■Dice Bible ―trei―■
ともやいずみ |
【7079】【クリス・ロンドウェル】【ミスティックハンター(秘術狩り)】 |
蒸し暑い日々が始まった。夏の到来だ。
鳥がやけに多く空を飛んでいた。
「まったく……またゴミ散らかして」
近隣にいるカラスのせいか、ゴミ袋が散らかしてある。
マンションのゴミ収集場所を、近所の中年女性がそう言いつつ見遣り――。
「……ひっ!」
声をあげ、その場に尻餅をついた。
散乱しているゴミの中に、肉片らしきものもある。そして、女性が見ていたのは……一つの目玉だ。
「ひゃあああぁぁぁああああっっ!」
女は大声で悲鳴をあげ、その場から逃げようとした。だが腰が抜けており、立てない。
*
どくん、と音がする。
脈動の音。
活動を開始。
『敵』の気配が濃い……。
本の中での休眠は終了。さあ、狩りの時間だ。
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Dice Bible ―trei―
教会でのミサを終えたクリス・ロンドウェルは、さくさくと歩いていた。
この後の予定は、行きつけのカフェにて爽やかなティータイムを楽しむつもりだ。ふふっ。
――が、そうはいかないようだ。
ミサでの帰り道、クリスと同じように教会に来ていた者たちが噂していたのだ。ある事件のことを。
「昨日の朝だって」
「で、結局その目玉って?」
「それがね」
なんて会話が耳に入ってきて、クリスは「ふむ」と呟く。
散乱したゴミの中に目玉が発見された……か。
(こういうちょっとした猟奇事件は、ストリゴイの存在を疑ってしまうよね)
いつもなら無関心でいるのだが……。
クリスは小さく嘆息した。
(しょうがない。ミス……いや、アリサの為にも情報を集めますか)
戦闘に関して、自分ができることはない。せいぜい、ストリゴイに狙われないように立ち回ることくらいだ。
だとすれば、やることは決まっている。アリサの戦場が、少しでも彼女に有利に働くように尽力するしかない。
ざわり、とクリスの内側がざわつく。
(この感触というか、感覚……慣れないな)
内臓が撫でられているようだ。気持ち悪い。
これはヤツらの気配だ。うぅ、と唸ったクリスがゆっくりと瞳を開けた。うまく焦点が合わない。
頭を軽く振って意識を戻す。すると、気配が和らいだ。その不自然さに苦笑するしかない。
(……使い慣れてないってこと、かな)
*
現場に言って聞き込みを開始する。とは言っても、目撃者に話を聞くくらいしかすることがないわけだが。
「ここか……」
クリスが見上げる先には、マンションが建っている。わりと新しいものだ。
そのマンションの周辺では、集まっている中年女性たちの姿が見えた。おかしい。猟奇事件というのなら、警察が来ていても不思議はないのに。
「すみません」
声をかけると、彼女たちはこちらを見遣った。気さくに話し掛けると、聞いてもいないことまでペラペラと喋り出した。
「それがねぇ、あの目玉、人形のものだったのよ」
「人形?」
ああ、なんだ。イタズラか。
クリスは肩透かしを食らったように落胆した。
(まぁ、そうだよね。適合者……だっけ? あれじゃなさそうだな)
なんとなくそうではないかと思っていたが、自分の勘は当たっていたわけだ。
しばらく中年女性たちの愚痴にも付き合い、クリスはそそくさとそこを後にした。
(日本のレディたちはパワフルだなぁ……)
やれやれ。
――ドクン。
ぎくっとしてクリスは目をみはる。
吐き気がしてくる。この気配は、この、気配、は。
「大丈夫ですか、ミスター?」
唐突に真横からそう声をかけられ、クリスは「へっ」と間抜けな声を出した。顔を横に向けると、アリサが立っていた。
相変わらずの綺麗な無表情だ。
「……あ」
「はい?」
「アリ、サ」
「はい」
頷く彼女。
彼女はクリスの手をとった。冷たい手にクリスはびくっと反応する。
「顔色が悪いです。ヤツらの毒気に当てられましたか」
