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■闇之庵■

【4583】【高峯・弧呂丸】【呪禁師】
 幽艶堂の住人らが暮らす三軒の家から少し離れた竹林の奥に、ぽつんと一軒。

「――では、今宵はあちらでお過ごし下さい。何かありましたら工房の方にいますので、お呼び下さい」

そう言って翡翠は工房に戻っていった。



幽艶堂に用向きがある客ばかりではない。

訳ありらしき者こそ、この幽境に訪れる。

今宵も、また――…



闇の庵に独り


闇の庵



  幽艶堂の住人らが暮らす三軒の家から少し離れた竹林の奥に、ぽつんと一軒。

「――では、今宵はあちらでお過ごし下さい。何かありましたら工房の方にいますので、お呼び下さい」

 そう言って翡翠は工房に戻っていった。



 幽艶堂に用向きがある客ばかりではない。

 訳ありらしき者こそ、この幽境に訪れる。

 今宵も、また――…



 闇の庵に独り


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  幽艶堂に来る客は人形ばかりが目的ではない。
 中には呪詛依頼にくるという勘違いもはなはだしい者もいる。
 だが、そんな不届き者共とは別に、ただ泊めて欲しいと何処からともなくやってくる客人もいるのだ。
 そんな客人は瞳の奥に暗い光を宿していることが実に多い。
 そして、そんな客人を迎えるのは何故かいつも翡翠がふらりと外へ出た時。
 …今宵も、また―――…



 「工房から少し離れてるんですね」
 竹林の中を翡翠が持つ行灯の明かりを頼りに高峯・弧呂丸(たかみね・ころまる)は後ろを歩く。
「工房から離れた場所にもう一つ茅葺屋根の離れがあることはこちらに越してきた時に知りましたが、何故そんな場所にあったのか、何の為に作られたのか…それは今でもわかりません」
「え?でも…」
 弧呂丸の言いたい事は推して知れた。
 ならば何故庵の用途が分かっているのだろうか。
 庵では夜になると自分の内面や能力が具現化して、不安定な空間が広がる。そう聞き及んでいる。
「――何故…でしょうね、呼ばれたのかもしれません」
「呼ばれ…た?」
 場所や物が人を呼び込む事は稀にある。
 護らせる為か、屠る為かはその都度違いはあるが、京に住まう者をあえて呼び寄せるほどの力とは何なのだろうか。
「少なくとも、ここを紹介してくださった方は師匠方の縁戚でしたので、偶然なのかもしれませんけど」
 何かを知っていて、託したのか押し付けたのか。
 今となってはわからない。
「こちらです。中に入ったが最後、自ら扉を開けてはなりません。開ければ貴方の中に渦巻くモノが夜毎貴方の前に現れるようになります。もし、耐え切れなくなった時は、奥にある内線をお使い下さい。直接私の部屋に繋がるようにしてあります」
 壁にかけられた古いタイプの電話。
 弧呂丸は庵の中をぐるりと見回す。
 黒光りした床や柱、囲炉裏端。壁際に置かれた棚の中の湯のみだけが周囲の雰囲気から浮いており、特に真新しいものでもないのに変に新しく見えた。
「それでは…お気をつけて」
 扉が閉まる。
 途端に空気が重苦しくなり、足元がふらつく。
「……大丈夫…大丈夫…」


 何が大丈夫?
 

