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■不夜城奇談〜邂逅〜■

月原みなみ
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
 人間の負の感情を糧とし、人身を己が物とする闇の魔物。
 どこから生じるのか知る者はない。
 だが、それらを滅するものはいる。
 闇狩。
 始祖より魔物討伐の使命を背負わされた一族は、王・影主の名の下に敵を討つ。

 そして現在、一二八代影主は東京に在た――。

 ***

「一体、此処はどうなっているんだ!」
 怒気を孕んだ声音にも隠し様のない疲れを滲ませて、影見河夕は指通りの良い漆黒の髪を掻き乱した。
 一流の細工師に彫らせたかのごとく繊細で優美に整った顔も、いまは不機嫌を露にしており、普段の彼からは想像も出来ない苛立った様子に、傍に控えている緑光は軽い息を吐いた。
 王に落ち着いて欲しいと思う一方、これも仕方が無いという気はする。
 何せこの街、東京が予想以上に摩訶不思議な土地であることを、時間が経つにつれて思い知らされたからだ。
「歩いてりゃ人間とは思えない連中に遭遇するわ、うっかり裏路地に入れば異世界の戸にぶつかるわ…っ…」
「…それも東京の、この人の多さに埋もれて隠されてしまうんでしょうね」
 告げ、光は周囲を見渡した。
 自分達が討伐すべき魔物の気配も確かに感じられるのに、それすら森の奥深くに見え隠れする影のように存在を明らかにしないのだ。
「悔しいですが、…これは僕達だけの手では掴みきれませんよ」
「クソッ」
 忌々しげに吐き捨てる河夕と、こちらも欧州の気品溢れる騎士を連想させる凛とした美貌を苦渋に歪めた光が再び息を吐いた。


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■

 夜の街に響くは癒しの歌。
 帰る場所を失くした人々に優しい温もりを思い出させるように、――時には親を亡くした子供達の子守唄に。

 夜の魔都に、流れる詩。


 ***


 処は東京で廃棄された物品が集められる産廃処理場の隅。
 業者の人影が消えた夜半時からが、この場における彼女、藤田あやこの労働時間。
 再利用出来そうなものを発掘し、運び、換金する。
 大学院生として何ら不自由なく生活していた日々を、エルフとの肉体交換という理由で失くしてしまって以降、彼女は路上で詩を歌いながらネットカフェで寝泊りする生活を送っており、院まで進んだ知識を惜しげもなく披露するように、電子機器の技術相談や廃品を再生させるなどして生計を立てているのだ。
「…それにしても…最近はますます廃棄物の量が増えたわね…」
 処理場で山となっている多種多様な製品を暗闇の中に眺めて、あやこは悲しげな息を吐く。
「でも、そのお陰であの子達にあげられるパソコンの数も増えるんだから…複雑だわ」
 ぽつぽつと呟きながら、彼女の手は廃棄物の山から使えそうなものを次々と拾い上げて別の場所に保管する。
 こうして集めた物品で新しく作製されるものは、あやこだけでなく、彼女と同じ、家や親の無い路上生活者達の糧にもなるのだ。
 そうして数時間が経過し、今宵の月の傾きを見上げてハッとした。
「もうこんな時間!? 大変、歌わなきゃ!」
 あやこは大慌てで荷をまとめて廃棄場を後にした。


