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■no name sweets 〜イートイン編■

櫻正宗
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
 まだ空は藍い。
 繁華街は賑わいの名残を惜しむように、ひっそりとしていた。
 路地裏も同じようにひっそりとしていたのかもしれないけれども、そこだけは違っていた。
 外見の上品なイメージとは違い、中はなぜか賑やかだった。
 小さな小さなパティスリーはいつものように開店準備に追われていた。

「アッキーさん。卵から、ヒヨコが生まれましたっ」
「チーフと呼べ」
「アッキーさん。腕が疲れましたっ」
「チーフと呼べ」
「アッキーさん」
「五月蝿い。 さっさと軽量のひとつでも済ましやがれっ」
 厨房の中には男が二人、今日の準備にとりかかる。
 無駄口叩くアシスタントに、黙々と手を動かしては今日の店頭に出すものを作り上げていくパティシエ。
 そうこうしてるうちに、焼き菓子が焼きあがれば店内全体に広がる程よく甘い香り。
 クリームを搾り出しながらデコレートしていけば、店内に広がる優しい時間。

 そうこうしているうちに繁華街は目を覚まし、再び賑わいを見せ始める頃。パティスリーも開店時間になる。
「いらっしゃいませ。」
 元気のよい声が店内に響いた。
 午前中から昼過ぎまでバイトの代わりにアシスタントがフロアも担当する。

「では、こちらへどうぞ。」
 そうして差し出されたメニューはなぜか2冊。
 普通にメニューがかかれているもの。と何故か何もかかれてないまっしろなもの。
 
「お気に召さなければ、なんでもお作りさせていただきます。」
 聞えたのはパティシエの声。
 ひと段落ついた厨房から顔をだし、お客に声をかける。
 何も書かれてないメニュー。とメニューのあるメニュー。

 さて、ご注文はどうしましょう? 
no name sweets 〜イートイン編

 台風一過とはこの事だろう。
 昨日の夜はあんなに雨も、風も強くたっているのが辛かったのに。
 今朝の空は昨日の重い重い灰色ではなく、澄み切った青い空だった。

 台風をしのぎゲーム喫茶で徹夜をした藤田・あやこが、その澄み切った青い空を見上げる。
「さぁて、行くかな」
 顔には徹夜疲れの色が出ていたりもするけれども、青空の下を歩けるあるくのは気持ちよかった。
 今日も普段と何も変わらない、1日が始まるとその時は思ってい、元気に一歩を踏み出した。

 その一歩が、今日の運命を変えた。

「おかしいわねぇ」
 少し考えるように小首を傾げて、立ち止まる。
 右を見て…。
 左を見て…。
 そうして後ろと前を確認する。
「さっきも通った場所よね?」
 誰にいうわけでもないのに、その言葉尻は少し上ってしまう。
 大きく吐息を吐き出すと、本当に困ってしまって両手を腰に宛がった。
 そうしてまた前後左右を見渡す。
 きっと何度見たって同じで、変わったところなんかないに違いないと思っていた彼女の視線が一箇所で止まった。
「この路地はさっきまであった?」
 細い路地が横にあるのを見つけた。
 このままドコを歩いても同じなら、この路地に入っても大差ないだろうと彼女の足はまるで何かに導かれるようにゆっくりと歩き出した。
 それは細い細い路地。
 両端は高い壁に覆われて、ただ真っ直ぐに前へと伸びている。
 しばらくあるいてもその風景は変わらない。
 もう少し歩いてみる。
 それでも向こう側にはたどり着かない。
 でも、もう少し行けば違った風景が現れるかもしれないと想い、もう少しもう少しと足を進める。
「……どこまで行っても、何もないじゃない」
 再び自然と足が止まった。
 前を見てもやっぱりどこまでも伸びていそうな細い路。
 後ろを見ても入ってきた入り口が分からないぐらい真っ直ぐに伸びている。
 今から戻っても、また同じだけ歩かなければならないかと思った彼女は、仕方がないというようにまた一歩足を前へと踏み出した。
 歩く速度は先ほどよりも、遅くなってしまったが前には進んでいた。

