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■不夜城奇談〜邂逅〜■

月原みなみ
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】
 人間の負の感情を糧とし、人身を己が物とする闇の魔物。
 どこから生じるのか知る者はない。
 だが、それらを滅するものはいる。
 闇狩。
 始祖より魔物討伐の使命を背負わされた一族は、王・影主の名の下に敵を討つ。

 そして現在、一二八代影主は東京に在た――。

 ***

「一体、此処はどうなっているんだ!」
 怒気を孕んだ声音にも隠し様のない疲れを滲ませて、影見河夕は指通りの良い漆黒の髪を掻き乱した。
 一流の細工師に彫らせたかのごとく繊細で優美に整った顔も、いまは不機嫌を露にしており、普段の彼からは想像も出来ない苛立った様子に、傍に控えている緑光は軽い息を吐いた。
 王に落ち着いて欲しいと思う一方、これも仕方が無いという気はする。
 何せこの街、東京が予想以上に摩訶不思議な土地であることを、時間が経つにつれて思い知らされたからだ。
「歩いてりゃ人間とは思えない連中に遭遇するわ、うっかり裏路地に入れば異世界の戸にぶつかるわ…っ…」
「…それも東京の、この人の多さに埋もれて隠されてしまうんでしょうね」
 告げ、光は周囲を見渡した。
 自分達が討伐すべき魔物の気配も確かに感じられるのに、それすら森の奥深くに見え隠れする影のように存在を明らかにしないのだ。
「悔しいですが、…これは僕達だけの手では掴みきれませんよ」
「クソッ」
 忌々しげに吐き捨てる河夕と、こちらも欧州の気品溢れる騎士を連想させる凛とした美貌を苦渋に歪めた光が再び息を吐いた。


■ 不夜城奇談 〜邂逅〜 ■

 陽も傾いた夕刻、人で賑わうネットカフェの一角でいつものようにゴーストネットOFFにアクセスしていた阿佐人悠輔は、昨夜遅くに投稿されたばかりの記事に目を留めた。
【お姉ちゃんを探して】と題された情報によると、夜遅く学校に忘れ物をしたと言って家を出た姉が、それきり帰って来ないという。
 記載されている学校名は都内の公立高校。
「この名前って確か…」
 見覚えのあった名前に過去の記事を遡る。
 三つ、四つ…。
 同じ高校名で、一夜にして校内中の窓ガラスが割られていたり、講堂のピアノが真っ二つに裂かれていたりなど、明らかに異常な現象が報告されていた。
「それでとうとう失踪者か」
 これらの騒ぎを知っていた妹は、姉の失踪も同じ要因ではないかと推測し、この掲示板で助けを求める事にしたのだろう。
「この学校、そう遠くないな…」
 一通りの情報をメモし終えると席を立つ。
 失踪者の安否を思えばわずかな時間も惜しまれるが、公共機関を使うか、走るかを迷いながら店を出るべくエントランスに向かった、その時だった。
「ネットって何のことだ」
「これだから貴方は…、今はインターネットという地球全域に張り巡らされた情報網があるんですよ」
 悠輔は自分の耳を疑った。
 この時世にインターネットを知らない人間がいるのかと、思わず彼等を振り返った。
 すれ違ったのは二人の男。
 どちらも知性を感じさせる風体で、まだ若く、とてもネット経験のないアナログ人間には見えないが。
「怪奇現象なんて人の興味を誘うには絶好の話題。おそらく検索を掛ければ全国の怪事件が山ほど出てくるでしょう」
 栗色の髪の男が言えば、その隣で黒髪の男が不機嫌そうに眉を寄せる。
「…その山ほど出て来た情報を一つ一つ確かめる気か」
「まさか。検索ワードを限定するんです。東京、失踪、…あとはそうですね、学校の怪事件とでも」
「……よく判らんが本当に見つかるんだろうな」
「運次第かもしれませんが自力で探すより効率的だと思いますよ」
 そうして店の奥に空いている席――先程まで悠輔が使っていた場所に隣の男を促した栗色の髪の男は、連れを席に座らせ、自分は立ったままネットに繋ぎ始めた。
 その一部始終を見ていて、どうしたものかと思案する。
 奇妙な男達だ。
 インターネットを知らないのはともかく、彼等の上げたキーワードが気に掛かる。
 東京、失踪、学校の怪事件。
「…関係者、か」
 信頼出来る相手とは限らない。
 だが、自分の勘を信じてみようと思う。
 来た通路を戻り声を掛けた悠輔を、二人は真っ直ぐに見返してきた。


 ***


 悠輔が話しかけた二人は、黒髪の方が影見河夕(かげみ・かわゆ)、栗色の髪が緑光(みどり・ひかる)と名乗り、一昨日に初めて東京に立った地方人だと語った。
 失踪、学校の怪事件というキーワードに相当する騒ぎならこれから自分が調査に行く、二人の探している事件かどうかは判らないが、それでもよければ案内すると告げると、二人は最初こそ驚いていたが、すぐに「お願いします」と意外なくらい素直に頼ってきたのだった。

