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■記憶の奥底に■ |
川岸満里亜 |
【2787】【ワグネル】【冒険者】 |
その日の一番の客は、可愛らしい少女だった。
「ちわー、赤目のムッツリスケベ!」
満面の笑顔でそう言う少女を見て、ファムル・ディートは深いため息をついた。
「その呼び方はやめてくれないか」
15年程前、自分がムッツリスケベと囁かれていたことは、知っている。
研究に没頭しており、女性には全く関心を持っていなかった頃だ。興味なさそうにしているのは表向きだけで、実際は女好きなんだという根も葉もない噂が女性達の間で広まっていたらしい。
そんな噂にも興味がなかったほどに、当時ファムルは研究以外何にも関心がなかった。
「んじゃ、なんて呼ぼうかなぁ。……それにしても、初めてオジサンを見た時は驚いたよ。噂のムッツリスケベが、キモイストーカー男だったなんて」
「オジサンもキモイもストーカーもやめてほしいんだが」
「なんだよ贅沢だなぁ。あたしだって、山猿って呼ばれたりするけど、あだ名って……なんか嬉しいよ」
「そうか。しかし、君達と私は違うから」
ファムルの言葉に、そのキャトル・ヴァン・ディズヌフと呼ばれる少女は、少しだけ悲しげな顔を見せた。
「そうやって、距離をおこうとするんだね」
呟くような言葉だった。
「で、何の用だ?」
彼女の言葉に気付かなかったのか、素っ気無く言い、ファムルは応接間の椅子に腰掛けた。
キャトルはファムルの向いに腰掛ける。
「薬を作って欲しいんだ」
「目薬か?」
キャトルは視力が悪い。それだけではなく、聴力も循環機能も……全ての身体機能が同じ年頃の女性と比べ、劣っている。それは彼女が『キャトル・ヴァン・ディズヌフ』だからだ。彼女の名前は最低ランクの魔女を表している。
「ううん。そうじゃなくて、新薬。……あたしが人間と比べてそう長く生きられないのは知ってるだろ」
ファムルはキャトルの言葉に頷く代わりに、茶を淹れる。
「それは別にいいんだけど、最近街に下りてくるようになって思う時があるんだ」
「……なんだ? まさか、恋でもしてみたくなったか?」
「冗談! あたしはシスのような失敗はしないよ」
「そうか」
2人同時に、ぎこちない笑みを浮かべた。
シスとはダラン・ローデスの母親にして、過去最高ランクの魔女だった。出産で体調を崩し、その数ヶ月後に帰らぬ人となった。
「やっぱ……嘘かも」
「ん?」
「恋……ってわけじゃないけど、人をもっと好きになってみたいって思うんだ。人と深く関わりたくなくて、距離をおいてきたんだけどね。なんか、最近、もっと知りたいって思う。知りたいって思う人達がいる。でもさ、それって辛いだろ。多分、誰かを好きになればなるほど、別れが辛くなるんじゃないかって思うんだ。自分にとっても、もしかしたら、相手にとっても」
だから……とキャトルは続けた。
欲しいのは、『記憶を消す薬』だと。
それがあれば、安心して他人ともっと深く関われるから、と。
「それがあれば、あたしは、最後の時に別れを悲しまないし、誰も悲しませない。それなら、ファムル先生も安心してあたしのこと、好きになってくれるだろ?」
茶色の瞳を輝かせて、キャトルは微笑んだ。
視線を落とし少し考えた後、ファムルは口を開いた。
「それが良案なのかどうかは、わからんが……記憶を消す薬は作れないことはない、しかし全ての記憶を奪ってしまうことになるぞ」
「そういうのじゃなくてさ、特定の記憶だけ消せる魔法薬を作ってよ。クラリス様が作った魔法草でソテア草っていう忘れ草があるんだ。それを使って調合すれば、アンタならできるんじゃないかと思うんだけど?」
ファムルは腕を組んで考える。
「記憶に作用する魔法草か……作ってみる価値はあるな。人は誰しも忘れた方がいい記憶や、忘れたい記憶の1つや2つあるものだ。結構需要があるもしれんな」
「んじゃ、採ってきたら、作ってくれるんだね! あとは、人材か〜。繁殖地には、厄介な物があるんだよなぁ」
「厄介な物?」
「クラリス様が作り出した魔動体。普通の人には岩にしか見えない、壊しても何度でも復活する厄介な仕掛け。繁殖地に入るには破壊するしかないんだけど、あたし一人じゃ無理だし……よし、この店の客でも捕まえて手伝わせよっと!」
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『記憶の奥底に〜薬の使い道〜』
薬を求めてファムル・ディートの診療所を訪れたワグネルは、突如現れたキャトル・ヴァン・ディズヌフという少女に腕を掴まれた。
「あっ、ワグネルだ! やった。パパ〜、ワグネル借りてくねー」
「なんでお前がここにいるんだ? しかもパパって……」
キャトルとは初対面ではない。彼女のことは数ヶ月前から街でよく見かけていた。
他人と深く関わろうとしない少女だったのだが、最近キャトルは随分変わった。
近頃の彼女は初対面の相手にも、親しげに近付き、明るい笑顔を振りまいている。
キャトルは普段山で暮しているせいか、常識知らずである。それ故に失敗ばかりの毎日であったが、そんな彼女の姿は、次第に皆に受け入れられ、一部の大人には可愛がられるようになっていた。
「まさか、お前援交やってんのか?」
相手を求めて止まないファムル。金を稼ぐことに躍起になっているキャトル。
家に入り込み、パパと呼んでいるとなると……これはもうソレしかないだろう!
