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■あおぞら日記帳■ |
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紺藤 碧 |
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【2470】【サクリファイス】【狂騎士】 |
外から見るならば唯の2階建ての民家と変わりない下宿「あおぞら荘」。
だが、カーバンクルの叡智がつめられたこの建物は、見た目と比べてありえないほどの質量を内包している。
下宿として開放しているのは、ほぼ全ての階と言ってもいいだろう。
しかし、上にも横にも制限はないといっても数字が増えれば入り口からは遠くなる。
10階を選べば10階まで階段を昇らねばならないし、1から始まる号室の100なんて選んでしまったら、長い廊下をひたすら歩くことになる。
玄関を入った瞬間から次元が違うのだから、外見の小ささに騙されて下手なことを口にすると、本当にそうなりかねない。
例えば、100階の200号室……とか。
多分、扉を繋げてほしいと頼めば繋げてくれるけれど、玄関に戻ってくるときは自分の足だ。
下宿と銘うっているだけあって、食堂には朝と夜の食事が用意してある。
さぁ、聖都エルザードに着いたばかりや宿屋暮らしの冒険者諸君。
あなただけの部屋を手に入れてみませんか？
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あおぞら日記帳
「ねえ、テーブルの数もっと多いほうが良いかしら」
「時間帯をずらせば大丈夫じゃないのー」
ホールを見つめ、考え込むルツーセと、それにやる気のなさそうな返事を返すアクラ。むすっと頬を膨らまして、ルツーセがぐっと拳を握り締めた瞬間だった。
カラン、コロン。
「あ、はーい」
ルツーセは来客に振り返り、アクラはぱっと顔を輝かせる。
「サクリファイスさん！」
「サクリちゃん！」
ひょっこりと顔を覗かせたサクリファイスの姿に、二人同時に声が上がる。が、その瞬間、ルツーセがきっとアクラを睨み付けたのは気のせいか。
「あ…こんにちは」
顔を出した早々の出迎えに、少しだけ驚き気味にサクリファイスは答え、内装を見回すように中へと足を踏み入れた。
「引っ越すって聞いたからどんなところかなって思って、お邪魔させてもらった」
そんな、サクリファイスの手には荷物が一つ。
「ここがコール達の引越し先か……うん？」
あおぞら荘の中を見回して、サクリファイスは感慨深く呟く。しかし、天上をぐるりと見回した瞬間、眉が微かにしかめられた。
「外から見た感じと、中の広さが違うようだな？」
外からの見た目はちょっとした２階建てのペンション風だったが、中はどう考えても３階４階までありそうな雰囲気。そんな直ぐに分かる変化に加え、外の横幅に比べ、このホールに造られた食堂はさり気なく広い。
「あぁ、あたし達の世界の有石族って、こうして周りに邪魔にならないように空間を弄って部屋を造る伝統があるみたい」
視線の先、無限に続いていきそうな廊下。遠くを見るように見つめ、サクリファイスは呟く。
「これがカーバンクルの力、か……」
あの街を一人で支えていたルミナスの事を考えれば、記憶を失くしたコールにも同等の力が秘められているといえる。
だが、そんなサクリファイスの呟きも、同じ顔の二人にあっさりと否定された。
「ううん、力じゃないのよ」
「しいて言うなら建築技術ってところだね〜」
アクラはそう言うと、眠たそうにあくびを１回。
「じゃ、またね〜。サクリちゃん」
そして、ぐっと伸びをすると、ひらひらと手を振って廊下の奥へと消えていった。
「え？ ちょっと、もう！ アクラ！」
どうもこの二人、兄妹・姉弟のようでありながら、あまり仲は良くないのだろうか。
「ごめんね、サクリファイスさん。案内するわ。どの部屋も造りは同じだから」
ルツーセはサクリファイスを食堂に続く廊下へと促すように移動する。
「ああ、いや……私がこちらに住まわせてもらうかどうかより……」
サクリファイスはふとあの青い髪の双子のことを思い出した。
彼らだっていつまでも宿屋暮らしは続けられない。腰を落ち着けるならば、どこかに部屋を借りるなりする必要も出てくる。
（話してみるか）
内装も代わりに見ておいてもいいが、流石にそれは自分たちで見て決めたほうが良い。サクリファイスから告げるならば、なかなか良い下宿がある。くらいだろうか。
「どうかした？」
相当部屋の中を見て考え込んでいたのか、ルツーセが小首を傾げてサクリファイスの顔を覗き込んだ。
「……うん、すまない、なんでもない」
サクリファイスは肩を竦めるように微笑して、何事も無いと手を振る。
「聞いたとおりです。サクリファイスさんですよ」
ルツーセが案内しようとしていた廊下の先から、パタパタと足音を響かせて、かけてきたのはルミナスだ。
「あわわ、そんなに走ったら危ないよ」
