■お茶会をしよう!■
綾塚るい |
【6683】【深海・志保】【高校生】 |
「暑いし。天気がいいし? 屋上か中庭でお茶会でも開こうか♪」
唐突に、新聞部部長であるユーリィ・ウィンターがそんな事を言い出した。その言葉に部員全員が硬直する。
この蒸し暑い最中、何が楽しくて外でお茶なぞのまなきゃならんのか。抵抗しようと青江珠樹が口を開きかけた時、すかさずユーリィがこう言った。
「蒸し暑いから男は全員女装。美女集めて涼しげに紅茶を飲むのがベストかな♪」
スコーンとか闇菓子(闇鍋のお菓子バージョン)とか用意したら良いかもね。
エンジェルスマイルで告げるユーリィに、思わず部員の一人である磯谷太郎が突っ込みを入れる。
「ちょっと待て! 女装って俺もか!?」
「当然じゃん。ボク以外全員女装♪」
何故ユーリィ以外が女装なのか――。それは当然ユーリィが主催者だからだ。
「っざけんな! 何で俺が女装しなきゃいけねーんだよ!!」
汚い部室でなぜか一人だけ豪華なソファに腰掛けているユーリィは、怒鳴り散らしている太郎を完全無視して紅茶に口をつけている。
二人のやり取りを眺めていた東郷あきねは、一人楽しそうに笑顔を浮かべた。
「太郎くんの女装、結構可愛いかもよ? ゴスロリ服作ってあげようか。私裁縫好きだし」
「……あきね、テメェ喧嘩売ってんのか?」
言葉を挟むタイミングを失った珠樹は、自分の頬をぽりぽりとかきながら半ば諦め口調で呟いた。
「それ以前に、女装の好きな男の子なんて居ないんじゃないの?」
それを聞いたユーリィは、にっこりと悪戯を仕掛ける子供のような笑顔を珠樹へ向けた。
「青江、獲物を狩りに行っておいで♪」
「狩り!?」
「これ、絶対命令だから♪ あきねは男サイズのドレス作っておいで♪ はい決定!」
というわけで、夏に入る直前に奇妙なお茶会計画がスタートした。
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お茶会をしよう!
■ 獲物奪取 ■
七月下旬。じめじめとした梅雨が明け、いよいよ夏本番というある日の事。嘉神真輝は他校の廊下を苛立たしげに歩いていた。
窓から見えるのは、ピーカンに晴れ渡った空に入道雲。周囲に樹木が多い所為だろうか、校内にまで蝉の声が響き渡っている。真輝はその音にうんざりして、今日何度目かの溜息を吐いた。
いわずもがな、スイスで育った真輝は日本の夏に弱い。非常に弱い。気温が少しづつ上がっていく毎日にダルダル状態で過ごしていた真輝が、なぜこんな暑い盛りに他校へ足を運んだのかというと、私学の家庭科教師部会が開かれたからだった。
聖蘭(せいらん)学院と呼ばれる中高一貫教育の私学は、マンモス校でも進学校でもなかったが、その分のんびりとした校風で有名だ。校舎は近代的とは程遠く、英国風の赤レンガ造りで蔦が這っている。校内は土足で入る事が許可されているらしく、皆当たり前のように革靴で廊下を歩いていた。
初めこそ、自分の勤める神聖都学園とはまるで違う雰囲気に、興味津々と校内を眺めていた真輝だったが、背中を滝の如く流れ落ちる汗に不快感を覚え、気がつけば眉間に皺を寄せていた。
既に夏休みに入っている所為か、部活動にいそしむ生徒が時折真輝の横を通り過ぎて行くだけで、学生の姿は殆ど無い。真輝は額の汗を拭うと、思わず拳を握り締めながらこう叫んだ。
「……レンガ造りの校舎も、緑が多いのも良い環境だ。ついでに生徒が元気に部活をしているのも良い事だ。が! なんで冷房設備がねーんだここは! 私学だろ!!」
聞くところによると、「冷房は学生達の体に良くない」という学院長の一言が原因で、聖蘭には全ての教室に冷房が設置されていないらしい。当然部会が行われた大教室にもクーラーなど無く、天井に備え付けられたファンがむなしく回転しているだけだった。
「ったく、私学なら空調設備に金を使え金を!」
兎にも角にも部会が終わった今、一刻も早くこの暗黒地帯から抜け出して、冷房でキンキンに冷やされた自宅へ避難しようと真輝が校舎を出た時だった。
