■特攻姫〜お手伝い致しましょう〜■
笠城夢斗 |
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】 |
ぽかぽかと暖かい陽気の昼下がり。
広い庭を見渡せるテラスで、白いテーブルにレモンティーを置き。
白いチェアに座ってため息をついている少女がひとり――
白と赤が入り混じった不思議な色合いの髪を珍しく上にまとめ、白いワンピースを着ている。輝く宝石のような瞳は左右色違いの緑と青。
葛織紫鶴(くずおりしづる)。御年十三歳の、名門葛織家時期当主である。
が、あいにくと彼女に、「お嬢様らしさ」を求めることは……できない。
「竜矢(りゅうし)……」
白いテーブルに両肘をついて、ため息とともに紫鶴は世話役の名を呼んだ。
世話役たる青年、如月(きさらぎ)竜矢は、紫鶴と同じテーブルで、向かい側に座って本を読んでいた。
「竜矢」
再度呼ばれ、顔をあげる。
「はあ」
「私はな、竜矢」
紫鶴は真剣な顔で、竜矢を見つめた。
「人の役に立ちたい」
――竜矢はおもむろに立ち上がり、どこからか傘を持ってきた。
そして、なぜかぱっとひらいて自分と紫鶴が入れるようにさした。
「……何をやっているんだ? 竜矢」
「いえ。きっと大雨でも降るのだろうと」
「どういう意味だっ!?」
「まあそのままの意味で」
役に立ちたいと言って何が悪いっ!――紫鶴は頬を真っ赤に染めてテーブルを叩いた。レモンティーが今にもこぼれそうなほどに揺れた。
「突然、いったい何なんですか」
竜矢は呆れたようにまだ幼さの残る姫を見る。
紫鶴は、真剣そのものだった。
「私はこの別荘に閉じ込められてかれこれ十三年……! おまけに得意の剣舞は魔寄せの力を持っているとくる! お前たち世話役に世話をかけっぱなしで、別に平気で『お嬢様』してるわけではないっ!」
それを聞いて、竜矢はほんの少し優しく微笑んだ。
「……分かりました」
では、こんなのはどうですか――と、竜矢はひとつ提案した。
「あなたの剣舞で、人様の役に立つんです」
「魔寄せの舞が何の役に立つ!」
「ずばり魔を寄せるからですよ」
知っているでしょう、と竜矢は淡々と言った。
「世の中には退魔関係の方々がたくさんいらっしゃる。その方々の、実践訓練にできるじゃないですか」
紫鶴は目を見張り――
そして、その色違いの両眼を輝かせた。
「誰か、必要としてくれるだろうか!?」
「さがしてみますよ」
竜矢は優しくそう言った。
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特攻姫〜お手伝い致しましょう〜
ある日の昼下がり、あずまやでティータイムを取っていた葛織紫鶴[くずおり・しづる]の元へ、世話役の如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]が誰かを伴ってやってきた。
一見何の変哲もない、長い黒髪に黒い瞳。気の強そうな視線。ボーイッシュな服装。二十代半ばだろうか。
「姫。お客様です」
竜矢に言われ、ぽかんとしていた紫鶴は慌てて立ち上がり、
「く、葛織紫鶴と申します。よろしくお願いします」
と膝を折る西洋風の挨拶をした。
そこからは頬まで真っ赤にして、
「あああああのその、すまぬお客様に対して、すぐに立ち上がらなくて――!」
「気にしなくていいよ」
女性はひらひらと手を振った。「私も突然の来訪者だしね」
「ええと……あなたは?」
紫鶴がおそるおそる尋ねてくる。
女性は黒髪を背中に流し、
「藤田あやこ。あやこでいいわ」
と片目をつぶって言った。
「あやこ殿……か。ええ……と。今日はどのようなご用件で」
「実は知り合いに聞いてさあ」
