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■Dice Bible ―trei―■

ともやいずみ
【7079】【クリス・ロンドウェル】【ミスティックハンター(秘術狩り)】
 蒸し暑い日々が始まった。夏の到来だ。
 鳥がやけに多く空を飛んでいた。

「まったく……またゴミ散らかして」
 近隣にいるカラスのせいか、ゴミ袋が散らかしてある。
 マンションのゴミ収集場所を、近所の中年女性がそう言いつつ見遣り――。
「……ひっ!」
 声をあげ、その場に尻餅をついた。
 散乱しているゴミの中に、肉片らしきものもある。そして、女性が見ていたのは……一つの目玉だ。
「ひゃあああぁぁぁああああっっ!」
 女は大声で悲鳴をあげ、その場から逃げようとした。だが腰が抜けており、立てない。



 どくん、と音がする。
 脈動の音。
 活動を開始。
 『敵』の気配が濃い……。
 本の中での休眠は終了。さあ、狩りの時間だ。
Dice Bible ―trei―



 教会でのミサを終えたクリス・ロンドウェルは、さくさくと歩いていた。
 この後の予定は、行きつけのカフェにて爽やかなティータイムを楽しむつもりだ。ふふっ。
 ――が、そうはいかないようだ。
 ミサでの帰り道、クリスと同じように教会に来ていた者たちが噂していたのだ。ある事件のことを。
「昨日の朝だって」
「で、結局その目玉って?」
「それがね」
 なんて会話が耳に入ってきて、クリスは「ふむ」と呟く。
 散乱したゴミの中に目玉が発見された……か。
(こういうちょっとした猟奇事件は、ストリゴイの存在を疑ってしまうよね)
 いつもなら無関心でいるのだが……。
 クリスは小さく嘆息した。
(しょうがない。ミス……いや、アリサの為にも情報を集めますか)
 戦闘に関して、自分ができることはない。せいぜい、ストリゴイに狙われないように立ち回ることくらいだ。
 だとすれば、やることは決まっている。アリサの戦場が、少しでも彼女に有利に働くように尽力するしかない。
 ざわり、とクリスの内側がざわつく。
(この感触というか、感覚……慣れないな)
 内臓が撫でられているようだ。気持ち悪い。
 これはヤツらの気配だ。うぅ、と唸ったクリスがゆっくりと瞳を開けた。うまく焦点が合わない。
 頭を軽く振って意識を戻す。すると、気配が和らいだ。その不自然さに苦笑するしかない。
(……使い慣れてないってこと、かな)