「おーーーいっ! まっきちゃーーーーん♪」
突然大声で名前を呼ばれ、真輝はぎょっとしながら辺りを見渡した。だが、中庭で園芸部員が植木の手入れをしている他は、自分の周囲に人の気配など無い。
「気のせい、じゃねーよな。なんかどっかで聞いたような声だったんだが……」
はて? と真輝が周囲を眺めながら首を傾げていると、再び大きな声が響き渡った。
「まっきちゃーーん! こっち! 屋上!!」
真輝が振り返って屋上を見上げると、こちらを眺めている数名の生徒が視界に入った。その内の一人が「気がついて」と言わんばかりに飛び跳ねながら大きく手を振っている。青江珠樹だ。
「……珠樹じゃねーか。あいつここの生徒だったんか」
どうりで制服に見覚えがあるはずだと得心がいった時。再び珠樹が真輝に向って大声で叫んできた。
「そっち行くから、ちょっと待っててーーっ♪」
珠樹の声が恐ろしく嬉々としている事に、真輝は嫌な予感を覚えた。だが、珠樹のあの猛ダッシュから逃げる為には自分も走らなければならない。このクソ暑い最中に汗をかく事だけは避けたくて、真輝は日陰に移動すると、珠樹が来るのを待つ事にした。
*
学校からの帰り道。深海志保はとある学校の前で立ち止まった。
「何かに呼ばれた様な気がしてつい他校へ来てしまったんだけど……」
学生鞄を担ぐようにして持ち、チェックのスカートと茶髪を風に靡かせながら、志保は校門に掛けられた大理石を眺めた。そこには『私立 聖蘭学院高等部』と彫られている。聞いた事の無い校名だった。
何気なく校内を覗き見ると、校門から校舎までの道は総レンガ造り。両脇に作られた花壇には手入れの行き届いた植物が植えられていた。
「ここって本当に学校なの?」
こんな所にこんな素敵な学校があるなんて思わなかった、と志保は思わず瞳を輝かせる。
高校受験の時にこの学校を知っていたら、迷わず希望校の一つに加えていただろう。視線を遠方へ向けると、まるで外国映画にでも出てきそうな趣のある校舎が視界に入って、芸術鑑賞をこよなく愛する志保の好奇心を疼かせた。
「入ってもいいのかな?……まっいっか、お邪魔しまーす」
志保は他校だからと臆する事もなく、ケロッと言い放つとそのまま足を進めた。
夏休み中という事が功を奏し、志保は誰に咎められる事も無く、すんなりと校舎の入り口付近まで辿り着くことが出来た。
どこか不思議な感じのする学校だった。何が不思議かと言われてもよく解らないのだが、自分の学校には無い雰囲気を持っている。それだけではない。一歩足を踏み入れたときから思っていたのだが、何か、人外の者がこの敷地内に居るような気がするのだ。
悪意は無いように思えた。ただ純粋にこの場所に居る事を楽しんでいるような……。
「こういう学校に居る霊だったら、見てみたい気がするわね。中世のドレスとかを着て優雅にお茶を飲んでいそう」
志保は霊感は強いが、霊を見る事は出来ない。
その事を少しだけ残念に思いながらも、中世の幽霊が優雅にお茶なんて、まるでどこぞの遊園地にあるお化け屋敷みたいだと、志保が想像に耽っていた時だった。
「やっほーー♪ まきちゃん。グッドタイミング〜♪」
「うおっ! なんつー格好しとんだお前」
そんな声が聞こえてきて、志保は何気なくそちらへ顔を向けた。
校舎の入り口に小柄な人物――たぶん男性――が立っている。私服を着ているから、恐らくは教師なのだろう。そして、その小柄な人物に駆け寄る女の子。
志保は、その女の子が制服ではなくどこぞの民族衣装を身に纏っているのを見ると、思わず瞳を見開いた。
「何事? 学校じゃなくて民族博物館か何かなの? ここ」
思わず呟くも、校門には確かに『聖蘭学院高等部』と看板が掲げられていた。幽霊の事を考えていたからこんな幻覚をみているのか? と一瞬志保は考えたが、彼らからは微塵の霊波も感じられない。
何故学生が奇妙な服装をしているのか、志保には直ぐに理解できなかった。それでも、何か楽しい事が起こりそうな予感を胸に、志保は暫く二人の様子を窺う事にした。