 彼女はいつも同じ場所で歌っているわけではない。
 エルフである彼女の声は、癒しそのものの響きを伴い、孤独な夜を過ごす人々の中には彼女の歌が聴けたかどうかで翌日の運勢が変わると信じる者もいる。
「あぁ…今夜は良い夢を見れそうだよ…」
 川沿いの公園で眠る初老の男に声を掛けられて、彼女はそっと微笑んだ。
 そこに割り入った若い声。
「エラトかウンディーネの歌声かと思いきや、ボーイソプラノでしたか」
 少年の声かと言われて、あやこはそちらに視線をくれた。
 確かに現在の彼女は坊主頭にジャージ姿と、咄嗟には女性と判断出来ない格好ではあるが、間違われて嬉しいものではない。
 どんな男が言ったのかと思えば、立っていたのは男二人。
 見た目は悪くないが、人外のあやこには、彼等も人間でないとすぐに知れた。
「こんな夜中に散歩?」
 一曲を歌い終えてから話し掛けたあやこに、二人は視線で会話した後、ゆっくりと歩み寄って来た。
「こんばんは、素敵な歌声でしたね」
「ありがとう。ところで質問に答えてくれないかな」
 栗色の髪の青年が微笑んでくるのに対し、相手が自分を男と思っているならそれでいいと、少年のフリをして言い返せば、今度は黒髪の青年が吐息で返す。
「…心配しなくてもあんたの猟場を荒らしに来たわけじゃない」
 猟場と言われて驚いて見せると、彼は更に続けた。
「その歌声を聴けば判る、あんたも人間じゃないだろ。しかも異形の類を喰ってる」
「へぇ」
 なるほど感覚は肥えているらしい。
「じゃあせっかくだから夕飯を一緒にどう? 小妖怪の炒め物とか、結構、自信があるんだけど」
「せっかくですが遠慮しますよ、僕達はそういったものを口にはしません」
「それより…、ここらで奇妙な騒ぎが起きたりしていないか? たとえば…黒い靄が人を襲ったとか、失踪者が多いとか」
「黒い靄ねぇ…」
 言われた内容を復唱しながら考えてみるが、これといって思い当たることはない。
「それってなに? この辺で何かがあったっていう話?」
「と言いますか、それを探すのが僕達の役目なんですが、…普段はすぐに見つかるものもこの都では変化してしまっているらしく、自力で探すのも骨でして」
「ふぅん…確かにこの街では何が起こるか判らないし…。そういう情報が必要なら探すの手伝ってあげてもいいけど?」
「何らかの情報網をお持ちですか?」
「そう、とびっきりの情報網。悪い物には特に敏感な、ね」
 あやこは廃棄場から集めた部品を使い、廃品となったものを再生させるわけだが、パソコンもその一つだ。
 彼女はこれを路上生活を強いられる子供達に配り、少しでも生活が潤うよう手助けする一方、独自の情報網を構築して自らの生活にも役立てているのだ。
「またネットか…」
 話を聞いていた黒髪の青年の表情が苦くなるのを見て、あやこが小首を傾げると、栗色の髪の青年が楽しげに笑う。
「失礼、この方はインターネットが少し苦手で」
「そうなの? …でもその方が逆にいいのかも。ネットの発達で人の心まで電子情報に乗る時代だもの…顔の見えない相手に好き勝手なことを言ったり…まるで感情戦争よ」
 心から嘆いて訴えれば、青年達も複雑な表情を浮かべる。
「なるほど、利便性が人の心を惑わせる、ですか」
「そう。こうして歌っているのも、そのため。聴いてくれる人達の心の動きで歌の聴こえ方も変わってくる、良い時、悪い時、…例えるなら感情のリトマス紙みたいなものね」
 沈んだ表情で語る彼女に、青年二人も思い当たった節がある様子。
「この異常がネット上の負の感情とリンクしているとすれば…?」
「闇の魔物が機械に憑いたか? そんなバカな…」
 小声で囁きあう彼等の言葉を、しかしエルフの耳はしっかりと聞いている。
「そういえば最近廃業した電脳企業跡が妖怪の巣になってるけど、行ってみる? もしよければ案内するわ」
 あやこの提案に、青年二人は一瞬考えたようだが、最終的には彼女に案内を頼むことになった。

