■居酒屋談義■
ひだりの |
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】 |
ことこと、煮物の煮えた良い匂いがする。
サトイモは薄茶色に染まり、味も好い加減。火も中まで通りホクホクだ。
つまみ食いの衝動でも抑えているのか、店主・安威岬 芙壬は菜ばしでサトイモを摘んだまま止まっている。
「…何、されてるんですか。先生」
女の子にしては少しほどハスキーな声、開けたばかりの店にいるのは客ではない…。
銀色に見事に染め上げた髪を揺らすのは、お手伝いに来ている高橋 累だ。
「あ、いやあ、良い具合に出来たなあと思って〜」
えへへ、と照れながらサトイモを累に見せる。
「ほう、では自分が味見を」
「えっ」
ぱくり
「あ、ああああー!!ボクだって我慢してたのにいいい!!」
「ふむ、此れは中々の美味。さすが先生ですな。」
嘆く芙壬をよそに累はもぐもぐと咀嚼を続けてごくんと飲み込む。
芙壬へと両手を合わせて、ごちそうさまでしたと律儀に挨拶。
すれば、芙壬はお粗末さまでした、と気力ないままに言うしかないのである。
そんな時、がらりと戸の開く音…。
「あ、いらっしゃいませ…、ご注文は、お決まりですか?」
先ほどまでの騒ぎは無かったかのように、ふんわりと芙壬は微笑んだ。
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居酒屋談義
とある街の路上にて…
「んも〜、どうすりゃいいの?これ」
参った…、頭を抱えるように大げさに声の主は頭を掻いた。目の前には古びたリヤカーに、それに積まれた大量の酒瓶。ラベルには…「脳卒中」と、書かれている。激の付くほどの辛口で有名な銘酒だ、度数もそれはもう…一般人ならばコップ一杯で目を回してしまうだろう。それを細めで見つめる人物、藤田あやこ。
まさか、鼻歌程度で此処までのおひねりをもらえるなど、思いもしなかった。
…そう、これはつい先程に貰った物だ。釣りを終え、大量のクーラーボックスを片手にご機嫌で帰途に付いていた時だ。鼻歌交じりに得意のジャズを歌う、田舎の道だから、と…遠慮もなく結構な声量で歌う。気分はリサイタル、気持ちよく歌っていた時だ。
「おねえちゃん、歌上手ぇのう」
「え?ありがとー、ございますっ」
不意に掛けられた褒め言葉に、あやこは振り返ってにこりと懇親の笑顔。褒め言葉は皺の多い口から発せられていた。目の前にはリヤカーを引く老夫婦が一組。老婆は拍手までしている。あやこは得意げに笑っていたが、ずいと目の前に一本の酒瓶を差し出された。
「ええ歌の礼じゃ、もって行き」
「?あ、じゃ、じゃあ…」
「ん」
あやこが酒瓶を手に取ったなら、老爺はおもむろにリヤカーから離れた。老婆はこちらに寄ってきて、小さな包みをあやこへと渡す。
「これ、家の畑で取れたもんじゃけ〜」
触った感触から言って…中身は芋のようだ。あやこはありがとうございます、そう言いながら受け取ったが、リヤカーから離れた老爺はそのまま歩いていっている。相場も其の後を追うように少し早足で歩いている。………はて、このリヤカー…一体誰が持ち帰るのだろうか…。
「あのー、これ、忘れて…」
「ああ、それも全部おねえちゃんにあげるけ、酒盛りでもしなされ」
「は」
さすがにそれは…と、言えるほどリヤカーの姿は柔らかな衝撃でなく…まるでガツンと頭に一撃喰らったかのような衝撃。目の前がくらくらしたのを、あやこは鮮明に思い出せるだろう。…一体どれほど其のリヤカーと見詰め合っていた事だろう。我に返ったときにはもう既に、老夫婦の姿はなく…。妖怪の類だったのではないか、と、今更にあやこは考えていた。
さて、回想にふけるのもそろそろにしなければ。日が落ち、周りの家や店にもぽつぽつと灯りが灯りだしてきた時分、どうしようもない荷物を抱えて何処へ行けばいいのやら…。クーラーボックスには釣りで得た魚たちが蓋を押し開けんばかりにぴちぴち。引いているリヤカーには芋と大量の酒瓶。これをどうやって処理しろと言うのか…。
悩んでいる間に居酒屋の多い通りへと行き着いた。あやこは物珍しそうに辺りを見回す、和食はあやこにとっては結構遠い存在だ。和食のお店に行ったのは数える程度、それなのに赤提灯がぶら下る店なんて、行った事があるはずがなく…。
「和食、ねえ…」
そう呟いて、あやこは考えた。
今の今まで和食とは縁遠い生活を送ってきた。
…しかも現在は西洋ファンタジーの王道とも言える種族、エルフとなっている。
……エルフの舌で味わう和食とはどのようなものか?