*
「やっほーー♪ まきちゃん。グッドタイミング〜♪」
「うおっ!? な、なんつー格好しとんだお前」
珠樹に屋上から声を掛けられて数分後。真輝は昇降口から現れた珠樹を見るや否や、驚きの声を発した。
何と珠樹は、くるぶし辺りまであるロング丈の茶色いドレスを身に纏っていたのだ。このクソ暑い中、不思議な形をした長いケープを羽織り、腰には金のチェーンが緩めに巻きつけられている。そして一番不可解なのが、珠樹の右手に握られた長いロープだ。
真輝は思わず上から下まで珠樹を凝視すると、呆然としたまま言葉を放った。
「……仮装大賞にでも出るんか? オイ」
その言葉に、珠樹は自虐的な笑みを浮かべて真輝からふいと視線を逸らす。
「これはマリョルカ島の民族衣装……」
「何処の島だそりゃ!」
「さぁ? 私地理苦手だし。地球のどっかにある島なんじゃない?」
「…………」
校舎が校舎なだけに、珠樹の服装が妙にその場に馴染んでいるから恐ろしい。こんな格好で校内を歩いて、よく教師に咎められないなと真輝は半ば呆れながら珠樹を眺める。珠樹はそんな真輝へと満面の笑顔を浮かべて言葉を紡いできた。
「そんな事より! 今からお茶会するんだけどね。丁度良いから真輝ちゃんも参加しない?」
「断る!」
真輝は間髪入れずに珠樹の言葉へ返した。
珠樹の格好からして、間違いなく普通のお茶会ではない。しかも冷房の無いクソ暑い校舎の中でお茶を飲むなんぞ、真輝にとっては言語道断。
「俺にはクーラーのきいた自宅で惰眠をむさぼるっつー大事な予定があるんだよ! じゃぁな!」
言うが早いか、真輝は珠樹の返事を待たずに踵を返すと校門へ向って歩き出した。
――だが。
「……ここで会ったが百年目」
「は?」
背後から聞こえてきたどす黒い声に、真輝は思わず振り返った。
見ると、珠樹がその場に佇んでニッコリと微笑んでいた。が、明らかに目が笑っていない。折角見つけた獲物を逃がしてなるものかとでも言いわんばかりの、肉食動物のような目だ。
「ウチの学校、クーラーは無いけど一箇所だけすっごい涼しい場所があるのよ。それはもう北極のようにね」
「……な、何かキャラかわってねーか? 珠樹」
珠樹の豹変ぶりに、真輝は思わず一歩後ずさりをする。すると、珠樹は「そんな事ないよ♪」と言いながら、真輝へ一歩詰め寄ってきた。
「私だけ、部長に言われたミッションをクリアしてないんだよね」
また部長に苛められると覚悟してたんだけど、ほんっとにグッドタイミング♪ そんな言葉を呟きながら、珠樹は手にしていたロープを力いっぱい引っ張り始めた。
「……まさかそのロープで俺を捕獲しようとか考えてんじゃねーだろーな」
「捕獲なんてとーんでもない! 真輝ちゃんがすんなりお茶会に来てくれたら縛ったりしないよ♪」
「縛るつもりで持ってきたんかその縄!!」
「備えあれば憂いなしって昔の人の格言にあるじゃない。大丈夫! 着替えが必要だけどすっごく優雅で涼しいお茶会だし、真輝ちゃん質は良いんだから、仮装しても絶対似合うって♪」
「んな質はいらん!」
「真輝ちゃんに要らなくても、私には重要なのよっ! 大人しくつかまりなさーいっ!」
と、二人がトムとジェリー並の会話を繰り広げながら、追いかけっこをはじめようとした時。
「仮装パーティーやってるの?」
ふと声をかけられて、真輝と珠樹は二人同時に声のした方へ視線を向けた。
いつからそこに居たのだろう。一人の女生徒が二人の様子を楽しげに眺めている。深緑色のチェックのスカートに白いブラウス。聖蘭の制服はエンジ色だから、間違いなく他校の生徒だ。
珠樹は少女へ向き直ると、軽く右手を横に振った。
「あ、違うの。仮装パーティって程のものじゃなくて……ちょっとしたお茶会?」
「ふーん? てっきり仮装パーティなのかと思ったわ」
それを聞いた珠樹は、突然煌びやかな笑顔を浮かべながら少女の両肩を叩いた。
「ねね、アナタ暇だったらお茶会に参加ない!? 今なら好きなドレスとか着られるしっ♪」
「本当!? 面白そうじゃないっ。私めちゃくちゃサリーを着てみたいんだけどっ!」
