■『生命の尊厳<摂理>』■
川岸満里亜
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】
 ファムル・ディートは新薬の研究に勤しんでいた。側には、金髪の少女の姿がある。
「そっか、シスの子供のダランは今、あたしの実家にいるんだ」
 魔女クラリスの失敗作――キャトル・ヴァン・ディズヌフはファムルが使用した器具を、溜めておいた雨水で洗っている。
 彼女が顔を出すようになってから、ファムルの身嗜みも含め診療所内が随分と綺麗になった。
「会いたいか?」
「興味はある。シスの忘れ形見だしね。うーん、あたしとしては“弟”みたいな存在、かなぁ。あたし達って女しかいないから、ちょっと不可思議な存在に思えるよ」
 キャトルは過去最高の魔女と言われている“シス”とは会ったことはない。話に聞いているだけなのだが、それでもシスのことは自分の家族と思っていた。 
「弟かー。そう思ったら、なんか会いたくなってきた!」
「ならば、お前も一旦戻ったらどうだ?」
「うっ……それはヤダ。色々羽目を外してるから、戻ったらどんな折檻受けることか……」
 休憩の為、診療室のソファーに腰掛けたファムルの前に水を出す。流石にこちらは雨水ではない。キャトルが水筒に入れてもってきた、ミラヌ山の名水である。
 ファムルは休憩中にも本を開き、なにやらノートに書き出している。その研究熱心な姿にはとても感心させられる。
 たまに変だけど。いや、結構変だけど……外に出ると99%変なオジサンだけれど。
 だけど、やっぱりクラリスや姉達から聞いていた話は本当だったなーと、キャトルはしみじみファムルの姿を見つめていた。
「ねえ、ファムル。もし、あたしが……」
 声に反応して、ファムルが顔を上げた。
「もし、あたしが、もう少し生きたいって言ったら、成長を止める薬とかの研究、してくれる?」
 ファムルが言葉を発する前に、キャトルは被せるように言葉を続けた。
「この間、賞金首を捕まえて、稼いだんだ! だから、研究費少しだけなら出せるし」
 小さく吐息を付いて、ファムルは視線を落とし、作業に戻った。
「お前達は命について淡白だ。誰も生にしがみついたりはせんのだろ」 
「うん、冗談だよ……。あたし達は、無理に寿命を延ばそうなんて、誰も思ったりはしない」
 手を伸ばし、キャトルはファムルの手元にある本をパタンと閉じる。
 そして抗議の目を向けたファムルに、こう言う。
「でもさ、“弟”のことは、ちょっとは考えてあげてよね、これからもずっと。彼は人間なんだ」
 考えておく……と小さく言った後、ファムルは再び本を開いたのだった。
『生命の尊厳<摂理>〜型と種類〜』

 身体を引き摺るようにして、部屋に戻った。
 用意してあった液体を飲み、ベッドに倒れこむ。
 休むのは、数分だけ……。
 眠らないよう、手を上げたまま、眼を閉じた。
 数分後、ウィノナ・ライプニッツはベッドから飛び降りる。

