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■D・A・N 〜First〜■

遊月
【7092】【美景・雛】【高校生・アイドル声優】
 自然と惹きつけられる、そんな存在だった。些か整いすぎとも言えるその顔もだけれど、雰囲気が。
 出会って、そして別れて。再び出会ったそのとき、目の前で姿が変わった。
 そんなことあるのか、と思うけれど、実際に起こったのだから仕方ない。
 そんな、初接触。
【D・A・N 〜First〜】


(ど、どうしよう…)
 自分の前で笑みを浮かべて馴れ馴れしく話しかけてくる男に、美景雛はとても困っていた。
 これが、俗に言う『ナンパ』であることは分かるが、その対処法が分からない。
 何故だかカラオケに行こうといってきているのだが、断っても断ってもついてくる。しつこい。かと言って『用事があるんです』以外の科白も思いつかない。
 こう、びしっと拒否できればいいのだけれど、それも難しい。
 ただ買い物に来ただけだと言うのに、何故こんな目に。
 そんな感じでどうやってこのナンパ男を諦めさせるかを必死に考えていた雛の肩を、突然誰かが叩いた。
 そして耳のすぐ傍で、声が。
「やぁ、こんにちは」
「っ!?」
 驚き振り向けば、斜め上に神々しいまでの笑顔を浮かべた美形の顔が見えた。
 男と女、どちらにも見える中性的な顔立ちは正に文句のつけようがない美しさで。
 肩よりも少し長い茶色の髪は陽に透けて、その美しさをさらに際立たせている。
(だ、誰この人……)
 うっかり見惚れかけたが、雛はこの人物を知らない。なんかさも知り合いのように肩を叩いてきたけれど、やっぱり知らない。
「な、何だよお前」
 どこかたじろいだ風にナンパ男が雛の背後の美人さんに言う。その美人さんは浮かべていた笑みを深めて答えた。
「君にそんなことを答える義理はないなぁ。ただのナンパ野郎じゃないか」
「んな…っ」
「それよりあっちに君に似合いそうな服が飾られてたんだよ。せっかくだから試着してみたらどうかな」
 言葉に詰まったナンパ男を綺麗に無視して、美人さんは雛に向かって優しく微笑みかける。
「え、」
「さぁさぁ早く行こう。ナンパ男に付き合ってるような暇はないからね」
 さりげなく雛の肩を抱いてくるりと方向転換し、ナンパ男に背を向ける。そしてそのまま歩き出した。
 背を向ける瞬間、ナンパ男のあっけにとられたような間抜けな顔が見えた気がする。
「あ、あの」
「質問は、後でね。まずはアレから離れないと」
 状況を把握しようと口を開くと、耳元でそう囁かれる。
(た、多分助けてくれてるんだよね…?)
 ちょっと不安になりつつ、誘導されるままに歩む。しばらく歩いたところで美人さんは立ち止まった。
「さて、この辺でいいかな。ごめん、驚いたよね。困ってるみたいだったから……迷惑だったかな」
「あ、いえ、助かりました」
「そう? ならよかった。……じゃ、お礼は?」
「……はい?」
 にかっと笑って言われ、一瞬何を言われたか分からなかった。
「ワタシは君を助けた。君はそれを自覚している。ならば君がワタシに礼をするのが道理じゃないかな? ちなみにワタシはただいま大変空腹なので、食事をおごってもらえると嬉しいな」
 ……なんか、筋が通っているような通っていないような、微妙なことを言われた気がする。というか自分から礼を催促する時点で色々おかしいような。
「世の中ギブアンドテイクだよ、お嬢さん。ああ、折りしもすぐ目の前に寿司屋があるね。では行こうか」
「え、ちょっと、」
「言っておくけれど、ワタシはお金持ってないからね」
(ほんとに待って…!)
 心中の叫びはもちろん、笑顔で雛の肩を抱く美人さんに届くわけはなかった。