「………アレ?」
 何の前触れもなかった。
 突然小さな店が現れた。
 扉の方に回ると、中を覗き込んで見る。
「助かった」
 そんな言葉と共にゆっくりと扉を開け押した。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの。中で食べられますか?」
「えぇ……どうぞ」
 突然店員に掛けられた声にびっくりし、下がっていた顔が上る。
 空腹と歩き疲れで、今思えばきっとヒドイ顔をしていたかもしれないが、その時はそれが精一杯だった。
 案内されたこじんまりとした喫茶スペースのゆったりとした、ソファに座るとやっと落ち着いた。
「すみません、アップルパイを下さい」
 店員がメニューを出す前に、すぐにオーダーをする。
 分りました。と、店員が下がった後、深くソファに腰をかけ吐息を吐き出す。
 歩き疲れたし、おなかも空いた。
 ここで甘いアップルパイで糖分を満たせば、大分と楽かもしれない。
 あーあい。疲れたと吐息を吐き出した。
 静かな時間がゆっくりと過ぎていく。
「お待たせしました」
 店員の声ではっと目を開けた。
 そこで今まで自分が目を閉じていたことに気がついた。
 目の前には美味しそうなアップルパイと紅茶が置かれていた。
 ソファにもたれかかっていた体をおこしフォークを握り、サクリとフォークでアップルパイを押しきり、一口食べる。
 林檎のすっぱさとカスタードクリームの甘さが程よく、口の中に広がる。
 これで疲れも癒されると思い、もう一口。と、なんだか耳につくざわめき。
 静かだった店内だったはずなのに、ザワザワとした色んな人の声と女の人甲高い声。
 その音はどこからしてるのだろうと、フォークを加えたまま視線で音の元を辿っていけば、それは自分のすぐ前方に無造作に置かれたテレビから。
「うん……?」
 あんなところにテレビなんてあったのだろうか。そう思ったのだけれども、あるのだからある。
「ぁー。何か大変みたいですねぇ」
「え?」
「ホラ。玩具の兵隊が、この街を攻めてきたみたいですよ」
「え?」
「平和な故郷に帰ってメロン、バナナ、チョコ、贅沢品を堪能したいと主張してるって、アナウンサーが言ってますねー」
「はぁ?」
 テレビの方を見ながら、ごく普通に話しかけてる。
 こんな出来事は良くあることだと言うように。
 それに事情が飲み込めないのはあやこの方。
 一体、この女子は何を言っているのだろう。
 テレビは何を映しているのだろう。
 何度も何度も、店員とテレビを交互に見る。
 女子の店員は普通にテレビを眺めて、あーあ。とか呟いている。
 テレビは女子アナウンサーが必死に現地をレポートしている風景が映し出されている。
 テレビのはしはしに、昔小さな頃に読んだ絵本の中に登場した玩具の兵隊がワラワラといるのも見える。
「メロンが贅沢って何時の時代?」
「……何時、21世紀かしら?」
「ちょっと待って……えー。もしかしてここはゲームの世界なの?」
「げえむ?」
 メロンやバナナが贅沢品ってどういうことよ。とも思うが、頭のどっか冴えている部分では、これは現実でなくてゲームの世界に迷い込んでしまったに違いない。
 だから何で問うよりも、やることが見つかった。
「何とか脱出しなくちゃ!」
 大きく叫ぶとあやこは立ち上がった。