「えんこーって?」
「いや、なんでもねぇよ」
エルザードのモラルも低下したもんだよなーとワグネルは一人思いながら、腕を掴み続けるキャトルを引きずり、診療所へと入った。
**********
数時間後、ワグネルはキャトルと山の中にいた。
単なるキャトルのお守りなら付き合うつもりはなかったが、ファムルから説明を受けた報酬品に強く惹かれてしまったのだ。
忘れ薬――仕事に使えそうな薬である。厄介な相手に自分の姿を見られたとしても、相手を殺さずして口を封じることができる。その他使い方は様々だ。是非とも入手したい薬であった。
「後少し、なんだけどな」
キャトルは山道に慣れており、殆ど弱音も吐かないが、見るからに体力がない。彼女の荒い呼吸や、転んで痣ばかりになっていく身体を見ては、頻繁に休憩を取らざるを得なかった。
小川のほとりで2人は休むことにする。
キャトルは靴を脱ぐと、水の中に足を入れた。
「冷たっ。でも気持ちいい〜」
ワグネルの視界の端に映った彼女の足は、異常なほどに白く、そして細かった。
キャトルは普段から露出少ない服を着ている為、今まで気にはならなかったのたが――この細さは病的なのではないかと思えた。
「あのさ、ワグネルは薬を何に使うんだ?」
足の水を払いながら、キャトルが言った。
「仕事に使えそうだからな」
「ふーん、仕事か〜。あたしは、これから出来るかもしれない友達に飲んでもらおうと思ってるんだ! あとファムルにね」
明るい口調で言ったキャトルは笑顔であった。
「そりゃあ……人に飲ませて忘れさせるなんて、極悪人だねぇ」
にやりと笑ったワグネルに対し、キャトルは声を上げて笑った。
「極悪な使い方するのはワグネルの方だろー。診療所の薬全部盗んだ後、ファムルに薬飲ませて犯行忘れさせようとしてもダメだからな! ファムルにはあたしがついてるんだから〜」
「そんなことには使わねぇよ。センセイにはこれからも世話になるだろうしな。しかし、まるで家族気取りだな。いつからそんな仲になったんだ?」
「つい最近〜。でも、ずっと前からあたしはファムルのこと知ってた。ファムルとあたしはね、遠い親戚みたいなものなんだ〜」
嬉しそうに語る。
診療所でのキャトルの様子からも、彼女がファムルのことを好いていることがわかった。ただ、恋愛的意味合いは全くないようであったが。
「なんだ、援交じゃねぇのか」
それはそれで、面白味がない。……と思ってしまった自分にワグネルは苦笑する。
「だから、えんこーって何?」
「気にすんな。いくぞ」
苦笑しながらワグネルは立ち上がる。
「うん。頼りにしてるよ、アニキッ!」
「アニキ?」
「アニキはダメ? じゃ、お兄ちゃんって呼んでもいい? あたしお姉ちゃんは沢山いるけど、男兄弟はいないんだよねー。だから頼りになるお兄ちゃんが欲しくって」
嬉しそうにぱたぱたと駆け寄ってくる。。
なるほど、この調子でキャトルはファムルに付き纏っているようだ。
「で、こっちでいいんだな?」
彼女の性格上、何と答えても引かなそうなので、その言葉は流してワグネルは先に進むことにした。
「あ、うん。あと少しだよ。ワグネル一人で大丈夫かなー。そういえば、あたしワグネルが戦ってるところって見たことないや。なんか楽しみっ」
くったくなく笑う様はなかなか可愛い。もう少し太ったのなら、“お兄ちゃん”にも“パパ”にもなりたい男性は沢山現れるだろうにと思ったが、ワグネルは口には出さなかった。
行く手を塞ぐ岩は、ワグネルには普通の岩にしか見えなかった。
触ってみても、普通の硬い岩の感触だ。
自分の身体の数倍もある大きさの岩である。力で退かすのは無理だ。
「魔法で退かそうとすると、反応して襲ってくるんだよ。だから、核を物理攻撃で壊すのが一番楽な方法なんだ」
「核の場所は?」
「真ん中あたり。表面じゃなくて奥の方だから、凄い力で突くか、岩を叩き切るくらいの力が必要だよ〜」
「ほぉー」
気のない返事をした後、ワグネルは岩の中心にダイナマイトを固定する。
導火線を伸ばし、キャトルを連れて数十メートル距離を取る。
「なんで離れるの? 作戦? 助走?」
導火線の先端に着火すると、ワグネルは耳を塞いだ。
火が岩に到達した途端、激しい爆音が響く。
「えっ……えええええええええーーーーー!?」
爆発に一瞬惚けていたキャトルだが、次の瞬間、砕け散った岩を見て、大声を上げた。
「なんでー! 魔法使ってないのにー!?」
「爆薬を知らんのか、お前は」
キャトルの大声のお陰で、耳が痛い。爆発の瞬間よりその後こそ耳を塞ぐべきだった。
近寄って成果を確認する。大きな欠片もあるが、通行には支障ない。
「卑怯だこんなの卑怯だー! もう一回やり直し!」
「壊しゃあいいんだろ。行くぞ」
「卑怯者。ワグネルの極悪大魔神ー!」
腕を引っ張りながら、子猿がキーキー暴れている。
面倒だから選んだ手段だったが、この猿の扱いも面倒である。大体極悪大魔神とは何だ?
