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■“凍らせた空白”■ |
徒野 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
街外れの湖の畔。其処は初めは唯の居住を目的とされた洋館だった。
然し、其処に一人の占術師が住み着いてから、噂を聞いた人々が助言を求め――時には面白半分に、一人亦一人と訪れて。
――来る者は拒まない。出逢いは何かしらの必然だから。
そう云って漆黒の麗人は微笑む。
そして、其の館は名実共に“占いの館”として機能し始めた。
玄関前の二三段程度の階段にイーゼルが設えて、小さな看板が置かれている。
掲げられた名は『Gefroren Leer』。
* * *
「……おや、誰か来た様だね。」
女性とも男性とも附かない中性的な声で、此の館の主が顔を上げる。
持っていたティカップ閑かにをソーサの上に置き、衣を整えて立ち上がる。
「ラルゥ、御客さんだ。」
叫ぶでも無く、其れでも凛と響く声を奥に向けて、主――ノイルはダイニングルームを出た。
其処で、丁度響くノッカーの音。
ノイルはゆっくりと重厚な扉を引き開けると、目の前の来訪者に向かって微笑んだ。
――いらっしゃい。今日は如何云った御用件かな、
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“凍らせた空白” −雨と白地図
街外れの湖の畔。其処は初めは唯の居住を目的とされた洋館だった。
然し、其処に一人の占術師が住み着いてから、噂を聞いた人々が助言を求め――時には面白半分に、一人亦一人と訪れて。
――来る者は拒まない。出逢いは何かしらの必然だから。
そう云って漆黒の麗人は微笑む。
そして、其の館は名実共に“占いの館”として機能し始めた。
玄関前の二三段程度の階段にイーゼルが設えて、小さな看板が置かれている。
掲げられた名は『Gefroren Leer』。
* * *
ふわりと水の匂いを運ぶ風、続いてぽつりぽつりと不規則な音。然し其れは一息も吐かない内に大合唱となる。
「……っは、ぁ。」
突然の大雨に遭った少女は慌てて目に入った館の軒下へと駆け込んだ。
「おや、通り雨、」
安楽椅子に身を沈めていた黒の麗人はのんびりと身を起こした。
大粒の雨が飾り窓を叩く。
「……可愛らしい仔猫でも迷い込んだかな。」
館の主人である此の人は愉しげに笑ってサロンから姿を消した。
――真逆……こんなに強く、なるなんて……。
館のポーチで少女――千獣は空を見詰めた。通り雨だろうから、直ぐに止むだろうけど……そんな事を考え乍、白く煙る湖に眼を遣った。
其の時、
「おやおや、雨宿りならそんな処に居ずに、中に入れば良いのに。」
背後の扉が開く気配がして、中から声を掛けられた。扉の影から覗いていたのは、千獣と同じ色の髪をした人物。
「……、」
然し突然声を掛けられた事に驚くよりも、其の内容に千獣がきょとんとして返した。
「でも……人の家に、勝手に入るのは……良くない。」
今度は相手がきょとんとし、暫く間を空けてからクスクスと笑い出した。
「そう……そうだね。御嬢さんは正しいよ。――でも、此処は御店だ。自由に入って貰って構わないよ。」
そう云って扉をきちんと開き、千獣を招く。
千獣は相手の笑っている理由が解らず、少し首を傾げていたが、“店”と云われて合点がいった。
「そう、だったの。……知らなかった。」
促される侭に館へと入り、千獣はエントランスを見廻した。然し、店らしい雰囲気は感じられず、矢張り誰かの家へと訪れた様な気分だった。
「少し濡れているね、体を冷やすと良くない。タオルを用意しよう。」
――ラルゥ、御客人にタオルを。
そう館の奥に呼び掛けてから、相手は千獣に向き直った。
「嗚呼、自己紹介が遅れたね。私はノイル、此の館の主だ。……其れから、」
ノイルが其処で言葉を切ると、奥からタオルを持った銀髪の青年が現れる。
「弟子のラルーシャ。」
「ラルーシャ・K・リース=ロスです、宜しく。」
ラルーシャはノイルの紹介に合わせて一礼し、千獣にタオルを渡した。
千獣は其れを受け取り、小さくお辞儀した。
「ありがとう……私は、千獣。」
自分の名を告げて、千獣はタオルでパタパタと水気を取りつつもう一度あたりを見廻した。
「……此処は、何の……御店、」
* * *
「……う、ら、な、い……、」
エントランスからリビングに通されて、幾つかの焼菓子と湯気を立てている紅茶を前に、千獣が一音一音確かめる様に呟いた。
「そう、占い。」
ノイルが微笑んで紅茶に口を附けた。
――事の発端は、先程投げ掛けられた千獣の問い。
其れに対してノイルが“アンティークとか薬とか。まぁ、でも本業は占いかな。此の館も名目は占いの館だしね。”と答えた結果がアレだ。
千獣は少し考えては見るものの、
「……なに、其れ……、」
と首を傾げた。
千獣の其の反応に、ふむとノイルが頷いた。
「そうか、知らないんだ……。そうだね――地図、かな。」
ノイルが暫く考えてから出した言葉に、千獣は更に首を傾げた。
「ち、ず……、」
「そう、人生の地図。」
ノイルはティブルの上のカップやソーサーを脇に避けると、白い羅紗布を広げた。
「地図を広げたら、大体、自分が何処に居るか解るでしょう、」
ノイルはそう云いつつ、脇に置いてあった黒曜のチェス駒から王を取って羅紗の真中に置いた。
千獣は其れをじっと見る。
「勿論、自分の居場処だけじゃないよね。――出発した場処、詰まり過去……次に向かう場処、詰まり未来。」
言葉と共にコト、コトと駒を並べていく。
暫くすると、白布の上にずらりと黒い駒が広がっていた。
「占いは、先を視る事だけじゃなくて……自分の周りをもう一度確認しようって事だと思う。」
「ほう……。」
「まぁ、占い師が先を視て“倖せを告げる”のも重要な事だとは思うけど。」
そういってノイルは駒を片附け始める。
「……では、其の……うらない、とやらを……実際に、見たい。」
千獣がぽつりと零した言葉に、ノイルは笑みを深めた。
「勿論、喜んで。――何れにしようかなぁ、」
うきうきと席を立ち道具を物色するノイルを見て、千獣も少し微笑んだ。
* * *
「カードもね色々切り方があって……、」
「……何だか、ゲーム、みたい。」
そうそう此がゲームの起源なんだよ、とティブルに釘付けの二人をラルーシャが後ろから見守る。
二人の様子が微笑ましくて、笑みを零した。
「――ぁ、」
不図窓の方へ視線をずらすと、赤く染まり掛けた空に掛かる虹が見えた。
雨が上がっていた事にさえ気附かなかった二人だから、屹度此も気附いてないに違いない。
二人に教えよう、とラルーシャは歩を進めた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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[ 3087:千獣 / 女性 / 17歳(実年齢999歳) / 異界職 ]
[ NPC:ノイル / 無性 / 不明 / 占術師 ]
[ NPC:ラルーシャ / 男性 / 29歳 / 咒法剣士 ]
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■ ライター通信 ■
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初めまして、徒野です。
此の度は『“凍らせた空白”』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
ほのぼの……出来てます、かねっ。
途中から千獣嬢が占い談義に見事巻き込まれていて申し訳ない、感じがしますが。
此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。
――其れでは、亦御眼に掛かれます様。……御機嫌よう。
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