…………
……………
考えれば考えるほど、志向は深みに嵌り興味を引かれていった。
そうして、当然の如く…
「よし、決まり!」
勢い込んだ声を上げたなら、一番手近な店に目星をつけて、リヤカーは外の壁伝いに置いておく。持っていけそうな芋、クーラーボックス、酒瓶を一本抱えた。コレだけでも結構な重さで、少しよろめきながら【小料理屋 要】と、書かれた暖簾を押し上げ引き戸を開けた。
「たのもお!」
暖簾を潜って最初の一言はまるで道場破りのよう、満面の笑みで乗り込んだあやこに居酒屋の店主は酔っ払いなどで、急なアドリブに強いのかふわりと笑って、お決まりの文句。
「…いらっしゃいませ、すごい荷物ですね?」
「そうなの!今日釣りに行ったら大漁だったの。あとね」
かくかく、しかじか
あやこは猛スピードで口を動かし、店主へと手短に事の次第を伝えた。店主はあやこの言葉を思い返しながら理解しているようで、固まったまま動かない。そして、ようやく手をぽんと叩いた。
「じゃあ、その食材を調理すればいいって事ですかね」
でも、大量の酒瓶はどうするかなあ、と店主は困ったように笑っているが、そんな店主にはお構い無しに、どんどんとあやこは酒瓶を店内へと運んでくる。…【要】は、どうやら開店したばかりだったらしく店内には客らしい人はいない。だが、酒瓶を持とうとしたあやこのそばに、すっと影が掛かった。一人の少女があやこの目の前にいつの間にか立っている。
「自分が運びましょう」
少女は手短にそう言って、あやこが持っていこうとしていた酒瓶を6本は抱えて行った。そして、すぐに戻ってきては、また酒瓶を運んでいく。淡々とした作業に、あやこが口を挟む暇も無く、酒瓶は全て店の中。
「ありがと…この子、マスターの妹さんかな?」
少女に礼を言いながら、少女を観察するように見てあやこが質問を店主へと投げ掛けた。マスター、と呼ばれた店主はその呼び名に照れているのか、困ったような笑いをしている。
「いいえ…知り合いなんです。時々お手伝いに…あ、マスター…ってやめて貰えません?ちょっと恥ずかしいので…」
「照れ屋さんなのね、居酒屋って所謂、バー…でしょ?和製の」
あやこは人差し指を立てて、くるくると回し自分の意見を示した。つまり、バーならばマスターと呼んでしかるべき立場なのだから、気にするな、と言ったところ。
「慣れてないんですよ…さて、何を作りましょうかね」
店主は未だに照れた笑いをしながら、クーラーボックスを開けた。静かに感嘆の息を漏らして、一尾を取り出す。そこには種類は偏りがあるものの、結構な量と種類の魚が犇いていた。
「本当、大漁ですね!じゃあ…僕は料理を作ってますから、累ちゃんお相手してあげてね」
店主はにこりと先ほどの少女…累と呼ばれている…へにこりと笑いかける。少女とくれば生真面目にも『YES!sir!』と返しそうなほどきびきびとした敬礼をしていた。そして、おもむろにあやこのそばへと近寄り…ぼそりと一言
「客人は…心霊など見た事はありますか…?」
普通、一般人ならばこの一言で縮み上がりそうな物だが、藤田あやこに普通、一般人、なんて道理は通用しない。ふふんと、鼻で少女の言葉を笑って、親指で自信満々に胸を指す。
「あらっ!馬鹿にしないで欲しいわね…私を誰だと思ってんのかしら?」
「なんと…では、お聞きしましょう…何方で?」
待ってましたと言わんばかりに、あやこはすっくと立ち上がって名刺をさっと一枚取り出して掲げる。まるで勇者が剣を天へとかざす様に誇らしげだ。心なしか名刺も輝いて見える…それは、電気の灯りの所為だろうが。