「声を掛けて下さって本当に助かりましたよ」
 目的地に向かう途中、気さくに話しかけてきたのは光の方だ。
「普段であればこんな事は滅多にないのですが、…東京とは奇妙な街ですね」
 それを神妙な面持ちで言う相手に、悠輔は何とも答えられない。
 ただ、メモ用紙を一枚破ると、そこにゴーストネットOFFのアドレスを書き記す。
「…とりあえず、学生のこの手の情報、ここじゃ意外と的を得た物が多いですからね。ここの書き込みを参考にするのもいいんじゃないですか?」
「ありがとうございます」
 差し出されたメモを受け取った光は微笑んで礼を言うと、隣の男にそれを渡す。
 先ほどから会話を途切れさせない彼とは対照的に、黒髪の男は愛想笑いすらしようとせず、渡された紙片に目を通すと、それを再び相方の手に戻した。
 一体どういう連中なのかと気にならないでもない。
 しかし余計な詮索をされたくないのは悠輔も同じなら、自分から聞く事はすまいと決めていた。
 そうして、悠輔と河夕の間に立った光が一方的に喋りながら時は過ぎ、もう間もなく目的の公立高校に辿り着くという頃、不意に河夕の足が止まった。
「…いる」
 低い呟きに、今まで穏やかだった光の表情も変わる。
「本体ですか」
「アレじゃない。だが…大きい。しかも変化している」
 悠輔には彼等が何を感じているのか判らない。
 だが、そのとき自分に向いた河夕の視線が友好的でない事は知れた。
「…おまえ戦えるのか」
 暗に戦力にならないのなら邪魔だと告げる態度に、悠輔は相手を見据える。
「見縊らないで下さい、戦えないならここには居ません」
 そうして懐から取り出した銀のバンダナ。
 それが何だと怪訝な顔をする二人の前で布の端を握る、――直後。
「!?」
 悠輔の手に握られていたのは鋭い切っ先を持つ刃のように固く研ぎ澄まされた武器だった。
「驚きましたね…」
 光の口から感嘆の声が漏れる。だが河夕は眉間の皺を深くしただけ。
「自分の持ち物を変えてもただのマジックにしか見えませんか? だったら…これでどうです」
 言いながら握ったのは河夕の上着。
 それは鉛のような重さを生じさせ、彼の姿勢を前傾させた。
「お見事」
 光が手まで叩きそうになりながら呟くのを聞いて、離した。
 途端に衣服はただの布地に戻り重さも消える。
「…東京は奇妙な街だと、そう言ったのは誰でしたか」
 この街に今日まで生きてきたのは、自分達。
「戦えるのがあんた達だけだと思わないでください」
 決して怯まない真っ直ぐな視線は相手を射抜くほどに強く、それを感じ取ったらしい光が小さく笑う。
「今のは河夕さんが悪いと思いますよ、新参者は僕達の方なんですから」
「…悪かった」
 自責気味の軽い吐息に、謝罪。
 そのあまりの素直さに悠輔が軽く目を瞠ったと同時、河夕の手に現れたのは白銀の輝きを放つ直径十五センチ程の輪だった。
「それをお渡しになるんですか?」
「仕方ない。連中は俺達の敵、これがなけりゃ、せっかくの武器もただの玩具だ」
 言って河夕が放った物は、驚いている仲間の目の前に弧を描いて悠輔の手に渡る。
「これは?」
「武器を持つ手首につけろ、それで狩人の力が宿る」
「狩人?」
 聞き返す悠輔に答えたのは、光。
「その輪は手首に通せば丁度良いサイズに締まります。敵に近付くとリングが光りますから、その反応を見ながら動いてください。ここからは闇狩の仕事です」
「ヤミガリ…?」
「行くぞ」
 聞き返すより早く河夕が走り出す。
 その背に光は笑い、悠輔を振り返る。
「期待していますよ阿佐人君」