「……やっぱりそうなんだ」
「近くには居ないようですけど」
アリサは周辺を見回した。先ほどのマンションからそう離れていないのだが、彼女は何かを感じているようだ。
「……でも、これ、は……」
彼女は眉間に皺を寄せる。そしてクリスに肩を貸した。
「さ、早くここから離れましょう、ミスター」
「え。で、でもまだ調査も途中だし」
「調査?」
「この先の、ほら、見える? あのレンガ色の、赤茶のマンションのゴミ捨て場で、肉片が散乱してて、人形の目玉があって」
「……肉片?」
彼女が怪訝そうにする。クリスは手を振って否定した。
「でも人間のじゃなくて、豚とか鳥とかだったとかって。はっきりしたことはまだわからないけど」
「…………」
アリサは神妙な顔つきになる。クリスをしっかりと支えて歩き出した。
「ミスターがここまで不調になるとは……。何か他に感じませんか?」
「他って?」
「なんでもいいのです。気づいたことをワタシに教えてください」
「えっと……」
クリスは思い出すように顔をしかめる。途端、ダイス・バイブルの知識が邪魔をした。使い慣れていないため、『検索』という動作と『思い出す』という行為が重なってしまい、頭痛が発生した。脳が勝手に『検索』したのだ。
頭に手を遣るクリスに気づき、アリサは彼を横抱きに抱えるや、すぐさま跳躍して近くの建物の屋上に着地した。風が気持ちいい。ゆっくりとクリスを降ろしてくれる。
「ご、ごめん」
申し訳ないのと、情けないのが入り混じる。素直に謝ることがないクリスとしても、さすがに謝った。
彼女は「いいえ」と首を左右に振る。
「ゆっくり休んでください。傍に居ますから」
片膝を立ててこちらを窺うアリサは、微笑む。
クリスは目を細めた。ミスティックハンターとして世界を彷徨うように行動しているが……。
(なん、だろ)
真っ直ぐにこちらを見てくるので、とうとう視線を逸らした。
慕われているわけでも、信頼されているわけでも、ない。けれどもアリサの言葉はとても、頼りがいのあるものだった。嘘をついていない。はっきりわかる。
力強い言葉。一人で行動している時には得られない、感じられないもの。
「傍に居るの?」
つい、訊き返してしまう。彼女が「不要なら消えます」と言いかねないというのに。
だが、違った。
彼女は瞼を閉じる。風を感じているように、緩やかに桃色の髪をなびかせていた。
「ええ。ミスターは、ワタシと契約していますから」
うっすらと、彼女は微笑んだ。冷たいものではなく、それは、儚くて、暖かいものだ。
瞼を開けた彼女は、いつもの冷たい瞳だった。
「ミスター、気づいたことがあれば、ワタシに教えてください。どうやら今回は、適合者ではなく、広範囲感染の可能性があります」
吐き気がする、と言うと彼女はそれだけで何かを思案した。
「…………他には?」
「えっと……」
思い出そうとする。慎重に。
異臭、かな。とクリスは見当をつけた。
アリサは立ち上がった。そして、屋上から見える風景を眺める。
「……夜に探ったほうが確実ですか」
「夜?」
「今は活動をしていない……。夜に活性化しますから、その時に片っ端から破壊していくしかないでしょう」
「今回は適合者じゃないんだよね?」
強く訊いてくるクリスを不思議に思ったのか、彼女は振り向いてクリスを見てきた。
「はい。違います。
適合者というのは、親玉のようなものです。適合者がいない場合、ウィルスは拠り所を失って分散する、というイメージをしてください」
宿主がいないから散らばる、という感じらしい。
アリサが違うというのだから、本当に違うのだろう。クリスは安堵した。
(適合者って強敵みたいだし、いくらアリサが強いといっても上には上がいる。……そんなのがそうそう居るとは思わないが……)
ちら、とアリサを盗み見した。彼女は瞼をきつく閉じ、気配を探るように集中していた。
ダイス・バイブルに描かれている絵の時と同じポーズだ。横向きで、目を閉じるその様子は。
