■不夜城奇談〜発生〜■
月原みなみ |
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】 |
人間の負の感情を糧とし、人身を己が物とする闇の魔物。
どこから生じるのか知る者はない。
だが、それらを滅するものはいる。
闇狩。
始祖より魔物討伐の使命を背負わされた一族は、王・影主の名の下に敵を討つ。
そして現在、一二八代影主は東京に在た――。
***
明かり一つ灯ることのない部屋で、彼は床に横たわり、低く掠れた声に同じ言葉を重ねていた。
何度も、何度も。
どうして。
なぜ。
――…なんで僕がこんな目に……
この家屋に彼は一人きり。
今はもう誰も居ない。
彼の名前を呼んでくれる優しい母も、他愛のない話に笑ってくれる兄弟も、…成績に対して小言を言う父親の声ですら聞きたいと願うほど、彼はもう長い間、独りだった。
「なんで僕だけ…っ…」
立ち上がる気力も、ない。
いっそ死なせて欲しいと願う。
「僕なんかもう…!」
不意に。
カタン…、と家具が鳴る。
「…え…?」
カタカタッ…、と家具が揺れる。
「なに…っ」
カタカタカタカタカタ……
「なにっ、何だよっ、なに……!」
明かり一つ灯ることのない部屋に、黒い靄が広がっていた。
彼、独りきりだったその場所に。
「――」
響く声は。
「……ぁ…お、お母さん……?」
闇の中、蠢く意思は誰のもの――……。
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■ 不夜城奇談〜発生〜 ■
藤田あやこは科学的知識を豊富に持ち、趣味・発明という元人間、今はエルフの娘だ。
そのために彼女の持つ知識は一般教養の枠には収まり切らず、活用の場にも限界というものが無い。
――もし黒い靄を発見し、その近辺で不穏な事件が起きるようになった場合は連絡を下さい……
数日前に知り合い、闇の魔物を退治する役目を負うという一族の狩人の言葉を胸中に反芻しつつも、彼女は自ら動くという選択をせずにはいられなかった。
実を言うと「黒い靄」と聞いた時点で思い当たるものはあったのだ。
正しく根を張れば欲しい情報は確実に入ってくる。
それも、その一つだ。
宇宙には光りの中に在ってなお光ることなく、重さのみを持ち、この世のどんな性質とも干渉することがない。
それを学会のお偉方は「暗黒物質」と名付けた。
一方では街の地下をインフラが這うようにこの世の物質と力を取り持つ存在だと説く者もおり、結局、その物質から得られる情報に謎が含まれる内は全てが学者達の憶測、推測であり、真実ではないのだが、そこから限りなく真実に近いであろう情報を集める事は可能だった。
そうして現在。
先日の狩人から得た情報により裏付けられたデータを最優先に、特出した発想力と自慢の指先によって彼女が造りだしたのは、あやこ特製の質量感知器。
この探査機と、精霊と意思を交わすエルフの能力、そしてやはり数日前にふとしたことから仲間になった霊獣、この子がいれば確実に見つけられるという自信が彼女にはあった。
「悪いものは徹底的に排除よ!」
意気込む彼女は街を探る。
人混みを掻き分けながら奥へと――。
「いやぁねぇ…最近は物騒で…この辺じゃ行方不明になる人が多いって言うし…」
不意に聴こえてきた単語に耳が動く。
行方不明者、これだろうか。
あやこは大事な情報源だと胸中に呟き、その話をしていた二人連れに何気なくを装い、声を掛けた。
同日、深夜。
「どうやら中心は…、この辺りですね」
手元の地図に油性のペンで丸を描いた緑光は苦い表情で呟く。
「物が割れる、壊れる、…そして失踪者」
「状況は魔物の存在を示すが…気配の希薄さが気になるな…」
低く応えるのは影見河夕。
「とりあえず行くか」
深夜になろうとも決して闇に呑まれぬ不夜城。
だがその奥、…人の目には決して触れぬ混沌の世界に、狩人達は影を潜めた。
***
「変な気配を嗅いだら教えてね」
傍目には無人の空間に声を掛けてから、あやこは周囲を確認する。
隣を威風堂々と歩む霊獣は豹に酷似した姿で、自分以外の存在に視認されないのはありがたいが、独り言の激しい変人と思われるのも困る。