 ***


 すっかり陽の暮れた世界で、人気の失せた校舎はまるで別次元。
 校内を走る悠輔は、何か肌に突き刺すような違和感を覚えた。
「三階の廊下、奴だ」
 河夕が言う。
 光が息を吐く。
「納得いきませんね。こんな近くまで来ても僕には視るだけで精一杯ですよ」
「言ったろ、奴は異質だ。調べが必要かと思えば堂々と姿を現す…どういうつもりだ」
 喋りながら疾走する狩人の動きは俊敏で、悠輔にはついていくのがやっとだ。
 だが光が感じられないという魔物の気配を、手首のリングは察知しているようで、校内を進むにつれて輝きを増していた。
「奴だ…!」
 前方に黒い塊が現れる、悠輔にはそれは靄のようにしか見えなかったが、狩人には別の姿が見えているようだった。
 刹那、河夕の右手に現れたのは白銀色を帯びた刃。
 次いで光の右手にも同じ物が現れ、彼の刃が帯びるのは夏の木々が纏う深緑色。
「飛べ!」
 有無を言わさぬ指示に光が飛んだ。
 廊下を蹴り、およそ五メートルの距離を跳躍する。
 直後、その階の窓が割れた。
「!!」
 破片が彼等に襲い掛かる。
「…っ!」
「派手な真似しやがって…!」
 悠輔は瞬時に武器としていたバンダナを壁に変化させ自分に向かってきた破片を全て防いだ。
 一方の狩人達も何らかの術を用いたらしく負傷した気配はない。
「腹の下、人間の反応がある!」
 河夕が言い放つ。
「失踪した女の子ですか?」
「知らん、だが生きてる」
 生きてると聞き、誰の表情にも安堵が滲む。
「でしたらここらを斬りましょう…!」
 光の声、そして一閃。
 深緑色の輝きが放たれると同時、切り離された靄の上半分が散開した。
「阿佐人、そいつら欠片も逃がすな!」
 言葉に、頭よりも先に身体が動いた。
 振り上げた銀のバンダナが真横を逃げる靄を両断すると、それは砂のように崩れ落ちて大気に溶け失せた。
「…っ」
 だがその光景に驚いている暇はない。
 散った靄は数十に及び、それを欠片も逃すなと言うのだ。
 次々と切り捨てる内、光は一人の少女を腕に抱え上げ、残った塊に河夕が向かう。
「ったく手間掛けさせやがって…!」
 斬った、悠輔にはそう見えたが狩人の顔付きは変わる。
「消えた…!?」
「核が逃げたかっ」
 その正確な意味は掴みかねたが、欠片でも逃すことの危険性は彼等の戦いぶりを見ていれば判った。
「…!」
 四方に目を遣るうち、一瞬――ほんの一瞬だったが手首の輪が輝いた。
 反応するのは敵が近付いた時、ならば。
「!」
「阿佐人!?」
 悠輔は手首から外したそれを、更に固くした銀のバンダナで砕いた。
 砕いたものを素早く布に乗せ周囲に放る。
 三六〇度、上下左右に散った狩人の力の欠片、その一つが瞬いた。
「奥! 五組の札の前!」
 刹那、真横を風が走る。
「…っ」
 そうして放たれたのは白銀の閃光。

「…終わりましたね」
 光の声。
 その先に髪をかき上げる河夕がいた。
 終わった。
 この学校の闇は取り払われたのだ。


 ***


 大暴れした高校に近い市民公園。
 救出した少女を家まで送るにも彼女が目覚めないことには家が判らない。そのため、ベンチに彼女を横たえて、彼等は話した。
 闇狩のこと、魔物のこと、その異質な変化のこと。
「従来、僕達が狩って来た魔物と言うのは人間の体を奪うことで人間世界に潜むものなんです。それが今回はアレですからね…。河夕さんの攻撃を受けながら核だけ本体から逃がしてみたり…。今後が思いやられます」
「まぁ…今回はおまえのおかげで助かった」
 河夕が言う、悠輔に向かって。
「ありがとな」
「…いや、俺の方こそ貴重な体験をさせてもらいました」
 頭を下げれば狩人の笑顔が綻ぶ。
「これは礼だ」
 そうして差し出されたのは、先ほど悠輔が砕いたものと同じ白銀の輪。
「本体を狩るまで時間が掛かりそうだし、それまでに魔物と遭遇しないとも限らん。…保険だと思って持っていろ」
「驚きましたね…」
 河夕から差し出された輪を受け取る悠輔の隣で、光は面白そうに呟く。
「貴方の欠片を惜しげもなく砕く能力者というのにも驚きましたが、同じ相手に二つも渡されるとは…、どうやら気に入られたようですよ、阿佐人君」
「余計なコトを言うな」
 仲間を睨む河夕に、悠輔も笑った。
「せっかくですから貰っておきますけど、早めに本体というのを見つけてください。…ネットの使い方にも慣れた方が効率的だと思いますよ」
「同感ですね」
「うるさいっ」
 両方にからかわれて言い返す狩人。
 笑いが広がる。
 東京にまた異質な悪が現れたようだが、その一方、新たな戦力も加わったらしいことを悠輔は知ったのだった。



 ―了―

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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
◇整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・5973 / 阿佐人悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生 /


■ ライター通信 ■
初めまして、月原みなみです。
とても魅力的な少年に狩人達を会わせて下さり心から感謝します。
戦闘シーンはプレイングを拝見して組み込むことにしました。書かせて頂けて楽しかったです。
リテイクありまりたら遠慮なくお出し下さい、よろしくお願い致します。

また狩人二人にとって悠輔君は常に東京における一番最初の出逢いです。
機会がありましたらいつでも声をお掛け下さい。

ありがとうございました。