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■玩具のお医者さんと花街巡り?■

清水 涼介
【1252】【海原・みなも】【女学生】
「困りましたねえ……一人じゃ面白くないんですけど」

 玩具屋『落葉のベッド』の店内でううんと唸る人影が。
店主らしきその人影は先程から何やらお悩みの様子だ。

「新宿巡りと言っても私、あまり都会に明るくないのですよね……」

 それがこの新宿に居を構えている者の言うことか。
 ともあれ、彼は一緒に新宿(歓楽街)巡りをしてくれるお相手を募集中らしい。
そこへ、また絶妙なタイミングで扉が開く。

 ――からんころん。

 「ああ、丁度良かった。実は……」
『玩具のお医者さんと花街巡り?』

“玩具屋 落葉のベッド”
そう書かれたブリキの看板は、客を快く迎えようという誂えにはなっていなかった。
どちらかというと「客は来なくてもどうにか商売できているので結構です」と言われている感がある。
ただちょっと通りがかっただけ、では簡単に入れない空気を醸し出している玩具屋が
海原みなもの前にでーんと構えていた。そう《構えていた》としか言えない。

「いつの間にこんなお店ができたのかしら」

みなもはその時バイトから家路につく途中であった。
帰り道に通るだけの新宿。人混みを茫と歩いていたら、見覚えのないところに来て初めて慌てた。
どうしようと辺りを見回すとなんてことない。先程まで歩いていた道はよく知った道。
後ろをひょいと戻ればいつもの道に戻れる。習慣で歩いていたせいか、ふとした拍子に入ったことの無い裏路地を歩いてしまったらしい。
それでひとまず解決したのだが、そこから先の回答は無かった。
つまり目の前にあるこの玩具屋が一体いつの間に出来ていたのか……とか。

「随分前からここ通ってるけど……こんなお店あった?」

どう見ても古くからある様子の玩具屋。
覗き窓になってる磨り硝子は、中の様子が全く見えない。辛うじて中に人がいるだろう雰囲気だけがみなもの視界に映る。
なにやら先程から店内にいる人間はあっちへウロウロ……こっちへウロウロ……。

「悩み事かしら……あのう……」

――からんころん。

困っている人がいる、という状況を黙って見過ごせない性格が災いしていつも面倒事に巻き込まれる。
だというのに、みなも自身はそれを面倒事と認識していないことが大概だった。
今回もそのパターンに上手く嵌っていることに当の本人は気付いていない。
円やかな音を立ててドアベルと共に軋む扉を潜ると、そこに居たのは。

「ああ、いらっしゃい。丁度良かった」
「え?あ、ええっと……」

……アルバイトかしら?
そう思わせるに十分な背格好の青年が一人いたきり。ちら、と店内を見回してもそこにあるのは玩具がずらっと並んでいるだけで、人影はこの青年だけだった。
黒の作務衣に前掛け、ジーパンという動きやすそうな格好。髪の毛は今時の男子らしくウルフカットにしていたが、色は日本人特有の漆黒であった。
人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて、こちらにつつーと寄ってくる。

「な、何ですか?」

あまりにも自然な動きに、客であるはずのみなもの方がたじろいでしまう。

「あ、これは失礼。私ここの店主をしております。落葉……と申します」
「店長さん?!」
「はい」

ついバイトの習慣から店長という言葉を選んでしまったが、問題はそこではない。
童顔……だとしても落葉の見目は18、9がいいところであって、下手したら自分と同世代くらいにしか見えない。
これで店主だということにみなもは素直に驚きの声を上げる。
そんな態度は何百回と見てきたと言わんばかりに、落葉は笑顔で頷いた。

「いきなりで悪いのですけど、お客さんに頼み事があるんですよ」
「は、はあ……」
「あのですね――」

珍妙な店主の言う頼み事は実に簡単なことだった。
新宿を散策したいのだが、一人で歩くのもなんだし相手をして欲しいというのだ。
いかがわしい類の店に入るらしいことも含ませていたが、困っているということだから……と
みなもは一つ返事で引き受けることにした。

「私で良ければ……でも、私もそんなにこの辺り詳しくないですし、ガイドブックとか無いんですか?」

詳しくない事を知ったかぶりで案内するのは良くないだろう。
そう判断して、みなもは落葉に何か案内の指標となるものはないかと訪ねる。

「有り難い。お客さんはいい人ですね。……あ、はいはい。ガイドブックとはこれのことかな?」
「?」

落葉は、まるでガイドブックという言葉自体言うのも慣れてないといった感じだ。
彼がみなもの言葉を受けて持ってきたのは、新宿の駅前でよく配られている無料のクーポン雑誌だった。
確かにこれならば地図も載っているし、今のお勧めスポットとやらも沢山紹介されているから丁度良いかもしれない。