あやこはあごあたりに手をやり、考えるようなしぐさをした。
「……あなた、魔物を呼び出せるんですってね。ちょっと、私にも実践訓練させてもらえない?」
葛織紫鶴の特技は『魔寄せの剣舞』だ。
それは月の大きさに影響され、昼であるか夜であるか、にも同じように影響される。
「今日は半月か……」
「あ、私初心者だから、できれば簡単なところで」
「じゃあお昼にしましょうか。今からということで」
竜矢がまぶしい太陽を、額に手をかざして見ながらそう言った。
「今すぐか。手っ取り早くてありがたいね」
あやこは手袋をはめながら、「私、対魔戦が苦手なの。生身の人間だからさあ」
「うん、それだったら今ぐらいがちょうどいいと思う――けど、退魔用の準備はなさっていらっしゃるか?」
「もちろん」
あやこはにっこりと笑いながら、自分の長い黒髪に挿している髪飾りを示す。
紫鶴は感心したように、
「うわあ……すごい力を秘めたアイテムだな。ご自分で開発なさったのか?」
「うん」
「すごい!」
紫鶴は手を叩いて喜んだ。何がそんなに嬉しいのか、あやこにはいまいち分からなかったが。
「あとこれ。防魔結界を張るピアスとパワー腕輪」
「すごいすごいすごいーーーーー!」
……だから何がそんなにすごいのだろう。
首をかしげながらも、あやこは紫鶴に言った。
「さ、準備OKだよ。始めよ」
「うん!」
言うなり紫鶴は――
その両手に1本ずつ、精神力で生み出すレイピアに近い剣を虚空から取り出した。
紫鶴の手首には鈴。
しゃら……
片膝を地面につき、2本の剣を下向きにクロスさせて。
長い、赤と白の入り混じった少女の髪が下に流れて、彼女の表情を隠す。
剣舞を始める、体勢。
そこから一気に、紫鶴は立ち上がった。
しゃらん! 手首の鈴が鳴る。そこから2本の剣が叩き合わされ、金属音が空気を震わせた。
剣を横にすべらせ、身を翻し交差させ、下にかがんだかと思えば思い切り上へと跳ね上がり、剣の残照までが太陽の光をきらりと反射する。
あやこは思わず見惚れた。しかしそこへ、竜矢の囁き――
「来ますよ!」
「………!」
髪飾りが震えた。怨霊を察知する髪飾りが。
あやこはそれを髪から抜き取った。
ヴン
怨霊の量に合わせて、髪飾りが巨大ブレードへと変化する。
どさっ どさどさどさっ
空から、奇妙な魔物たちが落ちてきた。
巨大目玉。
巨大ケルプ。
ワイバーン。
クラーケン。
巨鳥モア。
呼び出した紫鶴も剣舞をやめて、目をぱちくりさせた。
「……なんだこの組み合わせは」
「ちょうどいいです、紫鶴さん!」
一目見た瞬間から、あやこにはある考えが浮かんでいた。
とにかく、それより前に敵をぶった切ることが肝要だ――
巨大目玉が光線を放ってくる。それを跳んで避けると、空中でワイバーンの爪が襲ってきた。
ブレードでワイバーンの腕を切り落としながら着地すると、ものすごい勢いで突進してきたのは巨鳥モア。それと同時に、クラーケンが長い足の一本を振り上げてきた。
「っ!」
ブレードでそれを両方受け止める。と、巨大ケルプがにょろにょろと近づいてきてあやこの足にからみつこうとする。
――足を取られるのは不利だ――
あやこはモアを思い切り跳ね返し、横に跳んでクラーケンの一撃を避け、ケルプから離れた。
ほっと一息ついたとき、また目玉の光線。
横に転がって避けると、モアがまた突進してきた。
あやこはあえて地面に転がった。そしてモアが上に来たとき、ブレードでモアをぶった切った。
地面からはケルプがにょろにょろ這って来る。切りにくいな、と思いながらもあやこはブレードを振り上げ――
しかし、ブレードが途中で何かに引っかかった。
はっと上を見た。ワイバーンがそのくちばしで、ブレードをはさんでいた。
「負けるか……っ!」
