こえてきたような気がした。第三ラウンドだ。
まずは互いに様子見。
ユリはこれ以上カウンターパンチを喰らわないために、若干臆病になっているらしい。
一方、希望の方は余裕をかまして挑発的に何も言わないようだ。
だがどちらも負ける気は無い。虎視眈々と相手の隙をうかがい、必殺の一撃をぶち込もうと狙っている。
そんなピリピリと殺気漂う沈黙の中、堪えられなくなった小太郎が薄っぺらいご機嫌取りの笑みを浮かべながら口を開く。
「あー、そろそろ期末テストだよなぁ」
とりあえず沈黙を破る所から、と言う意図の元に発された言葉。特に深い意味は無い。これから話をどう繋げようと考えているわけでもない。
まずは現状打破。そこからだと考えた不用意な発言だった。
その発言を餌か何かだと思ったのか、光る眼の獣二匹が食いかかる。
「だからさっき帰り道がてら教えてあげてたじゃない。アンタは全体的に成績悪いんだから、頑張んなさいよ?」
「……私がまた教えましょうか?」
アピールの方面は違うが、ほぼ同時にユリと希望が動く。
今の一言での判定は、リーチの差でユリに軍配が上がるか。
頑張りなさいよ? と突き放している希望よりは、ユリの方が二人の未来が見える。
しかも地味に『また』と、以前の出来事もアピールしてきている。コレは希望も焦るだろう。
これを好機と見てユリが畳み掛ける。
「……英語とかダメでしたよね。今度、教えてあげます」
「英語? アンタ、英語ってこないだの小テスト、微妙に良かったわよね?」
「え、あ、うん。まぁ」
ユリや冥月が教えた甲斐もあったのだろうか、どうやら小太郎は英語の成績を上げているらしい。
「社会科が政経になってからボロボロよね。教えてあげようか?」
「お、おぅ、頼む」
先制パンチを喰らったかと思われた希望が、なんと起死回生する。
希望の提案に頷く小太郎を見て、ユリは悔しそうに表情から色を失くしていた。
「叶は勉強できるのか? 少し意外だな」
ただ純粋に気になった冥月が希望に尋ねかける。希望も然も無げに
「まぁね。一応、小太郎に教えられるぐらいには勉強できるつもりよ」
と答える。
これまでの様子を見ていれば、どちらかと言うと小太郎側に見えるのだが、どうやら優秀らしい。
これでは勉強を見てやる点では五分だろうか。むしろ学校で一緒な分、希望の方が有利かもしれない。
「今までも学校で色々教えてやったわよね? そろそろ何か恩返しがあっても良いんだけど?」
「うっ、そりゃお前……今度な」
「今度っていつよ。ちゃんと返してくれないと承知しないわよ」
「わかってるって、くそぅ……」
常日頃からお世話になっているらしい小太郎は、どうやら希望に頭が上がらないようだ。
いつもはあまり見られない小太郎の一面だが、それが見れて喜ぶ余裕はユリには無い。
ユリの持っているスプーンがひしゃげそうになっていた。
かといって冥月が何をしてやれるでもない。彼女ら二人の戦場に、冥月は観客としてしか……いや待てよ。
少し場をかき乱す事は出来るか。ここで一時混乱させれば、劣勢であるユリの状況をイーブンに近づける事は出来るかもしれない。
小太郎が影響して希望にポイントが入ったし、先程、ユリに微妙に救援要請もされたのだ。よしみで助けてやらないでもない。
「勉強、と言うのは保体も含まれているのか?」
「ちょ、師匠!?」「……み、冥月さん!?」
青少年に保健体育と聞かせれば、直行気味に何処かへ飛んでいく。
それに反応して小太郎とユリが焦ったように声を上げるが、希望の方は別にそんな風でもなく、
「小太郎が『したい』って言うなら、別に私は構わないわよ?」
と意味有りげな笑みを浮かべて小太郎を見るのだった。
どうやら、希望はユリや小太郎のように弄られる側ではなく、冥月のような弄る側らしい。
これは発言を間違っただろうか。
「ばばば、バカ言え! 保体なんか別に点数悪くても困らないんだよ! 必要なのは国数理社英! それ以外はなるべく無視だ!」
「何慌ててんのよ。勉強の事よ? ガキじゃないんだからもっと落ち着いたらどうなの?」
「う、うるせぇ!」
思考もほぼ停止している小太郎は、大した反論も出来なくなり、ほとんど希望のおもちゃだ。
ユリも少し頬を赤らめ、何か言おうにも声が出てこない。場の勢いに流され気味なのだ。
それをチャンスと見た希望が更に攻勢に出る。
「保体ならそこのオジョーチャンよりは参考になるんじゃないかしら? 色々と」
「……ひ、人の身体的コンプレックスを論うのはどうかと思います!」
「悔しかったら、もっと年相応の外見して来なさいよ……ってあれ、そう言えばアンタ幾つ?」
