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■Night Bird -蒼月亭奇譚-■

水月小織
【6989】【田中・ななし】【記憶喪失中の狐人間】
街を歩いていて、ふと見上げて見えた看板。
相当年季の入った看板に蒼い月が書かれている。
『蒼月亭』
いつものように、または名前に惹かれたようにそのドアを開けると、ジャズの音楽と共に声が掛けられた。

「いらっしゃい、蒼月亭へようこそ」
Night Bird -蒼月亭奇譚-

 蒼月亭は、ボクが住んでいる薬屋『宵屋』の近所にある。
 だから時々、お昼はそこで食べることにしてる。マスターのナイトホークも、店員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)ちゃんも優しいし、ご飯も美味しい。
 その日も、僕の面倒を見てくれてる人と一緒にお昼御飯を食べに行くはずだったんだけど、店への急な来客で行けなくなっちゃった。
「じゃあ、先に行って食べてるね」
 お仕事のお客さんなら仕方ないよね。
 蒼月亭までは何度も通ってるし、昼間だから一人だって大丈夫。お金もちゃんと持ったし、頼むのはいつもの『気まぐれランチ』って決まってるから、悩まなくたって大丈夫なんだ。
「こんにちはーっ」
 元気にドアを開けると、ナイトホークと香里亜ちゃんがいつもの挨拶をしてくれる。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 ボク、この挨拶好きなんだ。カウンターの開いてるところに座って、いつものようにランチを頼む。カウンターの一番奥以外はどこに座ってもいいけど、何となく真ん中が好きだからそこに行く。
「ななし、今日は一人か?」
「うん、後で来るから先にご飯食べてなさいって」
 そう言えば、一人でここに来るのは初めてかも知れない。そう思うと、いつも来てる場所なのに、何だかドキドキする。このお店、色々珍しいものとか、古い物が色々あるんだ。棚にはお酒がいっぱいだし、でもお菓子もあったりするし、ちょっと不思議。
「何か珍しい物ありましたか?」
「うーん、お酒いっぱいだなって。こんなにたくさん飲みきれなそうだね」
 ボクがそう言ったら、香里亜ちゃんがにこっと笑う。
「そうですね。でも、冷蔵庫とかにもまだまだあるんですよ」
「そうなの?でも、お酒飲み過ぎると、かんぞうが悪くなるんだって。この前、お店に薬買いに来た人が言ってたよ」
 ナイトホークが苦い薬飲むのは嫌だな。コーヒーも苦いけど、薬はもっと舌全体が苦さで固まっちゃうぐらいなんだ。ボク、ちょこっと舐めてみたから知ってるよ。
「全部俺が飲む訳じゃないから、大丈夫だ」
 そう言うと、ナイトホークは煙草に火を付ける。マッチで火を付けるのも格好いいな。ボクは子供だから吸えないけど、お店で見るといつもそう思うんだ。
 しばらくお喋りしていたら、今日のランチが出てきた。
 今日はトマトとエビの冷たいパスタと、茸のクリームスープに温野菜のチーズ焼き。猫舌でも食べやすいように、野菜は小さめに切ってくれている。
「いただきまーす」
「はい。おかわりもあるからたんと食べろ」
 うん、今日のご飯も美味しい。いつも色んなメニューが出てくるけど、一度嫌いって言った物は出てこないし、何故かボクがこんなの食べたいなって物を出してくれる。いつも不思議に思ってるんだけど、どうして分かるのか教えてくれないんだ。
「今日はミルクプリンがありますから、デザートに食べていってくださいね」
「うん。ミルクプリン好きー」
 そうやって話してたら、カランってドアベルが鳴った。
 お客さんかな?って思ってそっちを見たら、七夕の時に会ったドクターがやって来た。
「あ、ドクターだ!」
 そう言えば、ボク七夕の時ドクターに遊んでもらったのに、ドクターの名前知らないや。
 でも久しぶりに会ったのが嬉しくて、ぱぁっと笑ったら、ドクターは右手を挙げてすたすたと入ってきた。
「いょーう、まだまだ残暑が厳しいでざんしょ」
「……どうしてそう滑るギャグを言わずにいられないんだ、お前は」
 そう言えばボク、七夕の時は夜だったからずっと黒狐のままだったんだよね。ボクが、ななしだって気付いてくれるかな。どうかな。何かワクワクしてじーっと見てたら、ドクターはボクに気付いてにぱっと笑う。
「あれ?もしかしてななし君かな」
「えっ、どうして分かったの?」
