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■天寿■ |
川岸満里亜 |
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】 |
「ただいまー! あれ? どうしたの?」
診療所に入ってすぐ、キャトル・ヴァン・ディズヌフが目にしたのは、研究室の前に立ち尽くすファムル・ディートの姿だった。
「ねえ、どうしたのってば!」
近付いてみるが、反応がない。
「何かあったの?」
間近でファムルの赤い瞳を見上げた。
ようやくファムルは表情を和らげ、キャトルの肩に手を置いて、彼女を診療室へと連れて行った。
「今日は研究室には入らないでくれ」
「なんで?」
診療室の小さなソファーに腰掛けながら、キャトルは相変わらずどこか遠い目をしているファムルに問う。
「誰か来てるの?」
「いや……誰もいない。だが、さきまでいたんだ」
「誰が? 何しに? 苛められたの!?」
キャトルの言葉に小さな笑みを浮かべ、ファムル言った。
「シスが来ていた。彼女がこの世界に残した思念がな」
「ええっ? 何か言ってた?」
「いや、いつも通りだった。ただ、なんだか懐かしくてな。あの部屋にはシスが使っていた物がいくつか残っているからな。……しばらく、何も手につきそうにない」
言葉どおり、ファムルはどこか呆然としている。
「……ファムルって、意外とナイーブだよね」
「そうか? ……まあ、そうかもしれんな」
「それじゃ、今日はあたしと遊ぼう! パパを毎日楽しませてあげるよ! シスのことは、あたしが忘れさせてあげよう。あたしのことは、薬で忘れればいいしっ」
キャトルの言葉にファムルは苦笑して、彼女が聞き取れないほどの小さな声で呟いた。
「そういう自分の影響力が分かってないところ、シスにそっくりなんだよな」
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『天寿〜転向〜』
「できれば私を巻き込まんでほしんだが」
「いや無理」
キッパリ言い放って、ウィノナ・ライプニッツは錬金術師ファムル・ディートの前に、ノートを開いて差し出した。
「魔術でダランの身体の中、見てみたんだ」
「おお? もうそんなことまで出来るようになったのか」
驚きながら、ファムルはノートを見る。
「……まあ、座ってくれ」
勧められ、患者用の椅子に腰掛けるウィノナ。ファムルは受け取ったノートを興味深そうに見ている。
ダラン・ローデスに渡すために作ったノートである。現在までに見聞きし、調べたこと全てを記してある。
「でね、ダランの体内には、2つの魔力があるんだ。その2つの魔力がかみ合わないか、胴回りの魔力の流れが循環せずに、ばらばらの流れになっているから、体に悪影響があるんじゃないかな」
「なるほど……。しかし、この図はどういうことだ?」
ファムルが指差したのは、現在のダランの魔力の状態を図解したものである。
「よくはわからないんだけれど、胴回りの魔力は、今は無数の球状になってるんだ。何かに包み込まれているような……。魔女の屋敷から脱走した日に、誰かに術を施してもらったみたいなんだけれど、その影響でもう一つの魔力は抑えられているのか、封じられているんだと思う」
「誰かって誰に? どんな術を?」
「さあ、詳しく聞いてない。曖昧な言い方をしてたから、本人もよく分かってないか、言いたくないんじゃないかと思う」
言って、ウィノナは右手を振ってみせる。その腕には、繊細な装飾の施された腕輪が嵌められている。つまり、ウィノナが見聞きしたことは、魔女クラリスに筒抜けなのだ。
「あの日といえば、限られてるな。……ではまあ、機会があったら、聞いてみるか」
「で、だとすれば魔力の流れをかみ合わせるようにダランが制御しきるか、胴回りの魔力の流れを変化させるか消しさって、魔力をきちんと循環させるのがいいんじゃないかな?」
「んー、専門分野ではないが……」
ファムルは、ダランの体内図を見ながら、唸り声を上げている。
「今あるこの球体を解除したとしたら、この魔力がどんな状態になるのかわからんとなると……私が手伝えるとしたら、魔力全てを消すことくらいか。いや、外部からの攻撃も、この球体が阻む可能性があるか」
「魔力全てって……正常な魔力まで消しちゃうってこと?」
「そうなるな。魔法が使えるままでいたいのなら、自分で制御できるようになるのが一番なんだが、そもそも人間の能力で制御できるものなのか?」