「……じゅ、十四ですが、学年的には同年代です」
「タメ? マジで? アンタ、それで同い年? ……っプ」
「……あ! 笑いましたね! 今、笑いましたね! ぜ、絶対許せません!」
体の事を嘲笑われる事に、過剰に反応するユリ。これはまた面白いおもちゃを見つけたとばかりの表情をする希望。
これは完全にユリ劣勢、と言うか負けが見えてきている。
こうなった引き金は冥月の発言だし、やはり助け舟を出した方が良かろう。
「そういう点で言うなら、私が一番だと思うんだがな?」
「は? アンタは関係ないでしょ?」
「言っただろ。こたくんは私のものだ、って。だったらこの勝負に参加しても構わんだろう」
何時ぞや、希望の作り出した空間に入った時に、確かに宣言していた。
アレは冗談か何かだと思っていた希望にしてみれば、これは完全に不意打ちだ。
「え、アンタってそういう趣味? 中学生に興味があったりするわけ?」
「恋愛対象と言うよりは、持ち物と言う感じか。自分のモノを横取りされて面白い人間なんているまい?」
「……冥月さん、ほ、本気ですか」
そこにテンパったユリが助け舟だと気付かずに、顔面蒼白で尋ねる。
この状態で冥月まで混じってくれば、完全に自分に勝機は無いと思ったのだろう。最早若干涙眼だ。
ここは何かフォローをしてやらないといけない。このまま彼女を放置すればどうなる事やら。
「当然、ユリも私の大切な人だ。その二人がくっつくのに私は何も言わないよ」
「という事は、そっちはそっちで組むって事ね?」
二対一と言う状況に気が付いた希望が俄かに冷や汗を垂らして確認する。
まぁ、ここまでこじれてしまうと否定するのも面倒なので、とりあえず頷いておくことにする。
「良いわ。上等じゃない。そこのロリっ娘じゃ相手として不足していた所よ」
「……ろ、ロリっ娘……私、そんなにですか……?」
「こらユリ。簡単な挑発に落ち込むんじゃない。こうなったらとことん抗戦してやろうじゃないか」
こうして新たな図式が成り立つ喫茶店の一角。
完全に空気と化した真昼はもとより、希望の攻撃にダウンした小太郎もほとんど蚊帳の外となった。
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新図式が成り立った所で第四ラウンド。
そろそろ決着をつけなければ、ユリのスタミナがもう持たない。
希望の方はまだ余裕綽々と言った雰囲気。ここは冥月が頑張らねばならないところだが、正直言って二人の戦いに首を突っ込むのは気が引ける。
色恋沙汰は当人同士が解決して何ぼだ。泥沼化すると第三者も必要だろうが、今の所正攻法の応酬でしかないので冥月が割って入るのは何か違う気がする。
だがまぁ、このまま黙ってみているのもアレだし、色々場をかき回すぐらいしてユリを助けてやることにしよう。
ユリのスタミナを削ってしまったのは、半分くらい冥月の所為でもあるのだから。
第四ラウンドは、予想するに時間は短い。
おそらくラウンド終了の合図はこの店を出るとき。そしてその瞬間が試合終了の合図にもなるだろう。
とすれば、このラウンドで一発逆転を狙わなければユリに黒星が付く。
それまでに何とかしなければならないのだが……テーブルにあるモノは粗方片付け終わっている。
ユリはパフェをほとんど完食しているし、希望は食後のアイスコーヒーを楽しんでいる。
小太郎は最早ミルクティーを飲み干しているし、冥月も残す所はフルーツの盛り合せぐらいだ。
そのフルーツも合間合間に真昼がつまんでいた様で、半分以上減っている。空気だと思っていたら意外な伏兵だ。
これが無くなれば店から出ることになるだろう。この店の閉店時間もそろそろだ。昼を稼ぎ時にしているこの店は夕方になると閉まるのだ。
ならば早めに動かなければ。
冥月はフォークを掴み、フルーツ盛り合わせの中からみかんを選んで突き刺す。
そしてそれを自分の口へ運び、咀嚼。……ふむ、缶詰っぽいがそこそこ美味い。
「おい、小太郎」
「……あ、なんだよ」
ダウンしていた小太郎は冥月の言葉に反応するのも遅い。思考回路がショート寸前なのか。
「このみかん、美味いぞ。食ってみろ」
そう言って冥月はまたフォークでみかんを刺し、それを小太郎の口の前まで突きつける。
「い、良いよ、自分で食えるし」
「そう言わずに口を開けろ。ほら、あーん」
語尾にハートが付くか付かないか位の声だ。もちろん本気ではないが。
その勢いに圧されて小太郎は口を開き、突っ込まれたみかんを食べる。そして『お、美味い』と零していた。
よぅし、このまま小太郎を弄りつつ場を乱していけば、良いところノーコンテストぐらいには……!