力任せにブレードを振るう。ばきっと、ワイバーンのくちばしが折れた音がした。あやこはそのまま地面にブレードを叩きつけた。ケルプがびりりと破れた。
ケルプはもっと細かく刻むか。そう考えていたあやこに、再びクラーケンの長い足の邪魔――
今度は2本、3本とまとめて叩きつけてこようとする。
「こんなものは……!」
あやこは地面でのたうっているケルプや頭上のワイバーン、光線準備をしている目玉の様子を一通り見てから、ブレードを横薙ぎに振るった。
クラーケンの足が、複数ぶった切られた。
慌てたのかどうかのたくったクラーケンを足場にし(ぬめっていたので少しすべったが)、あやこは空に跳ぶ。
ワイバーンが一瞬動きを止めた。その隙に。
「はああっ!」
あやこは渾身の一撃でワイバーンを真っ二つにした。
下に落ちる。目玉の上に落ちた。目玉はつるつるだった。つるんとすべってあやこはそのまま地面に倒れてしまった。
「あたた……」
腰をぶってぶつくさ言うあやこに、目玉の光線――
「うるさいよ」
ブレードがうなった。目玉はまともに横に真っ二つになった。
あとはクラーケンとケルプか……
ゆらりと立ち上がった彼女に、もうクラーケンとケルプは攻撃する気力がないようだった。
あやこはブレードを振りかぶった。
「友人に教わったんだ」
戦闘が終了し、奇妙な魔物の残骸だけが残る庭で、あやこはすっきりしたような声で説明していた。
「掌に数字の0を書いて『霊を呑む』という自信回復のまじない。知ってる?」
「いや……聞いたことない……」
「そっか。まあいいよ。私はね、そこから妖怪を料理する着想を得たんだ」
「………………」
紫鶴はしばらく沈黙してから、
「妖怪を料理!?」
大声を出した。
あやこは楽しそうにうなずいた。
「女が刃物を振り回すっていうのはねえ……」
あやこはすでに息絶えている魔物――妖怪たちをさらにばったばったと細かく刻み、竜矢に鍋とガスコンロを持ってくるよう頼む。
紫鶴がひええと冷や汗を流している前で、
「本来台所でやることなのよ」
「そ、それはそうかもしれんがっ」
「あと、獲物を食らうタフさも必要。分かる?」
「………………」
刻まれた目玉。刻まれたケルプ。刻まれたワイバーン。刻まれたクラーケン。刻まれたモア。
ケルプやクラーケン、モアはともかくとして……目玉とワイバーンはどうなるのだろう。
(ひええええええ)
紫鶴は逃げたくなった。
「逃がさないよ?」
まるで心を見透かしたように、あやこがにっこりと言った。
やがて竜矢がガスコンロと水を張った鍋、調味料と、それとは別にバケツに水を持ってくる。
「んん。おにいさん用意がいいじゃない」
調味料も一通り揃っていることに満足して、あやこはぶった切った獲物を鍋へ放り込もうとした。
「待ってください」
竜矢が一筋の汗を流しながら、
「水をお持ちしましたので……せめて洗ってから……」
「軟弱だなあ。火を通すから大丈夫なのに」
「そういう問題じゃないんです」
紫鶴が竜矢を見てうるうると感動している。
「あー、紫鶴さんも何か作れる? 作れるんだったら勝負しよ。“どっちの妖怪料理ショー”」
「わ、私か? 竜矢の方が……」
「私は紫鶴さんと勝負したいな」
あやこの邪気のない笑顔に負けて、「え、ええと」と紫鶴は食材を吟味し始めた。
元々食事はメイドか竜矢に任せて自分では作らない紫鶴である。ましてやこんな食材しかなくては……やれることは限られている。
「竜矢……串を持ってきてくれ……」
か細い声で世話役に言うと、紫鶴はちゃくちゃくと出来ていくあやこの妖怪鍋をぼんやり見つめていた。
「ケルプとモアで、いいダシ取れるよ〜」
あやこはにっこにっこと機嫌がよさそうだ。
