|
|
■あおぞら日記帳■ |
紺藤 碧 |
【3492】【鬼眼・幻路】【異界職】 |
外から見るならば唯の2階建ての民家と変わりない下宿「あおぞら荘」。
だが、カーバンクルの叡智がつめられたこの建物は、見た目と比べてありえないほどの質量を内包している。
下宿として開放しているのは、ほぼ全ての階と言ってもいいだろう。
しかし、上にも横にも制限はないといっても数字が増えれば入り口からは遠くなる。
10階を選べば10階まで階段を昇らねばならないし、1から始まる号室の100なんて選んでしまったら、長い廊下をひたすら歩くことになる。
玄関を入った瞬間から次元が違うのだから、外見の小ささに騙されて下手なことを口にすると、本当にそうなりかねない。
例えば、100階の200号室……とか。
多分、扉を繋げてほしいと頼めば繋げてくれるけれど、玄関に戻ってくるときは自分の足だ。
下宿と銘うっているだけあって、食堂には朝と夜の食事が用意してある。
さぁ、聖都エルザードに着いたばかりや宿屋暮らしの冒険者諸君。
あなただけの部屋を手に入れてみませんか?
|
あおぞら日記帳
鬼眼・幻路はチラシを片手に住宅街を歩き回っていた。
何とも不思議なことに、このチラシ、どう考えても幻路の世界とは違う文字で書かれているはずなのだが、何ら不自由することなく読める。このチラシにはオート翻訳機能でもついているのだろうか。
不思議だと思いながらも、ソーンに順応している幻路には、然したる不都合ではない。しばらく歩くうちに、目的の建物を見つけ、幻路は呼び鈴を一度鳴らし、その扉を開けた。
「失礼するでござるよ」
足を一歩踏み入れた瞬間、目の前に広がったのは、20組くらいは一度に食事が出来そうな机が置かれたホールと、厨房を区切るカウンター。
幻路は思わず瞳をぱちくりとさせる。
どう考えても、玄関の見た目からして、中がこんな風になっているとは思い難い。
言うならば、普通の民家の扉を開けたら、中はレストランでした。だろうか。
呆然と立ち尽くしていると、パタパタと足音を響かせて、白い髪の少女が幻路を出迎える。
「お待たせしましたー」
少女は幻路の前でピタリと止まると、ぺこっと頭を下げた。
「『あおぞら荘』というのはこちらでござるかな?」
幻路は確認するように少女を見下ろして訪ねる。
「はい。ようこそ、あおぞら荘へ!」
少女はそんな幻路の質問に、満面の笑顔を浮かべて答えた。
少女の名前は、ルツーセと言うらしく、この下宿を切り盛りしている1人なのだそうだ。
「まだ若いのに大変でござるな」
幻路24歳。ルツーセの見た目はどう高く見積もっても16歳。独り立ちするにはまだ少し早い。
「そんなことないよ。あたし、これでも…っと、なんでもないでーす」
言いかけて止めたルツーセは、たったと数歩先へ行き、一つの部屋の前で振り返る。幻路は、そんなルツーセの様子に、ただ瞳をぱちくりさせるばかりだ。
「どうぞ。部屋の間取りは何処も同じなの」
パチンと鳴らされた指の音と同時に、部屋の扉が開け放たれる。
「おお、面妖な」
忍術とも、奇術師の技にも似た動作に、幻路は楽しげに笑う。
促されるままに部屋の中へと入ると、背中から声をかけられた。
「幻路さんは、この世界へ着て長いの?」
幻路は部屋の中を見回すように視線を動かしながら、徐に手を組んで、語り始める。
「いや、拙者はまだ、この世界に来て間もないのでござる」
ベッドのスプリング具合を確かめ、天上を見上げる。
「その日その日の宿暮らしでござったが、そろそろ、一つ留まれるところをほしいと思っておったのでござる」
白山羊亭や黒山羊亭の依頼をこなして賃金を得ても、数日の宿代に消えてしまう。それに、宿暮らしは、生活するとは言いがたい。
「そっか、なら此処は最適よ。家賃も時価…っていうか、ほぼ自由だし。他の部屋もみんなこの部屋と同じ造りだから、他に調度品が欲しかったら自分で用意してね」
「ほぉ」
一人暮らしには、8畳もあれば充分な上に寝るためのベッドも付いている。風呂やトイレも完全に洋風だが不都合があるわけではないし、これならば完全にプライバシーも守られる。
「拙者もこちらに間借りして良いでござるかな?」
「ありがとうございます!」
ルツーセは大きくお辞儀をしたが、思い出したようにすっと顔を上げた。
「あ、調度品は自分でって言ったけど、内装はオプションで変えられるのよ。本物は見たことないんだけど、畳と布団で暮らすヒトも居るって聞いたから」
「ほう、内装は畳と布団も可能なのでござるな。それはありがたい」
ポロリと口にしただけの言葉に、幻路の眼が輝いたのを見て、今度はルツーセが瞳をぱちくりさせる。
「フローリングやベッドが悪いというわけではござらぬが、畳が恋しくないわけではござらぬ」
そんなしみじみとした幻路の言葉に、ルツーセは合点が言ったとばかりにポンと手を鳴らした。
「幻路さんは、畳で暮らす世界から来たのね」
幻路は「うむ」と頷いて、再度頼み込む。
「できるならば、畳と布団でお願いいたす」
「はーい。了解しました」
ルツーセは、それに呼応するように敬礼の真似事をして、応える。
「っと、部屋、何処にする?」
「部屋割りでござるか?」
頷くルツーセに、幻路はうぅむと考え込み、
「1階はだめでござるかな? 1−1が空いていれば。1階が不可な場合は2−1でお願いいたす」
「どうして、1−1とか、2−1とか? 一番食堂に近いから?」
「いや、大した意味はござらぬ。ただ、数字のキリが良かっただけで」
幻路ははっはと豪快に笑い、ルツーセもつられる様にくすりと笑いを零す。
「確かにキリが言いと覚えやすいかも。それじゃ、部屋の準備してくるから、食堂で待ってて」
「うむ、承知した」
頷いた幻路の確認もそこそこに、ルツーセは廊下の先へと走っていく。
(食堂で待てばよいのでござるよな?)