「よし決まりっ! んじゃ二人とも着替えするから私について来て!」
「って俺は行くなんて一言も言ってねーだろ!」
「ごちゃごちゃ言わないの! ほら行くよー♪」
珠樹の中で、真輝は既にお茶会に参加する事になっていたらしい。珠樹は二人の手をむんずと掴むと、意気揚々と校舎の中へ入っていった。
■ 午後のお茶会 ■
「うっわぁ! 素敵!」
着替えを済ませ、紫紺色のサリーを身につけた志保は、屋上への扉を開くと思わず歓声を上げた。
屋上のいたるところに花壇が設けられ、そこには今が盛りとたくさんの草花が咲き誇っていたのだ。
見ると花に囲まれた一角には、仮設と思しき東屋が設けられている。恐らくはこのお茶会のために設営されたものだろう。東屋の中央には大きな円形テーブル、その上には茶器やお菓子が大量に乗せられていた。
「学校の屋上に庭園なんて初めて見た! しかもすっごい奇麗に手入れされてる。うちの学校とは大違い!」
これも芸術だよね! と志保はひとしきりはしゃぎまわると、花壇へ駆け寄ってその場にしゃがみこんだ。志保の目の前には、甘い香りを放つラヴェンダーが植えられている。その香りを思い切り吸い込むと、志保は思わず満面の笑みを零した。
「高等部の校舎は3階建てだし、それほど高くはないから、屋上に入る事を許可されているのよ」
そう言いながら志保に続いて屋上庭園へ入ったのは、黒いチャイナドレスを着た東郷あきねだった。あきねは手にしていたクーラーボックスをひとまずテーブルの上に置くと、志保へと顔を向けた。
「ちなみに手入れをしているのは園芸部」
「そうなんだ。確かに屋上に入っちゃダメだっていう学校もあるわよね」
「みたいね。折角入れるのなら屋上を庭園みたいにしちゃいましょうって、随分昔の生徒会が先生に申請してこの庭を造ったらしいんだけどね」
志保はあきねの言葉を聞きながら、ふと脳裏に過ぎった疑問を言の葉に乗せる。
「そういえば、あきねさん達って何部なの? 演劇部か何か?」
どこぞの民族衣装やらサリーやらを簡単に入手出来る部活など、演劇部くらいしか思い浮かばない。仮装と納涼を兼ねてお茶会を開く事になったのかな? とそんなことを志保は想像する。だが、志保の問いにあきねは苦笑を零しながら、首を横に振って返してきた。
「新聞部……ではあるんだけどね。何ていうか、何でもアリな部かな」
「新聞部なんだ。じゃ、この衣装はどっから持ってきたわけ?」
「女子の衣装は全員演劇部から借りたけど、男子は流石にサイズが合わないから私が即席で作ったの。部長命令で」
「凄いじゃない。自分で洋服を作れるの?」
驚いて目を丸くしている志保に、ふふと笑いながらあきねが告げてくる。
「部長が少し変わっていてね、仕方なく……と言いつつ、私自身ちょっと楽しかったけどね」
「でも仮装してお茶会するなんて面白いじゃない。念願のサリーも着られたしっ、部長さんの出した企画に感謝しなきゃね!」
志保は立ち上がると、鼻歌交じりで東屋に居るあきねの傍らへ歩み寄った。薄い生地が夏風に揺られて、その感触が何とも心地良い。
「……企画か……ふむ」
突然何かを考え込んだあきねに志保が「なに?」と首を傾げる。すると、あきねが志保へ温和な笑顔を向けてきた。
「志保さんが企画とか言うから、面白い事考え付いちゃった」
「どんな」
「まだ内緒。そんな大した事じゃないけどね。一応部長の許可をわないと、後が怖いから」
「何か面白そうな部長さんね。会ってみたい」
「全員支度も済んだし、そろそろこっちに上がって来るんじゃないかな、ほら。第二陣も来た事だし」
あきねは言いながら屋上の入り口を指差した。志保がそれを追って視線を向けると、先ほど昇降口で出会った二人が、着替えを終えて庭園までやってきたところだった。
「ね、志保さん。良かったらお皿並べるの手伝ってくれる?」
「もちろん!」
あきねの問いに、志保は当然とばかりに頷くと、テーブルに重ねられていた食器を手に持った。
*
「一応ちゃんと紹介しておくとね」
