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■不夜城奇談〜邂逅〜■

月原みなみ
【7182】【白樺・夏穂】【学生・スナイパー】
 人間の負の感情を糧とし、人身を己が物とする闇の魔物。
 どこから生じるのか知る者はない。
 だが、それらを滅するものはいる。
 闇狩。
 始祖より魔物討伐の使命を背負わされた一族は、王・影主の名の下に敵を討つ。

 そして現在、一二八代影主は東京に在た――。

 ***

「一体、此処はどうなっているんだ!」
 怒気を孕んだ声音にも隠し様のない疲れを滲ませて、影見河夕は指通りの良い漆黒の髪を掻き乱した。
 一流の細工師に彫らせたかのごとく繊細で優美に整った顔も、いまは不機嫌を露にしており、普段の彼からは想像も出来ない苛立った様子に、傍に控えている緑光は軽い息を吐いた。
 王に落ち着いて欲しいと思う一方、これも仕方が無いという気はする。
 何せこの街、東京が予想以上に摩訶不思議な土地であることを、時間が経つにつれて思い知らされたからだ。
「歩いてりゃ人間とは思えない連中に遭遇するわ、うっかり裏路地に入れば異世界の戸にぶつかるわ…っ…」
「…それも東京の、この人の多さに埋もれて隠されてしまうんでしょうね」
 告げ、光は周囲を見渡した。
 自分達が討伐すべき魔物の気配も確かに感じられるのに、それすら森の奥深くに見え隠れする影のように存在を明らかにしないのだ。
「悔しいですが、…これは僕達だけの手では掴みきれませんよ」
「クソッ」
 忌々しげに吐き捨てる河夕と、こちらも欧州の気品溢れる騎士を連想させる凛とした美貌を苦渋に歪めた光が再び息を吐いた。


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■

 昨日の陽は沈んで久しく、もう間もなく新たな陽が昇ろうという時分。
 それでも決して途絶えない人工の明かりによって彩られた不夜城を彼方に眺める彼女――白樺夏穂の瞳は、どこか虚ろだった。
 東京とて高層ビルと呼ばれる無機物の群集からわずかに退けば、辺りはひっそりと静まり返った住宅街。
 その一角、わずかな街灯の明かりだけが視力を補う公園の、隅に形だけ置かれた公共のベンチは、色が剥げ落ち、ささくれ立った皮は近付く者の素肌を傷つけるに充分な刺々しさ。
 しかし夏穂がそれらを意に介することは一切無く、また彼女を傷つけることも無い。
 それは不思議に思えて、彼女にとっては自然なこと。
 ただ、街灯の明かりすら避けるように広げられた真っ白な日傘と、繊細かつ豪奢なレースをふんだんにあしらった同色のドレスは、夜闇に沈んだ光景の中で彼女の存在を際立たせていた。
「……そう」
 不意に、彼女は虚空に向けて呟いた。
 自分の左肩を見つめる眼差しには、それまで彼方の不夜城を眺めていたのとは異なる柔らかな感情が伴い、立ち上がる動きは見る者が在れば己が目を疑うほどの俊敏さ。
 刹那。
 虚空だったはずの左肩上から生じた巨大な影は彼女を背後に庇う。
 淡い青の大気に滲む姿は九の尾を持つ獣、その名を蒼馬。
 闇に純白の軌跡が描かれ、彼女は宙に。
 その背を覆うのは鳥の翼だ。
 日傘を持つ手にも薄手の手袋がはめられ、一つに結われた銀の髪にはヘッドドレス。
 可能な限り外界に晒す範囲を狭めるよう装飾された体は、空にあってなお凛と佇み、地上の様子を見つめていた。

 ――――!

