■不夜城奇談〜邂逅〜■
月原みなみ |
【4345】【蒼王・海浬】【マネージャー 来訪者】 |
人間の負の感情を糧とし、人身を己が物とする闇の魔物。
どこから生じるのか知る者はない。
だが、それらを滅するものはいる。
闇狩。
始祖より魔物討伐の使命を背負わされた一族は、王・影主の名の下に敵を討つ。
そして現在、一二八代影主は東京に在た――。
***
「一体、此処はどうなっているんだ!」
怒気を孕んだ声音にも隠し様のない疲れを滲ませて、影見河夕は指通りの良い漆黒の髪を掻き乱した。
一流の細工師に彫らせたかのごとく繊細で優美に整った顔も、いまは不機嫌を露にしており、普段の彼からは想像も出来ない苛立った様子に、傍に控えている緑光は軽い息を吐いた。
王に落ち着いて欲しいと思う一方、これも仕方が無いという気はする。
何せこの街、東京が予想以上に摩訶不思議な土地であることを、時間が経つにつれて思い知らされたからだ。
「歩いてりゃ人間とは思えない連中に遭遇するわ、うっかり裏路地に入れば異世界の戸にぶつかるわ…っ…」
「…それも東京の、この人の多さに埋もれて隠されてしまうんでしょうね」
告げ、光は周囲を見渡した。
自分達が討伐すべき魔物の気配も確かに感じられるのに、それすら森の奥深くに見え隠れする影のように存在を明らかにしないのだ。
「悔しいですが、…これは僕達だけの手では掴みきれませんよ」
「クソッ」
忌々しげに吐き捨てる河夕と、こちらも欧州の気品溢れる騎士を連想させる凛とした美貌を苦渋に歪めた光が再び息を吐いた。
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■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■
光在る処に闇が在り、闇在る処に光在り、――どの時代、どの世界に於いても決して変わらぬ真理。
それが、多種多様な者達が集う故に魔都とも呼ばれる東京であれば尚のこと、この地に集まらないものは無い。
「…また妙なものが流れ着いたか」
蒼王海浬は神経に障った異質の気配に、だが表情一つ変えずにそちらを振り向いた。
金色の長い髪が風に揺らぎ、大気に描かれる軌跡が陽光に似た暖かみを辺りに散らすと、足元の草花が微かに微笑ったらしい。
晩夏の正午過ぎ、オフィス街から少し外れた場所に位置する公園の片隅で、佇む彼の周囲には平和そのものの光景が広がり、穏やかな時間を過ごす人々は、この平穏が脅かされるなど誰一人想像もしないだろう。
周囲に息吹く木々も、枝に止まる鳥達も。
虫も。
気付かない。
その中に在って、それだけが異質だった。
「…まったく…」
公園の片隅に蠢く靄状の黒い塊に、海浬は短い息を吐いた。
荒事は本分ではないのだが、放っておいては、ろくなことにならないだろう。
とは言え、どうやら自分が関わってきた闇の者達とは性質が異なるようで、どういった対応が相手に効果的かは考える必要があった。
普段は完全に自らの力を制御しているが、荒事に手を出すとなれば多少の能力の解放が必要になる。
無意味なものは出したくないのが彼の本心。
それは自身の事情ではなく、この地上のために重要なこと、――彼自身がどんなに抑えようとも、その力は、世界への影響を避けられないほど強大なのだから。
「…さて」
見据える視線だけでも、靄状の黒い塊は海浬から感じるものがあるのか身動ぎ一つせずにいる。
しかし何時までもこうしているのは余りに無意味だ。
こうなれば多少の負担は世界に覚悟してもらおうと結論付け、片手を翳した、その一瞬。
「失礼ですが」
不意に掛けられた声に、だが海浬はやはり微かにも表情を変えずに応える。
背後に立っていたのは栗色の髪に、どことなく異国の雰囲気を漂わせる顔立ちの年若い青年だった。
海浬の瞳は瞬時に見抜く。
この青年もまた今までに出逢った何者とも異なる存在であることを。
「貴方にはあれが見えていらっしゃるようですが」
続く言葉は、青年もまた海浬が一般の人々とは異なると察したことを匂わせる。
「もし無礼にあたらないのであれば、あれの始末は僕に譲って下さいませんか?」
青年は穏やかに微笑むが、その下に緊張にも似た感情を満たしているのが見て取れた。
恐らく彼は、海浬の力の強大さまでも感じ取っているのだろう。
「…そうしてもらえるなら助かる」
「恐縮です」
海浬も口元に微笑を作り、応えた。
優雅に一礼した青年は安堵したように一つ息を吐き、次いで今まで何も持たなかった手に深緑色の輝きを帯びた武器を持つ。
日本刀を模した力の具現化。
なるほど、これが青年の能力かと海浬は知る。
ただ、一閃。
虚空に放たれた刃の閃きは、靄状の塊を砂と変え、大気に溶け失せさせた。
***
それから少しして、再び背後から声を掛けられる。
今度はどんな人物かと振り返れば、立っていたのは、漆黒の艶めいた髪に全てを見通す黒曜石の瞳を持つ青年だった。
王だ、と海浬は直感する。
全身に満ちる威厳とも取れる王気と、強い力。
自分達のような神位に属するものではないけれど、一つの血統を総べる者。
「河夕(かわゆ)さん」