「じゃあこれを持って行きましょう。あ、でもその前に」
「はい?」
「あたしの名前をまだ言ってませんでした」

散歩を共にするのに名前も呼べないのでは困る。
そう思っての発言だったのに、何故か落葉にはこれがおおいに《ウケた》ようだ。
くすくすと口元に手を当てて、爆笑になるのをどうにか堪えている風な失礼な態度に
流石のみなもも怪訝な顔を隠せない。

「あ、いやいや。失礼。自己紹介は必要ですよね。どうです、歩きながら……というのは」
「はあ……」

促されるまま、みなもは落葉と並んで新宿の街並みへと溶け込んでいくのだった。



「海原みなも、さん。よいお名前ですね」
「そう、ですか?」
「はい、海の綺麗な音を全部集めたような。よい響きです」
「そ、そうですか……何だかそこまで褒められると……照れ、ます」

落葉は迷子になっては元も子もない、と歩き出すなりみなもの手を引いた。
そこからかれこれ二十分はそうして歩いている。人混みの中でカップルを見かける度に、
ついさっきまでは「彼氏とデートって良いなあ……」なんて年頃の少女らしい淡い想いを抱いていたみなもも、
実際こうして手を繋ぎながら歩いていると、理想と現実のギャップというやつを痛感してしまう。
落葉が本当に好きな人なら別なのだろうが、とにかく今は歩きづらいことこの上ない。

「あの、あの……落葉さん」
「はい?」

しかし落葉の好意を無下にすることも出来ずに、とにかく話をしよう!とみなもは足早に歩く落葉に声をかけた。
背丈はみなもの方があるはずなのに、どうしてだか落葉の歩幅の方が大きいらしいのだ。
必然、みなもは引っ張られている形になる。

「どこに行くんでしょう?……その、あまり遅くなると家族が心配しますし。行く当てがあるなら場所だけでも連絡入れておこうかと思って……」
「ああ、成程。それはそうですね。なに、もうすぐ着きますから親御さんにはそこで連絡を入れましょう」
「はい」

ガイドは任せます、ということだったのに随分落葉の足取りは軽い。
みなもに時折雑誌に載っている地図を見せて現在地を聞いてきたりはするが、どうもこの感じは行きたい所があるのに地図が読めないから案内してくれ……という方がしっくりくる。

「あのう……」
「はい?」

再び落葉が振り返る。にっこりと崩れない微笑は時間が経つごとに人形なんだか人なんだかというくらい均一で偽物めいているが、みなもが歩きづらそうにしているとそのスピードを調整してくれたりするところが憎めないというか……。今時の男の子にしては気が利くというか。

「もしかして、落葉さんて地図が読めない……んですか?」

その人が良さそうな笑顔に勇気を貰って――正しくはアテにして――みなもは思い切って聞いてみることにした。

「…………」
「あ、ご、ごめんなさい……あたしったら」
「やー、バレましたか?」
「は?」

長い沈黙に思わずしまった!とみなもは謝罪を口にしたのだが……。
落葉は全くそんなこと気にも留めてない。どころか、コロコロと笑い出してしまった。

「本当はねえ、此処に来たかったのですけど。仰るとおり私は自分の店以外周囲に頓着しませんもので……。折角友人が開いた店だというのに開店からもう半月も来られず仕舞いで……」
「こ、ここですか?!」
「はい」

事の次第を説明しながら落葉が開こうとした、その店の扉には紫色のネオンが神々しいまでに光り輝いている。
そちらの方面に疎いみなもが見ても一発で「いかがわしいお店」ということが分かった。
その証拠に、横に掲げられている看板にはみなもが素っ頓狂な声を上げた原因が堂々と書かれている。

「あの……あたしの見間違いじゃなければ、ここ……オカマバー……って」
「はい。俗世間の皆々様の中にはそのような嗜好の方も多いとかで」

そこが問題だとは言っていない。

「あ、あたしまだ中学生なんですけど……」
「ああ」

ポンと手の平を叩いて落葉はにっこりと笑みを深めた。
良かった、流石に中学生をこのような店に連れてきたらいけないという事がこの茫洋とした店主にもようやく理解できたか。
と、安心したのはつかの間だった。