 獣の、無音の咆哮が空気を震わせ、そこに生じようとしていた何かを掻き消した。
 支配されたのは風。
 後に残るのは、静寂。
「…蒼馬」
 名を呼ぶと九尾の獣は瞬時に消え失せた。
 彼女は自分の左肩上を見つめる、…数分前と同じ、柔らかな眼差しで。
 そうして大地に降り立ち、背の翼も失せた頃。
「…失礼」
 遠慮がちな声が掛けられた。
 驚かせまいと気遣っているらしい声音は、だが夏穂にとっては既に気付いていた存在。
「お見事ですね」
 感嘆の言葉と共に姿を現したのは、栗色の髪に異国の雰囲気を醸し出す外観の青年。
 そしてその奥、夏穂の肩で蒼馬が威嚇してみせたのは、闇の中にあってもその存在を燻らせない漆黒の髪に黒曜石の瞳を持つ青年だった。


 ***


「こんな夜中に貴女のような女性が一人で出歩くのは危険だと思えたのですが、そんな心配は全く無用のようですね」
 隙の無い微笑みで語る彼は、自らを闇狩(やみがり)と呼ばれる一族の狩人、緑光(みどり・ひかる)と名乗った栗色の髪の青年。
「…とんでもないものを使役しているな。さっきのは九尾の子だろう」
 表情を和らげることなく、どこか訝しげに言うのは、連れに影見河夕(かげみ・かわゆ)と紹介された漆黒の髪の青年だ。
「あんたの友達か」
 問うてくる彼を、夏穂はしばらく無言で見上げていたが、その内にゆっくりと頷いた。
 だが、それだけ。
 言葉にしてまで語ることを必要とは感じなかった。
「ずっとご一緒なのですか」
 光からの問い掛けにも、無言で頷く。
 彼等は微笑う。
「そうか」
「それは素敵なことですね」
 返された言葉は、思いがけず優しく響き、夏穂は少しだけ意外に思った。
 先刻の光景を目にしておきながら、別段驚いた様子がない彼等もまた特殊な能力を使うのだろうことは予測出来るが、ここまで他意の無い響きを伴った声で「素敵」と表現されたのは、初めてではないだろうか。
「九尾の子はよほど貴女が大事なのでしょうね。…先ほどのように奇妙な物体に襲われることは、よくあるんですか?」
「……たまに」
 今度は言葉にして答えた。
 すると、光は何度か目を瞬かせた後で嬉しそうに笑みを深める。
「そうですか。――失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「…夏穂」
「夏穂さん」
 確かめるように呼び掛ける光に、彼女は視線を返した。
 彼等には見えないだろうが、肩上の蒼馬も目を向けている。しかしそれは警戒と言うよりも興味深そうなもので、蒼馬が敵意を感じていないのなら夏穂が彼等を敬遠する理由も無い。
 そんな考えが相手にも伝わったのだろう。
 光は表情を変えずに話し掛けて来る。
「夏穂さんは、いつもこんな時間に外を出歩かれるんですか?」
「…たまに」
「ご家族は心配されないのでしょうか」
 重ねて尋ねる光に、だが河夕が口を挟む。
「光。相手は子供じゃあるまいし、そんなことを聞く必要はない、だ…ろう…?」
 眉根を寄せて連れを責めようとした河夕だったが、同時に並び立つ二人の視線を浴びて言葉を詰まらせた。
「な、なんだ…」
「これだから貴方は…」
 光が呆れた息を吐いて夏穂に詫びる。
「僕もお節介と判っていてお聞きしましたが、どうぞ気を悪くされないで下さい。河夕さんは対人関係に疎くていらっしゃるんです」
「どういう意味だ」
 不満そうに言い放つ河夕に、光は困った顔をする。
「貴方は夏穂さんをお幾つだと思ってらっしゃるんですか」
「幾つって…」
 その言い方は、まるで目の前の彼女が子供のような口振りだ。
 真っ白な日傘に豪奢なドレス姿は中世欧羅巴の幼い子供を象ったアンティークドールを思わせるが、女性にしては高い身の丈に成熟した身体つき。
 どこをどう見ても立派な大人の女性に見えるのは、河夕だけだとでも?
「…あんた、幾つだ」
 まさかと恐る恐る問い掛ける彼に、夏穂は淡々と答えた。
「…十二だけれど」
 それがどうしたのかと思いつつ返せば、河夕は目を瞠った後、この世の終わりとばかりに額を抱えて息を吐く。
「嘘だろ…っ」
「だから申し上げたんですよ」
 一方の光は呆れた表情で呟き、再び夏穂に向き直った。
「大変失礼しました、我が主に代わりお詫び致します」
「…主」
「ええ。戦闘以外にはからきし勘の働かない方ですけれどね」
 ひどいことを平然と言う光に対して怒りは湧くが、年齢を見誤ったのが事実である以上、河夕に言い返せる言葉などなかった。
「魔都は人間の生態系にまで影響するのか…? こんな十二歳が居てたまるか…!」
「何をぶつぶつ言っているんです」
 主と言われれば確かに一般人とは掛け離れた何かを感じるも、部下に諌められる姿は情けなくもあり、夏穂が(奇妙な人たち…)と胸中に呟けば、肩上の蒼馬も珍しい物を見るように小首を傾げている。
「僕達は、とある魔物を追って東京に来たのですが、ここに着いて以来、奇妙なことばかりが続いて目的の魔物も見つけられずにいるんです。そのせいで些かストレスでも溜まっているのでしょう…、河夕さんにとっては、貴女のような女性が居ることも不思議で仕方が無いのですよ」
 呆れて言う光に、夏穂はしばらく無言でいたが、そのうち、河夕の様子が落ち着くのを待って告げた。
「…不思議は誰にでもあるものなの」
 二人の青年が揃って彼女を見遣る。
「人にはいろんな魔物が潜んでいるんだと思う…。多分ね」
「――なるほど」
 夏穂の言葉に光は頷く。
 河夕も応える。
「…人が増えれば同じだけ魔物も変化する、か」
 人の世に在って、それは決して変わらぬ真理だった。


