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■不夜城奇談〜邂逅〜■

月原みなみ
【1564】【五降臨・時雨】【殺し屋(?)/もはやフリーター】
 人間の負の感情を糧とし、人身を己が物とする闇の魔物。
 どこから生じるのか知る者はない。
 だが、それらを滅するものはいる。
 闇狩。
 始祖より魔物討伐の使命を背負わされた一族は、王・影主の名の下に敵を討つ。

 そして現在、一二八代影主は東京に在た――。

 ***

「一体、此処はどうなっているんだ!」
 怒気を孕んだ声音にも隠し様のない疲れを滲ませて、影見河夕は指通りの良い漆黒の髪を掻き乱した。
 一流の細工師に彫らせたかのごとく繊細で優美に整った顔も、いまは不機嫌を露にしており、普段の彼からは想像も出来ない苛立った様子に、傍に控えている緑光は軽い息を吐いた。
 王に落ち着いて欲しいと思う一方、これも仕方が無いという気はする。
 何せこの街、東京が予想以上に摩訶不思議な土地であることを、時間が経つにつれて思い知らされたからだ。
「歩いてりゃ人間とは思えない連中に遭遇するわ、うっかり裏路地に入れば異世界の戸にぶつかるわ…っ…」
「…それも東京の、この人の多さに埋もれて隠されてしまうんでしょうね」
 告げ、光は周囲を見渡した。
 自分達が討伐すべき魔物の気配も確かに感じられるのに、それすら森の奥深くに見え隠れする影のように存在を明らかにしないのだ。
「悔しいですが、…これは僕達だけの手では掴みきれませんよ」
「クソッ」
 忌々しげに吐き捨てる河夕と、こちらも欧州の気品溢れる騎士を連想させる凛とした美貌を苦渋に歪めた光が再び息を吐いた。


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■

「…どう、したら……いいのかな…?」
 五降臨・時雨の、ぽつりと毀れるような呟きは夜闇に沈んだ地面から。
 日中であれば幼い子供達で賑わうだろう多数の遊具が揃えられた公園には、寝転がって日光浴をするのに最適な芝が四方に広がっており、彼はその片隅に横たわっていたのだ。
 闇の中にあっても決して色褪せないのは、腰に届くほど長く、鮮やかに燃え盛る炎を連想させる赤い髪。
 漆黒のロングコートに覆われた二メートルを越える長身は、子供向けの公園であるせいか芝の領域には収まりきらず、足首から下が土の上に飛び出していた。
「困った…なぁ…」
 周囲に吹く風の速度まで緩めてしまいそうな語り口調。
 髪と同色の瞳はどこか虚ろで、焦点もはっきりしなかったが、彼は彼なりに、真剣に困っているらしかった。
 と言うのも、今の季節であれば外で夜を明かしても問題ないが、季節が変わればそうはいかない。
 しかし、現在の所持金では冬を越すなど無謀に等しく、割の良いアルバイトを探すも、職種を選んでしまうために長続きしないのだ。
 そんな折、一つ興味深い情報を得たのだが――。
「…どこに…いるのかな…? 噂の…人達……」
 ぽつりぽつりと紡がれる言葉。
「……お腹も、…空いたなぁ…」
 まるで今にも消え入りそうな声音。
 その内、不意に闇夜の向こうから複数の声が聞こえて来た。

「…ったく何なんだ、東京って街は!」
「あまり興奮されない方がよろしいのでは? 注意力が散漫になって、また要らぬ怪我をされてしまいますよ。僕の治癒を素直に受けて下さるならまだしも…」