幸い、この時には誰にも気付かれずに済んだが、時には「芝居の練習よ」と必死に誤魔化さなければならないこともあるのだ。
(さて、と…風の精霊に聴いた人が消えた場所ってこの辺りなんだけれど…)
胸中に呟きながら辺りを見渡している内、霊獣が低い唸り声を上げた。
その視線の先をあやこも見据える。
――異質な気配。
暗がりの中に蠢く影。
「あれね!」
発見したことに意気揚々と踏み出したあやこは、だが背後からの声に足止めされた。
「あやこさん?」
微かな驚きを含んだ声に振り返れば、立っていたのはあの日に出逢った狩人。
魔物を自分でどうにかしてやろうと考えていた彼女は、少なからず落胆した。
「…こんなところで奇遇ね、緑君に影見君」
「奇遇って…」
呟く河夕は、しかし彼女の足先が向かう方向を見据えて眉を寄せる。
「…あれを見つけたら、俺達に連絡しろと言ったはずだが」
「魔物は、恐らく貴女が思っている以上に危険ですよ」
「危険上等! 自分に出来るかもしれない事を確かめもせずに諦めるなんて真っ平よ」
「あ…」
「話している時間も惜しいわ、お先に!」
そうして先を行く彼女に、狩人は顔を見合わせる。
「…なんっか悪い予感がするんだが」
「…ええ…でも残念ながら、ああいう女性は好きですね」
苦笑交じりの光に、河夕は呆れつつも成程と納得してしまうのだった。
――…どうしてだろう…
――…こんなにたくさん人がいるのに…
――…みんな家族になってくれるのに……
――…どうして、僕はまだ独りなんだろう……
狩人より先にあやこが辿り着いた現場は「売り家」と広告の出ている二階建ての一軒家だった。
外観は周囲に建ち並ぶ住宅と何ら変わりない。
だがあやこの五感が感じる違和感は、霊獣の唸りを更に低く重いものに変化させていた。
「いくわよ」
塀を飛び越えて敷地内に飛び入れば不快な風が肌を刺す。
同時、しばらく手が入っていないため自由奔放に雑草が生い茂る庭の隅、白い腕が転がっていた。
「っ!」
まさかと駆け寄ると、草の向こうには身体もあり、それはちゃんと繋がっている。
触れた手首には弱いが脈も感じられ、まずは安堵した。
だが、改めて冷静に周囲を見渡せば倒れているのが一人ではないと知れる。
全員が生きているようだが、恐らく彼等が噂になっていた失踪者なのだろう。
「とりあえず救急車…」
呟いて立ち上がろうとしたその時、家屋の玄関から一人の少年が出てくる。
「…お母さん……?」
か細い声が、あやこを母と呼ぶ。
その背後には昏い闇。
「いた…!」
あやこの瞳は無意識に輝く。
少年の言葉は続く。
「…貴女は僕のお母さんになってくれるの……?」
「え?」
「誰も居ないんだ…お父さんも…お兄ちゃんも…誰も……、僕は独りで……貴女は…お母さんになってくれる……?」
今にも消え入りそうな声、震える細い身体。
他人の同情を誘うには充分過ぎて、失踪したと言われる彼等は少年を哀れんでこのような目に遭ったのだろう。
だがあやこには効かない。
彼女の五感は、それを哀れな少年とは見なかった。
「ええ、自己憐憫のループは居心地良いよね、将来を考えずに済むし楽よ!」
ビシッと言い放つ彼女に、少年はもちろんのこと、今になって追いついた狩人達も目を瞠った。
「惰眠を貪る獣は餓死するだけ! 悲しみや憎悪という負の感情は人を成長へ駆り立てるもの! これを活用しないのは愚の骨頂!」
「……貴女は…お母さんにはなってくれないの…?」
「しっかりなさい! 肉親の存在は確かに重いけど、不必要に束縛され続けると貴方の弱さにつけこんでいる魔物が肥え太るの!」
「魔物…」
「ええそう! このままだと飽き性の魔物は新しい家族を求めて失踪者が増える一方! でも誰も貴方の家族にはならない! 今のままでは、貴方はずっと独りのまま!」
迷い無く断言する彼女に、河夕は呆気に取られ、光はすっかり観客気分で拍手を送る。
「…誰があいつにあそこまで正確な情報を教えた?」
「あやこさんは収集した情報を知識として蓄える術に長けてらっしゃるんでしょう」
「……しかしそれって一つ間違うと思い込みだよな」
「そして真っ直ぐ向こう見ずに突き進むタイプですね。ああいう女性は貴重ですよ」
心の中で誰を想うのか、微笑む光に対して河夕は短い息を吐いた。