「大丈夫です。まだ正規の営業時間外ですし、お友達と遊びに来ると言ってありますから」
「え、えええっ?!は、入るの?え、待って……待ってください〜」

ついさっき客として知り合ったのに、ここまでの道程でお友達にされてしまったらしいみなもは、
驚きに固まりながら『オカマバー 紫の双子』の店内へと連れ込まれてしまった。

「あら!落葉ちゃんったらこんな可愛いガールフレンドがいたのおっ?」
「このお、浮気ものっ」
「久しくお会いしてませんでしたが、留夫さん剛さん、二人ともお元気そうで何よりです」
「と、留夫さんに……剛さん……?」

(オカ……マさん?にしては男らしすぎるような……)

店に入るなり出迎えてくれたのは、女性……と言うにはちょっと屈強過ぎるオカマが二人。
ムキムキの豪腕を女らしく組み、マッチョな肉体美で惜しげもなく《しな》を作って落葉とみなもを歓迎する。
最初はそのインパクトの強さに絶句したみなもだったが、オカマ二人は見目と裏腹にとても親切だった。

「やっだあ!留夫じゃなくてミーナって呼んでよお」
「私も私もっ。剛は昔のお・名・前。今はキャサリンって言うのお」
「これは失礼しました。紹介します、海原みなもさんです」
「よ、よろしく……お願いします」

引きつるみなもに、オカマ二人の弾丸トークは容赦ない。

「あらあ、やっぱり若い子ってお肌ツルツルなのねえ〜」
「みなもちゃ〜ん、宜しくね?お茶でもいかが?」
「そんなことないですよ……。あ!いただきます」

落葉は悠然と笑みを崩さない。友人ということだったから、慣れているのだろう。
一方みなもは、ミーナに右から質問されるとキャサリンが左からお茶を出してきてくれる……という感じで休む暇もない。
段々とそのテンポが楽しくなってきて、気付いたら二時間もそこでお喋りに興じてしまっていた。

「あ!いけないっ。家に電話しなきゃっ」

気付いた時にはもう22時を過ぎていた。もう出ないと終電を逃してしまう。
青ざめるみなもに、落葉は出会った時と変わらないのんびりさで「落ち着いて」と笑う。

「ミーナさん、キャサリンさん。随分長いこと楽しませて頂きました。そろそろ開店のお時間でしょう?」
「あらあ、本当……。こちらこそ楽しませてもらったわ。みなもちゃん、また来てね?」
「その時は女の子同士、もっとディープなお話しましょうねえ!」
「は、はい。是非!」

名残惜しむ二人から「紫の双子プラチナカード」を半ば強引に押しつけられて、みなもは落葉と共に外へ出た。

「私の我が儘に付き合って頂き、ありがとうございました」
「あ、いえ……あれで良かったんですか?」
「ええ。あんなにお喋りしたのは久方振りでした。彼女達も喜んでいたようですし」
「そうですか……良かった」

ずっと自分だけが喋っていたような気もするが、落葉が満足したというならそれで万々歳だ。
こんなに落ち着き払っているというのに、地図が読めないなんて意外な一面も覗けたし。
楽しい時間を思い返しているうちに、新宿駅にあっという間に着いてしまった。

「あの、落葉さん」
「はい、なんでしょう」
「今度は玩具屋さんの方に遊びに行っていいですか?」
「……はい。玩具が御入用であれば、いつでも」

意味深な笑顔を見せ、落葉は深々とお辞儀する。

「みなもさんのような方なら、玩具達も喜びます」

さようなら、と駅に向かおうとしたみなもの背中にそんな静かな言葉が聞こえて。

「え?」

振り返った時には、既に落葉の姿はそこになかった。



閉幕

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【PC名(整理番号)/ 性別 / 年齢 / 職業】

海原・みなも(1252) / 女性 / 13歳 / 中学生

NPC/落葉

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■         ライター通信          ■
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この度は我が儘な店主に付き合って頂き有難うございました。
ガイドの話が実は……というところも自由にやらせてもらいましたが、如何でしたでしょうか?
またオカマバーにつきましては、プラチナカードを進呈させて頂きます。
存分に楽しんでやってくださいませ(ミーナとキャサリンの弾丸トークがもれなく付いてきます)
それではまたの機会、玩具屋の扉が開きますことを祈って。