 魔女の屋敷で暮し始めて数週間。
 魔女達と気軽に話が出来るようになり、知ったことがある。
 この屋敷には、様々な薬がある。
 そのうち、一般的な薬は自由に使用することができるのだ。
 ウィノナがさっき飲んだ薬は、体力を回復させる薬である。
 魔術の訓練を終えた後は、この薬を飲むことにしていた。
「おっ、ウィノナ、毎日勉強熱心だねー」
 図書室には20歳前後の魔女の姿があった。
 彼女は身体が弱いらしく、こうして図書室で読書を楽しんでいることが多い。
「ちょうどよかった、お願いしたいことがあるだー」
 ウィノナは、本を一冊手に取ると、魔女に近付いた。
 ウィノナは数週間、魔術の訓練と魔術語について熱心に学び続けていた。現在は本を見ながら、多少の魔法的効果を及ぼすことができる。
「何?」
「魔力の型について調べてるんだけれど、どこにも載ってないんだ」
「型?」
 魔女は眉を寄て、首をかしげた。
「うん。以前、先生にボクは『内在型』だって言われたことがあって。あと『吸収型』っていうのもあるみたいだけれど……」
「ああ、才能のタイプのことかな。そういうのは、本で説明はされてないかもね」
 そう言うと、魔女は筆立てをウィノナの前に置いた。
「例えばこれが要塞だとする。この要塞をファイヤーボールで崩す場合、どのような手段を取るかというと」
 魔女は指先に火の弾を作り出し、筆立てに打ち込んだ。
 倒れかかる筆立ての四隅に、続け様に四方八方から火の弾を撃ち込み、破壊した。
「これが技術型の手法。威力は大したことはないけれど、軸となっている部分を的確に破壊することで壊す。コントロールとセンスが必要」
 魔女は両手で筆立てを包み込み、魔術で筆立てを治した。
 そして再び、指を筆立てに向ける。
 今度は先ほどの十倍ほどの大きさの火の弾を作り出し、撃ち込んだ。
 筆立てが砕け散る。
「これは、内在型の手法。強力魔術で一気に潰す。生まれつき魔力が高い人物がなせる業ね。吸収型も見た目では同じ」
 続いて、魔女はグラスと水差しを手繰り寄せ、ウィノナの前に置いた。
 グラスに水を八文目ほど入れる。
「これが技術型。体内の魔力量は普通」
 もう一つのグラスに、水を並々と注いだ。
「これが内在型」
 そして、窓を開けて、水差しに残る水を外に捨てた。
「そして、これが吸収型」
 言って、水差しの中に最初のグラスの水を入れた。
「体内の魔力の量は普通だけれど、容量が多い。周囲の魔力を吸収し、自分の物として発動できる。まあ、そんなに長い間溜め込んではいられないけれどね」
「それだと、自分の力を全く使わなくてもすみそうな……」
「うん、魔力の高い地域では魔力の枯渇に陥ることはないでしょうね。でも、別のタイプだからといって、他のタイプの魔術の使い方ができないわけじゃないのよ。あくまで、自分がどの能力に秀でているかってだけのこと」
「そっか……じゃあ、種類は? ダランは魔力がいくつかあるみたいなんだけど」
「血液と同じで、普通は魔力も一種類のはずなんだけどね。私達魔女は皆、幾つかの魔力を持っているから、ダランもそれを受け継いでいるんじゃない? 人間としての普通の魔力と、魔女の力」
「それなんだよね。その魔女の力が、寿命に影響してるんじゃないかと思うんだ。……で」
 ウィノナは、本を机に載せ、栞を挟んでおいたページを開いた。
「これ、体内透視ができそうな魔法なんだけれど、ちょっと身体の中見せてもらえないかな?」
 ウィノナの言葉に、魔女は一瞬固まった。
「え……ええー!? 嫌よ!」
「いや別に、何をするわけじゃないし。体内の情報を見せてもらうだけだから」
「ダメダメダメ! 私達は、クラリス様の創造物よ? 魔女ではない者に体内の情報を見せるなんで、できないわよ。真似して創る人がいるかもしれないじゃない」
「い、いや、それはないと思うけど」
 ウィノナは苦笑する。
 この様子では、体内の情報を見るのはクラリスの許可がなければ、無理そうである。いや、クラリスの目の届かない場所ならば、可能かもしれないが……。
「第一、ウィノナは人間の身体の仕組みを知ってるの? まずは人間視てから、クラリス様の許可を得て、私達を視てはどうかと思うんだけれど? ただ、以前ここに住み込んでいたファムルって男性だって、私達の構造までは知らされていなかったから、クラリス様が欲している技術の才能を見込まれて、且つ一生ここで暮すくらいの覚悟がないと、許可は得られないと思うけど」
「うーん、そっか。まずは人間を見て、それから」
 ダランを視てみるのもいいかもしれない。
 自分には、改善する知識はないけれど、ダランの体内の状態が分かれば、進展することもあるかもしれない。
 ウィノナは今日の会話で得た知識を、ノートに纏め上げ――
 ガチャン
 突如、近くの窓が割れる音がした。続いて、何かが落ちた鈍い音。
 魔女と共に窓を開け、外を見る。
 少年が一人、駆けて行くところであった。
 魔女とウィノナは図書室を飛び出す。
「何があったの?」
「わからない」
 魔女達が廊下に集まる。
 ウィノナは一人、その場を通り抜け、地下へ続く階段の前で立ち止まる。
「ウィノナ!」
 地下から現れた少年が、自分の名を呼んだ。
 ダラン・ローデスだ。今は魔術訓練の最中であったはず。
 隣に以前ここで会った、蒼柳・凪の姿がある。
 窓から飛び出し、駆けていったのは虎王丸だ。
 この二人が再び来た時……。
 それはダランを迎えに来た時だろうとウィノナは思っていた。
 だから、虎王丸の姿を見たウィノナは、真っ先にここに駆けつけたのだ。
「帰るの?」
「うん!」
 ウィノナの問いに、凪とダランが同時に答えた。
「ウィノナも帰ろう!」
 ダランの言葉に、ウィノナは首を左右に振った。
「何で? あそっか、腕輪が――」
「そうじゃなくて、ボクは自分の為にも、ここで学び続けるつもりだ」
「言わされてるだけだろ!?」
 ウィノナは苦笑した。
「だから、違うって。帰るっていうんなら、止めないよ。だけど、キミ達だけじゃ出られないと思うから、門まで送るよ」
 ウィノナは、二人を導くように走る。
 凪とダランはウィノナに続いた。

「虎王丸!」
 ダランが叫んだ。
 門の前に、虎王丸の姿がある。
「なんだ、元気そうじゃねぇか」
 凪とダランは支えあうように虎王丸の元に駆け寄った。
 3人共、万全の状態ではないようなのに、目が輝き、活き活きとしていた。
 微笑ましく思いながら、ウィノナは門に手を伸ばす。
「気をつけて」
 そう言って、門に触れた。門が外側へ開く。
「ありがとう、ウィノナ。また街で!」
 久しぶりに見たダランの明るい顔であった。
「うん、またね、ダラン」
 そう言って、ウィノナは手を広げた。
 パンっと、ダランが自分の手をウィノナの手に打ちつける。
 そして、3人は転げるように、山を駆け下りていった。

 さて……。
 どう言い訳しようか。
「でも、怒られはしないかな。友達を見送って何が悪い」
 にっこり笑みを浮かべながら、ウィノナは喧騒としている魔女の屋敷に戻っていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
ダランは友人に癒され、街に戻っていきました。
ただ、実際彼の身体が現在どんな状況にあるのかは、誰もわかりません。
今回は魔術の勉強に力を注いだウィノナさんですが、このまま人間生態学を学び続け、ダランの状態を知り、改善策を求めていってもいいですし、専攻を魔術に切り替えても良いかと思います。
参考に副題の違うノベルもご覧いただければ幸いです。
引き続きのご参加、ありがとうございました!

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