しみじみとその姿を眺めた。……やはり、可愛いというか、綺麗だ。さらさらと風に流れる髪が、目を奪う。
(……女の子が傷つくのを見ることほど嫌なことはないからねー……)
ぼんやりと考えた後、がっくりした。本当に自分は無力だ。情けない。
「ミスター、気分はどうですか?」
「ん。マシになったよ」
「では、地上に戻りましょう」
さっとクリスを横抱きにする。クリスが顔を引きつらせた。
「あ、あの……アリサ、重くない?」
女の子にだっこされる男の図、だ。
しかしアリサは首を横に振る。
「ミスターの体重など、ないも同然です」
「そ、そう」
それはそれで、なんだかプライドが傷つく……。
*
クリスの滞在するマンション。そのベランダから彼女は景色を見ている。暗い夜の中、じっと。
「行くんだね」
背後から声をかけるが、彼女は振り向かない。彼女は「はい」と返事をしただけだ。
「……アリサに、神の加護があらんことを……」
小さく言うと、彼女が振り向いた。
ぎくっとしてクリスは身を軽く引く。聞こえていたとは思わなかった。
彼女の蒼い瞳は澄んでいて、とても……怖い。
「神など信じません。ミスター、あなたの加護を、ワタシに祈ってください」
「えっ、俺!?」
「ワタシは、目に見えないものよりも、目の前に居るあなたの加護のほうが、確かです」
はっきりと強く言い放った彼女を、クリスは凝視した。
(お、俺の加護って……そ、そんなこと言われたの初めてだ……)
神にすがるわけでもなく、生きている、彼女にも劣るただの人間の俺に?
「わ、わかった。えっと」
ごほん、と咳をする。なんだか照れ臭い。胸を張る。
「キミは無事に戻ってくる。俺の加護が、あるから」
「承知」
短く言うと、彼女は軽く跳んでベランダから外の世界に飛び出してしまった。
残されたクリスは軽く頭を掻いた。開けっ放しの窓のカーテンが、風によってひらひらと揺れている。
「い、今のはそう……あれだ!
つまり、アリサは神を信用してないってことだ!」
だから。だから……神様よりもマシって意味で言ったんだ、きっと。
クリスは一人になってから、頬を赤らめた。あんなに真っ直ぐ見ること、ないじゃないか。一人きりだから、クリスは照れても大丈夫だと自分に言い聞かせた。
自分の加護が効くとは思えない。彼女は自力で帰ってくるはずだ。
窓の外に広がる深い闇の世界。アリサは間違いなく、敵を倒すだろう。
*
「ミスター」
耳元で息を吹きかけられる。囁かれたせいだ。
びくん! と反応してクリスは顔をあげた。いつの間にかテーブルに突っ伏して眠っていたらしい。
(涎とか垂れてないよね!?)
などと思いつつ、あ、と気づいた。
アリサがすぐ傍に立っている。
「起こしてすみません。顔を伏せて寝ていたので息苦しいと思いまして」
「え? あ、わ、わざとだよ!」
引きつって言う。わざとらしいかなと思うが、アリサは「そうですか」とたいして気にした様子もなかった。
「倒したの!?」
「無論」
「ふっ。俺の加護が効いた?」
偉そうに言ってみるが、彼女は無表情のままだった。うぅ、そこは何か言うところだよ、アリサ。
「それでは」
彼女は頭を軽くさげて、そう言うなり消えてしまった。
クリスは「ええー」と洩らす。
「な、なんか言ってから消えてよぉ……!」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【7079/クリス・ロンドウェル(くりす・ろんどうぇる)/男/17/ミスティックハンター(秘術狩り)】
NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、クリス様。ライターのともやいずみです。
少しずつアリサとの距離が縮まっている様子……。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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