 どちらも若い男の声だった。
 話の内容から察するに、普通とは異なる人種のようだが。
「…あの人達に聞いたら…何か…判るかな……」
 呟きながら体を起こした。
 芝を出て土の地面に立ち、声は次第に近付いてくる。
 もう間近。
「っ、河夕(かわゆ)さん前を…!」
「ぁあ?」
 一人が大きな声を上げ、一人は不機嫌極まりない声を上げた。
「あ…」
 時雨の声は強烈な衝撃音に重なり。
「うわっ…!?」
 双方、後ろに転んで尻を打つ。
「……痛い…」
「痛…っ…何だ今のは!」
「影主(えいしゅ)ともあろう方が尻餅とは情けない…」
「…っ…こんな道のど真ン中に壁なんかある方が…!」
 わざとらしい嘆き声で言われ、尻餅をついた彼は鬼のような形相で時雨に目を向けて来たが、その顔はすぐに驚きの表情に変わった。
「…これは…驚きましたね。全日本のバレー選手でしょうか」
 それまで嘆き声を作っていた男も、驚きを露に呟く。
「悪い、大丈夫だったか?」
 相手が人間だと気付けば、衝突した彼も申し訳ないと思ったのか、未だ立ち上がらない時雨に手を差し出した。
 闇夜にも決して埋もれない漆黒の髪に、不思議なほど澄んだ黒曜石の瞳。
 真っ直ぐに見返してくる視線は、悪人ではない証。
 しばし悩んでから、その手を借りて立ち上がると、三十センチ以上の身長差が如実になって二人の青年を更に驚かせる。
「本当に大きいな…」
「失礼ですがご職業をお伺いしても?」
 真剣な面持ちで問い掛けてくるのは、栗色の髪に、微かながら異国の雰囲気を漂わせる面立ちの青年だ。
「…ご職業……」
 時雨は問い掛けを繰り返しながら、…小首を傾げた。
「…職業…何だったかな…」
「は?」
 聞き返されるも、時雨は至極真面目な顔で考え込む。
「いろいろ…やって来た…けど…ベビーシッター…とか、犬の、散歩…とか…?」
「…それは、お仕事で…?」
「子供と…動物に…好かれるんだ…」
 そうして微笑う時雨に、二人の青年は呆然。
 笑顔のあどけなさに困惑は深まる一方。
 辺りには何とも言えない沈黙が漂った。