「あ、紫鶴さん。今度はワイバーン入れるからさ。これ下ごしらえ大変なの。手伝ってくれる?」
「う、うん」
……ワイバーンってどんな味がするんだろう。紫鶴は真剣に考えた。いや――
多分。後で食べさせられる。
料理の下手な紫鶴も、見よう見まねでワイバーンの下ごしらえをした。
「料理は愛情だよ。覚えておこうね」
「うん」
素直にうなずいてはみたものの……。
やがて屋敷の方から、七輪と串を持って竜矢が戻ってくる。
「あ、七輪……」
「必要でしょう? 持って来ました」
「ありがとう竜矢!」
ぬけめのない世話役はにっこりと微笑んで、
「おや、いい匂いがします……ね……」
不意に妖怪料理鍋の方を見て引きつった。
ぐつぐつぐつぐつ。薫り高い鍋。ダシはたしかにいいものが取れているらしい。ぐつぐつぐつぐつ。
紫鶴はクラーケンの残りを串刺しにして、七輪に乗せて焼き始めた。
しょうゆをハケで塗りながら。熱い火の熱気に汗をかきつつ、何度も裏返す。
「よし、鍋は完成だ!」
とあやこは言ったあと、ふと鼻をくんくんさせて、
「ん……? 何かこげてないか?」
「わー姫! 焼きすぎです……!」
ひとしきり大騒ぎした後……
「では審査員は、竜矢さん!」
あやこがびしっと指を指す中、鍋とこげこげクラーケンを目の前に出され、竜矢はほとほと困っていた。
「鍋は、皆で囲みましょうよ」
必死な思いで、竜矢は言う。「姫の烏賊は私が食べますから」
「竜矢……」
紫鶴は自分の失敗作を食べてくれると言ってくれた感動からか、もしくは自分も鍋を食べるはめになったうらめしさのどちらかで、竜矢を一心に見つめた。
あやこはんーと考えて、
「そうね、鍋は皆で囲みましょう。楽しく、楽しくね」
元々はティータイムを楽しむはずだったあずまやで。
謎の鍋がぐつぐつと煮立つ。
竜矢がこげこげの烏賊を食べながら、
「ああ、クラーケンって意外といけますね」
とつぶやいた。
げっと紫鶴が目をむいた。
けれどそんな紫鶴も――
「わあ……この汁、本当においしい!」
ダシがよく取れてるよ、というのは本当らしい。汁をおそるおそる飲んだ結果、意外そうに嬉しそうに、叫ぶことになったのである。
「目玉なんかは栄養たっぷりだよ。ケルプもね。たんと食べてね」
「めめめ目玉がおすすめなのか」
「頭にいいってよくいうでしょ?」
「モアは普通の鶏肉と変わりませんねえ」
ワイバーンももちろん食べた。
……何ともいえない味がした。
「ん! ワイバーンも紫鶴さんの下ごしらえの愛情が含まれてておいしいね!」
あやこが万歳とばかりに両手をあげる。
そうなのかな。本当だろうか。
そう思った紫鶴だったが――
(たまには、こういうのも、いいか)
にっこり微笑んで、
「うん! 料理は愛情だ!」
と声を上げたのだった。
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7061/藤田・あやこ/女/24歳/女子大生】
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■ ライター通信 ■
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藤田あやこ様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルへの参加、ありがとうございました。
なんというか……戦闘より料理の方が難しかったですwワイバーンてどんな味なんだろう……
とにかく楽しいプレイングありがとうございました!
よろしければまたお会いできますよう……
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