 わーい、気付いてもらえた。それが嬉しくて、ボクもドクターに負けないぐらいにこっと笑う。
 ドクターはボクの隣に座ると、七夕の時みたいに頭を撫でてくれた。
「えーっ、分かるよぅ。だって一緒に花火して遊んだもんね。暑かったけど元気だった?」
 もし気づいてもらえなかったら、頬っぺたを膨らませて「むーっ」っていじけようと思ってたのに、すぐ気付いてくれたからすごい嬉しい。尻尾が出てたらぱたぱた振ってたと思う。
「お昼は暑かったけど、お店の中は涼しいから大丈夫だったよ。ドクターは夏バテとかしてない?」
「大丈夫だよ。ななし君は優しいね」
 そういえば、ナイトホークや香里亜ちゃんは大丈夫だったのかな?ボクがくりっと顔を向けると、ナイトホークが少し笑う。
「どうした?ななし」
「ナイトホークや香里亜ちゃんは、夏バテしてない?」
「ああ、大丈夫だよ。香里亜も毎日元気に飯作ったりしてるしな」
 だったら良かった。
 やっぱりみんなが元気だと嬉しいもんね。今年はすごく暑くて大変だったから、ちょっと心配してたんだ。
 ドクターのご飯はボクのと違って、トマトクリームのドリアと、エビと枝豆のサラダ。ボク、猫舌だからドリアはちょっと苦手。冷たいパスタの方が食べやすい。
「いただきます」
 ちゃんと手を合わせてドクターが挨拶したから、ボクももう一回挨拶をして食べ始める。
「うーん、ここのご飯は美味しいねぇ。ななし君のご飯も美味しいかい?」
「うん。すごく美味しいよ」
 そうだ、ドクターに会ったら、ボクたくさんお話ししたいことがあったんだ。
 あの時は黒狐だったから言えなかったけど、人間の姿で、人間の言葉でちゃんと言わなくちゃ。
「あのね、ドクター」
 ボクがそう言ったら、ドクターはにこっと笑ってスプーンを置く。
「どしたの?」
「七夕の時、ボクに花火させてくれてありがとう。すっごく楽しかったよ」
 よし、ちゃんとお礼言えたよ。
 黒狐姿のボクのこと抱っこしてくれて、花火も肉球で持たせてくれたんだ。だから人間姿じゃなくても花火出来たし、ちゃんと人間の言葉でお礼が言いたかったんだ。
「僕も楽しかったから同じだね。それに、人間の時のななし君に会えたから、今日来て良かったかな」
「ボクもドクターに会いたかったんだよ。ねえねえ、ドクターって本当の名前なんて言うの?」
 これはちゃんと聞いておかなきゃ。
 ドクターはポケットの中からメモ帳を取り出すと、香里亜ちゃんにそれを渡す。
「香里亜ちゃん、漢字とひらがなで僕の名前書いて、ななし君に渡してあげて」
「はい。じゃあ、大きめに書きますね」
 あれ?どうして自分で書かないのかな。
 ドクターひらがな書けないのかな?
 困ったようにボクがナイトホークを見ると、何故かクスクスと笑いを堪えてる。何かおかしいことがあるのかな。
「ななし。お前何でこいつが自分で自分の名前書かないかって思ってるだろ」
 うん。すごいや、エスパーみたい。何で分かったの?
「こいつ、字が下手なんだよ」
「異議あり!僕は字が下手なんじゃなくて、日本語の文字が下手なだけで、英語やその他言語は綺麗に書けるもん」
「でも日本語は暗号だろ」
「それに関しては返す言葉もございませんが」
 そうなんだ。ボクも漢字とか時々苦手だから、ドクターと同じだね。
 あ、香里亜ちゃんがドクターの名前書き終わったみたい。ドクターはそれをボクに見せると、ちゃんと自分の名前を教えてくれた。
「僕の名前は篁 雅隆(たかむら・まさたか)って言うんだよ。でも、みんなドクターって呼んでるから、ななし君もドクターでいいよ」
 そっか、ちゃんと覚えておかなくちゃ。
 ドクターが名前を教えてくれたから、ボクも改めてきちんと自己紹介。
「ボクは田中ななしだよ。家はこの近所にある薬屋さんで『宵屋』っていうんだ。今日はお店にお客さんが来てるから、一人でご飯食べに来たんだ」
「偉いんだね。じゃあご飯を残さず食べたら、ボクがご褒美にケーキを奢ってあげよう」
「いいの?」
 嬉しいな、ボク、ケーキも好きなんだ。
 嬉しくてニコニコ笑ってたら、ドクターもニコニコ笑ってる。
「僕一人で食べるのも寂しいから。久しぶりに会ったんだから、大人ぱぅわーでケーキぐらいご馳走するよ」
「後で保護者の人来るから、その時はちゃんと何食わせたか言っとけよ。心配されたら困るし」
 うん、怒られないと思うけど、心配したら困るもんね。
 でもドクターなら大丈夫だよ。だって七夕の時も、ずっと遊んだりしてくれたもん。だから悪い人じゃないってのは、きっとすぐ分かると思うよ。