と思ってチラリと女子二人を見やると、だがしかし慌てているのは仲間であるはずのユリのみ。
何かと出遅れているユリは、自分も何かしなければとアワアワしているのに対し、希望はなんとも冷めた目線で小太郎を見るだけだった。
どうやらアプローチの仕方を間違えたか。どうにも希望の弱点を見切れない。
だが、どこかにやわらかい腹があるはず。そこを狙って突けば、多少は動揺するだろう。
ならばそこを探るために、まずは情報収集だ。
「そういえば、叶と小太郎ってどうやって会ったんだ?」
「は? 何よ、いきなり?」
「単なる純粋な疑問だが……何か話し難い事だったか?」
「……別に」
そう言って希望はそっぽを向いて会話から離脱したようだ。別に、と言いつつ答えてはくれないらしい。
代わりに間を取り繕ったような小太郎が答える。
「中二の時、最初の席替えで隣になったんだよ。それからかな、結構話すようになったのは」
「なんとも地味な出会いだな」
「師匠は何を期待したんだよ」
「ユリの時はアレだけ大騒ぎして、もの凄い縁の作り方だったろ。それに比べると見劣りするか、と思ってな」
とは言えユリと小太郎の出会い方はかなり異常だろう。普通に生活していればありえないことだ。
「まぁともかく、それからなんか腐れ縁で、今年もまた同じクラスにもなっちゃったし、付き合いがあるってワケだよ」
「なるほどな」
「付き合いがあるって言うか、アンタの方が勝手に寄って来たんでしょうが。やれ宿題見せてだの、やれ次の音読どこからだだの」
「ぅおい、それは言うな!」
希望が横から突っつくのに、小太郎がちょっと恥ずかしげに反応する。
「……ふ、見つけましたよ!」
と、そんな会話の合間に、ボソリとユリの声が聞こえた。
彼女の顔を見ると、最終兵器のボタンを押したそうな表情をしている。この状況を打開する糸口を見つけたのだろうか。
「……叶さん! 先程から貴方の言葉を聞いていると小太郎くんを嫌っているように聞こえます! だったら近づけさせなければ良いじゃないですか!」
なるほど確かに。希望の言葉をそのまま聞くなら、小太郎の事を嫌がっているようにも聞こえる。
だったら小太郎を遠ざければ良いだけの話だ。
だが、希望はユリの言葉に『何をバカな事を』と言う風な表情を向けた後に答える。
「嫌いなわけ無いじゃない。これでも一応、私はコイツに告白した事もあるのよ?」
「……こっ!! こ、こくは……っ!!」
思いもよらない一撃に、ユリは完全にノックアウトされた。ここでタオルを投げてやるのが優しさだろうか。
「今年のバレンタインだったかしらね? チョコ渡すと同時に告白したのよ」
「で、でもアレだぜ? 別にそれを受けたわけじゃなくて、お友達からで! って答えたんだぜ?」
「でも、それって結構好意的な受け答えだよね。お友達『から』って事はその後があるんだろうし」
空気化していた真昼による追撃も受け、ユリはその背に鬱々オーラを背負い込んでしまった。これは完全に負けゲームだ。
もう冥月を以ってしてもどうしようも出来まい。ここはまた出直すべきだ。
丁度よく、フルーツの盛り合わせもほとんど真昼が完食して器が空いた。
「さて、そろそろ店を出るか。……ユリ、立てるか?」
「……はい、だいじょうぶです……」
虚ろな瞳をしたユリは、冥月に寄りかかるようにして店を出るのだった。
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「じゃあね、小太郎。また学校で」
「おぅ、気をつけて帰れよ」
「アンタに言われるまでもないわよ」
「えっと……じゃあね、ユリちゃん」
「……はい」
そんな二つの別れを見守り、冥月はため息をついた。
その原因は専らユリのローテンション振りにあるのだが、どうやってフォローしたものか。
「小太郎、何か声をかけてやったらどうだ」
「お、俺が!?」
「私じゃどうしようもなさそうなんでな」
「よ、よぅし」
一つ気合いを入れた小太郎がユリに近づき、肩を叩く。
「ゆ、ユリ。何を気落ちしてるか知らんが、元気出せよ」
「……そうですね」
「ほらほら、もっと笑った笑った!」
そんな小太郎の言葉も虚しく、その日一日、ユリが機嫌を取り戻す事はなかったという。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
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■ ライター通信 ■
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黒・冥月様、毎度ありがとうございます! 『この手の修羅場に慣れていない』ピコかめです。
考えてみれば、こういうシチュはあまり書いたことが無かったぜ。
ストーリーの流れが微妙な事に、いつの間にかタッグ戦になっておりました。
とは言え、案外タフな叶さんは大してダメージを受けてませんでしたね。
勝負は完全にユリの黒星でした。次はリベンジしたい所ですね。
そんなこんなで、また気が向きましたらよろしくどうぞ。
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