「!!」
 呪文のように繰り替えたこの言葉尻を返される。
 声のした方へ向くと、丁度囲炉裏端の真向かいに、人影が座っている。それも二人も。
 一つはジッと正座したまま全く動かない。
 一つは自分、もう一つは…


これが年子だったりしたら…一つ定めと割り切れたろうに―――双子ですものね


 弧呂丸は正座したまま動かない。
 いや、動けないでいる。
 僅かに触れられた禁忌。
 それだけで動悸が激しくなる。


本当はずっと、こうであればって思っている


「!」
 話しかけてくる影は次第にはっきりとした形をとり、その姿は弧呂丸を黒く塗りつぶしたような、見るものが見ればすぐにわかる。
 その胸には兄に刻まれているはずの呪いの印。


双子なのにね
嫡子に降りかかる呪いゆえに、先に生まれた兄がこれを受け継いだ


 高峯家代々の呪い。
 己の寿命を喰らう内なる妖に憑かれている兄は、若くして命を落とす運命にある。
 兄の呪は嫡子にかかるもの。
 つまり、産まれる順番が違えばそれを受けたのは自分。


 だけど兄さんは一度も私を責めない
 その代わり…


「……っ」
 優しかった兄。
 だがいつしか彼は自分を突き放すように家を後にし、離れていった。
 どうして。
 そんなこと聞けるはずもない。


怖いんですよね?
…本当は、兄は自分を恨んでいるのでは?
疎ましいと嫌っているのでは?


「兄さんは…兄さんはッ…」
 自分に兄をどうこう言う資格など微塵もない。
 しかし影は、こちらの心を見透かすように次々と言葉にする。
 子供の頃、わけあった菓子のように、この身も同じように苦しみを分かち合えればどんなにいいか。
 これほど思い悩み苦しむことなどなかったのに。
「……」
 脂汗がにじみ出て、頬を伝う。
 もうやめてくれと心の中で繰り返し叫んでも、それはやむことはない。
 幼い日々の二人の姿。
 仲良く遊んだあの頃の幻影。
 そして、別れ――…
 囲炉裏端に正座したまま、頭を振ることも出来ずただただその光景から目をそらせなかった。
 蚊の泣くような声でしきりに謝罪の言葉を呟く。
 自分にはどうしようもなかった定めなのに。
 ただ、同時に存在したのに生まれた順番の差だけが二人を決定的に分かつ。
 双子でありながら分かち合えなかったそれを、兄一人だけが背負わなければならない。
 あんなものさえなければもっと違う生き方が、兄弟仲良く今でも笑い合えたかもしれないのに。


―――でも、一番の想いは―――それを聞く事が出来ない自分自身


「高峯さん?」
「!!」
 ガラリと嫌に大きく響いた戸を開ける音。
 名前を呼ばれ、一瞬視線をそちらに流すと、戸口には翡翠の姿と彼の背中越しに差し込んでくる眩い日差しがあった。
 すぐに視線を戻すが、もうそこには何もいない。
 初めから何もなかったように。
 庵の気配も極々普通の古民家のそれだ。
「大丈夫ですか?」
「…大丈夫…です」
 とても短いようで長かった夜は突然終わりを告げた。
 己のうちに渦巻いている葛藤が全て吐き出され、目の前でまるで映画の上映のように流れ続ける。
 止めることの出来ない、心の棘を一本一本更に深く突き刺されるような、そんな幻が。
「……何の為に、あるのでしょうね」
 庵の天井を見上げ、翡翠がポツリと呟く。
 何の為にこんなものがあるのか。
 何故自分はこれの力を知っているのか。
 己の師匠をこの庵のせいで亡くしたこともある。しかし、それだけではなく感覚として染み付いているのだ。
 こうしなければならない、と。

 翡翠が囲炉裏の掃除をしている間、先に外へ出ていた弧呂丸は清々しい朝の空気をめいっぱい満喫する。
 穢れを祓うのにも似てはいるが、あれは穢れではない。
 自分自身の、本当の心。
 知っているからこそ、本気でえぐりにくる自分自身だ。
「お待たせしました、では参りましょうか」
「――はい」

 二人が去った後、竹林の奥に佇む庵は朝日に晒され、ただ古いだけの庵となっていた。
 外観からしても夜のような不気味さは欠片もない。
 だがそれも…



 再び夜の闇が訪れるまでの話――…



― 了 ―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4583 / 高峯・弧呂丸 / 男性 / 23歳 / 呪禁師】

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■         ライター通信          ■
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