「男性向けブランドに、ジャズカフェバー、ひいては蛾妖怪の芸能プロダクションまで経営し、日本屈指の女社長と謳われた藤田あやこ…てのは、まさに私の事…。この私に心霊を見た事があるか…?愚問ね!!」
ふふんと笑うあやこの言葉、累はぱちぱちと驚いたように瞬きを。…店主も作業を一瞬忘れて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「……そ、それは失礼。まさかそんな凄い方とは露知らず」
と、累がかしこまった言葉を吐くと同時に、店主も作業を再開した。段々と料理が出来上がっていくのか、美味しそうな匂いが店舗中に漂ってくる。それに釣られて客がちらほらと入ってきた。それを横目で見ながら、あやこは席に着く。
「で?もしかして――…心霊関係の話なの?」
言っとくけど、その手の話にはうるさいわよ。
なんて、言葉も忘れずに、あやこは累の話に興味があるそぶりを見せた。累としても、話したくて仕方が無いのか、少し咳払いをした後に神妙な面持ちで内緒話をするように、少し前屈みになってあやこの方に身体を近づける。
「ええ、私、とても強い霊媒体質で…。いつも先生…あ、此方の芙壬さんに助けてもらっているのです」
「あら、マスターは能力者だったの?で、…どんな体験したの?楽しそうねえ、霊媒って幽霊が一杯寄ってくるんでしょ?」
「た、楽しそうって、追い払うこっちは大変なんですよ?…あ、はんぺんですね、はーい」
累とあやこの話を聞いて、思わず汗を流す…芙壬と呼ばれた、店主の男。段々と集まってきた客達の注文を受けあいながら作業をしている。包丁の小気味の良い音、ことことと煮立つ鍋の香りは他の客の気もそぞろにさせている。
「えぇ?墓場対抗野球大会?!そんな物があるの…」
「ハイ、以前は先生のお母様が監督をされていたそうです」
「そんな美味しい大会があるなら生放送したのに!」
惜しい!…あやこはハンカチを噛み締めん勢いで悔しがっている。どうやら、二人の話は盛り上がっているようで、やいのやいのと賑やかしい事この上ない。二人で話すだけでこの賑やかさ、三人集まればどうなる事かと芙壬は溜息を禁じ得ない。出来上がった料理を、皿へと移しながら声をかけた。
「あやこさん、出来ましたよ」
「幽霊を操るって、そんな事出来る…あ、有り難う!」
「本当ですよ!だって」
「累ちゃんは余計な事言わないの!」
何かを言いかけようとした累を、思わず芙壬が大きな声で制した。そのお陰で一瞬の静けさが生まれ、返って目立ってしまったが、芙壬が困った笑顔で両手を振って何とか無言でもみ消した。ふう、と息を吐く店主の芙壬は頼りなげに見えるが料理の腕は良い様だ。カウンターには品の良さそうな魚料理がずらりと並ぶ。
「美味しそう!醤油の香りって、結構良いものね。じゃ、いただきます」
あやこがにこりと笑う。お褒めの言葉を頂いた店主は、照れたように小首を傾いだ。
そして、箸でまずは程よい色合いに煮詰められたカレイの煮物を摘む。裂かれた白身からふわりと香り、湯気が立ち上る。ぱくり、あっという間にその一切れはあやこの口の中へと消えた。
「んーっ!っっ!」
「だっ大丈夫ですかあ?!」
まだ熱かったのか、あやこは口に入れたままでじたばたと苦し紛れの動きを。それに慌てて、芙壬がお冷お冷と、グラス一杯の水を差し出したがソレを飲まずに、口の中のものを、ごくん、と飲み干した。その顔は何処となく満足げだ。そして、ゆっくりと水を飲む。
