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■D・A・N 〜Second〜■

遊月
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
 呪具。力持つ道具。
 それが必要だった。それを求めていた。
「やっと……」
 その先は音にならない。心で呟く。
 呪具を持つ手に力がこもった。
【D・A・N 〜Second〜】



 静かな夜。
 気まぐれに散歩に出た冥月は、ふと見知った姿を視界に捉え、立ち止まった。
(あれは、)
 夜闇の中においてより暗き場所にぽつりと佇んでいるのは、フィノと名乗った少年だった。2度の邂逅を経て、なんだかややこしい背景があるだろうことは感じ取っていたが――。
(また、随分と…)
 ただならぬ雰囲気だ。どこか思いつめた風と言うか、鬼気迫る様子である。
 幾多の死闘を経験した故に、冥月には彼が何か強い想いに囚われてる事が察せられた。
 他人の事情に踏み込んだりする性質ではないが、このまま声もかけずに立ち去って何かあっても後味が悪い。
 ひっそりと溜息をついて、冥月は彼の名を呼ぶ。
「フィノ」
 それに肩を小さく揺らしたフィノは、妙に緩慢な動作で振り返る。
「……あぁ、冥月さんですか。こんばんは」
 淡く――儚げに笑んで、フィノは挨拶の言葉を口にした。しかしその笑顔が作り笑いだと言うことは、二度会っただけの冥月にも容易にわかった。
「散歩、と言うわけでもなさそうだが…何をしている?」
「いえ、少し考え事を……お気になさらず」
「そういう台詞はもう少しマシな笑顔を浮かべて言え」
 切り捨てる様に告げた冥月の言葉に、フィノははっと息を呑み――苦笑した。
「…そう、ですね」
 呟くように返したフィノの手には、布で包まれた何かが握られている。それに視線を落とした冥月は、そこから放たれる妙な力を感じて問いかけた。
「それが原因か」
 声も態度も常と変わらぬ冥月だったが、内心フィノに対して気遣いを向けていた。この少年は普段から容貌も相俟って儚げな印象を受けるが――今は普段以上に儚げで、危うい。
「……………」
 フィノは答えない。
 再び溜息をついた冥月は、一歩フィノに近づく。
 その瞬間。
「っ?!」
 突然フィノの手の内にある物から禍々しい光が放たれ……瞬きの後、周囲の風景が変わった。

◆ ◇ ◆

――…雪。
 雪、が降っていた。
 しんしんと、静かに。
 寒さも、降る雪の冷たさも感じない。そして傍に居たはずのフィノの姿さえ見えない。冥月は戸惑いを隠せず、辺りを見回した。
「ここは、どこだ」
 ほぼ無意識にひとりごちる。フィノが手に持っていたあの妙な力を感じるものが関わっているだろうことは容易く予測できたが、一体どういう状況であるのかさっぱりわからない。
 一面の雪景色。
 ふと、かすかな明かりが冥月の瞳に映った。そして、声。
『兄さん……?』
 それは、間違いなくフィノの声だった。けれど姿は見えない。
『…そう、か。わかったよ、兄さん』
 泣きそうな――それでも無理に明るく在ろうとするような声。
『姉さんと、シエラが居なくて、よかった。……こんな姿は見せられないし、見せたくない』
 どこまでも続く雪原に、赤が飛び散った。誰も居らず、何もないにもかかわらず、広がったそれは――血だった。
『こんなことしか出来なくて、ごめんなさい――』
 寂しげなその声は、降り積もる雪に吸い込まれて、消えた。


『どうして…どうして居ないの!?』

『もう居ない、居ないんだよ姉さん!』

『……あの人が居ないのに。私のあの人は居ないのに。どうして貴方たちには…』

『やめッ…やめてくれっ! お願いだから!!』

『ねえ、さん……。兄さ、を……守れなくて、ごめ…なさ…い…』

『でも……ひとり、には……しないから――』

『…っいやぁあぁぁあ――ッ!!!』

『置いていかないでっ、置いていかないで置いていかないでぇっ! あたしを独りにしないで…っ!』

『……ご、めん…ね。……ぼく、は…きみの、つい……なのに――』

『…“我が、対なる――”』



( ただ なくした いたみ に たえられなかった だけ )
( それだけ だった の に )