ルミナスに手を引かれるように現れた人物は、コールだ。だが、その服装はいつもの見慣れた萌黄色ではなく、一式が暗色でコーディネートされている。何とも突然のイメチェンだ。
「その額……」
今までバンダナで額の下に隠されていた黒い石。
それを自分の目で確認して、確かにこの二人は兄弟なんだなぁと、しみじみと思う。
（いや、それよりも）
ゆっくりと瞬き１回。サクリファイスは顔を上げる。
「皆、息災なようで何より」
この家に越してきた全員が、一通りサクリファイスの前に顔を見せた。皆、元気そうだ。
サクリファイスはほっと笑顔を浮かべると、持ち込んできた荷物を机に広げる。
「今日は、お茶とお茶菓子を用意してきたんだ。一緒にどうだろう？」
その言葉に、ルミナスの顔が微かに輝く。
「では、僕がお茶を淹れますね」
「え！？」
「ルミナスは、やめたほうが、良いんじゃないかなぁ」
必要以上に驚きの声を上げたルツーセとは反対に、やんわりと静止の声を挟むコール。
「兄さんも、止めるんですか……？」
シュンと眉根を落として落ち込むルミナスに、コールは軽く首を傾げ、
「紅茶はやっぱり、良く飲むヒトが一番美味しい淹れ方知ってるものだよ？」
そして、サクリファイスに向き直ると、ね？ と、笑顔を浮かべる。その行動に一瞬面食らうが、何かしら理由があるに違いない。
「あぁ、お茶は私が淹れよう。厨房を借りる」
サクリファイスは持ち込んだ紅茶葉を手に、カウンター越しの厨房へと向かう。
「あたしも手伝う」
その後を追うようにルツーセもパタパタと厨房へと入り、お湯を沸かすためのなべや、食器類を並べる。
コンロに火を入れて、なべでお湯を沸かしながら、ルツーセはポットに茶葉を入れるサクリファイスに礼を述べた。
「ありがとう、サクリファイスさん」
「いや、構わないさ」
突然コールに話を振られたときは驚いたが、その理由は会話の流れでなんとなく予想できる。
「だが、あそこまで止めるほどルミナスは料理が下手なのか？」
サクリファイスは苦笑気味にルツーセに尋ねると、ルツーセはあからさまなほど大きく息を吐いて、
「下手って言うか…もう……」
救いようが無いほどにルミナスには料理の才能が無い。
サクリファイスは、申し訳ないと思いつつも、くすくすと笑みを零してしまった。
「３分ほど蒸かすと丁度良いんだ」
お湯を入れたポットの蓋を閉め、トレーに人数分のカップと、お菓子を載せるための皿も載せると、ホールへと戻る。
サクリファイスが持ってきたお菓子を、ルツーセが盛り付けているうちに、蒸らし時間が過ぎたらしい。
カップに波々と注がれる紅茶は、赤みを帯びた金色に輝いて、仄かに香る匂いからして美味しそうだ。
カップを受け取り、そっと口をつける。
「本当です。美味しいです！」
「ね？ 言った通りでしょ」
そして、感嘆の声を上げるルミナスに、にっこり笑って応えるコール。そして、ルミナスは感動に瞳を輝かせた視線でサクリファイスを見た。
「今度、僕に紅茶の淹れ方教えてくださいね！」
そんなルミナスの笑顔とは裏腹に、ぶんぶんと首を振るルツーセ。その様を見てしまっては、はっきりと肯定できない。
「ルミナスは、食べてる時の方が幸せそうな顔してるよ」
何となく、暴走しかけるルミナスを、コールが上手く抑えているように見える。
「やっぱり一番幸せでいてほしいなぁ」
弟だもんね。と、続いたコールの言葉に、ルミナスは何故か照れるように顔を伏せた。
ティータイムも終わり、太陽はそろそろ落ちかけたころ、あおぞら荘の入り口で、サクリファイスを見送るコール。
「僕はルミナスと、どんな毎日を送っていたのかな」
兄とは呼んでくれるけれど、一切の過去を忘れてしまった自分に、兄と呼ばれる資格があるのだろうか。
「ルミナスは、コールを兄と呼んでいるんだ。これから兄弟として、楽しく暮らしていけばいいんじゃないかな」
「……そうだね。うん、またね」
「ああ、また」
そして、サクリファイスはあおぞら荘の入り口で手を振るコールに、軽く手を振り返して、エルザードの街中へと戻って行った。
☆―――登場人物（この物語に登場した人物の一覧）―――☆
【2470】
サクリファイス（22歳・女性）
狂騎士
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
あおぞら日記帳にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
今回はNPCズの人間関係等に焦点ということで、ほぼフルキャストでお送りしました。ちょっとごちゃごちゃとしてしまって申し訳ないです。
ソールとマーニの時間軸的には、昼夜の後、妖精と茨の前、もしくは全てが終わった後、どちらでもいいように書かせていただいたつもりです。
それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……
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