■夏といえば……?■
智疾 |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
「あちぃ……」
東京の最高気温は、年々上昇する一方。
そんな中、クーラーの壊れた興信所内、全員が暑さに負けていた。
冒頭の台詞は、所長である草間・武彦のものだ。
「兄さん。暑いのに暑いって言わないで下さい。余計に暑くなりますから」
突っ込んだのは義妹の零。
だが、やはり暑さには叶わないのか、勢いは弱い。
「ほら、兄さんが暑いって連呼するから、遙瑠歌ちゃんが……」
部屋の片隅で座り込んでいるのは、居候の少女。
「……」
何も語らず、開け放たれた窓から下を見て。
「……兄さん、大変」
見て、いるのかと思ったら。
「遙瑠歌ちゃん、バテてますよ」
あまりの暑さに、どうやら目を回してしまっている様で。
慌てて零は、キッチンへと駆け込んで、水を片手に戻って来たのだった。
「よし。こうなったら、海に行くぞ」
突然なのは今に始まったことではないが。
草間の言葉に、零は目を丸くした。
「あのですね、兄さん。突然そう言われても、私も遙瑠歌ちゃんも、水着なんて持ってませんから」
「水着がなくても泳げるだろ。それに、別に海に行くからって泳ぐだけじゃない。他の方法で涼む事だって出来る」
「海なのに、泳がないんですか?」
「というか、泳ぐ目的では行かないぞ。人混みで余計に暑苦しいからな。普通の浜に行く」
「でも、其処で何をするんですか?」
泳ぐわけではない、といわれて。
それならば何の為に行くのか、と首を傾げた零と遙瑠歌(どうやら復活したらしい)に。
「ま、行く途中に考える」
デスクチェアから腰を上げて、草間は新しい煙草に火を点けたのだった。
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<夏といえば……?>
<Opening>
「あちぃ……」
東京の最高気温は、年々上昇する一方。
そんな中、クーラーの壊れた草間興信所では、全員が暑さに負けていた。
冒頭の台詞は、所長である草間・武彦のものだ。
「兄さん、暑い中暑いって言わないで下さい。余計に暑く感じますから」
突っ込んだのは義妹の零。
だがやはり、暑さには適わないのか、勢いは弱い。
「ほら、兄さんが暑いって連呼するから、遙瑠歌ちゃんが……」
部屋の片隅で座り込んでいるのは、居候の少女遙瑠歌。
「……」
何も語らず、開け放たれた窓から外を見て。
「……大変、武彦さん」
見て、いるのかと思えば。
「遙瑠歌ちゃん、目を回してるわ」
あまりの暑さに、如何やら目を回してしまった様で。
シュラインの言葉に、慌てて零はキッチンから、冷水を持ってきたのだった。
「よし。こうなったら、海に行くぞ」
突然なのは今に始まった事ではないが。
草間の言葉に、零は目を丸くした。
「あのですね、兄さん。突然そう言われても、私も遙瑠歌ちゃんも水着なんて持ってませんから」
「水着がなくても泳げるだろ。それに、別に泳ぐだけが目的じゃない。他の方法で涼む事だって出来る」
「海なのに泳がないのね」
「泳ぐのが目的じゃねぇからな。人混みは暑苦しいから、海水浴場じゃなく、普通の浜に行く」
草間の言葉に、首を傾げる零。
「でも、それじゃあ何をするんですか?」
泳ぐわけでもないのに海。
其れならば何の為に行くのか、全員が首を傾げた(どうやら遙瑠歌も復活したらしい)
「ま、行きながら考える」
デスクチェアから腰を上げて、草間は新しい煙草に火を点けたのだった。
<01>
そうと決まれば、早速準備だ。
「考えてみたら、海の方が暑い気がするけれど」
「わたくしは海を拝見した事がありませんので、よく分からないのですが……」
如何やら本や映像では見た事があるらしい遙瑠歌が、シュラインに問い掛ける。
「そうね。暑いけれど、遙瑠歌ちゃんがまだ見た事ないなら、いい体験が出来るわ。潮の匂いとかは、本とかでは分からないから」
「シュラインさん!日焼け止め持って来ましたよ」
零が、何処からか見つけてきた日焼け止めをシュラインへと手渡す。
「有難う、零ちゃん。後は、帽子と着替え、それからタオルが何枚かいるわね」
「分かりました!」
パタパタと部屋の中を行き来する零を見て、あ、そうだ、と言葉を続ける。
「うちには所構わず吸殻を捨てる人がいるから、携帯灰皿もね」
「……悪う御座いましたね」