幻路は腕を組み、むっと首を傾げる。
フローリングを畳に変える作業は、半日くらいはかかる作業のように思える。その間中ずっと食堂で待てというのだろうか。
しかし、ルツーセの言動を思い返せば、何ともその作業が数分で終わりそうな雰囲気に思えて仕方が無い。
戻ってきた食堂は、がらんとして、かなり広く感じる。幻路はカウンター越しに厨房を覗き込み、
「調理場は共用でござったな」
コンロやオーブン、水場の位置などを確かめる。
「確かに共用ですが、朝と夕は用意しますよ」
「!!?」
簡単に背後を取られてしまったことに、幻路は驚いて振り返る。そこに立っていたのは、ニコニコと笑う銀髪の少年――いや、青年。
「いやいやだからルミナスはいいってば!」
早口言葉のように息継ぎ句読点なしで一気にまくし立て、ルツーセに良く似た少年が走りこんでくる。
「お茶。そうだ、お茶でも淹れてよ!」
「はい」
怒涛のように現れた二人も含め、此処へ着てから、驚かされることが多いなぁと、幻路はまるで他人事のように考える。
意気揚々と厨房へとかけて行ったルミナスと呼ばれた青年の姿が見えなくなったのを見計らって、少年ことアクラは、幻路の耳に手を当てると、こっそりと尋ねた。
「あのさ、君、料理できる…?」
「拙者、独り身も長いゆえ、決して本職の方ほどではござらぬが、人並み程度には調理できるでござるよ」
「本当!?」
この喜びようは何だろう。
「人並みで充分だよ!」
アクラは幻路の手を掴むと、ぶんぶん振って、何故だかとても晴れやかな、救われたような笑顔を浮かべている。
「ただ……」
幻路が言い募った瞬間、アクラの顔が一気に険しくなった。
「拙者の元いた世界風の味付けにはなって…しまうで……ござ、るが………」
しかし、開いた口は直ぐには閉じられず、その表情に苦笑いを浮かべつつも、言葉を続ける。が、そんな幻路の苦笑いなど何処ふく風。アクラはその言葉にほっと胸をなでおろした。
「元いた世界風の味付けってどんな味付けなんですか?」
ほんわかした声が聞こえた瞬間、アクラの肩がびくっと震える。声の主はルミナスだ。
「拙者の世界の味付けは……」
キラキラと期待が込められた瞳で見つめるルミナスと、絶対言うなという険しい目線を向けるアクラ。
「…………」
言うべきか、言わざるべきか、迷う。
此処までくれば、誰でも分かるだろう。ルミナスという青年、料理がド下手だという事に。
「幻路さーん。部屋の準備できたよ〜」
掃き溜めに鶴…じゃない、鶴の一声。幻路はばっと振り返る。
「おお、忝いでござる」
時間にして数十分。そんな短時間に、フローリングが畳に変わってしまったことなど忘れて、幻路は逃げるように食堂からルツーセの元へとかける。
「鍵は、必要ないけど、一応渡しておくね」
鍵を受け取り、こそっと食堂を振り返る。アクラの言葉を上手く解釈するならば、料理人が欲しいとも取れる。
「こちらの料理も学ばねばなぁ……」
はっきりと言われたわけではないのに、幻路の心にそんな気持ちが生まれていた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3492】
鬼眼・幻路――オニメ・ゲンジ(24歳・男性)
【異界職】忍者
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
あおぞら日記帳にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
1−1に幻路様のお部屋をご用意させていただきました。少々振り回されているような感じになってしまいすいませんでした。
たまにで構いませんので、この先調理を担当していただきますと、幾分か家賃がお安くなるかと思います(笑)
それではまた、幻路様に出会えることを祈って……
|
|
|
|