「ここのパティシエは?」
「え?厨房ですけど?」
「厨房はどっち?」
「あっち……」
 勢い良くたったあやこは、店員に向き直る。
 トレーを抱きかかえるように、きょとんとしたまま彼女は厨房の方向を指差す。
 場所が分れば、あやこは躊躇いもなしに厨房の扉を開けた。
「ここのパティシエはあなた?」
「あン?」
 扉を開けたと同時に、目に入った尚乃に向かって指を指すあやこ。
 一瞬何のことか分からない尚乃は、林檎の皮をむいていた手を止めてあやこを見返す。
「まぁ、パティシエって言われたら、そうかもしれんし、そうじゃないかもしれんし」
 ンー。なんて少しもったいぶって考えていれば、尚乃の横からすいっと出てきたもう一人の長身の男。
「俺がここの責任者でもあるが、何か問題でもありましたか?」
「責任者じゃなく、パティシエが必要なのよ!!」
「パティシエでもあるが?」
「そう、それなら話は早いわ。急いでメロンのデザートを作って」
「ぁ、アッキーさん、メロン切れちゃってマスよ」
 アッキーと呼ばれたのはここのオーナーパティシエである、秋人。
 そのパティシエに向かって、エライ勢いで話しかけるあやこ。
 しかし、尚乃の一言になんですって。という表情で、尚乃を見つめ返す。
「メロンが、メロンが無きゃ、話になんないのよ!」
「つか、何でメロン!?」
「もうすぐ彼らはここにやってくるかもしれない……」
 困ったわと呟くあやこ。それに何がどうなっているか分からない尚乃と秋人。
「いつもの事よ。玩具の兵隊の暴走みたい。今回はメロンとかバナナを食わせろーって大暴れしているってテレビで言っているの」
 そこへ助け舟を出すかのように現れた美咲。
 トレーを小脇に抱え、厨房の入り口に立っちテレビの方を指差していた。
「ぁー。そんならほっとけばいいンじゃね?」
 なんですって。という表情はより深くして、尚乃を見返すあやこ。
 一瞬できた空白。
「そうだ、そうだわ。そう言えば凄腕のシェフがパイナップル食べたいと言う瀕死の兵隊さんに林檎を上手に調理して信じ込ませて救ったという逸話があるじゃない」
「どーいう事?」
「メロンが無ければ、メロンの代用品でメロンのデザートを作って、彼らを信じ込ませればいいのよ」
 尚乃と秋人が顔を見合わせる。それから二人揃って、あやこを見る。
「そうよ目には目を、虚構には虚構よ!何が悪いの?蟹蒲鉾は立派に市民権を得て現実を屈服させているわ」
 ぐっと両手を握り締めると、ひとり気合を入れていた。
「皆で腕によりを掛けて料理するのよ! メロンの食感は柿かなあ?」
「いや、生憎この時期に柿はない。しかも柿の甘さはメロンの甘さにならないな。おい、尚乃」
 オー。と、片手を突き上げるあやこが、秋人の方に向き直る。腕組みをしながら答える秋人。すると何か思いついたらしく、尚乃を呼ぶ。
「なんすか?」
「ミドリまだ残っているか?」
「あぁ、ありますよ」
「美咲。マクワウリなら売っているだろうから、今すぐ買って来い」
「あいあいさー」
「私も手伝うわ」
「それなら、ミドリを尚乃の言うとおりに計量して、美咲が持って帰ってくるマクワウリをカットしてくれ」
 パティストリーの面々がそれぞれに動き出すのに、あやこも自ら手伝いを申しでる。
 パティシエの頭の中には、ハッキリとしたものがあるらしく。手伝うといったあやこにも仕事を告げる。
「ミドリ?」
「そう、ミドリ。メロンリキュールの名前」
 ミドリが何か分らなくて、尚乃に尋ねなおすあやこ。
 笑いながら尚乃が取り出したのは、緑色が美しいメロンリキュール。
「じゃぁ、これを計っておいてくれる?」
 尚乃がどれだけ計るのかあやこに伝えると、あやこはきっちりと分量を計っていく。
「さっきつかった半分に切った、メロンの皮用意しとけ」
「カスタードクリームと、ブランマンジェの用意」
「湯せんの温度気をつけろ」
「冷蔵庫、時間に気をつけろ」
 次から次へと飛ぶパティシエの注意をする言葉。
 それに緩んでいた空気が引き締まる。
 さっきまでへらへらしていた尚乃もこのときばかりは真剣な表情で、自分の仕事をこなす。そんな様子を見ていれば、些細な仕事でも手を抜けないとあやこも慎重に言われた仕事を進めていく。

「これでどうだ?」
 秋人が最後のひとつを飾った。
 出来上がったのは、半分に切ったメロンの中にブランマンジェとカスタードのムースを交互に入れ、冷やし固めその上にミドリに浸し緑色に染め上げたマクワウリを飾り、所々にミドリで作ったゼリーを散らした。
 見た目はいかにも豪華なメロンのデザートの出来上がり。
「これならきっと、みんなメロンだと思って食べるに違いないわ。ありがとう」
 あやこは深く頭を下げると、出来あがったデザートを手に持って店を出た。
「ここに、メロンがあるわ!」
 トレーの上に光り輝くように、置かれた偽メロンデザート。
 店から飛び出したあやこが、トレーを空へと向かって高らかに掲げるとどこからともなく、わらわらっと現れた玩具の兵隊。
 小さな彼らが沢山集まってくる。
「メロンだ、メロンー」
 我先に食わせろとワラワラと集まってくる。
「ちょ、待ってー」
 あやこの言葉は玩具の兵隊達には届かない。
 足元から上へ上へ登って行き、綾子の体は玩具の兵隊で埋められていく。
 暑いのと、苦しいのであやこは耐え切れずに叫んで決まった。
「これはメロンじゃないのよー。なんとかっていうウリなのよッ!」
「何だって!?」
「メロンじゃない?」
「こんなに美味いのに」
 ざわめき始める玩具たち。
 メロンじゃないのにメロンのような美味しさに、これが偽者だとはにわかに信じられないと口々に囁きあう。
「それでも、何て美味いんだ!!」
 何人もの玩具の兵隊の声を聞いたところで、あやこの意識が遠くなった。