バツが悪そうに頭を掻く草間に、シュラインは笑う。
「水着を今から買いに行くのは無理だし、泳ぐのが目的じゃないなら、ショートパンツとキャミソールでいいかしら」
遙瑠歌の手を引いて、彼女は興信所の片隅に置いてある箪笥を引き出す。
「そうねぇ……考えてみれば、遙瑠歌ちゃんにそういった服は買ってあげてなかったわ。仕方ない。キャミソールの代わりに、ノースリーブのカットソーにしましょ」
引っ張り出した服を、大きな鞄を持って準備を進める零へと渡すシュラインを見て。
「一番乗り気なのがおまえの様な気がするんだが、気のせいか?」
そう呟いた草間に、じとり、とひと睨み。
「花火もする?日が暮れれば今より涼しいし、今日は武彦さんが買ってくれるわよ」
「おいちょっと待て!何で俺が……!」
抗議の声を上げた興信所所長に、腰に手を当てて目を据わらせた事務員が。
「あら?それとも、お給料をまともに貰ってない私に出させるつもり?まさかそこまで甲斐性無しじゃあないでしょう?」
其れを言われると、もう草間には何も言い返す事が出来なかった。
<02>
そんなこんなで、草間興信所一行がやって来たのは、郊外の砂浜だった。
海水浴場ではなく、何処にでもある砂浜の為、人も少なく穴場といえる場所だ。
「飲物もきちんと用意したし、氷も準備したから、まぁ、倒れる事はないと思うけれど。気をつけてね、遙瑠歌ちゃん」
零やシュライン、草間は此の暑さにある程度の慣れがあるが。
遙瑠歌にとっては初めての高温だ。
興信所での出来事を考慮して、シュラインは遙瑠歌にペットボトルを握らせて説明を始まる。
「いい?喉が渇いた時だけじゃ駄目よ。こまめに飲まないと。そうね、十分に一回は飲む様にね」
「畏まりました」
頷いた少女に、今度は零が小さな容器を差し出した。
「遙瑠歌ちゃん、これをきっちりと塗って下さいね」
差し出された容器を受け取り、遙瑠歌は無表情のまま首を傾げる。
「草間・零様。此れは一体何で御座いましょうか」
「日焼け止めですよ。其れを塗ると、日焼けしにくくなるんです」
「遙瑠歌ちゃんは色が白いから、焼けた時が大変よ?赤くなってヒリヒリして痛くなるから」
次いだシュラインの言葉を受けて、小さな少女は視線を草間へと向けた。
「塗っとけ」
たった一言だったが、それで十分だったらしい。
「はい」
遙瑠歌は小さく、本当に微かにだが口角を上げた。
「それじゃあ、準備が出来た所で、早速波打ち際へ行きましょうか」
「あー、俺はいい。此処で」
言いだしっぺの草間だが、如何やら此処に来るまでで疲れてしまったらしい。
座り込んだ草間を見て、残りの三人は顔を見合わせて。
小さく溜息を吐いたのだった。
<03>
「シュライン・エマ様。此れは一体何で御座いますか」
遙瑠歌の手にした物を見て、シュラインは一つ一つ答えていく。
今回持って来たのは、小さな貝殻だった。
「それは貝殻。持って帰って辞書で調べてみれば、何の貝殻かも分かると思うわ」
「はい」
見た事がないものが山の様にある遙瑠歌にとって、今回の海は興味深いものだったのだろう。
さっきから色々な物を見つけては、シュラインの元へと持って行き、何物なのかを問うていた。
「あぁ、遙瑠歌ちゃん。其れは駄目よ、触っちゃ」
シュラインの声に、少し離れた場所で海面を覗き込んでいた零が視線を向ける。
そこには。
「遙瑠歌ちゃん!其れはクラゲですよ!」
夏の海といえば、の生物。
「くらげ、で御座いますか」
どうやら打ちあがってしまったのだろう、半透明の其れを、少女はしゃがみこんで見詰めていた。
「クラゲに刺されると後が大変なの。だから、念の為に打ちあがっていても触らないようにね」
被った麦藁帽子(非常にミスマッチだが、熱射病予防の為に草間が買い与えたもの)の上から、頭を撫でるシュラインを見上げて、遙瑠歌は頷く。
「兄さん、シュラインさん、遙瑠歌ちゃん。あそこ見てください」
零が何かを見つけた様で、ある方向を指差した。
全員が視線を其方へ向けると。
「あれは……」
「洞窟、と呼ばれるもので御座いますか」
夏の海に御誂え向きの、小さな洞窟があった。
「遙瑠歌ちゃんは知らないかしら。夏の海で洞窟、といえば、あるものが有名なのよ」
シュラインの悪戯っぽい表情に、遙瑠歌は無表情のまま首を傾げ、草間は顔を引き攣らせた。
「夏の海、洞窟。其処にはね、大概幽霊が出る、っていうのよ」
「怪奇現象、で御座いますか」
そう言って、遙瑠歌の視線が草間へと向けられた。