 現場に言って聞き込みを開始する。とは言っても、目撃者に話を聞くくらいしかすることがないわけだが。
「ここか……」
 クリスが見上げる先には、マンションが建っている。わりと新しいものだ。
 そのマンションの周辺では、集まっている中年女性たちの姿が見えた。おかしい。猟奇事件というのなら、警察が来ていても不思議はないのに。
「すみません」
 声をかけると、彼女たちはこちらを見遣った。気さくに話し掛けると、聞いてもいないことまでペラペラと喋り出した。
「それがねぇ、あの目玉、人形のものだったのよ」
「人形?」
 ああ、なんだ。イタズラか。
 クリスは肩透かしを食らったように落胆した。
(まぁ、そうだよね。適合者……だっけ? あれじゃなさそうだな)
 なんとなくそうではないかと思っていたが、自分の勘は当たっていたわけだ。
 しばらく中年女性たちの愚痴にも付き合い、クリスはそそくさとそこを後にした。
(日本のレディたちはパワフルだなぁ……)
 やれやれ。
 ――ドクン。
 ぎくっとしてクリスは目をみはる。
 吐き気がしてくる。この気配は、この、気配、は。
「大丈夫ですか、ミスター?」
 唐突に真横からそう声をかけられ、クリスは「へっ」と間抜けな声を出した。顔を横に向けると、アリサが立っていた。
 相変わらずの綺麗な無表情だ。
「……あ」
「はい?」
「アリ、サ」
「はい」
 頷く彼女。
 彼女はクリスの手をとった。冷たい手にクリスはびくっと反応する。
「顔色が悪いです。ヤツらの毒気に当てられましたか」
「……やっぱりそうなんだ」
「近くには居ないようですけど」
 アリサは周辺を見回した。先ほどのマンションからそう離れていないのだが、彼女は何かを感じているようだ。
「……でも、これ、は……」
 彼女は眉間に皺を寄せる。そしてクリスに肩を貸した。
「さ、早くここから離れましょう、ミスター」
「え。で、でもまだ調査も途中だし」
「調査?」
「この先の、ほら、見える? あのレンガ色の、赤茶のマンションのゴミ捨て場で、肉片が散乱してて、人形の目玉があって」
「……肉片?」
 彼女が怪訝そうにする。クリスは手を振って否定した。
「でも人間のじゃなくて、豚とか鳥とかだったとかって。はっきりしたことはまだわからないけど」
「…………」
 アリサは神妙な顔つきになる。クリスをしっかりと支えて歩き出した。
「ミスターがここまで不調になるとは……。何か他に感じませんか?」
「他って?」
「なんでもいいのです。気づいたことをワタシに教えてください」
「えっと……」
 クリスは思い出すように顔をしかめる。途端、ダイス・バイブルの知識が邪魔をした。使い慣れていないため、『検索』という動作と『思い出す』という行為が重なってしまい、頭痛が発生した。脳が勝手に『検索』したのだ。
 頭に手を遣るクリスに気づき、アリサは彼を横抱きに抱えるや、すぐさま跳躍して近くの建物の屋上に着地した。風が気持ちいい。ゆっくりとクリスを降ろしてくれる。
「ご、ごめん」
 申し訳ないのと、情けないのが入り混じる。素直に謝ることがないクリスとしても、さすがに謝った。
 彼女は「いいえ」と首を左右に振る。
「ゆっくり休んでください。傍に居ますから」
 片膝を立ててこちらを窺うアリサは、微笑む。
 クリスは目を細めた。ミスティックハンターとして世界を彷徨うように行動しているが……。
(なん、だろ)
 真っ直ぐにこちらを見てくるので、とうとう視線を逸らした。
 慕われているわけでも、信頼されているわけでも、ない。けれどもアリサの言葉はとても、頼りがいのあるものだった。嘘をついていない。はっきりわかる。
 力強い言葉。一人で行動している時には得られない、感じられないもの。
「傍に居るの?」
 つい、訊き返してしまう。彼女が「不要なら消えます」と言いかねないというのに。
 だが、違った。
 彼女は瞼を閉じる。風を感じているように、緩やかに桃色の髪をなびかせていた。
「ええ。ミスターは、ワタシと契約していますから」
 うっすらと、彼女は微笑んだ。冷たいものではなく、それは、儚くて、暖かいものだ。
 瞼を開けた彼女は、いつもの冷たい瞳だった。
「ミスター、気づいたことがあれば、ワタシに教えてください。どうやら今回は、適合者ではなく、広範囲感染の可能性があります」

 吐き気がする、と言うと彼女はそれだけで何かを思案した。
「…………他には?」
「えっと……」
 思い出そうとする。慎重に。
 異臭、かな。とクリスは見当をつけた。
 アリサは立ち上がった。そして、屋上から見える風景を眺める。
「……夜に探ったほうが確実ですか」
「夜?」
「今は活動をしていない……。夜に活性化しますから、その時に片っ端から破壊していくしかないでしょう」
「今回は適合者じゃないんだよね?」
 強く訊いてくるクリスを不思議に思ったのか、彼女は振り向いてクリスを見てきた。
「はい。違います。
 適合者というのは、親玉のようなものです。適合者がいない場合、ウィルスは拠り所を失って分散する、というイメージをしてください」
 宿主がいないから散らばる、という感じらしい。
 アリサが違うというのだから、本当に違うのだろう。クリスは安堵した。
(適合者って強敵みたいだし、いくらアリサが強いといっても上には上がいる。……そんなのがそうそう居るとは思わないが……)
 ちら、とアリサを盗み見した。彼女は瞼をきつく閉じ、気配を探るように集中していた。
 ダイス・バイブルに描かれている絵の時と同じポーズだ。横向きで、目を閉じるその様子は。
 しみじみとその姿を眺めた。……やはり、可愛いというか、綺麗だ。さらさらと風に流れる髪が、目を奪う。
(……女の子が傷つくのを見ることほど嫌なことはないからねー……)
 ぼんやりと考えた後、がっくりした。本当に自分は無力だ。情けない。
「ミスター、気分はどうですか?」
「ん。マシになったよ」
「では、地上に戻りましょう」
 さっとクリスを横抱きにする。クリスが顔を引きつらせた。
「あ、あの……アリサ、重くない?」
 女の子にだっこされる男の図、だ。
 しかしアリサは首を横に振る。
「ミスターの体重など、ないも同然です」
「そ、そう」
 それはそれで、なんだかプライドが傷つく……。