東屋に設置されたテーブルに全員が集まると、珠樹が志保と真輝を交互に見遣りながら部員紹介を始めた。
「そこで態度でかそうに座ってる金髪が、部長のユーリィ・ウィンター。今アイスティー配ってるチャイナ服が衣装担当の東郷あきね。んで、女装が一番似合ってないっていうか、かなり不気味なコレが設営とお菓子担当の磯谷太郎先輩。そして最後に、この私がお客様捕獲担当の青江珠樹でっす!!」
よろしくー♪ と笑顔満面、ピースをしながら珠樹が言う。すると、正面に座ってアイスティーを飲んでいたユーリィが、足を組んでテーブルに肘を突いたまま、エンジェルスマイルを珠樹へ見せた。
「青江にしては上出来だよね。数時間前まで人捕まえられなかったって聞いてたけど、頑張ったわけだ?」
「当然っ! 『ミッションクリア出来なきゃ一人で後片付け』なんてゆー罰ゲーム聞かされたら死に物狂いで連れてくるよ!」
この東屋をどうやって一人で解体すんのさ! と珠樹が鼻息を荒くしながらふんぞり返る。
「っつーか俺等はその罰ゲームの為に狩られた獲物なんか!?」
「そうでーっす♪ ていうか何でウチのガッコに居たの? 真輝ちゃん」
今更だけど、まさか自分から狩られに来たとか言わないよねと告げる珠樹に、真輝はドンとテーブルを叩きながら大声を張り上げる。
「俺は仕事だっつーの! 私学の家庭科教師部会!」
「ふーん。私、先生達もてっきり夏休みなのかと思ってたよ」
先生って大変な職業なんだねーと、あまり感情のこもっていない口調で珠樹がそんな事を言う。すると、それまで我関せずと屋上庭園を見渡していた志保が、唐突に全員へと質問を投げかけてきた。
「ねえ、一つ聞いて良いかな」
アイスティーを配り終え、ようやく席についたあきねが志保の言葉に首を傾げる。
「なぁに?」
志保はストローでグラスの中の氷をかき回しながら、一度真輝と太郎を眺めた後で問いを続ける。
「なんで男の人たち全員女装してるの?」
その質問に、あきねと珠樹が顔を見合わせながら噴出した。
百歩譲っても女顔とは言い難い太郎は、見るに耐えない足を隠す為にロングドレスを身に纏っている。が、両袖から覗く腕は明らかに男性のものだった。
あきねと珠樹が笑っているのを尻目に、太郎は手際よく大皿に大量のスコーンを乗せて行く。
「ユーリの趣味だ。……っつーか『俺たち』って、女装してるのは俺だけだろ?」
目が悪いんじゃねぇのか? と志保の言葉に太郎が眉間に皺を寄せながら返す。すると、珠樹が笑いながら真輝の肩をポンポンと叩いて、
「それが実は違うんだな。ね〜、真輝ちゃん♪」
と、全員に真実を暴露し始めた。
真輝ほど姫ロリ純白ドレスが似合う男性も珍しい。当然真輝を女と勘違いしていた太郎は、珠樹の言葉を聞くや否や、ぎょっとした表情で真輝を凝視した。
「は? お前女じゃねぇのかよ!? え? これが男!!?」
女装をさせられ、挙句の果てには性別まで勘違いされた真輝は、こめかみに青筋を立てながらビシリと太郎を指差して反論する。
「悪かったな女顔で。っつーか、お前こそ人の事言えた格好か!」
「うるっせぇよ。好き好んで女装してるわけねぇだろが!」
「大体男が女装っつーなら、何であの部長だけ女装してねーんだ!?」
「なんでって、そりゃ奴が……」
部長だからだ、と言おうとして太郎は固まった。
部長だから女装しなくて良いというのは理不尽過ぎないか。お茶会だけならともかく、この妙ちくりんな格好は、元を正せば『男性全員女装♪』とのたまったユーリィが元凶だ。それに漸く気がついた太郎は、ギンッと殺気立った視線をユーリィへと向けた。
一方ユーリィはといえば。真輝と太郎を思い切り無視して志保との会話を楽しんでいた。
「美しいお嬢さんだね。良ければ名前を教えて頂けないかな?」
ユーリィは椅子から立ち上がって志保の傍らまで歩み寄ると、志保の手の甲へキスでもしそうな勢いで口説きはじめていた。
志保は、先ほどあきね達に質問をした事などすっかりさっぱり忘れているのか、物怖じすることなくユーリィに笑いかける。