◆ ◇ ◆

 結局、なし崩し的に食事をおごることになってしまった。しかも寿司屋で。
(給料日前なのに……)
 そんなことを思っても、過ぎたことはどうしようもない。美人さん――陽葉(ひよう)さんと言うらしい――が思ったより少食だったのだけが救いだ。
 食事中に自己紹介等をして分かったのだが――順番がおかしい、というのは目を瞑っておく――陽葉は女性だった。男と女どちらにも見えるし声の高さもどっちともとれるので判断がつかなかったが、本人の自己申告で判明した。
 女性にしては長身だし、服も男女ともにOKな服である。紛らわしくしているのは故意なのではないかと思って問うて見ると、彼女はイイ笑顔を浮かべて「そのほうが都合がいいからね」と言った。…一体どういう意味で都合がいいのだろう。
 普通に見ればカッコいいな、と思うのだけれど、いかんせんちょっと非常識だ。ちょっとどころでない気もするが。
「ごちそうさま、美景ちゃん。いやぁ、久々にマトモにご飯食べたよ」
 そんなことを輝かんばかりの笑顔で言うのは何か違う気がする。というかどんな食生活を送っているというのか。
「おや、もうこんな時間か。交代だね」
「こうたい?」
 店を出た陽葉は、茜色に染まる空を見上げてそう言う。その横顔はどこか愁いを帯びていて。
 思わず言葉を繰り返した雛を見下ろす陽葉の瞳は、底知れぬ光を湛えていた。
「そう、交代。ワタシという存在が別の存在と入れ替わるってこと。こうなる前にさっさとお別れしておいても良かったんだけど――どうやら美景ちゃんも、『フツー』からいささか外れてるみたいだから別に見られても構わないかと思ってね」
「?!」
 突然の言葉にハッと息を呑んだ雛の目の前で、陽葉の輪郭が、揺らいだ。
 目の錯覚かと思う。しかしそれは違うようで。
 沈みゆく夕日の最後の一欠片が照らす中。色彩が褪せて、薄れる。空気に溶ける。
 そして極限まで薄れたそれは、陽が完全に沈むと同時、再構築される。
 揺らいだ輪郭は、僅かに形を変化させ、はっきりと。
 褪せて薄れた色彩は、色を変え、鮮やかに。
 そして先ほどまで陽葉が立っていたそこには――…全くの別人が。
 首の後ろで束ねられた髪は、美しき漆黒。
 不機嫌そうに細められた瞳は、夜闇のごとき黒。
 硬質な雰囲気を纏ったその人は、鋭い視線で雛を見た。
 思わずびくりと肩を跳ね上げた雛に、その人は一歩歩み寄り――頭を、下げた。
「……陽葉が迷惑をかけたようで、すまなかった」
「――…へ?」
「アイツは常識がないわけではないんだが、どうにも遠慮を知らないというか――利用できるものは何でも利用するのでな。人助けも、生きていくための手段として認識しているらしい」
 何だそれ。
 と、いうか。
 今、何が起こっただろう。
(ええと、なんか陽葉さんが別人になった、のかな? そんなことが出来るなんてすごいなぁ〜…って、え。なんで別人になるの? メイクしたとか変装したとかそういうんじゃなくて、性別から骨格から、遺伝子レベルで変わったよね? だってこの人どこからどう見ても男だし。背も高くなったし。ていうか服も変わった、よね。さっきはこんなタイトな服じゃなかったし。胸、ないし…)
 考えれば考えるほど理解できない。というよりありえないだろう、人間が、目の前で、全くの別人になるなんて。
「……? どうした」
 ぐるぐると考えてパニック状態になっている雛に目の前の人は怪訝そうに問う。しかし今それに答える余裕は雛にない。
「ああ、驚いているのか。まぁ当然か。――あまり深く考えないほうがいい。常識外のことなのだから、理屈を考えるだけ無駄だ。外見変化を伴う二重人格とでも思っておけ。そう思えなくても無理やりそう納得しておいたほうが身の為だ」
「…………は、い?」
 なんか、すごく無茶苦茶なことを言われた気がする。
「こういう現象は、『そういうものだ』として納得するほかない。それぞれにきちんとした法則や理由があるにしろ、それを全て理解しようなどとは思わないことだ。――特に、ここは『そういうもの』が多いからな」
 なんだかよく分からないものの、アドバイスしてくれているのは分かった。迫力に押されて頷けば、その人は小さく息を吐いた。
「…とにかく、すまなかったな。突然食事を奢らされた上にこんな現象を見せられて、迷惑もいいところだっただろう。――今度、食事代は返す」
「え、あの」
「俺の名前は月華(げっか)。好きに呼ぶといい。今日のことで俺達とお前には縁ができた。また、近いうちに会うだろうからな」
 雛に口を挟ませる隙を作らず月華と名乗った青年は告げ、踵を返した。
「それでは、失礼する」
 その言葉とともに、彼の姿は消えた。
 ……なんというか、あっという間だった。せっかちにも程がある。
(言うだけ言っていなくなっちゃったなぁ…。でも、陽葉さんよりは常識人っぽい、かな。謝ってくれたし、お金返してくれるって言ったし。…でも、陽葉さんと月華さんって別の人なんだよね、多分。なのに月華さんにお金返してもらうのってどうなんだろう…)
 などと考えながら、雛は家路に着くことにしたのだった。
 『また、近いうちに会う』――月華の告げたその言葉に、少しだけ胸を弾ませながら。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7092/美景・雛(みかげ・ひな)/女性/15歳/高校生・アイドル声優】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、美景さま。ライターの遊月です。依頼から続きのご参加ありがとうございます。
 「D・A・N 〜First〜」にご参加くださりありがとうございました。

 陽葉と月華、如何だったでしょうか。
 思ったより陽葉の部分が多くなりましたが…月華は好き勝手言って居なくなってるし。
 一応、月華も色々気を遣った結果、こうなったみたいです。…これでも。
 少しでも気に入っていただけると嬉しいです。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。