どうやら、この小さな少女の頭の中では、『怪奇現象イコール草間』という公式が成り立っているらしい。
「如何?武彦さん。涼しくなるかもしれないわよ?」
「ぜってー御免だ!!」
怒鳴った草間を見て、シュラインは小さく苦笑した。
「冗談よ。行楽でわざわざそんなスポットには行かないわ」
体調にも悪そうだし。
そんなシュラインの言葉に、理解出来なかったのか遙瑠歌はもう一度首を傾げたのだった。
<Ending>
貝殻を拾ったり。
岩場の魚や、蟹を観察したり。
波打ち際で足をばたつかせたり。
砂浜に引いたレジャーシートの上で寝転んで、競馬新聞を顔にかけていた草間に水をかけたり。
怒った草間に追いかけられたり。
そんな草間を海へとダイブさせたり(浅かったので、溺れる事はなかった)
様々な事をしている内に、日が落ちだした。
「ほら、遙瑠歌ちゃん。興信所じゃ綺麗に見えないでしょう?海に沈む夕日は綺麗なのよ」
シュラインに促されて、遙瑠歌だけでなく零と草間も空へと視線を向ける。
赤とも、朱色とも、橙色とも言えない、其の空。
「日も暮れてきて、涼しくもなったし。それじゃあ、最後の楽しみに移りましょうか」
其の言葉に、零が鞄の中から取り出したのは。
ファミリーパックの、小さな花火だった。
「なんっつーか、地味だな」
「兄さんの為ですよ?安いのを選んだんですから。それに、やり切れなくて湿気っちゃったら無駄になりますから」
言われてしまえば、草間にはもう何も言えない。
「武彦さん、蝋燭に火をつけてくれる?」
此のメンバーで火種を持っているのは、煙草を吸う草間だけだ。
手渡された蝋燭に火をつけて、草間はブスリと遠慮なくそれを砂浜に突き刺した。
「うーん。コンクリートと違って、蝋燭を立たせるのも簡単ね」
小さく呟いて、シュラインは数種類の花火の中から、ベーシックなものをチョイスして遙瑠歌へと差し出す。
「初めてだから、驚かせちゃ駄目よね。此れにしましょう」
手渡された其れをじっと見詰める遙瑠歌に、同じものを手にした零が声を上げる。
「こうするんですよ」
先端を蝋燭の火へと近づける。
暫くの後、先端の紙から本体へと火の点いた花火は、地味でもなく、派手でもなく。
其れでも美しく花開いた。
「花火の構造を簡単に説明すると、火薬を紙に包んでるの。火薬に色々な物質を混ぜているから、色も鮮やかになるのよ」
シュラインの言葉を理解したのか、小さな少女は頷いて。
それでも手渡された花火を火種に近付ける事はせず。
「何事も経験だ。やってみろ、遙瑠歌」
草間の促す声に、漸く花火へと火を点けた。
色とりどりの、花が咲く。
「機会があれば、今度は打ち上げ花火を見ましょうね」
「綺麗なんですよ!」
「ま、其のうちどっかであるだろうからな。夜店も出るなら、其れも面白いかもしれんし」
そんな三人の言葉を聞いて。
何も知らない小さな少女は。
小さな期待を胸に抱いて。
小さな笑みを浮かべた。
其の頬が赤く見えたのは、花火のせいか、日焼けのせいか。
其れとも別のものなのか。
それは、少女と三人の秘密である。
<Extra story>
「痛ぇ……」
相変わらずクーラーの壊れた草間興信所で。
ただ一人日焼け止めを塗らなかった草間は、赤くなった腕や足に濡れタオルをあてていた。
「男だから、とか意地を張るからそうなるのよ」
シュラインの呆れた声が、興信所に響く。
そんな後日談。
<This story is the end. But, your story is never end!!>
■■■□■■■■□■■ 登場人物 ■■□■■■■□■■■
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】
◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇ ライター通信 ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
御依頼、誠に有難う御座いました。
夏といえば、海に花火という私個人の発想から出来上がった話になります。
機会があれば、打ち上げ花火の話も書いてみたいなぁと、今後の創作の意欲も掻き立てられました。
それでは、またのご縁がありますように。
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