「ちょっと熱かったけど…、中々ね。素材が良かったのかしらっ」
自らが釣ってきた魚に大分御満悦の様子、ほうと安堵の息を漏らしながらも芙壬は次から次へと料理を出してくる。カウンターの上は既に皿で目一杯に埋まっている。それを横から眺めていた累が、ちらりとあやこを見つめて
「…あやこさん、この料理…全て食べきるおつもりで?」
「最後は芋の甘辛煮ですよー。良いお芋ですね」
「…………」
最後の止めといわんばかりに、乗り切らなくなった皿はカウンターと厨房を仕切る敷居の上に置かれた。ずらりとならんだ小皿中皿大皿に、茶碗蒸し碗…とまた圧巻である。微かに薫る酒の匂いは、きっと「脳卒中」だろう、微かに残った辛味が心地良い。かと言って、ここまでの量ともなると…頭を悩ませざるを得ない。
「こんなか弱い女性に、この料理を一気に食べろって?」
「だって…ねえ、お魚は早めに食べないと、ね」
「ねー」
累と芙壬は示し合わせたようにして、顔を見合わせて頷いている。
「美味しいけど、さすがにこの量は…ね…、仕方ないわ…」
大皿の一つを持ってあやこは大きく掲げた。店中の客の目が集まる。そこで、ふふんと不敵に笑えるのは大物のなせる業と言った所だろうか…。すうっと、大きく息を吸ってあやこは選手宣誓の如く声を上げた。
「皆さんに御馳走するわ!その代わり、私をとことん楽しませてよね!!」
その場にいた客はくたびれたサラリーマンが数人だったが、あやこの言葉に店内のボルテージは最高潮となった。わあわあと一気に盛り上がる。あやこも得意げに笑い、累はさくさくと一升瓶を座敷に運んでいる。銘酒「脳卒中」が大量のお出ましとなり、客達は更に盛り上がった。
「ここのお客さんたちは、みんな一癖も二癖もありますからね。飲まれないで下さいよ」
「ふふん、それは此方の台詞よ!色んな話聞かせてもらうわよ!!」
またも不敵な笑みを見せるあやこに、料理を運びながら芙壬は困ったように笑った。
カンパーイ!!と大きな声が小さな小料理屋の壁を震わせる。普段は深夜の1時くらいで消える赤提灯は、空が白けビル際が朝陽に煌くその時まで、笑い声と話し声を聞きながら灯りを灯していた。…次の日の仕事、いつもは物静かな常連客たちはなれない馬鹿騒ぎのお陰で辛かったと、店主に漏らしていたと言う。…テレビをつければ、丁度何かの特集なのか、あやこが朗らかに笑っている映像が映し出されている。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 7061 / 藤田・あやこ / 女性 / 24歳 / 女子高生セレブ 】
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■ ライター通信 ■
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■藤田・あやこ 様
初めまして、ライターのひだりのです。此度は発注有難う御座います!
おもてなし、と言いますか皆でわいわいしている感じになりました。
少しテンションの高い感じになってしまいましたがどうでしょうか。
これからも精進して行きますので、機会がありましたら
是非、宜しくお願い致します!
ひだりの
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