「さぁ君! 独りがイヤなら立ち上がりなさい! 貴方の孤独を癒すのは新しい家族! 自分で家族を得ればもっとずっと楽しいわ! 目を覚まさないなら特製の暗黒質量破壊弾で強制分離させるわよ!」
「げっ」
「さすがにあれは頂けませんねぇ」
どういう成分がどう相手を攻撃するのか判らないが、下手に刺激して魔物に暴走させられては生きている失踪者達の安否にも関わる。
「光、あいつを」
「御意」
応えた直後、光の姿はあやこの傍らに。
「たいへん恐縮ですが、ここからは僕達に任せてくださいね」
「ちょっと!」
「彼は魔物に憑かれて人の生気を喰らってしまいました。――もう人間には戻れません」
「どういうこと?」
「魔物に憑かれた人間には、狩人の力による死で輪廻に帰る以外、魂の解放はないんです」
「そんな!」
言っている間にも河夕の手に握られた刃は少年に向けられた。
「諦めて下さい、僕達は狩人です」
「――言ったでしょう、出来ることを確かめもしないで諦めるなんて絶対にお断り!」
「!? あやこさん…!」
止める間もなかった。
最後の手段とばかりに放たれた破壊弾。
「っ…!」
それが起こす爆風に煽られて。
「…これは…っ!」
刹那、河夕の手にあった白銀色の刀が不可思議な反応を示した。
まさかと思う。
だが思い当たった変化の理由に確信を持って閃いた軌跡は、少年ではなく、その奥の家屋へと放たれた。
狩人の刃によって生じた傷口から砂と化し、大気に溶け消える家屋。
彼等は悟る。
闇に憑かれていたのは人間ではなく、人間に忘れられた家だったのだと。
***
「この家で、二番目の男の子が亡くなったのは一月前だそうです」
現場を少し離れた公園で光が近所の住人から集めてきた情報を語る。
息子を亡くした家族は、子供との思い出が詰まった家で暮らしていく事が出来ずに越しって行ったという。
「家に憑いた魔物にも、やはり糧となる人間の感情が必要で、糧とするには生かしておかなければならない。…家に憑いた魔物の手の内には少年の魂があり、家族と引き離された少年は淋しさから悪霊と変じ人間を招く。――魔物が直接動かなければ狩人には探れない、偶然と言うには出来過ぎだと思いませんか」
「作為的なものを感じるな…」
難しい顔で空を見据える狩人に、だがあやこは何よりも少年の事が気掛かりだった。
「あの男の子は?」
「自分を縛る魔物は家と一緒に消されたんです。魂は解放され…そうですね、人間風に言うなら四九日を終えて行くべきところに帰られるでしょう」
「そう!」
「あやこさんのお陰ですよ」
どういう意味かと目で訴えれば、河夕は嘆息し、光は微笑う。
「貴女があの破壊弾を爆破してくれなければ、僕達は魔物に憑かれたあの子が原因だと勘違いして、少年に更なる苦しみを与えてしまったでしょう。それを回避させてくれたのは貴女です」
「その破壊弾が何で出来ているのか聞くのは怖いがな」
狩人の力でしか消せないはずの魔物を脅かし、河夕が真相に気付くに充分な反応を引き出したのだ、一体どんなものを使ったのか彼等には想像も出来ない。
あやこは笑う。
「それは企業秘密ね」
屈託のない笑顔に、光も応えた。
「貴女には敵いません」
「ったく…」
呆れるが、それもやはり悪くない。
「どうですか、一緒に夕飯でも」
「奢り?」
「もちろんですよ」
「なら美味しい店を知ってるのよねー」
そうして三人は、一時とはいえ平穏を取り戻した不夜城に揃って帰っていった。
―了―
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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業
・7061 / 藤田・あやこ / 女性 / 24歳 / 女子高生セレブ /
【ライター通信】
前回に引き続きのご参加、まことにありがとうございます。
そしてまずは出世(?)おめでとうございます、お逢いする度に強く成長されていくあやこさんに、こちらも励まされる思いがします。
ますますのご活躍をお祈り申し上げます。
リテイク等ありましたら気兼ねなくお出し下さい。
また何れかでお逢い出来ることを願っています。
月原みなみ拝
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