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■不夜城奇談〜発生〜■

月原みなみ
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】
 人間の負の感情を糧とし、人身を己が物とする闇の魔物。
 どこから生じるのか知る者はない。
 だが、それらを滅するものはいる。
 闇狩。
 始祖より魔物討伐の使命を背負わされた一族は、王・影主の名の下に敵を討つ。

 そして現在、一二八代影主は東京に在た――。

 ***

 明かり一つ灯ることのない部屋で、彼は床に横たわり、低く掠れた声に同じ言葉を重ねていた。
 何度も、何度も。
 どうして。
 なぜ。

 ――…なんで僕がこんな目に……

 この家屋に彼は一人きり。
 今はもう誰も居ない。
 彼の名前を呼んでくれる優しい母も、他愛のない話に笑ってくれる兄弟も、…成績に対して小言を言う父親の声ですら聞きたいと願うほど、彼はもう長い間、独りだった。
「なんで僕だけ…っ…」
 立ち上がる気力も、ない。
 いっそ死なせて欲しいと願う。
「僕なんかもう…!」
 不意に。
 カタン…、と家具が鳴る。
「…え…?」
 カタカタッ…、と家具が揺れる。
「なに…っ」
 カタカタカタカタカタ……
「なにっ、何だよっ、なに……!」

 明かり一つ灯ることのない部屋に、黒い靄が広がっていた。
 彼、独りきりだったその場所に。
「――」
 響く声は。

「……ぁ…お、お母さん……?」

 闇の中、蠢く意思は誰のもの――……。


■ 不夜城奇談〜発生〜 ■

 深夜。
「どうやら中心は…、この辺りですね」
 手元の地図に油性のペンで丸を描いた緑光は苦い表情で呟く。
「物が割れる、壊れる、…そして失踪者」
「状況は明らかに魔物の存在を示しているのに気配は希薄…、問題は此処で何が起きているのか…。また面倒な事になりそうだな…」
 低く応えるのは影見河夕。
「行くか」
 深夜になろうとも決して闇に呑まれぬ不夜城。
 だがその奥、…人の目には決して触れぬ混沌の世界に、狩人達は影を潜めた。


 ***


「あの…」
 その日の放課後、阿佐人悠輔は帰り仕度を終えて教室を出ようとしたところで呼び止められた。
 振り返ると、立っていたのはクラスメートの少女。
「…、その…」
 言い辛そうにしている彼女からある種の異変を感じた悠輔は、恐らくここでは話し難い内容なのだろうと察し、学校の外に出るかと促した。
 すると少女は明らかに安堵し、幾分か和らいだ笑顔で礼を言うのだった。

 彼女の話は「友人の様子が近頃おかしい」という言葉から始まった。
 友人は一月前に弟を事故で亡くしており、母親の心理状態も危うく「環境を変えるべき」という医師の助言に従って遠方に越して行ったのだが、その後も連絡を取り合っていた彼女は最近になって相手の言動が妙なことに気付いた。
 しかも一昨日「弟に呼ばれてる…」と呟いたきり電話を切った彼は、昨日深夜にこの近所で脱水症状を起こし倒れているのを発見され、病院に運ばれた。遠方の転居先、車でも四時間以上掛かる距離を歩いてきたと言うのだから途中で力尽きて当然だろう。
 酷い状況だと顔を顰める悠輔は、一方で聞いた話の内容を冷静に分析し、これが霊的な要因であるなら、亡くなったという弟の存在は無視出来ないと思った。
「呼ばれる」と呟いた兄が、以前の家近くで発見されたというのも気になる。
 悠輔は彼女にその家の場所を確認した後、何かあっては危険だからと、一人でその場所へ向かうことにした。


 そうして教えられた家へ向かう途中、悠輔はこの辺りで失踪者が続出しているという連日の報道を思い出していた。
(これも“弟”の仕業なんだろか…)
 そう思うと気が重い。
 越してしまった家族を呼ぶも、誰一人帰って来ないから他人を呼び込む。
 それが失踪の真相だとすれば、あまりに痛ましい。
 大事な家族だったからこそ、残された者は同じ場所に留まれなかったのに。
(彼女の話だと、この辺りのはず…)
 胸中に呟き周囲を見渡している内、白い壁に茶の屋根、二階建て一軒家の門扉の前に見知った人物を見つける。
「…河夕さんと、光さん…?」
 その名を呟けば五感に優れた彼等は振り返った。
 今までの厳しい視線を和らげ、代わりに浮かぶのは驚き。
「阿佐人君ですか?」
「なんでおまえがここに…」
 思い掛けない再会に、三人は揃って互いの姿を凝視してしまった。