 ***

「僕は緑・光(みどり・ひかる)、彼は影見・河夕(かげみ・かわゆ)と言うのですが、貴方のお名前は?」
「五降臨・時雨…」
「勇ましいお名前ですね。時雨さんとお呼びしても構いませんか?」
 そう問い掛けてくるのは光と名乗った栗色の髪の青年だ。
 彼の確認にゆっくりと頷いて、時雨は彼らから「ぶつかったお詫びに」と手渡されたコーンスープに口をつけた。
 近くの自動販売機で何が良いかと聞かれてそれを選んだ。
 並んでいる商品の中では最も腹持ちしそうだったからである。
「では、時雨さんはどうしてあんな場所に立っていらしたんですか?」
「…人を…探して…いた…」
「人探しですか。どういった方を?」
「…どんな…人…だろう…?」
「はい?」
 光は聞き返す。
 一方、漆黒の髪に黒曜石の瞳を持つ青年、影見河夕はぎょっとして時雨を仰いだ。
「まさか、どんな奴かも判らない相手を探しているのか?」
 疑うような視線を向けてくる河夕に、時雨は考えながら口を切る。
「最近……この街で…行方不明が多いとか…、それを追ってるっぽい人が…いるって話を…聞いたんだけど…」
 その言葉に、河夕と光は顔を見合わせた。
「追ってる人に…接触して…雇ってもらえない…かな…?」
「雇う?」
「時雨、あんた雇われたいのか?」
「報酬貰って…ダンボールハウス脱出……、…」
「ぉ、おい?」
「時雨さん?」
 急に項垂れた時雨に、二人の青年は慌てたようだったが、当の本人は何のその。
 目指せダンボールハウス脱出と、自分で言いながら悲しくなってきたのだ。
 生活するためにありとあらゆるアルバイトを経験して来たが、財布が底を突いたと気付いたのは、――いつだったか。
 そろそろまともな食事も恋しくなっている。
「……時雨」
 ふと河夕の声が音域を下げた。
 真面目と戸惑いの真ん中にあるような表情で言葉にする問い掛けは、確認するのにも似ていて。
「あんた、戦えるのか?」
「…戦闘特化だから…何かあれば…その内に判るよ…」
 答えると、河夕は思案顔で時雨の頭から爪先までを検分するように見遣った。
 そうして意を決したのか、彼は自らの素性を語って聞かせる。
「あんたが探していたのは、たぶん俺達のことだろう」
「…え…?」
「俺達は闇の魔物と呼ばれる、人間の負の感情を喰らう靄状の物体を追ってこの街に来た、闇狩(やみがり)一族の狩人だ」
「…闇狩…?」
「この街の特殊な環境が原因なのかは、まだ不明だが、魔物が変化しているせいで連中の気配が探り難くなって困っている。手を貸してくれるなら俺達は助かるが」
「雇って…もらえるのかな…」
 無意識なのか、目を輝かせて問い掛ける時雨に、河夕はわずかに身動ぎ、光は緩む口元を手で隠す。
 彼らも戦闘を生業とする狩人であれば、時雨の強さに感じるものはあった。
 何より、背に担いだ妖長刀は見た目にも尋常な重さでないことが察せられる。
 …とは言え、この妙にスローテンポな語調や雰囲気には「信頼出来る」という確信が持てないのだ。
 だから“運”に賭けてみようと狩人は考えた。
「光」
「ええ」
 呼ばれただけで河夕の考えを察した光は、その手を不可思議な光りで包み込む。
 しばらくして彼が寄越したのは小さな深緑色の石。
「これを貴方に預けます」
「…これ、は…?」
「狩人の欠片です。これを貴方が持っていて下されば、次に僕達が会うのは闇の魔物との戦場になるでしょう」
 狩人が魔物を追うように、魔物も狩人の気配には敏感だ。
 それを、狩人以外の存在が持っていれば魔物は当然のごとく時雨に興味を示し、彼もまた魔物の存在に導かれる。
「その時にあんたの力を見せてもらいたい。――俺達の狩りに巻き込んでも大丈夫だと思えたら、その時には正式に協力を頼む」
 河夕の言葉を、時雨はゆっくりと胸中で反芻する。
「…ちなみに…時給は幾ら…かな……?」
 尋ねると、河夕は目を瞬かせ、光が吹き出す。
「そうですね…一件につき金貨三枚、とびきり美味しい食事付きで如何ですか?」
 提示された条件。
 それは悪くない報酬だった。

 ***

「それにしても、この東京という街は本当に不思議な土地ですね…」
「まぁ…東京は不思議が…多いからね…。新しい人は…苦労する…かも…?」
 溜息交じりの光に、時雨が言う。
 その一方で河夕が(…時雨自身が東京の不思議の一つじゃないのか…?)と胸中で謎を深めていたのだが、それは幸いにも他の二人に気付かれることはなかった。
「…ポイントは…人脈…だね…。ある程度…作ってしまえば…後は伝で何とか…」
「人脈か…」
「河夕さんが最も苦手とする試練ですね」
 顔を顰める河夕に対し、光はからかうようにそんな事を言う。
「余計な事を言うな」
「おや、今後のためにも勉強なさった方が宜しいのでは? まずは時雨さんとの親交を深めるですとか」
「ボク…は動物さんとも…話せるから…その辺りはトップクラス…かな?」
「それは凄いですね。ほら河夕さん、貴重な戦力ですよ」
「おまえはホンットに黙れ!」
 
 人気のない闇夜の公園を賑わす声が三つ。
 そんな時間が、二人の狩人と五降臨時雨の出逢いだった――……。




 ―了―

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【登場人物】
・1564 / 五降臨・時雨様 / 男性 / 25歳 / 殺し屋(?) /

【ライター通信】
初めまして、この度は「不夜城奇談〜邂逅〜」にて狩人達との縁を結んでくださり、ありがとうございました。
天然ボケの時雨さん…可愛いですね…っ。
その雰囲気に囚われ、執筆中に何度手を止めたか判りません。珈琲を片手につい「ほぅ…」と一息ついてみたり。
見た目とのギャップがまた魅力的で、今回の物語に巧く表現出来ていれば良いのですが…。

リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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