栗色の髪の青年が彼を呼び、そして海浬を仰ぐ。
「ご紹介を、――我ら闇狩(やみがり)一族の主、狩人の王・影主(えいしゅ)にあられます」
「影主か」
海浬は名を口にし、手を差し出した。
よもや握手を求められるとは思わなかったのだろう、影主と呼ばれる青年はわずかに目を瞠った後で応えてくる。
「…異界の神か」
「蒼王海浬と言う。俺は君を何と呼べばいい、影主は一族の者にのみ許される名だろう」
「影見河夕(かげみ・かわゆ)と」
「彼は」
「緑光(みどり・ひかる)と申します」
「河夕に、光か」
そうして目元を和ませるも、感情の添わない瞳。
それが向き合う相手に更に強大な力を感じさせると自覚していながら、本人は意に介さない。
「君達はあれを追って東京に来たか」
「ああ…、だがこの街で変化され少々てこずっている」
「だろうな」
「…何か事情をご存知なのですか?」
「いや。だがこの都には何があってもおかしくはない、そういう土地だ」
言ってから、ふと気付いたように海浬は続ける。
「あぁ…二人とも気配を読む術に長け過ぎているのも、災いしているかもな」
「長け過ぎている?」
「いまの俺から異界の力を感じているのだろう。完全に抑えているものにそう恐縮されては、俺も些か居心地が悪い」
あえてその言葉を選ぶ海浬に、狩人達は一瞬とはいえ言葉を詰まらせ、…それから苦く笑う。
「それはすまなかった」
「恐れ入ります」
河夕が言い、光はやはり優雅に一礼した後で主の背後に控えた。
どうやら栗色の髪の青年は、この場の全てを己が王に託したらしい。
「あんたは随分とこの世界に馴染んでいるようだな」
「それがこの世界を過ごし易いものにする、最も簡単な方法だ」
「一人で此処に?」
「…ああ、一人だ」
「そうか」
会話の合間に生じたわずかな沈黙は、しかし双方、口にはしない。
それは異界の者同士の暗黙の了解。
「俺達が追っている魔物は人間の負の感情に憑くのが常だが、此処に来て従来の理を外れ始めている。そういった現象については、何か知っているか」
「いや」
だが…と目を細める。
「情報を集めたいならば有益な場所は幾つか知っている。草間興信所、アトラス編集部、…どちらも対価は必要だが、確かだ」
「探偵に、出版社…?」
訝しむ河夕に、それも仕方ないと思いつつ言ってやる。
「とりあえず行ってみるといい、すぐに解る」
疑わしげな視線を向けつつも、異界の神が言うことならばと二人もその名を胸に刻んだ様子。
他にも様々な謎を抱えた場所や土地は数多くあるが、まず知るべきはその二つ。知れば自然と彼らも数多の現象から導かれ、縁を結ぶことになるだろう。
いや、むしろそれが必然となることを、海浬は密かに予感するのだった。
***
他愛のない会話をいつまでも続ける理由はない。
それはどちらも同じであり、違う道に進むことに対し何を思うこともなかった。
ただ去り際に河夕が放った言葉は、面白いと思った。
「まさかこの地で神にまみえるとは思わなかったが、…貴重な体験をさせてもらった」
他意の無い声音に海浬は目を細める。
「神を信じているようには見えないが」
力の差に圧倒はされても、敬虔なる態度を取られた覚えはない。
もちろん海浬とてそれを望むわけもないが、彼らが抵抗なく「神」と口にするのが奇妙に映った。
ただ、それだけのことだ。
対して狩人は微笑う。
信じる神ならば確かに在る、と。
「闇狩にとっては始祖、里界神(りかいしん)だけが“神”だ。神の存在は信じるが、それを敬うかどうかは別の問題だろう」
「なるほど」
実に清々しい返答は、悪くない。
「幸運を祈る」
軽く片手を上げて背を向ければ、わずか数瞬後、今までそこにいた狩人の気配は忽然と消え失せた。
――それでいい。
海浬が振り返ることも無い。
目的も種族も異なる自分達が再び会うことなど万に一つもないのだから。
「…まぁ、また会うことがあるなら里界神とやらが楽を嗜むか聞いてみるのもいい」
晩夏の昼過ぎ、緑豊かな公園で。
それが蒼王海浬と狩人達の、出逢いの刻――。
―了―
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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・4345 / 蒼王海浬様 / 男性 / 25歳 / マネージャー 来訪者 /
【ライター通信】
初めまして、この度は「不夜城奇談〜邂逅〜」にて狩人達との縁を結んでくださり、ありがとうございました。
ライターの月原です。
神の存在を知っている狩人達は、異界の神と言えど太陽神であられる海浬さんの力には相当、気圧されてしまったようです。
おかげさまで今後は興信所や編集部に関わるきっかけも頂けましたし、非常に貴重な出逢いだったと思っております。
今回お届けする物語をお気に召していただければ良いのですが…。
リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。
月原みなみ拝
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