「部長さんって言うからどんな人かと思ってたんだけど、同学年の外国人見るのって初めて! 私は深海志保。よろしくね〜♪」
「ボクはユーリィ。紫のサリーがこれほどまで似合うお嬢さんも珍しい。キミに逢えて光栄だよ」
エンジェルスマイルを撒き散らしながら、ユーリィがサラリと自らの金髪をかき上げる。
「むさっ苦しくて暑っ苦しいのが一匹紛れているけれど、キミは気にせず好きなだけ飲んで食べて騒いでくれて構わないよっ。どうせ部費だからね♪」
HAHAHA! とユーリィの笑い声が周囲に木霊する。それを聞いた太郎は、ギロリと殺気立った視線をユーリィへ向けた。
「……ちょい待てや、その『むさ苦しくて暑苦しい一匹』ってのは俺のことか、ユーリ」
「他に誰がいるのさタロー。自分の醜い姿を鏡に映して見てごらんよ。鏡が腐るから」
「こんな妙ちくりんな茶会を開いたのはオメーだろーがコルァ!!」
怒りで巻き舌口調になっている太郎。そんな太郎をフフンと太郎を鼻であしらいながら、ユーリィはふと空を見上げた。
時間にして丁度14時をまわったところだ。照りつける太陽は容赦がなかった。その上、太郎の格好がむさっ苦しいだけに不快さは二割り増しである。
「ていうかホント暑いよね。いっそのこと霊風でも吹かせてみようか」
唐突にそう言ったユーリィに、志保が首を傾げる。
「冷風?」
ユーリィはクスッと小悪魔のような笑顔を見せると、一度だけ指をパチンと鳴らした。
それと同時に、一陣の風が吹き抜けて行った。先ほどまでの熱気を帯びた風ではない。秋風のようにひんやりとしたそれに、真輝がふと顔を上げる。
「お? 何か急に涼しくなったよーな気が」
「でもなんか……悪寒がするんだけど……」
涼しさに一心地ついている真輝に対し、珠樹は何故か青ざめている。
霊風と冷風――漢字にしなければ解らない同音異義語。
志保は突然涼しくなった周囲に視線を走らせる。目には見えないが、この屋上に霊的なものの気配を感じたのだ。意識を研ぎ澄ましてみるが、やはり悪意は感じられない。
志保がチラリとユーリィを眺めると、不意にユーリィと目があった。ユーリィは口元に人差し指を当てると、「内緒だよ?」とでも言うように、志保へエンジェルスマイルを向けてくる。どうやらユーリィは、志保の霊感体質に気付いているようだ。
「……この部長さんナニカとてつもなく人間じゃないような気がするんだけど」
だから呼ばれた気がしたのかな? と独り言のように呟いて、志保はユーリィに「了解♪」と軽く手を振って返した。
*
「しっかし何で真夏に茶会なんぞ開こうと思ったんだ?」
テーブルの上に大量に乗せられたお菓子を眺めながら、三杯目のアイスティーを片手に真輝がそんな事を呟いた。
今まで気付かなかったが、今座っている東屋は仮設で作られたもののように思えた。多分このお茶会のために用意したのだろう。お菓子はケーキやらスコーンやら手の込んだものが多く、アイスティにもさりげなくミントの葉が添えられている。部長を除く男子が女装……とは言っても、ドレスが太郎の体系にジャストフィットしているから、衣装担当の東郷あきねが採寸して作ったのだろう。
何故そこまでして茶会をする必要があるのか。開くにしても、もう少し涼しくなってからにすれば良いのにと真輝は思う。
すると、真輝の言葉にユーリィが笑顔を浮かべた。
「汗水たらして頑張った事は、何年経っても覚えてるじゃないか。夏休みだからって何もしないのはつまらないし? タローはむさっ苦しいけど家事が好きだし、あきねはゴスロリ趣味だけど裁縫得意だからね。珠樹は走る事しか脳無いけどそれも立派な特技。で、全員の能力を総括して出来る事を考えたら、お茶会だっただけの事だよ」
「……なんだ。単に根性が捻じ曲がってるだけの部長なのかと思ったら、違うんだな」
部長は部長なりに色々と考えてこのお茶会を開いたのかと、真輝は思わず感心する。
確かに全員が一致団結して一つの事を成し遂げるのは良い事だし、善し悪しは別として、一生ものの思い出として残る事だってある。何年か経てばこの奇妙なお茶会も、笑い話の一つになるのだろう。