 ***


 ――…どうしてだろう…
 ――…こんなにたくさん人がいるのに…
 ――…みんな家族になってくれるのに……

 ――…どうして、僕はまだ独りなんだろう……




「こんな偶然もあるんですね」
 問題の家屋の前で、光が苦笑交じりに言う。
「おかげで原因は判ったがな…」
 呟く河夕は嘆息交じりに眉を顰めた。
「魔物が死人に憑く、…普通なら考えられない事だが」
 その声音には微かだが困惑の響きが伴っていた。
 悠輔は二人が、二人は悠輔が、どうして此処に居るのかと驚いたが、互いの情報を開示すればそれぞれに納得する。
 この近隣で起きている失踪事件には魔物の存在が確かに感じられるのに、その気配は希薄。
 情報が不足したまま手を出しては取り返しのつかない事になる場合もあるため、動くのを躊躇っていた狩人の前に現れた悠輔は、この家で一月前に起きた弟の事故死、少年を想うが故に越していった家族の話を聞かせ、魔物に憑かれたのが既に亡くなっている少年だからこその異変という答えを導き出させた。
 とはいえ、それで解決とはいかない。
 魔物が死人に憑くなど、決して有り得ないのが狩人の常識だったからだ。
「何故、亡くなった人には憑かないと言い切れるんですか」
 問うた悠輔に答えたのは河夕。
「魔物には人間の肉体が必要なんだ。連中の本体は気体同然の黒い靄で、それ自体が人の目に触れることはまずない。だから負の感情に満ちた人間の心に取り付き、その肉体を手に入れて、初めて力を得る」
「力と言うと…?」
「肉体があれば誰の目にも触れるし、声を届ける事が出来るようになります。人間を招く、誘う、…ものを食べる、魔物の欲求はそうしてようやく満たされるんですよ」
 それが狩人が今まで狩って来た魔物。
 故に、魔物に憑かれた人間は、人間には戻れず、その魂の解放は狩人の力による「死」しかない。
 告げる光に、悠輔は目を瞠った。
 狩人は微笑う、――静かに。
「僕達はそういう狩人なんですよ」
「…そういう意味で言えば、今回は生きた人間を狩らずに済むだけマシか…」
「魔都様々ですね」
 言いながら、彼らの手に握られるのは日本刀を模した力の具現。
 河夕は白銀、光は深緑、――魔物を狩るための武器。
「待ってくれ!」
 悠輔は二人の前に回り込み、その進路を阻んだ。
「本当に力で狩るしかないのか!? あんた達だって今回の魔物は普段と違うと言ったのに!」
「…確かに普段とは勝手が違います。ですが魔物を放っておくわけにはいきません」
「死人に憑いても失踪者が出ている、犠牲者が増えることに変わりは無い」
「だからって…! 死んだ人間でもその想いは生きてる!」
「阿佐人君…」
「普段と違うなら…っ…、可能性がゼロじゃないなら、せめて試させてくれ」
 真っ直ぐに向き合う視線を河夕が外すことはなく、悠輔から折れることもない。
「…河夕さん」
 光の気遣うような声音に、彼はゆっくりと息を吐いた。
「…この間おまえに渡したリング、今も持っているか」
 低い確認に悠輔は頷く。
「あぁ、鞄の中に…」
「それを付けろ。――魔物が暴れそうになれば狩る、それでもいいなら…、おまえに任せる」
 最大限の譲歩を、悠輔は決して揺らがない意志でもって受け止めた。
 死んだ人間でもその想いは生きている――その言葉が狩人の胸にどう響くか、言った本人には判らない。
 だが狩人は、この少年には敵いそうもないと、胸中でそれぞれに思うのだった。


 ***


 声が聞こえた。
 一人は悲しい、一人は怖い、……誰かを求めて必死になる少年の声。
 闇を背負い、壁も床も区別がつかないほどの暗黒に埋め尽くされたその場所で、細い手足を縛られながら痛々しい笑みを浮かべていた。
「…お兄ちゃん…、僕のお兄ちゃんになってくれるの……?」
 震えた声。
「もう…どこにも行かないで…ずっと一緒にいてくれるの……?」
 哀願。
 伸ばされる手に、失踪した人々は応えたのだろう。
 家族の居ない家で魔物に縛られ、孤独に苛まれた幼い魂。
 現実に残されたのは家族でも、この少年にとっては自分一人がこの家に捨て置かれたも同然。
 傷ついた心は、どれだけの涙を流したのか。
「……悲しいよな、かけがえのない時間を過ごして来た人達を失うのは」
 告げる悠輔に、…語りかけてきた彼に、少年の目が見開かれた。
「寂しいよな、一番愛しい人達ともう会えないのは」
「ぉ…兄ちゃ…」
「怖いよな、心から信頼できるものがなくなってしまったら、…だからすがりたくなるんだよな…自分の目の前にあるのが全て偽りだと知っていても…、自分にはもう、それしかないって思うんだ…」
「お兄ちゃ…っ…お兄ちゃん…! お父さん…っ…お母さん……っ」
「うん…判るよ…。俺も、顔を上げさせてくれた人がいなかったら、偽りの幻想だと解っていても間違いなくすがっていたはずだから……」
 そうして手を差し出した。
 少年の虚ろな瞳を真っ直ぐに見つめ「行こう」と囁く。
「辛いのも、悲しいのも、全部ぶつけて来い。何があっても俺はこの手を下げないし、この手で必ず本当の家族のところに帰してやる」
「ほ…んと…の…」
「悪い夢は終わらせよう。家族は、いまでも君を想ってるよ」
「お…兄ちゃ…っ…」
「おいで、一緒に家族のところに帰ろう」
 差し伸べられる手に、少年は手を伸ばす。
「お父さ…お母さん…」