 ***


「家まで送らないでいいのか」
「…平気。蒼馬がいるから」
 淡々と返す夏穂に、二人の狩人は素直に引き下がる。
 彼女の言葉に疑う余地の無いことは彼等もよく判っていた。
 もう間もなく夜が明けようという不夜城の片隅、静かな公園。
 偶然にも重なった縁は、新しい一日の陽と共にそれぞれの今日に分かれていく。
「お逢い出来て良かった、夏穂さんのおかげで大切なことを思い出す事が出来ました」
「ああ」
 少し冷静になって計画を立て直そうと、彼等は決意も新たに再び魔物の探索を始めることにしたのである。
「サンキュ、な」
「ありがとうございました」
 感謝の言葉と共に白み始めた街へ消えていく背を見送った夏穂は、次いで肩上の蒼馬を見つめる。
 奇妙な二人連れ。
 だが、悪い人間ではない。
 蒼馬を友達だと知ってくれた狩人達。
 縁があれば、またいつか、どこかで会う機会もあるかもしれない。
「…今日は学校に行こうか」
 声を掛けると、九尾の子は涼やかな声を聞かせた。

 夜明けの不夜城。
 それが東京の地に降り立った狩人と、白樺夏穂の出逢いの刻――。




 ―了―


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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・7182 / 白樺夏穂様 / 女性 / 12歳 / 学生・スナイパー /

【ライター通信】
初めまして、この度は当方のシナリオにご参加くださりありがとうございました。
ライターの月原みなみです。
色々な謎を秘めた雰囲気を醸し出す夏穂さんと狩人達との出逢いは如何でしたでしょうか。お気に召していただければ幸いです。

リテイク等ありましたら何なりとお申し出下さい。
また、次の機会がございましたら気軽に声をお掛け下さいませ。

再びお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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