 ***

 既に廃業した会社の跡地だけあって辺りに人気はなく、陰鬱な空気が立ち込めていた。
 領内に足を踏み入れるなり、その通常では判らない異臭に影身河夕(かげみ・かわゆ)と名乗った黒髪の青年が顔を顰めた。
「鬱陶しいのがうじゃうじゃいるな」
「まったくですね」
 栗色の髪の青年、緑光(みどり・ひかる)も嫌そうな顔で同意する。
「基本的に僕達の力は闇の魔物限定なんですが…」
 そう言いつつ、手を振り下ろせば夏の木々を思わせる深緑色の輝きが放たれ、周囲の空気を清浄なものへと変化させる。
「対魔物以外で力を使ったと知れば始祖が何と言われるか…」
「今更だろう」
 話す彼等に、あやこは問い掛ける。
「魔物限定とか、それ以外とか、貴方達の力には何か制約があるの?」
 それに答えるのは光。
「制約と言いますか、一族の存在意義ですね…。魔物の発生を知った始祖が、それらを滅するために興したのが僕達一族ですから、基本的にそれ以外の邪なる物は管轄外なんです。特に幽霊や妖怪といったものは、一時的に退けることは出来ても成仏や退治することは出来ません」
「…じゃあ、もし此処にいるのが、貴方達の管轄じゃなかったら?」
「それはもちろん、あやこさんにお任せしますよ」
 そうしてにっこりと微笑む光の隣で、河夕は短い息を吐いた。
 ここに案内すると言った際、危険な場所なら自分達だけで行くと言った彼等に、自分の食料調達も兼ねた貴重な狩場を破壊されては困るからと、監視役のつもりで同行することを認めさせた。
 万が一の時には戦えるのかと懸念する彼等に、あやこは数少ない財産でもある銀の髪飾りを見せた。
 敵意を感じると大鉈に変化するのだ。
 同時に、髪飾りを所持している彼女をようやく「女性」だと認識した彼等は揃って固まってしまった。
 曰く「出家されている女性以外で髪を剃られた方には初めてお逢いしました…」だそうである。
 あやことて、好きでこのような頭になったわけではないのだが、それはまた別の話。
 何にせよ、この地に踏み入った彼女達を放って置けない妖怪達が姿を現し始めれば無駄話をしている余裕もなくなる。
 捨て置かれた数多くの機器に備品、散らばる紙片。
 山積みされた書類の隙間から這い出る手足は人のそれでは在り得ない。
「あれはクレー魔ーという種類よ、企業の良心に憑く妖怪。この東京で悪しき者が憑くのは邪心ばかりじゃないのよ」
「そうですか…、どうです河夕さん」
「魔物の気配は感じられないが」
 あっさりと言う河夕は、腕を前方に伸ばし、その手に光りを生じさせる。
「とりあえず全部、飛ばすぞ」
「えっ」
 彼の言葉に、あやこは驚いた。
「待って、ここは私の貴重な狩場だって言ったでしょう?」
「心配要りません。先ほど説明した通り、僕達の力は対魔物限定です」
「一時的に払っても、しばらくすれば妖怪の類は戻ってくるさ」
「そ、そう?」
 腑に落ちないながらも納得させられたあやこに、彼等は微笑う。
 そして一瞬の間。
 辺りを覆った白銀の閃光は、後に清らかな空間を残すだけだった。

 ***

 もう間もなく夜が明けようという時刻、彼女達が出逢った場所に戻っていた彼等は難しい顔をしていた。
「魔物が邪心以外にも憑くようになっているなら、厄介だな…」
「まったくですね」
「…その魔物っていうのがイマイチ難しいんだけど…とりあえず、黒い靄の情報が入ったら知らせてあげるわ」
「よろしくお願いします」
 光は言い、それからわずかに躊躇う様子を見せた後。
「ところで…あやこさんは教養が高いようですし、美しい歌声もお持ちです。なのに路上で生活されているのは、何か理由でも?」
「大したことじゃないわ、全部失くしただけ。だからもう一度学校に通って、そう、セーラーが着るのが夢なの! そのためにこうしてお金を溜めてるのよ」
 背後に置いてある廃品の荷を指差して言う彼女に、青年達は目を丸くしたが、しばらくして、笑う。
 あやこの陽気な姿に、笑顔以外の表情は不要だと察したのだろう。
「それは大変そうだが良い夢だな」
「応援していますよ」
「ありがとう」
 そうして別々の道を行く彼等は、この出逢いに何らかの未来を予感し、互いの微笑みを交し合った――……。


 ―了―

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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
◇整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・7061 / 藤田あやこ / 女性 / 24歳 / ホームレス /


■ ライター通信 ■
再びお逢い出来て光栄です。
「不夜城奇談〜邂逅〜」にご参加下さりありがとうございました。
心優しいエルフのあやこさんと狩人達との出逢い、如何でしたでしょうか。一部プレイングを反映出来なかったことをお詫び致しますと共に、今回の物語をお気に召して頂ければ幸いです。
リテイクありましたら遠慮なくお出し下さい。

またお逢い出来ることを願っております。


月原みなみ拝