「――消えろ…っ!」


―――……かっしゃぁあん。


 何かが割れる音が、響いた。
 鏡に拳を打ちつけたかのように景色がひび割れ、そして砕け散る。
 冷たい何かが冥月の頬を掠め、ついで熱さがはしった。
 元の――雪など降っていない、静かな夜に戻る。
「なんっ…で――」
 苦しげな声が聞こえた。それは地面に膝をついて項垂れているフィノの声。
「『人の心を喰らう』呪具、じゃないのかっ……どうして、こんな…ッ」
 肩が、背中が震えている。――泣いている。
 数歩の距離を縮める冥月にも注意を全く向けない。そんな状態のフィノの正面に膝を落として、冥月は彼をゆっくりと抱きしめた。
「…っ、」
 フィノの身体がびくりと震える。息を呑み、浅く呼吸を繰り返す少年を、冥月はさらに力を込めて抱いた。
 震えの止まらぬ彼の腕がゆっくりと上がり、縋るように冥月の背に回される。
 組織で幼児の面倒を見てた時、悪夢や辛い訓練に泣く子も多く居た。それらの子のあやし方は、泣き止むまで抱きしめ続けること。
 今のフィノもその子らと同じだ。だから冥月は彼を抱きしめる。
 ふと、視界に淡い月の光を反射するものを見咎めて、冥月は目を凝らす。
 それは、鏡の破片のようだった。
 小さな破片が周囲に散乱している。先程己の頬を掠めたのもそのひとつだろうと冥月は思った。
 手に持っていたもののことや、あの雪降る世界のこと、そこで聞こえた声。
 それらについて知りたくないと言えば嘘になるだろう。
 フィノと、知らない女性の声と、そしてシエラの声。
 悲痛なシエラの叫びは、未だ耳に残っている。声だけでもわかった、絶望に染まる心。
 あれは、“失う者”の叫びだ。
 知らぬ感情ではない。――むしろ嫌と言うほど知っている、それを。
 どうして、シエラが。
 …たった、二度。
 たった、二回だけなのだ。彼らに会ったのは。フィノに関してはこれが三度目ではあるが――それを痛感した。
 何も知らない。知らないことばかりだ。
 それでも、彼らが冥月の予想以上に重い何かを抱えているのではないかということは、確実なのではないかと……思った。


 そうして幾許の時間が過ぎただろうか。
 フィノの身体の震えもほぼ収まり、乱れていた呼気も整ってきた。一時は過呼吸になりかけていたが、大事にならずよかったと冥月はほっと胸をなでおろした。
 と、フィノがゆっくりと冥月から身体を離した。
「……すいません、冥月さん。みっともないところをお見せして」
「いや、気にするな」
 微笑み、フィノの頭を撫でながら言えば、彼は眉根を下げてもう一度謝る。
「本当に、すいません。こうなるかもしれないことは、薄々わかっていたのに――」
 言葉を中途半端に切って、フィノは唐突に頬を赤く染めた。
「そ、それと…あの、すいませんでした。……顔が、胸に……」
 ああそういえば身長差の関係で胸にフィノの顔が埋まっていたような。
 そんな場合でもなかったし、頓着してはいなかったが――この間のことといい初心なんだな、と冥月は思う。
 頬の赤みを何とかひかせたらしいフィノが、真剣な瞳で冥月を見た。
「……多分、冥月さんも巻き込んでしまったでしょうから言いますが、僕が持っていたのは呪具です。『人の心を喰らう』と言われていた――見る影もなく壊してしまいましたが、鏡です。ちょっと必要で手に入れたんですが、封印が弱まっていたのか勝手に発動してしまって。でも僕が標的になったみたいですから、冥月さんには特に何もなかったと……大丈夫でしたか?」
「ああ。何か妙な空間――一面の雪野原を見せられはしたが」
 そう言えば、フィノは小さく笑った。……どこか哀しみを滲ませて。
「それは、僕が見せられたものを一部だけ見たんだと思います。…多分、僕とシエラの故郷の風景でしょう。それ以外は?」
「――…声を」
 言って良いものかどうか少々悩みながらも告げる。フィノは曖昧に笑んだ。笑顔を作ろうとして失敗したようにも見えた。
「誰の?」
「お前と、知らない女と、シエラの声だ」
「そう、ですか」
 呟くフィノの瞳は影になって伺えない。
 す、とフィノが頭をめぐらす。白む東の空を見遣って、彼はにっこりと笑った。
「そろそろ時間みたいですね。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。それでは」
「だから気にするなと――」
 冥月が最後まで言い切る前に、フィノの姿が変わる。
 空気に溶けた輪郭が再び形作ったのは、長い金髪を持つ少女――シエラ。
「久しぶり……というほどでもないけれど、まぁ久しぶりね。冥月さん」
 彼女は朝日に照らされながら、そう言った。
「ああ、久しぶりだな」
 応えつつ何かひっかかりを覚える冥月。
「冥月さん」
 口元に笑みを浮かべたままでシエラが冥月を呼ぶ。
(……ああそうか、名を呼ばれたのが初めてなのか)
 ひっそりと心中で納得する。前回も、前々回も、彼女は自分を『あなた』としか呼ばなかった。
「フィノについていてくれて、ありがとう――」
 泣きそうに笑ったシエラに何かを言おうとして冥月は口を開いたが――強い風が吹いて一瞬目を閉じた間に、彼女は消えていた。
 残された冥月はひっそりと溜息をついて、その場を後にしたのだった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、冥月様。ライターの遊月です。
 今回は 「D・A・N 〜Second〜」にご参加くださりありがとうございました。

 呪具の標的はフィノ、ということで、フィノにとっての『一番見たくないもの』の片鱗が出ています。
 NPC設定の都合上、プレイングを反映できない部分もありましたが、ご了承くださいませ。
 フィノの『見たくないもの』はシエラにも関わっているので、シエラに関してのプレイングは特に反映できませんで、申し訳ありません。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。