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■天寿■ |
川岸満里亜 |
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】 |
「ただいまー! あれ? どうしたの?」
診療所に入ってすぐ、キャトル・ヴァン・ディズヌフが目にしたのは、研究室の前に立ち尽くすファムル・ディートの姿だった。
「ねえ、どうしたのってば!」
近付いてみるが、反応がない。
「何かあったの?」
間近でファムルの赤い瞳を見上げた。
ようやくファムルは表情を和らげ、キャトルの肩に手を置いて、彼女を診療室へと連れて行った。
「今日は研究室には入らないでくれ」
「なんで?」
診療室の小さなソファーに腰掛けながら、キャトルは相変わらずどこか遠い目をしているファムルに問う。
「誰か来てるの?」
「いや……誰もいない。だが、さきまでいたんだ」
「誰が? 何しに? 苛められたの!?」
キャトルの言葉に小さな笑みを浮かべ、ファムル言った。
「シスが来ていた。彼女がこの世界に残した思念がな」
「ええっ? 何か言ってた?」
「いや、いつも通りだった。ただ、なんだか懐かしくてな。あの部屋にはシスが使っていた物がいくつか残っているからな。……しばらく、何も手につきそうにない」
言葉どおり、ファムルはどこか呆然としている。
「……ファムルって、意外とナイーブだよね」
「そうか? ……まあ、そうかもしれんな」
「それじゃ、今日はあたしと遊ぼう! パパを毎日楽しませてあげるよ! シスのことは、あたしが忘れさせてあげよう。あたしのことは、薬で忘れればいいしっ」
キャトルの言葉にファムルは苦笑して、彼女が聞き取れないほどの小さな声で呟いた。
「そういう自分の影響力が分かってないところ、シスにそっくりなんだよな」
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『天寿〜ボクは忘れない〜』
空気がとても澄んでいて
心地よい風が流れている
力強い陽射しが
眩しすぎて、目に染みる
鳥の囀りも
虫の音からも
生命の鼓動を感じる
ここは、人が生きる場所
人が、生み出される場所
人が、育まれる場所
命が、溢れる場所――
可憐な花を選んだ。
白い蕾は、彼女の肌のようだ。
赤い花弁は、彼女の唇のようで、
小さなトゲは、彼女の性格を現しているようだ。
ウィノナ・ライプニッツは、以前面倒を看た花売りの少女、ミリアから買った花束を持って、魔女の屋敷の敷地内にある墓の前に立っていた。
「おそくなって、ごめんね。ボク、儀式には参列させてもらえなかったから……」
魔女ではないウィノナは、儀式への参列を許可されなかった。
葬儀から、3日経っている。
既に、彼女の身体は焼かれ、土に還っていた。
墓には、60の数字と、日付が刻まれている。他は何もない。
墓前に花束を置き、墓石の前に、ウィノナはしゃがみこんだ。
「数週間前まで、話、してたのにね」
手を伸ばして、墓石に触れた。
――暖かかった。
太陽に温めらた石は、ウィノナの体温と同じくらい暖かい。
目を閉じれば、彼女が現れるような……そんな感覚を受けて、ウィノナは目を閉じた。
だけれど、何も起こらない。
ウィノナの耳に、届く声はない。
笑いながら、彼女を叩く手はない。
ウィノナはそっと目を開けて、語り始めた。
「魔女達は、みんなボクより年上だけれど、……キミは……ソワサントは、一番年が近かったから、一番話しやすかったんだ」
小鳥が墓石にとまった。
この鳥が、ウィノナの言葉を彼女に届けてくれるのだろうか――。
「図書室にもよくいたし。沢山、沢山勉強教えてくれたよね。……体調、ずっと悪かったんだ。顔色あんまりよくなかったけど、辛いとか言わないから、わかんなかったよ」
魔女達は皆、強気である。小さなことで騒ぐ者はいるが、本当に辛い時には、皆気丈に振舞う。弱音を吐く者など見たことがない。
「魔女達は、違う世界で生きられるんだってね?」
問いに答える者はいない。
強気の言葉はもう返ってはこない。
「ソワサント……他のみんなは、天に行けばまた会えるから悲しくない、寂しくないって言ってた」
その魔女達の言葉は真実ではない。
だけれど、魔女達は天での再会を信じているから、そう思うことで我慢をしている。
「でも、ボクは……」
声が、詰まった。
視界がぼやける。
「魔女じゃないから……天でも会えない。もう、ソワサントとは会えないんだ……っ」
涙が、頬を伝った。
彼女の肉体は、滅んでしまった。
彼女を形成していた全ては、なくなってしまった。
溢れ出た涙が、地に落ちた途端、我慢が出来なくなった。
墓の前に両手をついて、ウィノナは泣いた。
「ボク……すごく、悲しいよ……っ」
答える声はない。
慰めてくれる手はない。
彼女の身体は全ては、塵となってしまった。
ここにはもう、何も残ってはいない。
わかっている。
わかっているけれど――ウィノナは、墓に手をついて泣いた。
止っていた鳥が飛び立つ。
「寂しいよ……っ」
もっと、教わりたいことがあった。
もっと、話したいことがあった。
そして、自分も何かを返したかった。
結局、自分は一方的に受けただけだった……。
「叱ってよ、笑ってよ……っ」
だけれど浮かんだのは、
ウィノナの脳裏に浮かんでくるのは、
彼女の笑い顔ばかりであった。
小馬鹿にしたように笑う顔。
嘲笑のような笑み。
頬に手をついて、微笑む顔。
ウィノナが自分の仕事について語った時に見せた柔らかな笑み――。
彼女が笑っていたのは、笑う対象があったから。
そう、自分がいたから。
だから――
「ソワサントも、ボクと同じこと考えてるの、かな?」
ウィノナは身を起した。
涙を拭った途端、薄い雲の隙間から太陽が顔を覗かせ、ウィノナを照らした。
こんなふうに、天からの光に導かれて、彼女は天に昇っていったのだろうか。
「ソワサント、ありがとう」
ウィノナは空を仰ぎ見て、天に向かって言った。
「ボク、キミのこと忘れないから」
例え、会うことは出来ずとも。
キミはここに存在していた。
ボクの中に、今も存在している。
「キミが教えてくれたこと、絶対に無駄にしないから――」
雲が太陽を隠す。
ウィノナの言葉は、天に届いただろうか。
墓に、花を供えて、ウィノナは立ち上がる。
ひっそりと生まれて、ひっそりと死んでゆく。
彼女達がこの世界で生きる意味は何なのだろう。
何のために生まれて、何のために死ぬのだろう。
命を生み出すこともできず、育むこともできず。
また一つ、涙が零れ落ちる。
――ボクは忘れない。キミのことを。キミが教えてくれたことを――
ウィノナはもう一度、心に刻む。
僅か数ヶ月間、共に過ごした友を想いながら。
柔らかな風が吹き、土を巻き上げた
土に還った彼女の身体は
再び命に変わるのだろう
その一欠けらは、ボクの中に。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
ソワサント(魔女)
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
ウィノナさんの想いを強く感じるプレイングで、とても切なかったです。
発注、ありがとうございました。
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