 クリスの滞在するマンション。そのベランダから彼女は景色を見ている。暗い夜の中、じっと。
「行くんだね」
 背後から声をかけるが、彼女は振り向かない。彼女は「はい」と返事をしただけだ。
「……アリサに、神の加護があらんことを……」
 小さく言うと、彼女が振り向いた。
 ぎくっとしてクリスは身を軽く引く。聞こえていたとは思わなかった。
 彼女の蒼い瞳は澄んでいて、とても……怖い。
「神など信じません。ミスター、あなたの加護を、ワタシに祈ってください」
「えっ、俺!?」
「ワタシは、目に見えないものよりも、目の前に居るあなたの加護のほうが、確かです」
 はっきりと強く言い放った彼女を、クリスは凝視した。
(お、俺の加護って……そ、そんなこと言われたの初めてだ……)
 神にすがるわけでもなく、生きている、彼女にも劣るただの人間の俺に?
「わ、わかった。えっと」
 ごほん、と咳をする。なんだか照れ臭い。胸を張る。
「キミは無事に戻ってくる。俺の加護が、あるから」
「承知」
 短く言うと、彼女は軽く跳んでベランダから外の世界に飛び出してしまった。
 残されたクリスは軽く頭を掻いた。開けっ放しの窓のカーテンが、風によってひらひらと揺れている。
「い、今のはそう……あれだ!
 つまり、アリサは神を信用してないってことだ!」
 だから。だから……神様よりもマシって意味で言ったんだ、きっと。
 クリスは一人になってから、頬を赤らめた。あんなに真っ直ぐ見ること、ないじゃないか。一人きりだから、クリスは照れても大丈夫だと自分に言い聞かせた。
 自分の加護が効くとは思えない。彼女は自力で帰ってくるはずだ。
 窓の外に広がる深い闇の世界。アリサは間違いなく、敵を倒すだろう。



「ミスター」
 耳元で息を吹きかけられる。囁かれたせいだ。
 びくん! と反応してクリスは顔をあげた。いつの間にかテーブルに突っ伏して眠っていたらしい。
(涎とか垂れてないよね!?)
 などと思いつつ、あ、と気づいた。
 アリサがすぐ傍に立っている。
「起こしてすみません。顔を伏せて寝ていたので息苦しいと思いまして」
「え? あ、わ、わざとだよ!」
 引きつって言う。わざとらしいかなと思うが、アリサは「そうですか」とたいして気にした様子もなかった。
「倒したの!?」
「無論」
「ふっ。俺の加護が効いた?」
 偉そうに言ってみるが、彼女は無表情のままだった。うぅ、そこは何か言うところだよ、アリサ。
「それでは」
 彼女は頭を軽くさげて、そう言うなり消えてしまった。
 クリスは「ええー」と洩らす。
「な、なんか言ってから消えてよぉ……!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7079/クリス・ロンドウェル(くりす・ろんどうぇる)/男/17/ミスティックハンター(秘術狩り)】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、クリス様。ライターのともやいずみです。
 少しずつアリサとの距離が縮まっている様子……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!