 ご飯を全部残さず食べたあと、シフォンケーキを食べながらドクターはボクにポケットに入っている色々な物を見せてくれた。
 色んな色の飴玉や駄菓子、竹とんぼや小さなだるま落としにあやとりのひも、それに紙風船。
「ドクターのポケットって、色んな物が入ってるんだね」
 でも、一番面白そうだったのは、おはじき。ガラスで出来てて、キラキラしててお日様に透かすとすごく綺麗。
 ナイトホークもドクターのポケットから出てきたおはじきを、一個手に乗せてる。
「何か懐かしいものが色々出てきてるんだけど、どうしたんだ?」
「みんなで遊ぼうと思って、駄菓子屋で買ったー。ななし君はおはじきの遊び方知ってる?」
 紙風船は遊んだことあるけど、おはじきは初めて。
「どうやって遊ぶの?ボクにも教えて欲しいな」
 おはじきの遊び方は簡単だった。指を通してから弾いて当てて、当たったら一個取る。それでたくさん取れた方の勝ちなんだって。ドクターが優しく教えてくれたから、ボクもすぐ遊べるようになった。
「わっ、当たったー」
「ななし君おはじき上手ですね。アイスココア入れたので、よかったら飲んでくださいね」
 香里亜ちゃんに褒められちゃった。
 カウンターの上に置くと、おはじきはすごくキラキラしていて綺麗だった。
「ななし君、おはじき気に入った?」
「うん、これ面白いね。他にも遊べたりするの?」
 他にも手の平に乗せてから上にちょっと投げて手の甲に乗せたりする遊びがあるんだって。お店の中でやると、おはじきが床に落ちたとき大変だから、弾いて遊ぶだけでも面白い。
 ボクが一生懸命遊んでたら、ドクターは小さな赤い巾着袋をボクにくれた。
「じゃあ、このおはじきは、ななし君にあげよう」
「いいの?ボク、今日ドクターにもらってばかりだよ」
 ケーキも食べさせてもらったのに、おはじきもくれるなんて。そしたら、ドクターは悪戯っぽく笑って人差し指を振る。
「ななし君が遊んであげた方が、おはじきも喜ぶと思うんだ。数を数えるときにも使えるから、勉強にも使えるよ」
「おはじきが喜ぶの?」
「そうだよ。だから大事に遊んであげてね」
 うん、大事にするよ。ボクはおはじきを巾着に入れると、それをそっと両手で持つ。
 七夕の時も、今も、ドクターに遊んでもらっちゃった。でも、何か嬉しいな。
 だって、七夕みたいに黒狐姿の時も、今日みたいに人間の時も変わらずお話ししてくれるし遊んでくれる。それに、会ってすぐ、ボクのこと分かってくれたんだ。
 それが嬉しくてニコニコしてると、ドクターだけじゃなくてナイトホークや香里亜ちゃんも笑ってて。
「よし、おはじきで遊んだから、次はあやとりしようか。ナイトホークできる?」
「お前はどうしてそう唐突なんだ」
「だって、ななし君に教えてあげたいんだもん。あやとりならひもがあればすぐ遊べるから、今度お家の人に遊んでもらうといいよ」
 あ、ちゃんとボクの保護者のことも覚えててくれたんだ。そうだね、きっと知ってると思うし、おはじきでも遊んでくれるかな。
 輪っかから何が出来るのかなってワクワクして見てたら、ドクターとナイトホークが色々と作り始めてて、それが魔法みたいで。
「ボクにも出来るかな。ドクター、教えてくれる?」
「おけー。一人でも色々作れるよ」
 梯子に東京タワー、ほうき、そり、朝顔……。
 時々ココアを飲んで、それでたくさん遊んで。ずっと夢中で遊んでたから時間忘れちゃってた。そしたらカランカランってドアベルが鳴って。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 あ、お客さん帰ったんだね。待ってたんだ。
 今日はいっぱい遊んでもらったし、色んな事も覚えたよ。ケーキもごちそうしてもらったし、ドクターのことも紹介しなきゃ。
 うーん、まず何から話したらいいのかな。
 そしたら、ドクターがぽんっと肩を叩いてにぱっと笑って。
「まだまだ時間はあるから、ゆっくり話すといいよ」
 そうだね。まだお日様が落ちるまで時間もあるし、これからご飯なんだもんね。
「ゆっくりご飯食べていいからね。ボク、それまでドクターと遊んでるから」
 食べ終わったら、たくさん話すことがあるんだ。
 この夏にできた、新しい友達とのお話。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧・発注順)◆
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
6989/田中・ななし/男性/13歳/記憶喪失中の狐人間

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。 
七夕の時は夜だったのでずっと狐姿だったななし君と、一緒に遊んでた雅隆と人間姿で話をしてみたいと言うことで、話を書かせていただきました。
すぐピンと来たようで、カウンターで一緒になって遊んでます。何となく昔懐かしい遊びが二人には似合う気がしたので、あやとりなどさせてみました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。