キャトルを引きずるように進み、一面の薬草畑に足を踏み入れる。
「ソテア草はどれだ?」
「あれだよ。あんまり採るとしばかれるから、必要分だけ採ろ」
ふて腐れ気味に、キャトルが一角を指した。
そのほうれん草のような魔法草を、試作分も含め互いに3株ずつ抜くことにする。
「しばかれるって……“魔女”にか?」
ここの魔法草や魔道体は、魔術や薬学に精通した“魔女”が作ったと説明を受けていた。魔女が何者かまでは聞いていないが。
「うん。ワグネルだって敵わないよ、クラリス様には〜」
聞いたことのない名だ。
「これくらいなら、問題ねぇんだな?」
「うん。一度にこれくらいなら、好きに使っていい範囲だよー」
面倒ごとには巻き込まれたくなかったため、必要以上の採取はやめ、ワグネルとキャトルは早々にその場を後にすることにした。
下りも休憩を挟みつつ、共に下りる。
案内はもう必要ないので、ワグネルとしては先に戻ってもよかったのだが、時間の余裕もあったので暇つぶしも兼ねてキャトルの歩調に合わせることにした。
「ねえねえ、さっきの爆発したやつ何? あたしでも使える?」
「子供が遊びに使うもんじゃねぇよ」
「子供じゃないし! 遊びに使うわけじゃないし!」
爆薬について軽く説明をしてやると、キャトルはとても興味深そうに聞き入った。
「魔法じゃないのに、爆発を起せるんだ……なんか凄いというか、ちょっと怖いというか」
「しかしお前、今までどんな生活してたんだ? まさか銃や花火も知らねぇわけじゃねーだろ?」
「銃は知ってるよ! でも、魔力で発射するタイプしか知らない。花火は何?」
「花火ってのは、点火して爆発させ、その色や音を楽しむもんだ。この時期の祭りには付き物にはつき物だ」
「ふーん。お祭りかぁ。楽しいのかな〜」
どうやら、祭りにも行ったことがないらしい。
普通の学力はあるようなのに、常識知らずも甚だしい。まったくもって不思議な少女である。
診療所に着いて直ぐ、待ち構えていたファムルに魔法草を渡す。
完成まで数日かかりそうだという話を聞き、ワグネルは後日改めて完成品を受取りに来ることにした。
「ま、新薬が売れることを願ってる。2人共まともにメシ食ってねぇようだし」
帰り際、何の気なしに言ったワグネルの言葉に、見送りに出ていたファムルが苦笑した。
キャトルは疲れて眠っており、この場にいない。
「私はそうだが、あの子は違う。キャトルは生まれつき身体に欠陥があってな。おそらくもう長くは……」
……嫌な話を聞いてしまったようだ。かといって何が変わるわけでもないが。
「そういうわけだから、甘やかしたり優しくする必要はないが、会った時には構ってやってくれ。君のことも好いているようだし」
軽く手を上げて、ワグネルは診療所を後にした。
なんとなく、ワグネルはキャトルの薬の使い道が分かった。
親しくなった人に、自分のことを忘れさせようというのだろう。
今後彼女ともっと深い関わりを持ったのなら、彼女はワグネルにも飲ませようとするのかもしれない。
「『いつまでも忘れないで』って言うより、わがままな話だな」
ワグネルは薄く笑みを浮かべながら、呟いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
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■ ライター通信 ■
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川岸です。
『忘れ薬』は後日取りに行き、受け取ったとして構いません。または次に診療所にいらした時に受け取っても構わないです。
ワグネルさんが同行してくださったお陰で、キャトルも1回分入手いたしました。
この薬をワグネルさんやキャトルが使う日はくるのでしょうか〜。
発注ありがとうございました!
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