「…………ん?」
 玩具の兵隊がのしかかってきた重さとか、暑さとかから開放されたあやこが目を開けた。
 そこはデザートを作ったケーキ屋。
 目の前にはアップルパイ。
 しかし古めかしい感じがするテレビは無い。
 紅茶はすっかり冷めてしまっている。
 一体何があったのだろうか。
 ゆっくりと辺りを見渡す。
 ……確か、玩具の兵隊が攻めてきて、メロンを食わせろと大騒ぎしていた。
 後ろの方を振り返る。そこにあるのは厨房への入り口。
 ……だからあそこで、メロンが無かったからメロンに似せたデザートを作ったはず。
「まぁ……夢?」
 ゲームのし過ぎで疲れて寝てしまい、夢を見ていたのだろう。
 だから夢の中までゲームの延長線のような出来事が起こってしまったのだ。
「―――ん」
 一度大きく両手を突き上げて、伸びをする。
 冷めてしまった紅茶を飲み干し、アップルパイを食べ立ち上がった。
 ゆっくり休めたことだし、帰ろうと。
「ごちそうさま」
「ありがとうございました」
 少女の店員が頭を下げ、お会計をしていく。
 その間も厨房の扉をみつめるあやこ。
 あの向こう側には、夢と同じ二人がいるのだろうか。
 それとも全く別人がいるのだろうか。

 ――――ガタンッ!

 そんな事を考えていると、突然扉が開いた。
 出てきたのは、尚乃。
 見覚えある顔にきょとりとするあやこ。
「あぁー。良かった。まだ帰っていなくて」
「え?」
「コレ、持って帰って?」
「はぁ………ってそれ?」
「なんかメロンを貰ってさ、店に出すほどの数は作れなかったからお客さんに持って帰って貰おうカと思って」
 きょとんとしたままのあやこに、話しかける尚乃。
 取り出したのは夢で見たのと同じ、メロンのデザート。
 しかしそれは偽者ではなく、本物のメロンのデザート。
 閉まり行く厨房の扉の向こう側。
 見えた長身の男性は自分を見て、薄く笑っていた。
 まるで夢の出来事も、今の出来事も現実だというように。
 どっちが夢で、どっちが現実なのか、一瞬区別ができなくなるようなそんな錯覚。
 厨房の扉が音も無く閉まった。
 そうして視線はメロンのデザートに注がれる。
「ありがとうございます」
 あやこは笑顔で頭を下げ、会計を済ませ箱に入れてもらったメロンのデザートを手にして店を出た。

 偶然に見つけたケーキ屋。
 あまりにも不思議な出来事が立て続けに起こるから。
 もしかしたらまだ夢の続きかも知れない。
 いつこの夢が覚めるのか分からないが、何故かココロは満たされ足取りは軽くなっていた。
 きっとそれは食べたアップルパイのお陰だと、あやこはにこにこしながら澄み切った青空の下を元気に歩き出した。



――――――FIN



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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / 女子大生

NPC
鹿島 美咲/女性/16歳/Le Diable Amoureuxのホール係
蒼井 尚乃/男性/20歳/Le Diable Amoureuxのアシスタントパティシエ
宮里 秋人/男性/28歳/Le Diable Amoureuxのオーナー兼チーフパティシエ


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■         ライター通信          ■
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藤田・あやこ様

はじめまして、こんにちわ。
ライターの櫻正宗です。
この度は【no name sweets 〜イートイン編】にご参加下さりありがとうございました。
初めてのご参加いただきうれしい限りでございます。

プレイングを頂き、読んだ時のインパクトが凄かったです。
凄く楽しい、けどこれをちゃんと楽しく読んでいただくように纏め上げられるのかどうかという不安もありました。
そうして今回はこんな形とさせていただきました。
お気に召していただけたら嬉しい限りでございます。
それにこの度は、大変お待たせする結果となってしまい申し訳ありませんでした。

それでは
重ね重ねになりますがご参加ありがとうございました。
またどこかで出会えることを祈りつつ。

櫻正宗 拝