 本当の家族の傍に帰りたい、――逢いたい……。

「ぁ…ぁあっ…」
 触れる手は、すり抜けてしまいそうなほど白く儚かったが、確かな温もりも感じさせ、その眦から毀れた涙は頬を伝って悠輔の手に落ちる。
「助けて…お兄ちゃん…」
 音にした言葉は力となり。
 力は、形となり。
「助けて…!」
「…っ」
 刹那、少年の背後に群れていた魔物が。
 ――邪魔 ナ 力 …
 ――邪魔 ナ 力 …
 混沌の闇から響くのは魔物の憎悪。
「阿佐人…!」
 狩人の声がする、手首のリングが反応する。
 迫る危機は悠輔にも否定出来ない。
「…っ」
 このままでは少年が狩られてしまう、そう懸念したと同時に目を瞠る。
 リングは反応していた。
 狩人の欠片は魔物の位置を示してはいたけれど、それは手を繋いだ少年にではなかったのだ。
「魔物が憑いているのはこの子じゃない…!」
「なに?」
「あんたのリングがそう言ってる!」
 その返答には疑う余地がない。
 彼の判断力に狩人は信頼を寄せていた。
 ならば…と、彼等は瞬時に考えを切り替える。
 亡くなった少年が魔物に憑かれたのでなければ、なぜ少年は此処に居るのか。
 否、それ以前に、愛する子供を亡くした家族ならば丁重にその魂を弔うはず。
 越したからと言って、少年だけがこの家に留まる理由など無い。
 だとすれば――。
「家…!」
 三人の結論は一致した。
「そいつの魂、しっかり抱いてろ!」
「魔物が家屋に憑くとは、…まったく摩訶不思議の土地ですね」
 一瞬の静寂。
 家屋の中枢から散開した白銀色の光りは、その正体をゆっくりと砂に変化させる。

 ――魔物の残滓は大気に掻き消され、完全にその姿を果てさせた。


 ***


 悠輔の手に守られた魂は、もう間もなく陽が沈もうという空に仄かな輝きを残しながら消えていった。
 その帰路に迷うことはないだろう。
 入院しているという兄、母親も、時間は掛かるかもしれないが癒されていくはず。
 人間は決して一人ではないのだから。

「それにしても…」
 少年を見送って、光が呟く。
「家に憑いた魔物にも糧が必要で、糧とするには生かしながら傍に留めねばならず、…家に憑いた魔物の手の内には少年の魂があり、家族と引き離された少年は淋しさから悪霊と変じ人間を招く。――魔物が直接動かなければ狩人には探れない。偶然と言うには出来過ぎだと思いませんか」
「作為的なものを感じるな…」
 河夕は応えて短い息を吐いたが、一時的な沈黙の後、空を仰いでいた悠輔の肩を叩いて、笑った。
「今回も助けられた、感謝する」
「ええ、本当に…。貴方も人の心を動かす心をお持ちなんですね…、大事にして下さい、ご自分の事を」
 告げる二人の狩人、その面に浮かぶ感情。
 悠輔は、それと良く似た何かを知っている気がした。
 だが、思い出そうとした彼の思考を河夕の声が制する。
「さて…、何か食ってくか」
「阿佐人君も一緒にどうです?」
「…いいんですか」
「もちろん」
「遠慮はするな。今日の礼だ」
 そう言って微笑う二人に悠輔もつられる。
 一つの魂を解き放ち、去る狩人。
 淡い藍色の空で、星が一つ、彼等の帰路を見守っていた――。 




 ―了―

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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・5973 / 阿佐人悠輔様 / 男性 / 17歳 / 高校生 /

【ライター通信】
前回に引き続きのご参加、ありがとうございます。
狩人達との二度目の出逢いは如何でしたでしょうか。彼等にも色々有り、悠輔君の言葉には心動かされることが多く、今回の事でますます頭が上がらなくなりそうです。

リテイク等ありましたら何なりとお申し出下さい。
またお逢い出来る事を願っています。


残暑の厳しい年となりそうです、くれぐれもお体ご自愛ください。


月原みなみ拝
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