ウィノナは腕を組み、ファムルは顎を押さえ、考え込む。
「可能性はあると思うんだ。でも、魔力を制御するにしても、流れを変化させるにしても、どちらにしろ魔力ってものをもっと知ることが必要なようだね」
「そうだな。一番いいのは、ダラン本人が魔女に弟子入りすることだが……ダランには、対価として払えるものが存在しないからな」
「いやいや、一番いいのは、ダランとファムルさん二人が弟子入りすることだと思うなぁ。対価はファムルさんが一生クラリス様の下僕としてこき使われるってことで」
言ってウィノナは笑い、ファムルは「それだけは勘弁してくれ」と苦笑した。
「じゃ、2番目の方法として、ボクが、魔術と魔法の道具に関して学ぶっていうのはどう? 身体の作りを学ぶより、現状ではこっちの方が可能性があるんじゃないかって思えて」
「んー、そうだな。正直、魔術をマスターした上で、錬金術についても学べば一番なんだがな。弟子に行くのは御免だが、弟子を取るんなら考えてもいいぞ? 授業料は高いが」
「えー、対価としてとんでもないもの求められそうだからな〜」
悪戯気に笑うウィノナに、ファムルは苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、まずは魔術だよね!」
勢いよく机を叩くと、ウィノナは立ち上がった。
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その日のうちに、ウィノナは魔女の屋敷へと戻った。
クラリスは研究の最中らしく、すぐに面会はできなかった。
部屋で魔術書を読みながら待ち、夕食の時間に、食堂に現れたクラリスに近付く。
「お願いがあるんですけれど、食事の後、少しお時間いただけませんか?」
漆黒のローブを纏った女性が、目を向ける。
鋭い視線ではないのに、刺される感覚を覚えた。脳を探られたのだと感じた時には、既にクラリスは目を背けていた。
「食事後、書斎に来い」
その言葉に、ウィノナは礼をすると、端の席についた。
食事は、自分の部屋で食べてもいいのだが、今日は食堂で食べたい気分であった。
魔女達と過ごす時間を――大切にしたかった。
「ウィノナ、疲れたでしょ? 沢山食べなよ」
隣に座っていた魔女が、魚料理をウィノナの前に引き寄る。
「わーい。いただきまーす!」
料理を小皿にとると、ウィノナは美味しそうに食べ始めた。
食事後、クラリスの書斎で、ウィノナはノートを見せた。ダラン用の方はファムルに預けたため、こちらはウィノナが日々使っているノートだ。
自分が見聞きしたことは、クラリスがその気になれば、知ることのできる情報である。だから隠す必要はない。
ぱらぱらとノートを捲った後、クラリスは手を伸ばした。
「来い」
言われたとおり、側に寄る。クラリスの手が、ウィノナの額に触れる。
僅か数秒後、クラリスは手を離した。
無言で、ノートを見据えている。
「あの……こういう状態ですので、専攻を魔術関係に変更したいんです。元々、ダランの身体を治すために必要な知識を得ることが目的でしたから」
「それは構わない。しかし……これは……」
クラリスは、ダランの図の胴回りに指を当てている。
しばらく考えこんだ後、浅く笑って「なるほどな」と呟いた。
「ウィノナ、定期的にシスの息子に会い、身体を診ろ。私はお前の眼を通して、シスの息子を調べる。しかし、お前を通してシスの息子に手を出しはしないと約束しよう」
「協力してくれるってことですか?」
「いや、お前はお前の目的の為に。私にとっては単なる道楽だ」
クラリスに言われなくても、ダランの身体は定期的に診る必要があると感じている。
しかしこう言われてしまうと、何か裏がありそうで警戒してしまうが――身体に興味はあっても、クラリスがダランを狙う理由は特にないはずだ。彼女の興味を満せれば、わざわざ手を出したりはしないだろう。
そう考え、ウィノナは「はい」と返事をした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
引き続きの発注、ありがとうございました。
今後、ウィノナさんは魔術や魔法具知識を中心に学ぶことになります。
クラリスの意向に沿った行動をしていれば、直接の指導も望むだけ受けられると思います(かなりハードだとは思いますが)。
同時納品の副題の違うノベルもご確認いただければ幸いです。
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