「この女装はどうかと思うが、実は良い部長だったんだな……」
部長自らが部員達の特技を把握して開いたお茶会だったのかと、真輝は先生口調でしんみりと呟いた。だが――
次の瞬間、ユーリィは手にしていたグラスを揺らしながらフフンと鼻で笑った。
「なーんてね。ボクがそんな事思うわけ無いじゃん」
「……は?」
「ボクがお茶を飲みたかったからお茶会を開いただけで、意味なんて無いね。暑かろうが寒かろうがそんなことボクには関係ないし? 部員たちが部長の為に奔走するのは当っ然じゃないか。ねぇ皆」
「………………」
世界の中心は自分だとでも言わんばかりのユーリィの態度に、真輝は思わず唖然とする。
他の部員達はユーリィの我侭には慣れているらしく、太郎と珠樹はユーリィの言葉を完全無視。あきねに至っては「いつも突拍子の無い事をしてくれるから、面白いのよね〜」と微笑んでいる始末だ。その横で、部外者の志保は我関せずと学校新聞を読みふけっている。
ここにはまともな思考回路を持つ人間が居ないのか!? と真輝が心の中で突っ込みをいれた時。
「ていうかキミ、中々筋がよさそうだと思ったんだけど、『男』だったんだ」
ふぅん? と意味深な笑みを浮かべながら、ユーリィは瞳を細めた。
からかい甲斐のありそうな人物を見つけると、とことんからかいたくなるのがユーリィの性分らしい。ひとしきり我侭放題な事を言ってのけると、ユーリィは矛先を真輝へと向け始めた。
「なんだろうね、ここまで女装が似合うのに勿体無いよ。本当、残念だな」
わざとらしく溜息を零しながら、ユーリィは頭を左右に振って溜息を零している。
話題を振られた真輝は、手にしていたグラスをテーブルに置くと、ピクリとこめかみに青筋を立てた。
「成る程……イイ根性してやがる。俺に喧嘩売ってタダで済むと思うなよ。破産するくらい食ってやる!」
言うや否や、真輝は目の前に置かれていたスコーンを手に取ると、猛烈な勢いで口へと放り込んだ。それを見た珠樹が思わず真輝に向って大声で叫ぶ。
「ああ”っ! ちょっ、まっ! 真輝ちゃんそれは……!!」
「んぁ”?」
珠樹の声に、その場に居た全員が真輝へと視線を向けた。
真輝はいきなり全員からの視線を浴びて、何事かと周囲を見渡し……スコーンをごくりと一口飲み込んだ。瞬間。
「……って何じゃこりゃ!?」
バリウムとポン酢とハブ酒が混ざり合ったような、この世のものとは思えない不気味な味が口の中で広がって、真輝は咄嗟に近くにあったアイスティーをひっつかむと、一気にそれを飲み干した。
ユーリィは心底楽しそうな笑顔を浮かべ、珠樹は哀れみをこめた瞳で真輝を眺めている。
「部費から出してるんだから、破産するわけないじゃん。ちなみにそれ作ったのタローでボクじゃないからね」
「ふん。俺が精魂込めて作った闇スコーンだ。不味いだろう」
「威張るな!」
とりあえず人体に害のあるものは入れてねぇから安心しろ、という太郎の言葉を、真輝は怒鳴り声で押し留める。
暑かった上に女装をさせられ、挙句の果てが闇スコーン大当たり。部会があったばっかりに人生最大の厄日に遭遇した真輝は、怒りの矛先をどこへ向けたらいいのか束の間考え、そうしてギロリと殺気立った瞳を珠樹へ向けた。
「……珠樹」
その声にただならぬものを感じた珠樹が思わずたじろぐ。
「へ!? な、なに?」
「今度ぜってー仕返ししてやるから、覚えとけよ……」
「な、な、なんでイキナリ私なのさっ!?」
「やかましい! もとを正せばお前が俺をここに呼んだんだろーが!」
「それを言うなら変なミッション作った部長のせいでしょーーっ!?」
聖蘭学院高等部――。部会があろうが無かろうが、この先二度と足を踏み入れる事は無いだろう。
そんな決意が真輝の中にふつふつと湧き起こる。それを知ってか知らずか、今までずっと呑気な笑顔を浮かべながら全員のやり取りを見ていたあきねが、唐突にパンパンと両手を叩いて楽しそうに言葉を放った。
「はーい。そこまでそこまで、皆落ち着いて注目〜♪」
その声に、全員が無意識にあきねへ視線を向けると、
パチリ♪
という小気味の良い音が響き渡った。いつの間にか、あきねは愛用のカメラを手に全員の様子を写真に撮っていた。
「うふふふ〜♪ 校内新聞用の写真ゲット〜♪」
「「「……は?」」」
あきねの言葉に、真輝・太郎・珠樹の三人が凍りつく。だが、そんな三人をよそに、あきねは至極楽しそうな笑顔を浮かべながらユーリィへと言葉を紡いだ。
「ねえ部長。このお茶会の事、校内新聞に載せて良いかしら?」
「「……なっ!!」」
既に珠樹は諦めの境地に入っているらしい。だが、女装させられている太郎と真輝にとっては死活問題だ。自分達のあられもない格好が、全校生徒の目に触れるなど言語道断。
だが二人が口を開くよりも前に、ユーリィはあきねに笑顔を向けながらこう言った。
「あきねの好きにして良いよ。どうせなら一面飾っても良いからね。むさっ苦しいタローと美少女な他校教師。それに仮装してる他校の生徒。面白いじゃん」
志保は、屋上へ足を踏み入れた時にあきねから聞いた言葉を思い出すと、思わずポンと手を叩いた。
「あ、もしかして、さっきあきねさんが言ってた『面白い企画』ってコレの事?」
志保の言葉に、あきねが満面の笑みを浮かべる。
「ええ♪ さっきの部長の言葉じゃないけど、折角だから記念にと思ってね。志保さんと嘉神さん。何か意気込みとかあったら聞かせてくれると嬉しいんだけど♪」
既に校内新聞掲載を決め込んでいるあきねに、真輝と太郎が食って掛かる。
「意気込みなんざあるかーっ!! っつーか人権侵害で訴えるぞコラ!」
「あきねテメェ! 俺の女装を新聞に載せたらただじゃおかねぇからな!!」
「……いいじゃないの。部長の許可も下りたし」
何をそんなに嫌がっているのよ。と、二人の猛攻撃が理解できないとでもいう風に、あきねは瞳を瞬かせる。その横で、珠樹は一人紅茶を飲みながら自虐的な笑みを浮かべた。
「……ていうか、その記事書くの私? すっごい嫌なんだけど」
「まあ楽しいからいいんじゃないの? 1回ぽっきりの高校生活だし、皆で一緒に騒ぎますか!」
言いながら、志保はユーリィと一緒になって「あはは♪」と楽しそうに笑っている。
とことんマイペースな志保に「どこが楽しいんじゃ!」と、あきねとユーリィを除く全員が突っ込みを入れたのは、それから数秒後の事だった。
<了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【2227/嘉神・真輝(かがみ・まさき)/男性/24歳/神聖都学園高等部教師(家庭科)】
【6683/深海・志保(ふかみ・しほ)/女性/16歳/高校生】
*
【NPC/ユーリィ・ウィンター/男性/620歳/高校生?】
【NPC/青江・珠樹/女性/16歳/高校生】
【NPC/東郷・あきね/女性/16歳/高校生】
【NPC/磯谷・太郎/男性/17歳/高校生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、綾塚です。
この度は「お茶会をしよう!」にご参加下さいまして有難うございました。
ノリと勢いで書いた話ですので、突っ込みどころ満載なような気も致しますが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。ちなみに新聞部の部員はもう何名かおりますが、都合により割愛しております(笑)
深海・志保 様
初めましてです。
恐らく誰が何をしていても、決してマイペースを崩す事の無いPC様なのだろうな、と思いながら書いておりました。新聞を読んでいる姿が、どうしても通勤電車で新聞を広げているサラリーマンと被ってしまい……イメージが崩れてしまったらすみません(汗)
それではまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。
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